第四部 第六章 第十二話 トウテツの決意
「何やってんだ、トウテツ?」
嘉神の城・鹿雲城に着くなり領主トウテツを見付けたライは、久々の再開であることを思わせぬ気安さで声を掛ける。
振り返ったトウテツは目を丸くして笑顔を浮かべ、早足に近付いてきた。
「ライじゃないか!久し振りだな。修行だと聞いていたけど……」
「ちょっと野暮用でね。それで……何から話したら良いかな、トウカ?」
「先ずは結婚式の話からではないでしょうか?」
ライと同行している娘を確認したトウテツは、その人物が誰かは分からない。が……やがてその表情がゆっくりと強張ってゆく。
「ラ、ライ。気のせいかな?私はこの方に見覚えがあるんだが……」
「ん?そりゃあそうだ。親戚なんだろ?」
「……し、親戚?確かに親戚だけど!いや、そうじゃなくて!」
「ハハハ、トウテツでも混乱するんだな」
嘉神の内乱を収めた際、あれだけ落ち着いた姿を見せたトウテツ。しかし今、別人の様に慌てている。
「け、結婚式って……ま、まさかライが姫と結婚を?」
「……慌て過ぎだ、トウテツ。結婚式はシギの話だよ」
ライは始めから事情を説明し、トウテツはようやく落ち着きを取り戻した。
「……事情はわかった。けど、まさか姫……失礼、トウカ殿を連れてくるとは思わなかった」
「でも、トウテツならトウカの気持ちも分かるだろ?それに、これも社会勉強になる訳だし」
「まあ……確かにそうだけど……」
領主の嫡男ともなれば自由気ままとは行かない。普段の暮らしの中ですら、その地位に相応しい行動をせねばならないのだ。
身を律していると言えば聞こえは良いが、端的に言えば籠の鳥である。
姫という地位ならば尚のこと息抜きが必要だということは、トウテツにも理解は出来た筈……。
「という訳でトウカに関しては、公的な場でないなら同年代の友人として接してやってくれないか?」
「……わかった。だけど“ 殿 ”くらいは付けさせてくれ。私が呼び捨てにする相手など家臣と家族を除けばライとリンドウ位なものだからな」
「それで十分だよ。ね、トウカ?」
「はい。ありがとうございます」
「ど、どういたしまして……」
まだぎこちないが、トウテツはトウカの望み通りに接することにした。若いとはいえ、流石は領主だけあり理解が早い。
「話は戻るけど……トウテツは城門で何やってたんだ?」
「ん?ああ……城の修繕具合を下から確認していたんだ。そろそろ修繕作業も終わる」
ヤシュロとの戦いで天守が崩れた鹿雲城。ライはその記憶が過り、僅かに表情が曇る。
「………どうしました、ライ様?」
「……え?あれ?な、何でもないよ」
「……そう……ですか」
メトラペトラの記憶を見たトウカは、本当はライが己を責めていることを知っている。
しかし、何と声を掛ければ良いのか分からず無力さを感じていた。
「そんなことよりトウテツ。リンドウはどうしたんだ?嘉神に居ると思ったんだけど……」
「ああ……。リンドウなら社会勉強中だ」
「社会勉強?何の?」
「領民の幸福について何をすべきか──かな?」
「……?」
トウテツの話では、リンドウは嘉神領の歴史を払拭すべく『嘉神の隠れ里』に向かったのだという。カエデはそんなリンドウに付いていったのだそうだ。
「……大丈夫なのか?」
「実は隠れ里の者らとは和解は済んでいる。ライがハルキヨとヤシュロを丁重に弔った意味が彼等にも通じたんだろう。共に暮らすことを提案したんだけど、ヤシュロとハルキヨの傍が良いんだと断られたよ」
「……そうか」
「リンドウはあんなヤツだからな。隠れ里に日を当てたかったらしくて、何か暮らしを楽に出来ないか考えに向かった。その心意気にカエデも同行を申し出たんだよ」
カエデは本家嘉神としての責務を果たしたかったのかも知れない。悲劇を繰り返さぬ為……父を失ったカエデだからこそ、その重みを理解していると言えるだろう。
