第四部 第五章 第十二話 未来を見据えて
カジーム国・レフ族の里───。
長老の古着を譲り受けたライは、ボロ服を着替え少し身綺麗になっていた。だがこれは、一つの課題に気付かされることとなる。
強敵と戦う度に服が破れる……これは結構な手間と費用が掛かり大変だったのだ。一応ラジックに相談はしたものの、今すぐ解決するのは難しいとのこと。
「まず君の力の強さが判らないからね……。強い素材で服を作るのは可能だけど、話を聞く限り耐久しないんじゃないかな……」
【竜鱗の魔導装甲】級ならば耐久出来るだろうと言われたが、今は手元に無い。今更無い物ねだりをしても仕方無いのである。
そんな問題に気付かされつつも、ライ達はエイルとフローラの手料理を堪能していた。
「美味い!店開けるんじゃないか、コレ?」
「へっへ~、だろ?沢山食えよ?」
レフ族の料理は野菜や果物を使った料理が多い。しかしデザート風といったものではなく、キチンと他の食材との相性を考えた手の込んだ品々だ。
やがて食事を終えたライとリルは、長老の家……ではなくエイルの家に移動。メトラペトラ、長老、ラジックの酒宴がまだ続いている為に、安眠出来るようにとのエイルの配慮である。
因みにフローラは長老の目がある為、同行出来ず実に残念そうな顔をしていた。
「ここがエイルの家か……」
エイルの家に着く前から既にお寝む状態だったリルをそっとベットに寝かし就け、家の中を見渡した……。
寝息を立てるリルの頭を撫で毛布を掛けたライは、念入りに、そして心配そうにリルの顔を確認している。
艦隊襲撃によるケガ。癒したとはいえ精神的な負担は大きかった筈。加えてライを連れた強制転移──実は一番疲労していたのはリルと言っても過言ではない。
「良い家だね。なんか、温もりを感じる」
「昔の家は古くなっちまってたんだけど、皆が昔と同じに作り直してくれてたんだ。今は長老の家に厄介になってるから戻ったのは久しぶりなんだけどさ」
過去の悲しみに囚われそうで一人暮らしを避けていたエイル。だが、今回はライが一緒なのだと安心している様だ。
「優しいな、レフ族は……。それが今、エイルには辛いかと思って心配だったんだけどさ」
「大丈夫だよ……。ただ、贖罪はまだ残ってるんだ。ライの家に行った後で、行方不明になったレフ族を探しに行こうと思ってる」
「当ては……あるのか?」
「いや。でもやる。そう決めた」
エイルの意志の強さ、芯の強さにライは改めて感心する。
決めたら真っ直ぐ──。ライへ向けた好意もそうだ……。
「エイル……二つ話があるんだ」
「二つ……?何だ?」
「俺のこと好きだって言ってくれたこと、凄く嬉しかったよ。でも……俺、そういうのに疎いというか鈍いというか……頭の中がまだガキなんだと思う」
「うん」
「それでさ……?まだ『恋愛』っていう感情が今一つ分からないんだ。それに、先に一緒にいる約束した娘もいる」
「フェルミナだろ?知ってるよ。この間カジームに来たから色々話した。だから、全部知ってる」
「そっか……」
申し訳無さそうな表情を浮かべたライだが、エイルは全く動じていない。
「でも、関係無いよ。あたしが、あたしの意志で決めたんだ。あたしはライと一緒に居る。例えライが誰が好きでも、ライがあたしを嫌いじゃないなら構わない」
「……俺に拘らない方が幸せになれるかも知れないのに?」
「そんなのはあたしじゃないよ。あたしはライが好き。レフ族ってのは決めた相手を変えることはない。覚悟しろよ?」
