第四部 第五章 第十一話 カジームでの再会
魔の海域から飛翔しカジーム国を一望したライは、まずその自然豊かさに息を飲んだ……。
久遠国ともまた違った自然環境。水と緑──そんな言葉が的確と感じる程に、土や岩の大地が殆ど見当たらない。
それは所々に覗く平地ですら草で被われて、生命に溢れている光景だった。
「ホヘェ……凄いですね」
「改めて見ると昔より自然豊かかも知れんの。これはエイルがやったそうじゃぞ?」
「そう……ですか」
贖罪の一つとして行ったのだろうが、相当無理をしたのでは?という不安も残る。
だが……メトラペトラの次の言葉はそんな不安を晴らすに十分なものだった。
「相変わらずじゃったぞ、アヤツは。寧ろ活気に満ちた顔をしておったわ」
「良かった。レフ族も温かく迎えてくれたんですね?」
「まあ馬鹿が付くほどお人好しじゃからの、レフ族は……。特に身内には甘いのぅ?」
ゆっくりと滑る景色を堪能しながら飛翔を続けたライ達は、先程から見えている巨木が気になって仕方がない。
「ライ~!でっかい木!」
「そうだな、でっかい木だな、リル。……メトラ師匠。何ですか、あのやたらデカイ二本の樹は……?」
「うむ……どうもフェルミナの置土産らしいのじゃがのぅ。何でも守護者らしいぞよ?」
「あんなの創れるなら相当回復したんですかね?」
「それは間違いないじゃろうな。疲弊は癒えたと見て良いじゃろう」
「良かった……。それはそうと、アレを間近で見てみたいんですが」
「リルも!リルも~!」
「うむ。ワシも気になっておった。行ってみるかの」
近付くにつれその巨大さが明らかになる守護者。軽く山一つ程あるそれは、僅かに流れる雲を突き抜けている。
「守護者って言っても何となく人型に見える『大樹』ですね。……いや、大樹ってレベルではないんですけど」
「ふむ……じゃが、確かに生命エネルギーは段違いじゃな。ふむふむ……成る程のぅ……」
「何が成る程なんですか?」
「コヤツは光を浴びて魔力を生むらしい。まさに植物じゃな。普段はそれを溜め込んで、外敵が現れたら動き出す様じゃぞ?」
「スゲェ……シウト国とかに置けないですかね?」
「無理じゃな。これは今のカジーム国かエルゲン大森林、もしくはディルナーチ辺りでしか維持出来まいよ」
魔力が溢れる肥沃の大地でなければ守護者が枯れるだろうと、メトラペトラは断言した。
「う~ん……あ、そうだ。それならディルナーチ側で使えないですかね?魔力異常の調整とか……」
「出来ぬでもなかろうが、あの大陸の者らは嫌がりそうじゃがな……」
「そっか……残念」
「まあ、やたら配置すれば良いものでもあるまいよ。溜め込んどる魔力は相当なもの。フェルミナはその魔力を大地に循環させておるよう工夫しておるからの」
樹人の下部では過剰な魔力を果実の栄養に回していて、落下した果実はやがて地に帰り大地をより肥沃にするらしい。
更に果実は食べられるらしく、食物連鎖に組み込まれても問題は無いとのことだ。
「そんなもの食ったら魔人・魔物化しませんかね?」
「それがどうやら、魔人化を防ぐよう魔力が体外排出されるようじゃな。魔力を吸収するのは大地と守護者の樹人のみらしいぞよ?」
「う~ん、驚きの効率の良さッスね」
「【命を司る】フェルミナならではの技じゃな。……ん?ライよ。上に何か居るぞよ?」
「上?………そういやメトラ師匠。この額の目なんですけど、うまく使えないんですが……」
「それはただの不慣れ故じゃろうが……急にどうしたんじゃ?」
「いえ……折角なんで千里眼てヤツを使って確認してみようかと」
折角手に入れた能力ならば使わない手はないのだ。
もし魔王アムドが生存していて再戦せねばならぬなら必須とも言える力──。使い熟せねば意味がないとも言える。
その旨をメトラペトラに伝えると、ライはジト目で睨まれた。
「覗きに使わんじゃろうな……?」
「しっ!失礼な!私は誇り高き勇者であるぞ?不愉快だ!」
「………『勇者むっつ~り!』が偉そうじゃな?」
