第四部 第六章 第十三話 イブキ救出
久遠国・隠密頭トビは、ライ達が飯綱領に入る前日に飯綱領の城下街『久那岐』に到着していた。
だがそれは、ライ達に合わせて行動していた訳ではない。飯綱領の異変は以前から報告を受けていたのだ。ライ達と出会ったのは只の偶然である。
久遠国の隠密は二種類存在する。王直属の【梟】は全国に散り国の危機を探る役目。
対して領主の抱える隠密は【鴉】と呼ばれ、領内の不正や異変を探るだけでなく伝令としての役割も与えられていた。
二つの隠密は系統こそ違うが、互いの役割の為に同盟に近い連携を組んでいる。
情報収集に便利……それだけの理由であるが、十分な成果を上げていることからその体制は三百年来続いているのだとトビは語る。
「実は【鴉】からの連絡が途切れた時点で飯綱領に問題があることは把握していた。代わりに飯綱領主の周辺に居るのは異国の暗殺者の様なのだ」
領主の居城が見える宿に移動したライとトビ。高級旅館の一室にトビは客として滞在していた。
これは敵を欺く為の行動であり、トビは商人の装おいに着替えている。
「異国の暗殺者……それってスランディ島国からの商人が絡んでるんですか?」
「ああ。十中八九そうだろう」
「領主さんは無事……なんですよね?」
「分からん。中に入ることすら出来ぬ程に厳重……というより人数が多い。隠密の一人が変装し潜入を試みたが、失敗して捕らえられた」
侵入出来ぬのであれば現状が把握出来ない。隠密としてはこれ程歯痒いものは無いだろう。
「存在特性で中を見る事が出来る人は居ないんですか?」
「残念ながらな。そこで、だ……」
「俺の力を借りたい訳ですね?」
「本来ならお前に頼る様な真似はしない。だが、このままでは領主も民も危険やも知れん」
「わかりました。取り敢えず中を……」
窓から領主の居城を眺めたライは額のチャクラに集中し能力を発動。
それはコハクと鉱山で過ごす間使い続け、ようやく使い馴れてきた《千里眼》である。
「中は……何……だと……!こ、これは!」
「どうした!」
「女湯覗き放題じゃないっスか!ヒュ~ッ!役得役得ぅ!」
トビは短刀を抜いてライの首筋にピタリと当てる。
「ごめんなさい!トビさんも見たいんですね?」
「……真面目にやらないならここでお別れだ」
「じょ、冗談ですよ。……トビさん、全然笑わないんだもん」
「時と場合を考えろ」
「……は、は~い」
再び《千里眼》を発動したライは、城を天守から観察し始めた。
「…………」
「……どうだ?」
「まず、天守には誰もいないですね。まあ、こんな時間ですし」
「ともかく違和感が有ったら教えてくれ」
「………下の階は領主の寝所じゃないんですか?」
「その筈だが……」
千里眼に映ったのは国外の品で溢れ返る部屋ばかり。その中の一室にはベッドが置いてあった。
「御領主って異国かぶれ?」
「いや……そんな筈は無いが……」
「……じゃあ城は乗っ取られてますよ」
「何だと!」
結局全ての階層を見てみたが、領主らしき人物は見当たらなかった。
代わりに、城の中の至るところが久遠国らしくない内装に変えられている。明らかにペトランズ側の文化様式だった……。
「御領主は……イブキ様の姿は無いのか?」
「そもそも顔が判らないんですけどね……。でも、城内には殆ど……というか全く久遠国の人間は居ませんよ?」
「そ、そんな馬鹿な!何故それで街に噂が立たない……?」
場内で働く者が放逐されれば噂の一つも立つだろう。しかし、トビが聞き込みした街の中は至って平穏。何かに怯えていたり隠したりの様子もない。
「幻覚魔法でも使っているかと思ったんですが、魔法の痕跡は無い。となると……」
「存在特性か……だが……」
「はい。ペトランズ側には存在特性使いは殆ど居ません。それはスランディ島国もそうではないかと……」
「……ともかく、もう少し探ってくれ」
「わかりました」
そのまま城の地下牢まで探るが、人の姿は無い。囚われている訳でもないなら領主は何処に行ったのか……そんな疑念が浮かんだライは、千里眼の能力を最大にした。
《千里眼》の真の力は『目的のものを確実に認識すること』である。