「ハハハ……うん。取り敢えずエイルの気持ちは分かったよ。でも、答えは少し待っててくれないかな?やっぱり簡単な話じゃないからさ……」
「わかった。どうせ永い寿命だし、百年でも二百年でも待つよ」
「ありがとう……でも、なるだけ早く答えを出すつもりだから」
正直なところ物凄く嬉しいライなのだが、不安なのである。
フェルミナはライにとって大切な存在──離れていても近くに感じるのは紋章の影響だろう。
だが……フェルミナへの気持ちも紋章の影響ではないのかと言われれば良く分からない。好きではあるが愛だろうか?いや、それは恋愛ではなく家族愛なのではないのか?と、答えは出せずに居る。
それはエイルに対しても同様で、好意が必ずしも愛だと言い切れない……そんな微妙な感情だった。要するに優柔不断とも言える。
メトラペトラは『ハーレム』などと軽々しく口にしたが、やはり相手を軽んじることはしたくない。少なくとも今はそんな気は毛頭無い。
「……もう一つの話は?」
「………実は」
ライは少し躊躇いを見せた後、ヤシュロとの経緯を話した。エイルの友人・ヤシュロが生き長らえていて、ライの手により命を落したことを……。
「そっか……ヤシュロ、生きてたんだな」
「でも……俺が殺した……。殺してしまった」
「ライのせいじゃないよ。それはアタシのせいだ……。友達を魔人にする程狂ってた私の……」
ライは──涙を流すエイルを胸に抱き寄せずにはいられなかった。そして、同情や励ましの言葉ではなく事実としての救いをエイルに伝える。
「でも、エイルがヤシュロを魔人にしていなければディルナーチ大陸に渡ることも無かったんだよ。そうならなければ、ハルキヨさん……魂の伴侶とも出逢えなかった。それはエイルのお陰でもあるんだよ?」
そしてエイルの頬を両手で包み、互いの額を重ね【大聖霊クローダー】の力によりヤシュロの記憶を流し込む。
そこには、ヤシュロの幸せがあった……。ハルキヨとの出逢いがどれだけ大きいかが分かる幸せな記憶と感情。胸が暖かくなる光景だった。
「その記憶はエイルも覚えていてやって欲しい。ヤシュロは……エイルを心配してたよ。そして、封印から放たれ正気になったことを喜んでいた」
「………ヤシュロ」
「でも俺が……殺してしまった。本当は避けられた筈なんだ。何でもっと早くディルナーチ大陸に行けなかったんだろう。そうすれば嘉神の事件を止められたかも知れないのに……」
「ライ……」
「いや……あの時だって、もっと俺が強ければヤシュロを人の姿に戻して、ハルキヨさんと逃がすことだって……」
「ライ!」
溢れ出す後悔……。エイルに止められなければ泣き出していたかも知れない。
「ごめん……友人のエイルの方がずっと辛いのに……」
「いや……あたしは、またライに救われたよ。あたしの行為は間違っていたけど、結果として友達が幸せになれていたなら……本当に良かった」
「でも……俺はエイルの友達を……」
指を唇に当てライの言葉を遮ったエイルは、微笑みつつ首を振った。
「あたしはさ?魔王になる前からどこか世界が嫌いだった……。誰もレフ族を助けようとしないし、カジーム国の外でも似たようなことばかりだし。兄さんが死んでこの世界が無くなることさえ望んだよ」
「………だから魔人転生を?」
「子供だったんだよな……そしてバカだった。自分の命すら要らないって思っていたんだ。でも……今は違う」
ライの首に腕を回しゆっくりと抱き締めるエイル。
「沢山の罪を犯したあたしを、ライは真っ直ぐに見てくれた。だから……今は世界が好きになったよ。ライが居るこの世界が……」