「お前、よく同行を許したな……相手がいくらリンドウでも、男と一緒だぞ?」
「カエデがどうしてもと言うからな……それに、あのリンドウだぞ?」
「……もしかして、まだ告白もしてないのか?」
「……言ってやるな。あれでも純情なヤツなんだよ」
口と態度は悪いが純情まっしぐらのリンドウ。それはそれでリンドウらしいと言えばらしい。
「……取り敢えず、シギの結婚式と玄淨石鉱脈の件はライドウさんと打ち合わせしてくれ。それと、コレを」
「これは……魔導具か?良いのか?」
「不知火としか繋がらないけどね。わざわざ足を運ばなくても打ち合わせ出来るだろ?」
「助かるよ。で……ライ達はどうするんだ?」
「隠れ里に行ってリンドウに会ってくる。少し手伝って……多分、今日はそれで時間切れになるかな……」
「今日は……ってことは、明日何かあるのか?」
勘の良いトウテツに感心しつつ、飯綱領の情報を確認することにした。領主ともなれば少しは情報を持っている可能性があるのだ。
「実は飯綱領がおかしいみたいなんだけど、何か知らないか?」
「それは……うちの領地の様なことが起こっているのか?」
「いや、全く情報が無いからトウテツに聞いてみたんだけど……些細な情報でも良いから、何か無いかな?」
「ん~……そうだな。確か飯綱領では異国人が大商人になった……という話は聞いたことがあるが」
「異国の商人……トウカは知ってた?」
「いえ。初めて聞きました」
トウテツの話では、スランディ島国から来た商人が飯綱の家臣の一人に気に入られ大きな店を出したとのこと。それが凡そ半年程前ということらしい。
「トウカ。飯綱領って何が盛んな場所?」
「金鉱や装飾技術は有名ですね。産業は色々とありますが、染織物が有名です」
「なら、あの鉱山は金鉱目的だったって訳じゃ無いのかな?」
「玄淨石の採れる場所には金鉱があった前例は無いので違うと思います」
「……ん~、金鉱と関係無しか。じゃあ商人も関係無いのかな……」
「ともかく行ってみるしか無いと思います。情報が他の領に流れないのは隠蔽されているからかも知れませんし……」
情報が他領地に伝わらないことに違和感を感じているトウカ……。そもそも、家督争いは隠密からの睨みが厳しくなるのは必定。騒動に発展する前に折り合いを付けるのが通常なのだ。
家督争いの情報だけが流れたこと……トウカはそこに違和感を感じているのである。
「……予定は紅辻で宿泊するつもりだったんだけど、リンドウに会ってからその足で飯綱領に向かおう。玄淨石鉱山の確認は終わったから」
「わかりました」
その話を聞いていたトウテツは、何かを決意した様にライに視線を向けた。
「……なら、私も行こう」
「………は?何でいきなり」
「嘉神の復興は一段落着いた。私は嘉神の中で何も出来なかったことが悔しかったんだ。父を守れず、妹も危険に晒し、ハルキヨの本心にも気付かなかった」
「だからって飯綱領に行くのはまた別の話だろ?それにお前は領主だ。他領地に踏み込むのは不味いんじゃ……」
「我が領内で起こったことを飯綱領で起こす様なことは避けたいんだ。頼む……」
今更、何をしたところで死んだ父は帰らない。だからトウテツは、ケジメを付けられず苦しんでいたのだ。
『これは私自身の自己満足だ』──トウテツは自嘲気味に笑っている。
「……わかった。それなら領主じゃなくトウテツ個人として連れていく」
「しかし、トウテツ様が姿を消したら騒ぎになるのでは?」
「問題無いよ、トウカ。トウテツの姿をした分身を残せば何かの時すぐに分かるし対応も出来る。問題は……」
移動手段──。トウテツが飛翔魔法を使える訳もなく、飛翔用の魔導具があるとも思えなかった。
「出来ないことは無いけど、二人抱えて翔ぶってのもなぁ……分身を鳥型魔物に変えて乗せるか、飛翔魔法を教えるか……」
「飛翔魔法はすぐに使える様になるのですか?」
「いや、そうとも限らないんだよねぇ……。となると使い勝手が良い神具かな……」