不馴れ故にまだ範囲は小さく精神も疲労するが、久那岐の街から領主イブキを探し当てる程度なら造作もないことだ。
「……見付けた。これは、城で働く人全員かな?城主っぽい人……それに隠密衣装の人も居ますね」
「場所は何処だ?」
「一応、城内の敷地です。南西の方にある倉の中に約五十人程……」
「助かった。後は俺が……」
「ちょ~っち待ってくれません?……周囲にも見張りが居ますね。ざっと二十人……厳重ですよ?」
「ちっ!厄介な……」
「因みに見張りは全員異国の暗殺者。えぇ~っと……纏装使いが半分、魔術師が半分程。魔導具は……全員に行き渡ってます。実力はトビさんより弱いみたいですが、如何せん数が……」
ライが視線を向けるとトビは戦慄を浮かべていたことに気付く。隠密のトビがこれ程ハッキリと表情に出すのも珍しい。
「……そこまで判るのか?」
「何か細々とした文字も見えるんです。この『チャクラ』ってのは神様が残した存在特性だそうですからねぇ……当然と言えば当然なんじゃないですかね?」
「…………」
トビは内心、ライが恐ろしい。玄淨石鉱山の話をクロウマルより聞いた時、あまりの途方も無さに現実感が湧かなかった……。
亜流だが天網斬りを使うことが出来るトビ。ライは久遠国にその牙を向ける可能性もある……今仕留めておくべきなのではないか?……そんな不安が消えないのだ。
「さて……どうしますかね?」
「………。囚われている中に隠密は何人いる?」
「………四人です」
「衣装に付けられた紐の違いは分かるか?左胸の辺りだぞ?」
「えぇと……微妙ですが黒と紺の寄り合わせと、黒と緑の組み合わせの二種類」
「どちらが多い?」
「黒と緑が多いですね。三人……良く見ると衣装も違うのか?」
「それが領主仕えの隠密【鴉】だ。何とか接触出来れば情報が入るのだが……」
取り敢えずライへの恐怖を忘れることにしたトビは、情報収集に専念することに……。
「面倒だから救出しちゃいませんかね?」
「考えがあるならば聞こう」
「地下に水路があるみたいなんで、繋げて救出するのはどうですか?」
「……五十人の脱出だ。容易ではないぞ?」
「ぶっちゃけ、敵を全滅させるのは簡単なんですよ。でも、それじゃ飯綱領主の面目が立たない。何せ【梟】に目を付けられたんですから挽回させないと」
「……………」
【梟】が行動を開始した時点でその領地は立場が悪くなるのは、まだやむを得ない。だが、場合によっては責任を取らされ失墜する場合もある。
今回は城を乗っ取られる様な事態なのだ。生なかな処罰では済まないだろう。
だが……領主自らの手で事態を収束させれば情状酌量の余地が生まれる。ライはその為に単独突破をする訳には行かない。
「……飯綱領にはお前がそれ程義理を通す必要はあるまい?」
「あるんですよ、義理は。直接じゃなくても確かに縁はある」
「不知火と豪独楽か……だが」
「その話は終わり。話したところで隠密の判断は変わらないでしょ?」
「……ああ、そうだな」
「で、どうします?乗ります?別の方法にします?」
「良いだろう。好きにしろ」
許可を受けたライは早速行動を開始。トビは監視として行動を共にした。
「救出行動を開始したら時間が限られるので、途中で止めないで下さいね?」
「わかった」
領主が囚われているだろう倉の近く……と言っても、敵に気付かれないに十分な位置で座り込んだライは瞑想を始める。僅か十数秒の瞑想だが、精神疲労と魔力は回復した。
(良し。先ずは準備を……)
分身を三体作製したライは、一体を街の外に配置。一体をネズミの群れに変化させ、更にもう一体を蜘蛛の群れに変化。街中に放つ。
「何度見ても奇妙な技だな……」
「興味出ました?」
「ああ。だが、話は全て終わってからだ。まずは手並みを見させて貰う」
「了解……。では、少しだけ待って下さいね」
待つことしばし。ライは何かを確認したらしく、ようやく行動を開始した。
まず分身のネズミ達は、領主達が囚われているであろう倉に向かう水路に潜入。
中には侵入者探知用の結界が張ってあったが、ネズミ達は【大地魔法】により作製されており水路に迂回の通路を構築しつつ倉の近くまで移動を続けた。