「あり……がとう……、エイル」
「傷の舐め合いだと思われても構わない。でも、ライを責める奴がいても私はライの味方だから」
「……俺もだよ。たとえエイル自身が自分を赦せなくても、俺は味方で居続ける。それだけは絶対に……」
見つめ合う二人──。自然と顔を近づけたその時、唐突に乱入者が現れた。
「ホレ!ブチュ~っと行かんか?ブチュ~っと!」
「メ、メトラ師匠!?……まだ酔ってますね?」
「酔ってますが何か?ん?折角覗きに来たのに、まだ服なんぞ来てたのか……がっかりじゃぞ、ワシは?」
「くっ……!ど、どこまでも
「ううっ……もう呑めましぇ~ん……」
酔った勢いで飛び込んで来たメトラペトラは、そのままリルと並んで眠りに就いた。
「……………」
「……………」
「……さ、さて、休もうか」
「ぷっ!アハハハハ!残念だけど、そうするかな」
すっかり雰囲気はぶち壊しになってしまい休むことにした二人は、それでもどこか嬉しそうだった……。
「あ……そういえばフィアーの兄貴は?」
「今、出張中だ。明日会わせるよ」
「出張?………って、え?エイルさん、何故にベットに潜り込んで来たんですか?」
「だって、ウチにベット二つしかないし。メトラペトラまで加わっちゃったからさ?嫌ならあたしは床で寝るけど……」
「いや!嫌じゃない!嫌じゃないし、寧ろ嬉しい!けど………俺、結構寝相悪いからどうなるか保証しないよ?」
「別に良いよ。何なら裸になろうか?」
「いや!理性が切れそうなんで、そのままでお願いします……」
積極的なエイルの行動の裏にティムの助言があることをライは知らない。
そして翌朝──。
ライが一早く目覚めた理由。それはエイルの胸で窒息しかけた為であることは、勿論ライだけの幸せな秘密である。
「さて……では、改めて今後の話だが……」
長老の家に集まり、ようやく今後の相談に至る一同。昨日の面子に加えて、今回は数人のレフ族、そしてオルストも参加している。
「海王は魔の海域を離れることになった。その為、海側の守りがどうしても弱くなる。皆にはそれを理解した上で意見が欲しい」
リルの事情は既に伝えている為、海王の移動に関しての反対は無い。
しかし、どうしても不安は残る。良き方策が必要だった。
「一応、結界はラジック殿の尽力で完成した。かなり強力でそうそう破壊はされまい。だが、数で圧されると限界があるだろう」
「私はトシューラ軍から奪った魔導具を元に、幾つかの大型鎧魔導具を作製した。全部で十体あるけど、もう少し力が欲しいんだ。念には念を入れても困ることはないだろう?」
ラジックはかなりカジーム国に肩入れしている。長老と馬が合うらしく、最近は大抵エルフトの街ではなくレフ族の里にいる様である。
「つってもよ?海王の抜けた穴なんざそうそう埋まるモンじゃねぇぞ?出来るのは精々魔導具強化が関の山じゃねぇのか?」
「まあ、オルストの言う通りなのだが……一応な?」
「ちっ!実質は海王不在の覚悟を決めさせる会合かよ……俺は訓練に戻るぜ?」
手をひらひらとさせ長老の家から出て行くオルスト。扉が閉まる寸前、ライに殺気を叩き付けた。
「……すみません。俺は良く分からないんで、後は師匠にお任せします」
「………わかった。好きにせい」
メトラペトラも殺気を把握していた為、ライを止めずに送り出す。エイルも席を離れようとしたが、メトラペトラが目配せしそれを止めた。
(なんで止めるんだよ、メトラペトラ?)