「くっ……俺はそれ程までに信用が無いのか!膝枕、最高でした!」
「本音が漏れとるぞよ……」
どのみち使い熟すことになるのである。メトラペトラは諦めて助言を授けることにした。
「チャクラの使い方はワシにもよう分からん。が、恐らくは纏装を使う感覚とあまり変わりはあるまい。融合した肉体の一部じゃから、慣れじゃよ、慣れ」
「慣れ……じ、じゃあ額に視覚纏装を集める感じでやってみます」
今は閉じている額の目に集中する為、両の目を閉じる。意識を額に集めると、仄かに熱を持った額は少しづつ目蓋を開いた。
「おお……」
「どうじゃ……?」
「何というか……キモイ?」
チャクラの目が捉えたのは……動くネコの骨格。
「いやぁ……無いっすわ。これは無いっすわぁ~……」
「な、何じゃ?何が見えたんじゃ?」
「ネコの骨が奇妙に動く様が……」
「……………」
使用しているのは『千里眼』ではなく『透視』。やはり上手く扱えていない……。
「ま、まあ今のその力を扱うお主は、ハイハイする赤子と同じじゃ。焦るでない」
「うぉ!今度は内臓が……あ、段々コツが……ハハッ!今、メトラ師匠毛がない状態ですよ?」
「イヤ~ン!エッチ!」
「ブゲッ!!」
メトラペトラのネコ・ナックルを受けたライは、独楽の様に勢い良く回っている。抱えられているリルは大喜びだ。
「人の裸を見るなんてサイテーじゃぞ?」
「くっ……し、師匠、人じゃなくネコでしょうが!」
「しかし!女の子!」
「メスとは言わないんですよね、絶対に……」
気を取り直し、再び額に視覚纏装を集中。まるでネジを締めるように微調整を繰り返し、ようやく普通の光景が確認出来た。
「しばらくこれで過ごしてれば慣れますかね?」
「慣れるんじゃないかのぉ?ま、やってみればぁ?」
「……うぅ……冷てぇなぁ」
「冗談じゃ冗談。ワシにも使い方までは良く分からんからのぉ。じゃが、そうやっておけば馴染むのは早いかとは思うぞよ?」
「結局、千里眼は使えずか……ま、楽しみながら待つとします」
「覗きをかぇ?」
「違うわ!」
馴染むまで千里眼は諦めたライ。メトラペトラが何かを感知した『樹人』の上部へは、改めて目視に向かうこととなった。
そこに居たのはレフ族の女戦士。どうやら樹人の高さを利用して見張りをしているらしい。
「ども~」
「……あなた達は、勇者と大聖霊?」
「そうです」
「連絡は受けてるわ。通って良いわよ?」
「いや、ちょっと見学に来たんですが……」
「見学と言ってもね……あ。聖獣がいるけど見てみる?」
「聖獣ですか?見たいッス~ぅぅぅぅぅ~ぅぅ……」
勢い良く答えたライだったが、徐々に前屈みに……。
「……どうしたの?」
「いえ……何でもありませんです……はい……」
まさに挙動不審……慌てて女戦士から目を逸らす『勇者むっつ~り!』。
しかし、メトラにはそれで十分だった……。
「見たんじゃな……?」
「サ、サア?ナンノ コトカナ?」
「……ばらすぞ?」
「ごめんなさい!私がやりました!」
ライは『透視』をコントロールしきれずに女戦士の裸を見てしまったのである。成長したとはいえ、ライはやはり『チェリー勇者』には変わりが無い……刺激が強すぎた様だ。
「駄目だ、コレ……少なくとも人前じゃしばらく使えねぇ」
「気にせず見続ければ良いじゃろが」
「そんな最っ高!……いや、最低なこと出来ませんよ!相手に失礼でしょ?」
「なぁに……バレなきゃ良いのさぁ?ホレ、ポヨンポヨン!ポヨンポヨン!バインバイン!プリンプリン!」
「ヤ、ヤメロォ!俺を誘惑するのはヤメロォ~!?」
相変わらず騒がしい勇者とニャンコ。更にリルの笑い声で見張りどころではないレフ族の女戦士……。
「……見張りの邪魔なんだけど」
「スミマセン!そ、それで聖獣ってのは……?」
「あの枝の上じゃな……あれは……【カラドリウス】か?珍しいのぅ」
視線の先に居る白い鳥・カラドリウスは、病を癒すと言われる聖獣だ。