敵の様子を蜘蛛達が監視し、更に街の入り口付近にいるライの分身が魔力を開放。久那岐の街に存在する実力者を警戒をせざるを得ない状況に追い込んだ。
「な!何だ、この魔力は!」
「戦闘要員は市街北の入り口に集合!正体不明の脅威に備えよ!」
飯綱領の居城から大勢の異国兵が飛び出し街北部へと向かう。
配置に就いた異国兵達は思わず息を飲んだ。闇に浮かんでいたのは、何の武装もしていない褌一丁の漢……。
「……………」
「……ひ、怯むな!警戒したまま待機だ!」
「了解!」
兵士達は己の目を疑った。何故こんな時間に、それも裸なのか?しかも微妙に光っている……明らかに常軌を逸した存在。感じる魔力は魔王級である以上、頭のおかしい奴と安易に切り捨てることも出来ない。
「ど、どうします隊長?」
褌男はゆっくりと街に歩を進めてくる。明らかに危機的状況だ。
「クッ!マコア様に連絡を!魔導具使用による戦闘の許可を願え!」
「ハッ!」
魔導具による通信をしている間にも、裸の褌男はジリジリと寄ってくる。
肘を脇腹に付けた状態で両腕を広げ、肩をリズミカルに揺らしながら近寄る男──。その顔は般若の仮面を被っていて表情は判らない。
だが時折、荒い息遣いと共に“ ハッ! ”とか“ ポゥッ! ”などの掛け声が夜の静寂の中に響いていた。
兵達は褌男から目を離せない……。
そんな異国の兵達の様子を笑いを堪えながら見ていたライ。トビのジト目で背筋を伸ばして状況判断を続けた。
「流石に領主に付いた見張りは釣られませんでしたね」
領主居城から飛び出す兵達を確認したライとトビ。異国兵が慌てた様子に二人とも満足気だ。
「しかし、戦力は大幅に減った。今ならば脱出に都合が良い」
「はい。それでですね?俺達が泊まっていた宿の地下に通路を繋げますが、あの宿って信用出来ます?」
「一応は老舗だから大丈夫だろう。五十人からの人数を考えれば確かに宿は匿いやすい……考えたな」
街は出入り口を見張られている。即時の脱出は見送り、明日になったら一般客に紛れて脱出をと考えた末の選択である。
「だが、明日になれば倉の中が空だと気付かれないか?」
「代わりに分身を残しますよ。ネズミを人型に変えるだけですから簡単ですし……」
「ならば、俺は宿に向かい子細の説明しておく。必要な品も確認しなくてはならないからな」
「お願いします。それと宿にはトウカ姫と嘉神の領主トウテツが居ますので、一緒に待機してて下さい」
「………何だと!?」
今日一番の驚愕を浮かべたトビは、かなり狼狽している。その理由は……間違いなくトウカのことだろう。
「姫が……」
「俺のこと見付けた時に気付かなかったんですか?」
「気付くか!そもそも王都の外に姫がいることが有り得んのだ!」
思わず叫んだトビ。すっかり冷静さを失っている。
「シィ~ッ!敵にバレますよ!」
「ぐっ!……後で問い質す!逃げるなよ?」
「へいへ~い。良いから行ってください、邪魔です」
「この……くっ!」
手であしらうライに対し、トビはかなり腹立たし気な表情を浮かべている。しかし、トウカのことが心配らしく追及を断念し早足で宿へと向かって行った。
「大変だねぇ、隠密さんも。さてさて……それじゃあ、始めますかね?」
ライがやるべきと考えたことは三つ。囚われの飯綱領主及び従者の救出。領民に被害が出ない様に配慮すること。そして、敵の目的を探ること。
その為には、領主達の脱出を気付かれない様に行わねばならない。だからこその手間の数々である。
街入り口の分身は囮。注意散漫な今ならば、人質の入れ替わりに気付くことは無いだろう。
そして目論み通り、領主達は脱出に成功。突然倉の床に穴が開き現れたネズミが喋り出した時は、飯綱領の皆が慌てふためいた状態だったのはこの際流すとしよう。
ともかく……見事救出に成功したライが宿に戻った際には、飯綱領主達のみならずトビまでがトウカに平伏叩頭していた。
「頭をお上げ下さい、皆様。今回は【姫】ではなく一人の人間として行動しているのです。どうか……」
「し、しかし……」
「本当のことを言わせて頂けば、私はある方に我が儘を言って付いて来た身……。畏まられると困るのです」