(まあ、男同士の話じゃろう。放っておけば良い)
(………わかったよ)
そんな男同士の話──男は拳で語るもの、などという言葉をエイルは知らない。
「よう……随分と格好良くなったじゃねぇかよ、化けモン」
「そう?お前はまた随分と穏やかな顔になった気がするんだけど、気のせいか?」
「さてな……で、用件は分かってるな?」
「復讐……て言うよりケジメってヤツか?どうしたい訳?」
「そんなの決まってんだろ……テメェをぶん殴るんだよ。じゃなきゃ収まりが付かねぇ」
オルストは首を鳴らしながら会話を続ける。
「テメェとやり合うには神具が無きゃ話にならねぇ。使わせて貰うぜ?」
「構わないけどルールは?」
「降参、または意識を失ったら負け。死んでも負けだ」
「わかったよ。じゃ!頼んだぜ?【オルタナティブ勇者・スピードスター】!」
ライが中空に手を伸ばした先に突然現れた【オルタナティブ勇者・スピードスター】……。勿論、ライの分身だ。
但し、その姿は妙にヒョロリと痩せていて頼りなく見える。
「………何だ、そりゃあ?テメェ、ナメてんのか?あぁ?」
「チッチッチ!お前こそ【スピードスター】をナメちゃいけねぇぜ?なぁ?」
ライに肩を叩かれた【スピードスター】は物凄い速さで何度も頷いている。
「コイツを倒せない様ならお前は俺と戦うには実力不足だ。小手調べって奴だよ」
「ちっ……コイツを倒せば良いんだな?逃げんなよ、テメェ」
(ハーッハッハ!ならば我が判定者になってやろう)
突然脳内に響き渡る声。やがて空から黒き大剣が飛来し大地に突き刺さる。
【黒竜剣フィアー】──ライと契約した黒竜フィアアンフの化身である。
「アニキ!……今まで何やってたんです?」
(フハハハハ!何……レフ族の里に居る者が不甲斐ないのでな?我が鍛えていたのよ)
相変わらず不遜な態度のフィアアンフ。しかし、一応レフ族の為に行動をしてはいたらしい……。
「ちっ……何が不甲斐ないだ。無茶苦茶やってるやがる癖に……」
(オルスト、貴様!我のお陰で力量を上げたことを忘れたか!)
「……確かにソコは感謝してるぜ?まあ良い……早くやろうぜ?」
(ならば我が結界を張ってやろう。存分に暴れるが良い)
こうして【オルタナティブ勇者・スピードスター】と元傭兵オルストの戦いが始まった。
「行くぜ、オラァ!」
オルストが展開したのは何と黒身套だった。それを確認したライは大地に突き刺さる黒竜剣の隣で感心している。
「こんな短期間で良く仕込みましたね」
(うむ!此奴も勇者血統らしいからな!器は有った!)
「へぇ~……」
オルストはフィアアンフの力を毎日の様に流し込まれ、やがて変化を始めたという。覚醒とでもいうべきそれは、何と半魔人化……。
(どうやら、ディルナーチの鬼人血統の様だな。何故そんな者がペトランズ大陸に居るのかは知らんが……)
「ディルナーチの鬼人……勇者……」
思い当たるのは久遠国・豪独楽領主ジゲンと同等の血筋。即ち、かつての久遠王ラカンと金髪の勇者イネスの子孫筋──。
しかし、それは鎖国した久遠国から脱け出した王族ということになるのではなかろうか?
ともかくオルストは、半魔人という力を手に入れたらしい。しかも黒身套まで使うという飛躍……世の中何が原因で化けるか判らないと、ライは改めて感心している。
「でも、まだ不慣れですね」
(まあ、仕方有るまい。変化したの昨日だからな)
「昨日!?こりゃまた随分と……」
(変化したのは貴様の名を聞いてからだぞ?)