「最近この地に移った聖獣よ。あんな渇れ果てたカジーム国が聖獣の移り住むまでになるなんて……これもエイルや大聖霊様のお陰ね」
レフ族の者は多分、大地が涸渇した原因のエイルを責めることはないのだろう。だが逆に、大地を戻したことには惜しみ無く賛辞を送っている。
お人好し……メトラペトラはそう言ったが、これはある意味拷問なのではないかとライは感じた。
誰にも責められないということは、罪を赦されることが無いのだ。賛辞を送られるということは、罪人としてすら見られていないことに他ならない。
贖罪を果たしたいエイルにとって、それは針の
「……どうしたんじゃ?」
「いえ……何でも……」
「……………」
その後、樹人の元を離れたライは浮かない顔をしたままレフ族の里へと辿り着く。
メトラペトラが真っ先に向かったのは長老の家。其処に長老の姿はない。
しかし……。
「ん……?…………。お?おお!ライ君じゃないか!久しぶりだね!」
そこに居たのは世紀の天才奇人魔導科学者・ラジックである。
「ラジックさん!………。何で今、間があったんです?」
「……もしかして君は気付いてないのか?」
「何がです?」
「外見が変わり過ぎていて正直一目で判る人少ないと思うんだけど……」
成長期故、まず体格が以前より大きくなっているのは仕方が無いだろう。顔付きもやや大人に変わっているのは、過ぎた月日の影響だ。
だが……白髪になるにはあまりに若い。元が目を引く赤髪である為に、現在の白髪を見てもライと結び付かないのは寧ろ当然と言えた。
「そっか……そんなに変わっちゃいましたか」
「ああ……とても……素晴らしい!」
「くっ……!や、やはり来たな……!」
ラジック【変人モード起動】。こうなるとラジックは止まらない。
「素晴らしい~!まるで研究素材の宝石箱や~!」
「ちょっ!何でキャラ付けしてんですか!」
「何から調べよっかな~!取り敢えず……魔法から行っとく?」
「何が『行っとく?』だ、この猫背メガネ!」
「ハッハッハ!冗談……フヒッ……だよ!冗談!」
「くそぅ!何処から突っ込めば良いんだ!」
そんなラジックの腹部にリルの頭突きが炸裂。リルは一応加減を覚えたらしく、ラジックは踞る程度で済んでいた。
「ナイスだ!リル!」
「お~!リル、ないす!」
「ラジックさん。皆さん何処行ったんですか?」
ゆっくりと立ち上がったラジックは不敵な笑みを浮かべている。
「知りたくば私に……私に研究素材を捧げよ……むむ!その子は!何だと?その猫は!やっぱり宝箱やぁ~!」
「シャーッ!」
「ぐあぁぁ!」
ネコ・スラッシュ炸裂!流石はラジック変態モード……一向に話が進まない。
「わかった、わかりました。研究素材を渡しますから、話をしましょうか?」
「む!や、約束だよ?破ったら地の果てまで追い掛けて尻の穴まで観察するからね?」
「な……何て
或いはラジックならば本当にやりかねない。ライは無意識に尻を引き締めた。
「……ライよ。何じゃ、この『加速する変態さん』は?」
「この人はラジックさん。マリー先生の生みの親にして、魔導科学者です」
「………マリアンヌも不憫な身の上じゃったんじゃな」
ネコに同情されたマリアンヌは今頃涙を流しているかも知れない……。
「ラジックさん。こちらは大聖霊メトラペトラ。俺の師匠です。で、こっちが海王のリル」
「わかってるよ。長老から聞いていたからね。で……皆は今、集会場に集まっている筈だ。行ってあげると良い」
「わかりました。じゃあまず一つ、研究素材を渡しておきます」
長老の家先に置いてある薪割りの斧を拾い上げたライは、神格魔法 《付加》を発動。付加したのは 加速陣、減速陣。
それを手渡した時点でラジックは奇声を上げた。
「こ……これは凄い!君、こんなことまで出来るようになったのか……。今のは神格魔法の《付加》だろ?資料が残っていないんだよ、その魔法」
「そうなんですか?へぇ……」
「その《付加》を何かに《付加》してくれないかな?そうすれば魔導具研究が