「……………」
困った飯綱領主達。しかし、トウテツの言葉が皆の固い思考を崩す。
「皆さん。ここに居るのは姫ではありません。トウカという一人の女性……姫は王都に居わせられる」
「それは……どういうことですか?」
「立場を置いて来たのですよ。誰だって自由になりたい時はあるでしょう?今回は
屁理屈だということはトウテツも理解している。だが、皆を納得させるには方便も必要だと考えた。
事実、飯綱領主のイブキは納得した様だ。
「わかりました。では、滞在の間は姫ではなく『トウカ殿』として対応致しますが宜しいですね?」
「はい。ありがとうございます、イブキ様」
イブキは久遠国領主の中で唯一の女性。見た目はライドウやジゲンより遥かに若く見える。服装は着物ではなくトウカと同じ袴姿だ。
実は剣の達人でもあるイブキは、その点でもトウカと似通っていた。
「無事で良かったですね、皆さん」
「ライ様!突然ネズミが喋り出した時は何事かと思いました……」
「アハハハ……大出力魔力放出で起こされるより良いかと思ってさ?」
分身達を配置して程なく、分身ネズミの内一体をトウカとトウテツを起しに向かわせたライ。
トウカはまだ就寝前で本を読んでいたのだが、トウテツはネズミに起こされ悲鳴を上げたのは内緒の話だ。
「貴方がライ殿ですか……?私は飯綱領主のコズエ・イブキと申します。この度はご助力感謝致します。それと……遅ればせながら許可証の件で力添え出来なかったことを謝罪致します」
「いえ……結果的に多くの良き出会いが出来ましたから、お気になさらないで下さい。それと私は年下なので敬語は無用に願います」
「わかりました。では遠慮なく……ありがとう、ライ殿」
イブキは立ち上りライに握手を求めた。異国の挨拶の形を採ったのは、せめてもの礼儀なのだろう。
当然、ライは笑顔で握手に応える。
「まさか、ライドウさんとジゲンさんの盟友が女性とは思いませんでしたよ」
「私達三人……いえ、コテツを含めた四人は同門だったのよ」
「そうでしたか……。ともかく、これでライドウさんには顔向けが出来ました。それで……早速で申し訳ありませんが」
取り敢えず現状把握から始まった話し合い。会話の都合上、隠密【鴉】を除いた飯綱臣下と下働きの者は退出を願った。
といっても無下に追い出した訳ではなく、ゆっくりと休める様に宿の主に手配を頼んでいる。
「本当はイブキさんも休ませたいんですが、時間が限られるので……」
「いえ。私も早く収束させなければ王に顔向け出来ないわ。まず事の起こりから説明するわね?」
始まりは飯綱領内にスランディ島国の商人・マコアが現れた時点に遡る。
唯一交易を許されているスランディ島国。その許可証を携えた商人『マコア』が店を構えたのが半年前。
マコアが扱っていたのは雑貨が主だったが、稀少な魔導具も扱っていたのだという。それも武器防具の類い……領主としては警戒をしていたとイブキは語った。
「臣下の一人で私の遠縁に当たる『アブエ・シンザ』という者が居るのだけれど、マコアを城に連れて来て魔導具を献上すると言い出したのよ。それだけでなく魔導具の搬入まで勝手に始めて……」
「そのシンザって人……脱出した中にはいませんよね?」
「多分、今は久那岐の街には居ないわ。恐らく新しく見付けた玄淨石鉱山に陣を敷いてるわね」
「それって、相当な数の異国兵が居るんじゃ……」
「不覚だったわ。この件は私の不徳の致すところよ」
魔導具搬入を始めた労働者の中に異国兵が混じっていたらしく、容易に城内へ侵入されてしまったのだ。全てシンザの手に因るもの……イブキは苦々しげに拳を握っている。
「隠密達は特に警告していたのに……済まないわね、皆」
「いえ……。皆様……イブキ様が抵抗出来なかったのは隠密の一人が人質として囚われた為なのです。見殺しにすれば事態は収束していた」
「それは理由にならないわ、サヨ。大事なのは結果。家臣に裏切られ、異国の者に城を奪われた。その事実は曲げられない」
隠密すら見捨てないイブキの心意気は確かに美しいだろう。だが領主としては、判断力を問われる形として追及されるのは火を見るより明らかだ。