それほどに再戦を望んだのだろう。覇王纏衣の時といい今回といい、オルストの成長はライに触発されている感がある。
そんなオルストだが……【スピードスター】相手に割と苦戦を強いられていた……。
「ちっ!無駄に速ぇ!」
オルストの攻撃は先程から全て躱されている。それどころか、目で追うのがやっとの様だ。
「クソッ!……ムカツクな、コイツ!」
「へっ!へへっ!へへへ~い!」
「くっ!……こんのぉ!コノヤロウッ!」
【スピードスター】はその名の通り、《加速陣》の纏装ベースの分身体。とにかく速い……。そして細いので攻撃を当てるのが難しい。
オルストの前に現れる度に鼻で笑い残像を残す。そんなイラッと来るアンチクショウだった……。
「アッタマ来た……磨り潰してやるぜ!」
籠手の神具【虚塗りの手】を発動したオルストは空間魔法による壁を形成。そのまま【スピードスター】を囲もうと圧縮を始める。だが……【スピードスター】は僅かな隙間を抜け脱出を果たした。
「クックック……遅い遅い!俺はまだまだ加速するぜぇ?」
「くっ……ヒョロイのはこの為か。相変わらず苛つく奴だぜ!」
「へっ!俺の真の加速……とくと見よ!」
その刹那、今までで最高の速さを見せた【スピードスター】。あまりの速さに衝撃波が生まれ、オルストは咄嗟に空間防御に回る。
「へっ!トドメだ!……もっと……もっと速く!俺は風になる!」
「ちっ!クソがっ……!」
だが……【スピードスター】は勢い余ってフィアアンフの張った結界に激突!風ではなく『千の風』になった……。
(……オルストの勝ち)
「ぐっ……。……。チクショウ!こんなの納得出来るか、コラァ!?」
「う~ん……最高速になると曲がれないのか。今後に生かすとしよう」
「テメェ……俺で実験しやがったな?」
「気のせい気のせい。じゃ、約束通り勝負する?」
オルストは『虚塗りの手』を使い過ぎて既に疲労困憊。勿論、わかっていて言っている。
「クソッ!まだ届かねぇのかよ!?」
「いや。正直ビビったよ。まさか黒身套まで使うなんてな」
「が……実質負けたじゃねぇか」
「俺はちょっと特殊なんだよ。もしかしたら地力だけなら抜かれているかも知れないぜ?」
「あぁ?どういうことだ、そりゃあ?」
不満げなオルストを宥める意味も込め、ライは大聖霊契約のことを話すことにした。
「そんなモンが……ちっ!どおりで」
「俺の力なんて運で寄せ集めたもんだよ。借り物、ごちゃ混ぜ、運まかせ……その反動がこの髪だ」
「だが、それもテメェの力に変わりは無ぇ。いつか絶対ぇ泣かしてやるぜ」
「………ま、好きにしてくれ。何せ寿命が長くなっちゃったし?」
「フン……化けモンが」
やはり以前より険が無くなっているオルスト。その心境変化の原因が何かはライには判らない。
だが、レフ族との生活は間違いなくオルストに良い影響を与えていることは確信していた。
「オルスト。一つ頼みが……いや、仕事を引き受けないか?」
「……俺は負けたんだぜ?聞くだけなら聞いてやる」
「最低でも里が安定するまでカジームにいて欲しい。代わりに幾つか力をやる」
「言われなくても此処はアジト代わりに都合が良い。しばらくは居るつもりだ。……が、くれるってんなら何でも貰うぞ?」
「よし。じゃあその籠手を改良してやる。魔力消費がデカイだろ、ソレ?」
ライは二体の分身を生み出しそれぞれに手を翳すと、神格魔法 《吸収》と《魔力結晶化》を使用。握り締めた手の中に小さな純魔石を造り出した。
更に《付加》を使用し魔石に【自然魔力吸収】の性質を与えた。
「……それも大聖霊の力かよ?」
「いや……使えるのは大聖霊との契約のお陰かも知れないけど、一応は神格魔法だよ。やり方知りたきゃ教えても良いけど、ムズいぞ?」
「別に武器職人目指してる訳じゃねぇから要らねぇよ」
そうは言っても見たことの無い技術は珍しいらしく、オルストは食い入るように見ている。
「あとはこれで……」
最後に使用したのは神格魔法 《融合》。物質限定のこの魔法は、ハルキヨが処刑されるまでの間に気を紛らす為に練習した魔法だった……。
《魔力結晶化》と併せて優先的に修得したのは、ディルナーチ側に神具・魔導具が足りないことを危惧した為である。