トウテツの全身を見渡し使えそうな物を確認するが、どれも高価そうな品。無闇に弄るのが躊躇われる。
「まあ良いや。トウテツは準備を済ませて来てくれ。その間に分身と飛翔神具の材料を用意しておく」
「済まない……では」
「城の入り口付近にあった茶屋で待ち合わせにしよう。そこで分身と入れ替ってもらう」
「わかった」
支度の為急ぎ城に戻るトウテツを見送り、ライとトウカは街の中の物色を始めた。神具に適した道具を探す為である。
「……そういえばトウカにもっと魔法を教えるつもりだったんだけど、飛翔魔法覚える気は無い?その方が抱えられるより自由に動けそうだけど……」
「便利そうですが難しそうでもありますね……」
「トウカなら案外簡単に出来るかもよ?魔力も高いし、天網斬りを覚えた感性も高そうだし」
「……今度ゆっくり教えて頂こうかと思います。そうでないと……」
「……何か都合が悪い?」
ライの問い掛けに顔を背けたトウカ。耳が赤いのは気のせいではない。
飛翔魔法を覚えればライに抱えて貰えなくなる──。最近のトウカは行動が大胆になってきた様だ……。
「ま、まあ、今回は神具を使えば良いや。トウテツにだけ何もやってないから、後で改めて神具造ってやろうかな……トウカも欲しい?」
「はい!是非!」
「飛翔魔法が良い?」
プィっと顔を背けるトウカ。ライは意味が分からず混乱している。
「………あ!こ、これなんてどうかな?」
雑貨屋の軒先に出ていたのは脛当の具足。一応は玄淨石を使用している様で、少しばかり値は張るが品は良いようだ。
「これに魔石を組み込めばトウテツでも楽に飛翔出来るだろう」
「そうですね。具足なら邪魔にならないみたいですし」
「トウカも要る?」
三度、プィっと顔を背けるトウカ。ライはトウカに飛翔させるのを諦めた……。
但し、理由は『単独飛翔が怖いのかな?』程度にしか考えていない。
「わかったよ……無理に飛翔させないから安心して良いよ」
振り返ったトウカの顔はパッと明るい子供のような顔だった。
(そんなに飛翔が嫌だったのか……。高所恐怖症?一緒に飛んでるんだからそんな訳無いよな……)
『稀代の鈍感男ライ』は、その後もトウカのわがままの意味に気付くことは無い。
飛翔神具の準備を済ませ待ち合わせの場所に戻ると、既にトウテツが待っていた。安物の袴に笠を被り浪人といった風体をしていて、直ぐにはトウテツだと気付かれることはない姿だ。
「悪い。待たせた?」
「いや……今来たところだ」
「そうか……じゃあ茶屋の座敷を借りて準備しようぜ?」
店内に入る際もトウテツに気付く者は居ない。これなら飯綱領での行動も問題ないだろう。
座敷に入ったライは、早速トウテツの分身を作製……分身はそのまま城に戻した。
「後はこの具足を……」
玄淨石の鉄『玄鉄鋼』を打ち付けてある具足に神格魔法 《付加》を使用し、分身から作製した小型の純魔石を埋め込む。更に具足自体には《加速陣》《風壁陣》を付加、魔石には《自然魔力吸収》の機能を組み込んだ。
「…………」
「ん?どした?」
「いや……久遠国じゃ只の魔石ですら貴重で、神具・魔導具なんて数える程しかない。それがあっさり造られているのがな……」
「は……はは……。ま、まあ、神具に関してはペトランズ側にもそうそう無いよ。昔の俺なら間違いなくトウテツと同じ反応だろうな……」
旅立ちの時、冒険初心者用の剣・ショートソードに大喜びをしていたライ。何もかも皆、懐かしい記憶である……。
「ディルナーチ側にも魔導具くらいあると便利そうだけど、これだけ平和な国だと寧ろ無い方が良いのかね?」
「過剰な力は争いの元か……。う~ん……実際は久遠国の鎖国の歴史と魔石の少なさが魔導具不足の原因だろう。ペトランズでは家具にすら魔導具を使用しているんだろ?」
「まあ、そういうのは割りと近年らしいけどね。水回りとかは結構多いよ?」