「でも、まだ挽回出来ますよ?イブキさんが嫌でないならば、私はお手伝いするつもりです」
「助けて貰った上にそれでは……」
「だから『手伝う』だけです。幸い敵の親玉の姿はない。敵はあらかた把握しましたから、奪還に踏み切れば終わります。それに、ライドウさんにも頼まれてますから」
「……わかったわ。ありがとう」
「それで……どうです、トビさん?」
厳しい表情を浮かべ腕を組んでいたトビは、大きな溜め息を吐いた。
「……良いだろう。結果として街を奪還出来れば王の印象も変わる。但し、姫は此処に居てください」
「嫌です。私だけ除け者ですか?」
「私はあなたの身に何かあれば王に顔向け出来ません」
不満げなトウカだがトビは一歩も引かない。これが当たり前と言えば当たり前なのだが……。
救いを求める様な視線を向けるトウカに、ライは苦笑いで応えるしかなかった。
「トビさん、トウカが無事なら良いんですか?」
「また、お前は……」
「イブキさん。隠密を一人お借りしたいのですが……」
「それは構わないけど……何をするの?」
「トウカの護衛……というか管理?」
益々訳の判らないと言った顔をしているイブキ。それは他の者も同様だ。
説明するより見せた方が早いと判断したライは、トウカの姿をした分身を生み出した。
そしてトウカ本人と分身の額に手を翳し一瞬だけ光を放つ。
「あ……あれ?私……」
「分身と精神を入れ換えた。これでトウカ自身が怪我することはないよ」
「…………」
玄淨石鉱山でコハクに魔法を教える際に編み出した精神の入れ換え。力は大聖霊クローダー由来のもの。
「トウカの本体には俺の精神が入ってるけど、他人の身体だからね。誰かに見てて貰わないと変に疑われるから」
「……どういうことですか、ライ様」
「例えばこの状態で痒い場所があるとする!太ももかな?お尻かな?もしかして胸かも知れないな?」
「嫌ぁ!止めてください!」
「ぶべらばぁ!」
トウカは慌ててライを突き飛ばし部屋の柱に激突させた。
「……ぐっ。……ね、ね?だからそうならないように見張りを……」
「ああっ!ごめんなさい、ライ様!」
「へへっ……。良い……って……ことよ」
柱を支えにフラフラと立ち上がるライは、ガクガクと内股で膝が笑っている。中々に情けない……。
実は、一瞬意識が飛びそうになり分身を解きかけたのは秘密である。
「トウカ本人よりその分身体は能力が低いから気を付けて。それと、飽くまでその身体は纏装で造ってあって中身はない外見だけだからね?」
「はい。ありがとうございます、ライ様」
「もし傷を受けても本体に意識が戻るだけ。これで良いですかね、トビさん?」
「………今わかった。お前は馬鹿なんだな?」
「……くっ。まず最初に認識されるのがバカとは……いつものことだけどね?」
「……………」
ウインクしながら親指を立てるライに、トビはもはや呆れるしかない。
全滅させるのは簡単なんですよ───ライは最初にこう言っていたのだ。にも拘わらず、掛けている手間が尋常ではないのである。
それは最早、トビの理解の外。無駄にしか思えない程の気遣いだった。馬鹿に見えて当然だろう。
「そ、それで、イブキさんは領主としてどうしたいですか?」
「まずは城の奪還と敵の排除、捕縛。久那岐の街に安全を」
「分かりました。兵の方は殆ど街の入り口にいます。予定とは少し違いますが魔術師と暗殺者は俺が何とかしますので、イブキさん達は入り口の兵に当たって下さい。分身も付けるので戦力は足りるでしょう」
「大きな借りが出来たわね」
「それは俺にではなくライドウさんに、ですよ。後でお礼を言ってあげて下さい」
「フフ……わかったわ」
早速行動を開始したイブキは、家臣を呼び集め有事に備えた隠し武器を取りに向かった。
トウカとトビ、更にライが分身を一体付けて護衛にし、飯綱領の者達を送り届ける。
「トウテツは俺と行動だな。それと……」
トウテツから視線をずらした先には【鴉】の隠密、サヨの姿があった。
「サヨさんは何故こっちの班に?」
「暗殺者は手段を選ばないので隠密が一人付いた方が良い……イブキ様の判断です」