その試作という訳ではないが、神具『虚塗りの手』と純魔石は融合を果たし欠点は改善された。
「ふぅ……これで魔力消費は減った筈だ。後は魔法を幾つか教えてやる。飛翔は使えるか?」
「いや……だが、欲しかった力だな」
「よし。じゃあ……警戒するなよ?」
オルストの額に手を翳し魔法の記憶を流し込む。《飛翔》《炎焦鞭》《氷華棺》の三種の魔法を把握したオルストは完全に呆れていた。
「テメェ……やっぱり手を抜いてやがったな?」
「まぁね。人相手には使えない魔法もあるんだよ。今渡した魔法は飛翔以外は纏装の圧縮が必要だ。けど、黒身套まで使えたんなら何とかなるだろ?」
「大盤振る舞いだな、おい。敵に塩を送ると後で泣き見るぜ……?」
「その時はその時だ。それにお前は味方じゃないかも知れないけど、もう敵でも無いだろ?」
「ちっ……だが、馴れ合うつもりもねぇぞ。それを忘れんなよ?」
オルストは早速練習するつもりの様で、挨拶も無く森の中に姿を消した……。
(相変わらず無愛想な奴よ)
「ハハハ。でも……以前と比べたら随分とスッキリした顔してますよ、アイツ」
(奴は仇を討ち果たしたとエイルが言っていた。全てでは無いらしいが、最も憎んでいた者らしい)
「そう……ですか」
仇討ちは虚しい……そんな事を口に出来ない程にオルストは相手を恨んでいたのだろう。討ち果たしたことが誇りになる場合もあるのは寧ろ当然のことなのだ。
「ま、アイツの事情に首を突っ込む気は無いですけどね。オルストはそれを望んでいない」
(クックック!我には貴様が随分と
「う~ん……そんな気は無いんですがね」
と言っているライではあるが、無意識に同年代の好敵手を求めていた可能性はある。
何せ初めて覇王纏衣で対決した相手……常に反発する態度。しっかりとライとの実力差を埋めに掛かる成長……。オルストは好敵手の立ち位置に相応しかった。
だからこその助力……。当然ライはそれに気付いていない。
「それより、アニキにも頼みがあるんですけど……」
刺さっていた黒竜剣を引き抜いたライは、軽く振った後肩に担ぐ。
「カジームの守護者になって貰えませんか……?」
(貴様は、また!)
「契約はそのままで、封印を一部解放します。姿は竜でも剣でもアニキが自由に選んで構いません」
(我を手離すつもりは無いのだな……?)
「当たり前じゃないですか……俺たち最強でしょう?海王に代われる、いや海王以上の守護者なんてアニキしかいないじゃないですか!」
(くっ……何処までも我の心を擽る憎い奴め!よかろう!カジームの守護者をやってやる。但し、エイルがカジームを離れる時は付いていくぞ?貴様の女……護らねばならぬからな?)
「アニキ……超かっけぇっス!」
(フハハハハ!うむ!任せよ!)
こうしてオルストとチョロ……フィアアンフはカジームの守りに付くことを確約。安堵したライは、黒竜剣片手に長老の家に戻ることにした。
話し合いは既に終わっていたが、再び昨日の顔触れで相談の場が持たれることとなる。
「成る程のぅ。フィアアンフを守りに据えるか……悪くないのぅ」
メトラペトラはライの妙案に感心している。というより、フィアアンフのことをすっかり忘れていた様だ。
「アニキにも意思がありますから長く拘束することは出来ないけど、逆に言えばアニキがいる間は安全は確約される。その間に政治的な策を打つべきかと……」
「政治的……か。具体的にはどんなことじゃ?」
「最善はカジームを世界に認知させるんですよ。そうすれば世界から要らぬ不安が一つ減るし、アステ国の大儀が無くなる。魔族の国なんて無くなる訳ですからね?」
現在、世界に増加する魔物──その原因たる魔王とカジーム国が無関係であると周知されれば、トシューラ・アステの信頼は地に落ち侵略どころでは無いと踏んだのだ。
「しかし、勇者よ……具体的にはどうすべきと考えている?」
長老からすれば願ってもない案ではある。しかし、それが容易いことは察しが付く。
だが………。
「アハハ。全く……流石は親友と言うべきなんだろうな。実はティムからも同じ提案があったんだぜ……?それで方法も決まって今動いてくれているよ」