「要は使う側の問題なんだろうな……。父上が開国を願っていたのは、そういった便利さで国民が豊かになればと考えていたのだろう……」
領主の開国論者は珍しいらしく、トウテツの父コテツは領主の中では浮いていたという。だが、不知火の協力を得て嘉神領をこれ程に栄えさせたことでトウテツは一目置かれる存在となったのだ。
「だけど、無闇な開国はお薦め出来ないぞ?ペトランズでも領土争いなんてザラなんだ。相手を見極めないと大変なことになる」
「それは父上も理解してはいた。だからスランディ島国を通じて世界情勢を探っていたのだ。隠密を同行させ情報収集の許可も貰っていたし……」
島国スランディは諸島の中に建国された独立小国。だが、ライは何かを思い出し掛けていた。
(スランディか……。ティムから何か聞いてた様な……)
「どうした、ライ?」
「……いや。スランディってどんな国なのかと思って……」
「諸島の中に住まう者から代表を決めて国を運営している商国だ。海の島国だから海産物が盛んで、造船も請け負っている。今では他国との取引中心の商業が国の根幹になっていた筈だが……」
「へぇ~……。商業──そして王政じゃなく代表選出制か……」
飯綱領の商人はスランディから来たという。しかし、一家臣に気に入られただけでそれ程に栄えるものなのか?という疑念が過る。嘉神領ですら国内商人との不平等改善の為、スランディの商人に制限を掛けているのだ。
(やっぱり行ってみるしかないか……)
今回は魔人や魔獣の類いが原因では無い気がする……。実はその方が厄介なことを、シウトのお家騒動でライは身を以て知っている。少しばかり嫌な予感がしていた。
「とにかく、リンドウに顔見せてからそのまま飯綱領に向かおう。今日は飯綱領に宿を取るからそのつもりで」
紅辻の街を出た一行は近くの森に移動し飛翔。嘉神の隠れ里へと向かう。
「具足はどうだ、トウテツ?」
「問題無い。凄いな、これは……。魔力疲労もないとは」
「長く使うと自分の魔力が必要だから気を付けてくれ。一応、地上では動きが速くなる魔法も組み込んである。何かの時は使ってみ?」
「わかった。ありがとう」
隠れ里は嘉神領内。飛翔の速度を上げた二人は四半刻程で隠れ里の上空に到着した。
山間部にある隠れ里は以前と違い僅かに切り拓かれている。竹林を伐りり土地を開墾している様だ。
それは、里に暮らす者達がもう隠れる必要の無いことを意味していた。
「済まないが、リンドウを知らないか?」
「ん……?あ!あなたは……ご領主様!」
里に着き早速リンドウを探すトウテツは、目に付いた里の者に語り掛けた。以前来訪してから間もないこともあり、流石に直接接触すれば見抜かれるのは仕方無いことと言える。
「今回は領主として来た訳ではない。どうかお気遣い無く……」
「はぁ……リンドウさんは今、畑の開墾を行ってます」
「畑の開墾?リンドウが?」
「はい……皆と水源を探しに山に向かいました」
「張り切ってるな、リンドウ……」
「あの方は口は悪いですが、何というか……分かりやすい方ですね」
「裏表が無い……か。迷惑を掛けていないか?」
「いえ、とても助かってますよ。大した体力で馬車馬の様に働いてくれますし」
仮にも纏装を使いこなしているのだ。並の者から見れば尋常ならざる体力に違いない。
どうやらリンドウは、隠れ里の民に受け入れられている様だった。
「山の中か……。どれ……」
探知纏装を伸ばし山の中を探るとリンドウの気配は直ぐに見付けることが出来た。当然ながらリンドウも気配を察知したらしく、勢い良く山から駆け下りて来ている。
現れたリンドウは、不精髭……随分とワイルドになっていた。
「ライ!トウテツ!何だって急に来やがったな?」
「ハハハ。久しぶりだな、リンドウ。それにしても日に焼けたんじゃないか?」
「まぁな。で、俺に会いに来た訳でもねぇんだろ?」