《付加》を付加……そんなことが出来るのかとメトラペトラに確認したところ、可能とのことだった。
「それで……何に《付加》します?」
「じゃあ、これに頼むよ。一番思い入れがある物なんだ」
ラジックが差し出したのは魔石の付いた小さな棒……具体的に何かすら分からない代物だ。
「何すか、コレ……」
「これは術式検知棒さ。棒の先を対象に当てると魔法式を図式として引き出すことが出来る物……だったんだけど、壊れてしまってね。初めて買った魔導具だったから捨てるに捨てられず、ずっと持ってたんだ」
「じゃあ、直した方が……」
「いや。壊れたものは直すより新しく生まれ変わらせてやりたいんだ。その方が道具も長く生きられるだろ?」
道具の耐用年数をラジックは『生きる』と言った。それはきっとマリアンヌを作製した時にも考えていたのだろう、とライは悟った。だからこそ、ライはマリアンヌに出逢えたのだと思わずにいられなかった……。
「分かりました。これ、魔石は生きてますよね?」
「ああ。魔法式だけだよ、壊れたのは」
「じゃあ、おまけしておきます。長く使ってやって下さい」
小さな棒にはラジックの希望通り《付加》を、そして魔石には《魔力吸収》を付加した。
「おお!ありがとう!」
「取り敢えず、今回は時間もないのでこれで……魔法に関してはマリー先生に託したので聞いてみて下さい」
狂人モードが解けたラジックは理知的になる。メトラペトラはようやく会話が進んだことに安堵している様だ。
「……何だかんだと、君には我が儘を聞いて貰ってばかりだな。切っ掛けをくれたバーユに感謝しないとね」
「そう言えば【竜鱗装甲】は解析し終わったんですか?」
「ああ。材料も揃ったよ。だけど完成品にはまだ遠いかな……。どのみち過剰な技術は余計な争いを生む。エルドナ社が限定で装備を販売しているのはそれを危惧してのことなのだろうから」
ラジックにはラジックなりの理念があり、武器の量産などはしないのだとマリアンヌから聞いたことがある。ライはその時、少しだけラジックを尊敬したのは当人には内緒である。
「でも、少しはシウト国に協力して下さいよ?帰る場所、無くなると困りますから」
「ハッハッハ。だからこそのカジーム国との協力だよ。わざわざ鍵まで設定してカジームとエルフトを繋げたんだ。きっとどちらの国の為にもなる」
「はい……?カジームとエルフトを繋いだって友好関係のことですよね?」
それを言うならカジームとシウトではないだろうか?という疑問が湧いた為、ライは改めて聞き直した。
だが……事実はメトラペトラにすら驚愕を与える。
「く、空間を繋いだじゃと……?しかも、限定された場所とはいえ永続固定とは……お主、さては古の魔王一派ではなかろうな?」
「違う違う。基本的に転移魔法は式だけは残っているんだよ。だけど、それを魔法として編むのが難しい。そうでしょ、大聖霊さん?」
「そうじゃ。場所や時間、それに伴う位置を決定し、最適の魔力を陣に組み込み発動する」
「だけど、私のは二つの力場に全く同じ魔力と式を展開させたんだ。すると二つの力場間に道が出来ることを発見した。転移との決定的な違いは繋がって出来た穴を通るか、空間をすっ飛ばして送るかなんだ」
真剣にメトラペトラに説明するラジック。どうやらメトラペトラは考えを改めたようである。
「……のう、ライよ?コヤツは天才なのかの?」
「天才ですよ?それも超が付く程の……だって、そうじゃなきゃマリー先生いませんし」
命を与え進化の切っ掛けを作ったのは確かにフェルミナだろう。しかし、フェルミナが命を与える以前から自我があった節がある。それはやはり、ラジックが作製したからこそ自我が表に顕れたのだろうとライは考えている。
「ふぅむ……面白い。ライよ……ワシは少しコヤツと語る。その間にお主、エイルと長老に会って来るが良い」
「わかりました……で、集会場ってどっちですか?」
「その道を辿ればすぐに着く筈だよ。それでだね、大聖霊さん……」