「う~ん……じゃあ、トウテツと組んで下さい。俺の方は大丈夫ですから」
「いや、私も自分の身くらい守れるのだが……」
トウテツは華月神鳴流目録……一応だが天網斬りも使える。
「領主なんだから少しはイブキさんの配慮を考えろ。それとその刀、神具にして良いか?」
「寧ろ願ったりだ。頼む」
予備に用意していた純魔石のうち二つをトウテツの刀に埋め込み、効果を与える。
純魔石に《自然魔力吸収貯蔵》を、刀身には《金烏滅己》《氷月刃》《飛翔》そして《分身》がそれぞれ付加された。
「その刀はリンドウ達の物より数段強力だから気を付けて扱ってくれ。攻撃特化武器だけど、具足に防御の魔法が籠ってるから大丈夫だろ?」
具足には両足とも《風壁陣》が付加されている。重ね掛けも可能だが、蹴りの際に片足のみで発動すれば攻撃も可能だろう。
「それとトウテツは、回復魔法は使えるか?」
「いや……そもそもライは勘違いしているかも知れないが、回復魔法の使い手は希少なんだぞ?」
「マジで?」
「久遠国には百人は居ないだろうな。ペトランズも変わらないと思ったんだが……」
思い返せば、ペトランズ大陸でも確かに回復魔法の使い手は少ない。流石に久遠国よりはかなり多いが、小さい街では一人居るか居ないかだった気がする。
なまじ王都に住んでいた上にちゃんとした魔法の師が居なかった為に、知識が足りなかったライは自らの無知を恥じた。
「だからドウゲンさんもあの神具を受け取るのを躊躇してたのか……メトラ師匠はそんなの関係無い超越だから気にもしなかったんだな。……そうとなったら、その脇差しも貸して」
「神具は嬉しいが、そんなに造って疲労にならないか?」
「このくらいなら平気だよ」
脇差しの柄頭に例の如く純魔石を埋め込み、刀身に回復魔法 《癒しの羽衣》を付加。これで自らの怪我も癒すことが出来るだろう。
《癒しの羽衣》は光の帯を巻き付け回復させる中位回復魔法。個体対象の魔法だが、瀕死からでもある程度回復させられるだろう。
「魔法を教えると慣れるまで時間が掛かるから、今回は神具に集中した。代わりに魔石が魔力切れしやすいから乱用は避けた方が良い」
「感謝するよ。充分……いや、過分な程だ」
「それとサヨさんは……装備とか無いですか?」
見た感じサヨが武器を持っているようには見えない。身に付けているのは水干に似た隠密衣装だが、袴の裾が通常より短い為布地が少ない。当然、防御も弱い印象を受けた。
だが……。
「私の武器はこれです」
「それは……鋼線?」
「はい。全身に巻き付けてあるので護りにも使えますから」
玄淨石から造った鋼線は柔軟にして丈夫。サヨはそれを鎖帷子の様に身体に巻き付けている。
「……少し改造して良いですか?」
「改造……ですか?御随意に」
「鋼線て一繋がり?」
「そうです」
拳を握ったライは自然魔力を吸収し極小の純魔石を生み出し、サヨの見せていた鋼線に埋め込んだ。
更に鋼線に《魔力消滅》《減速陣》《炎焦鞭》、そして大地魔法 《物質強化》を加えた。
「これで鋼線に触れた魔法は消せる筈です。絡めた物を遅くも出来ますし、鋼線自体を炎の鞭としても使える。ただ、やはり乱発はしない方が良いので基本は守りに使って下さい」
「こ……こんな凄い物に……ありがとうございます!」
「トウテツの護りはお願いします」
「はい!」
やる気に満ちたサヨの顔を少し困った顔で見ているトウテツ。だが、ライに肘で突かれ諦めた。
「じゃあ行くか」
「そうだな」
「はい!」
恐らく初めての異国戦力との対決になるトウテツ。内心不安は有るだろうが、顔には出さない辺りに領主の器を感じさせる。
飯綱領城下で始まる久那岐の街奪還。しかし、戦いはそれで終わりではない。
謀反人アブエ・シンザとスランディの商人マコア。そして玄淨石鉱山……そこにある陰謀も暴かねばならないのだ。
(日が昇るまでに決着を着けないとな……)
街に混乱が起こる前にカタを付ける──そう決意したライとトウテツ、そしてサヨは、久那岐の街の闇へと消えていった……。
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