「ティ、ティムだって……?な、何でティムのことを……」
「気付かなかったか?里の連中、皆シウト製の服着てたんだぜ?以前はもっと質素なモンだった。今、ライが着てるヤツみたいにな?」
「………全く気付かなかった」
長老のお古は少ない森の資源から作った植物繊維を編んだもの。だが、里の者の多くは今や多種多様な衣服を纏っている。クモや昆虫型の魔物の繭を利用した糸や、綿から寄り合わせた繊維の縫製、更にはエクレトルの技術で生み出された未知の材質など、以前では考えられない程に豊かになりつつあった。
「………ティムとは誰じゃ?」
メトラペトラが知らないのは当然のことだ。だが、エイルの言葉で認識が統一される。
「ほら……あたしが出逢った島で空飛んでったヤツいただろ?アレだよ、アレ」
「おお!リズミカルに踊っていたあの太っちょか」
「アレはライの親友なんだとさ?で、商人が本職なんだけど、中々切れ者だぞ?」
「ほう……それは良い。で、具体的にはどう決まったんじゃ?」
「ああ。また世界会議を開いて貰うんだとさ?そこにカジームが名乗りを上げて参加することになってる」
既に下準備は終わっているらしく、議長国のエクレトルにはマリアンヌを介して事情を伝えているらしい。
「アスラバルスさんなら協力してくれるでしょう」
「うむ。じゃが、表立っては動けまいがな?あからさまに肩入れする姿勢はエクレトルの立ち位置に関わるからのぅ」
「それでも、協力して貰えるのはずっと大きいです。にしても、ティムのヤツ……相変わらず抜け目無ぇな……」
ライがアスラバルスと出逢っていることなど知る由も無いティム……。まるで申し合わせた様なタイミングに、ライは不思議な縁を感じていた。
「……じゃあ、取り敢えずカジームの守りの問題は何とかなりそうですね」
「うむ……後は此奴らに任せれば良いじゃろう。戻るか、ディルナーチに」
「はい。いきなり消えたから皆心配してるでしょうし、早くリルを見せて安心させてやらないと」
「お~!リル!もどる~!」
席から立ち上がったライ達は、それぞれ別れを惜しむ。
「ライさん、大聖霊様。お元気で……」
「フローラ、飯美味かったよ。世話になったね」
屈んだライに抱き付くフローラ。長老の視線が刺さる背中が痛い……。
「ライ君……また会おう」
「ラジックさん。あんまりのめり込み過ぎないで下さいよ?」
研究素材を渡したラジックはしばらくは落ち着く筈だ。
「勇者殿……レフ族の為の配慮、何と礼を言って良いだろうか。この恩、必ず報いよう」
再会を約束し握手するライ。長老は相変わらずギリギリと力を込めていた……。
「フィアーのアニキ。後、頼んます」
(任せよ!次いでにここの連中も鍛えておいてやる)
「ハハハ。やり過ぎないで下さいよ……?」
そして最後にエイル──黒竜剣フィアーを手渡し軽い抱擁を重ねる。
「少し掛かるかもしれないけど、必ず帰るからさ?元気でいてくれ」
「ああ、待ってるよ。……気を付けてな?」
「うん。行ってくる」
リルを抱え飛翔を始めたライとメトラペトラ。手を振りつつゆっくりと遠退くエイル達の姿に後ろ髪引かれながら、海王の元まで移動を始めた。
「………で?どこまでいったんじゃ?」
「?……何の話です?」
「お主、エイルとどこまでいったかと聞いておる」
「べ、べべべ別に何もねぇし~!なっ、何言ってんの……?」
「随分と動揺しとるの……ホレ、チュ~くらいしたかの?それとも乳くらい揉んだかぇ?ま……まさか、【ピーッ!】しちゃったんじゃ……」
「うぉぉい!リルの教育に悪いわ!……何も無かったですよ。大体、師匠が乱入しなきゃ……」
「ん……?ワシがなんじゃと?」
「良いから急ぎますよ?」
「本当にヘタレじゃのぉ……」
「くっ……覚えてろよ……」
レフ族の国・カジーム。緑に包まれたその場所は、初めて訪れたのに再開が多い不思議な国だった……。
いつか再び訪れる時はもっとゆっくり滞在したいとライは心から思う。
親大陸──ペトランズ大陸とも、再びしばしの別れである……。
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