メトラペトラがこれ程熱く討論する姿をライは見たことがない。人嫌いのメトラペトラが真剣になるのだ。余程の技術なのだろう。
が、ライにはチンプンカンプンの会話。魔法ではなく魔導科学……。それは、万民が生活の中で簡単に使用出来る技術でもある。補助の為の魔法式がやたらと複雑なのだ。
という訳で、ライはリルを抱えて集会場に向かうことにした。
ラジックに教えられた道を辿ると、集会場までは迷わずに着くことが出来た。
真っ先にライに気付いたのはエイルとフローラ。どうやら集会場は結界を備えているらしく、レフ族全員が緊急時の避難に使用している様だ。
「ライ!待ってたぜ!」
「ライさん!お久しぶりです!」
駆け寄る二人。他のレフ族の者達は遠巻きに様子を窺っている。
「久しぶり。エイル……里に戻れたんだな。良かった」
「まあ、少し拍子抜けだったけどな……。それにしても、髪……真っ白になっちまったのか?服もボロボロだし」
「まあ、ちょっとばかし無茶した結果なんだけどね」
自らの頭を撫でながらライは苦笑いするしかない。
それでもエイルとフローラがすぐに気付いたのは少しばかりの救いである。
「フローラも無事に送って貰えたんだな」
「はい。シルヴィさんに……あの後しばらくエルフトの街でお世話になって、マリアンヌさんやフェルミナさん達とも知り合えたんです」
「そっか……」
エルフトに行ったのは一年以上前のことだが、もう遠い昔に感じている。
「それで……レフ族は魔王に備えてるってことで良いのかな?」
「ああ。それで、どうなったんだ?」
「撃退はした……けど、倒したかは判らないんだよ。まあ、生きていてもしばらくは動けないと思うんだけど……」
「流石ライだな。アタシが惚れただけのことはある」
臆面もなく言い切るエイルに、嬉しさと恥ずかしさで赤面しているライ。
「と……と、ともかく、魔王は去ったから一旦警戒を解いて良いと思うよ?今後は結界とか考えなくちゃならないけどね」
「わかったよ。フローラ、長老と皆に今の話をしてきてくれ」
「わかりました」
レフ族に伝えられた魔王撃退。皆、安堵の色を浮かべているのはトシューラ軍侵攻による『カジーム防衛戦』から間もない危機に不安があったのだろう。
元々温厚なレフ族は、戦うこと自体かなり無理をしているのかも知れない。
「なあ、エイル……」
「ん?何だ……?」
「里の優しさ……辛くないか?」
「………ハハッ。ライにはお見通しか。でもさ?ここは故郷には変わらないんだ。里が安定すれば取り敢えず『私が決めた』贖罪の一つは終わる。そしたら里を出るつもりだよ」
「…………」
やはりエイルは贖罪を果たすつもりの様である。
「そしたら……ストラトのライの家を訪ねても良いか?」
「ああ、大丈夫だ。俺がいない時は待ってても良いよ。ウチの家族は割と寛容だから」
エイルが“ パッと ”明るい表情を見せたと同時に、フローラが一人の男を連れて戻ってきた。
レフ族の長にしてフローラの祖父に当たる人物……の割には若く見える。
「そなたが勇者ライか……?」
「はい、お初にお目に掛かります。ライ・フェンリーヴです。貴方がレフ族の長老ですか?」
「うむ。レフ族の長、リドリー・マオナーズじゃ。孫娘のフローラを助けてくれた礼がようやく言えるな」
差し出された手に応えるライ……しかし──長老は満面の笑顔を浮かべたままライの手を力の限り握り潰しに掛かる。
「孫娘を助けて頂いて本当に感謝致す(が、フローラは渡さんぞ!)」
何か小声で付け加えている長老……。より力が籠る握手は、先程から変にうねっていた。
「え、えっと……長老さん?」
「ハッハッハ!それにしても、勇者殿はモテモテの様じゃの?(フローラにまで手を出したら殺すぞ?あぁ?)」
長老は既に笑顔ではなく、『笑顔に似せた』物凄い顔で頭を擦り付けるようにガンを飛ばしている。必死にライの手を握り潰しに掛かり、足をグリグリ踏みつけ、握手と逆の手でライの脇腹を小刻みに殴る。勿論、周囲に見えない様にしているのは熟練の技だ!
「は……はは……グッ!……そんなウッ!ことは、グハッ!……無い筈ですが……」
「ハッハッハ!ご謙遜を(このっ!ゲスめがっ!)」
レフ族は温厚な筈……何でこうなったのか心当たりがないライは、されるがままに我慢している。
それを止めたのはフローラだった……。
「お祖父様、止めてください!」
「グピョッ!」
フローラの拳が長老の股間に炸裂!決して狙った訳ではない。身長差で巻き起こった悲劇と言えよう。
苦悶の表情で股間を押さえ踞る長老。レフ族の者達が全く動じていないことに違和感を感じながらも、ライは駆け寄り魔法による回復を施した。
「ゆ、勇者殿……」
無言で頷き肩を叩く。
「長老さんは何か思い違いをしている筈です。だから、話し合えば判ると思いませんか?」
「………そうかも知れんな。まさかフローラと風呂に入ったなどと言う戯れ言を信じるとは……ワシもまだまだ未熟じゃな」
途端、ライの目は激しく泳ぎ出した……。
「おい貴様!まさか本当に……」
「本当ですが見てません!何も見てませんよ?」
「チックショー!儂だって!儂だって一緒に入って貰えないのに!何で貴様がグアッ!」
長老の後頭部に炸裂したのは、エイルの拳骨だった……。
「あのなぁ、長老?その話をフローラから聞いたら、魔力が奪われる場所にあった断崖絶壁を何日も登ったって話だぞ?風呂なんて入れただけマシじゃねぇか……」
「……そうなのか、フローラよ?」
「そうですよ、お祖父様。しかも私がそこに落ちたのを、ライさんが助けてくれたんですよ?」
「……そうか。いや、済まぬ勇者よ。孫娘のことになるとどうしてもな……」
頷き差し出したライの手を取り、長老は立ち上がる。
「済まぬな。勇者殿は孫娘の恩人。どうかゆっくりして行ってくれ」
「ありがとうございます」
「だが、フローラに手を出せば背中からブスリと行くぞ?」
「は……はは……ははは~」
何はともあれ落ち着いた長老は、自らの家での接待を申し出た。海王の移動について改めて説明せねばならないことも含め、ライはお言葉に甘えることとなった。
そして戻った長老の家には……酔ったメトラペトラとラジックの姿が……。
人様の屋敷の前に酔い潰れる姿は実に迷惑甚だしいものである。
「師匠、ラジックさん……何やってんですか?」
「ん~?いやのぅ?コヤツ、中々に見処があってじゃな?意気投合して呑もう!ということに……」
「……し、仕方無い。とにかく長老さんに説明を……」
「うぇ~い!酒だ酒だ~!」
置いてあった酒瓶を一気に煽りメトラペトラとラジックの酒宴に参加するレフ族長老……。その電光石火の呑みっぷりは止める間もない程だ。
「……………」
「……………」
「……………」
「はっ!……ど、どうすんの、これ……?」
今後の相談……なんと虚しい響きだろう。
「まあまあ。長老も思わず『はしゃいじゃった』んだろうぜ?」
「はしゃいでたんだ、アレ……」
「どうせ今日は話し合いにならねぇだろ。ゆっくり泊まって明日話し合いした方が良いんじゃねぇか……?」
「どうする、リル?」
「ライ!やすむ!」
「……わかった。お言葉に甘えようか」
確かに、見た限り真面目な話にはならなそうな酔っ払い達。ライとしても魔王との戦いの疲れが抜け切っていない為、お言葉に甘えることにした。
初めて訪れる国・カジーム──。
その再会の数々に喜びながら、ライは思わぬ休息を取ることになった。
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