皮肉じみた笑顔を浮かべたリンドウは視線をトウカに移す。少し首を傾げた後、目を見開き叫び出しそうになるのをライが止めた。
「リンドウ、落ち着け」
「だってお前!姫だぞ?」
「その前にお前の従妹だろ?昔は一緒に遊んだって聞いたぞ?」
「そりゃあ昔は……」
チラリとトウカを確認したリンドウはやはり納得出来ないらしく、再び声を上げる。
「いや、幾らなんでも不味いだろ!」
「リンドウ……俺がお前やトウテツを敬ったら嬉しいか?」
「…………。だけどよ……」
「それと同じだよ。トウカからすれば立場の壁は辛いんだ……領主の息子なら尚更理解出来るだろ?」
「くっ……わかったよ。ったく……相変わらずテメェって奴は普通に来訪も出来ねぇのか……」
そうは言ってもトウカの気持ちも理解出来るのだ。リンドウは溜め息を吐きつつトウカと向かい合う。
「……よ、よう。久し振り」
「はい。お久し振りです、リンドウ様……」
「リンドウで良いぜ……。それにしても良く王……叔父上が許可を出したな」
「はい。ライ様のお陰です」
キッ!とライを睨み付けるリンドウ。ライは指で耳をほじっている……。
「くっ……そ、それで、何でこんなトコに?」
「はい。実は……」
事の経緯を聞いたリンドウは再びライを睨み付ける。
「……話はわかったが、何でここに来た?」
「シギの結婚式の話だぞ?隠れ里に居たんじゃお前に伝わらないだろ?」
「それは……そうだな」
「それに、いつまでも告白出来ないヘタレ君をからか……励ましに来たんだぜ?」
「おい、テメェ……今、『からかいに』と言い掛けたか?」
笑顔だが青筋を浮かべているリンドウ。だがライは、リンドウのその両肩をガッシリと掴み真剣な目差しを向ける。
「リンドウ……ここはヤシュロとハルキヨさんの墓がある」
「あぁ?だからどうした?」
「あの二人の様に想い合いたければ、早く素直になった方が良いぜ?」
「ウルセェ!お前に関係無ぇだろ!」
その時、ライの額のチャクラがクワッ!と開いた。
「うぉっ!な、何だそりゃ?」
「……リンドウ」
「何だよ!」
「早く素直になった方が良いぜ?」
「余計なお世話だっつってんだよ!」
「……リンドウ」
「何だよ!しつけぇぞ!」
「早く素直になった方が良いぜ?」
「お…おう……」
「……リンドウ」
「…………」
「早く素直になった方が良いぜ?」
「……おう……わかった……」
先程までの意固地さは消えリンドウは急に素直になった。だが、それも一瞬……直ぐにいつものリンドウに戻ると、ライの腕を振り払った。
「で……どうするんだ、リンドウ?」
「仕方無ぇ……ちょっと行ってくるぜ」
「よし!玉砕してこい!」
「へっ!玉砕なんてしねぇよ!」
リンドウは不敵な笑みを浮かべ爽やかに駆け出す。明らかに様子がおかしい……。
「お……おい。何したんだ、ライ?」
「ん?ちょっと後押しをしたんだけど?」
「後押しって……リンドウは何処に……」
「カエデさんのところに告白しに行ったんだろうな、うんうん!」
「ちょっと待て!意味がわからないんだが……」
ライの持つ『チャクラ』の能力の一つ《催眠》……。使い方によっては悪事のし放題というトンでもない能力だが、ライにそんな度胸は無い。
「ほんのちょっと素直になる様に背中を押しただけだから、安心しろって」
「……まさか私に使ってないだろうな、今の力?」
「まさか。友達に使う訳ないだろ?」
「そうか、良かっ………いや、ちょっと待て。リンドウは友人じゃないのか?」
「………。テヘッ!」
「おぉい!幾ら恩人でも限界があるからな?」
流石に不安になるトウテツ……そこにリンドウが雄叫びを上げながら登場。腕にはカエデを抱えている。
「うおぉぉっ!やったぜ~っ!」
「ど、どうしたんだ、リンドウ!カエデ!」
「カエデから返事が貰えたんだよ!トウテツ!婚約ってことで良いよな?」
「……本当か?」
「ああ!シギにも教えてやらねぇと!ヒャッホ~!」
リンドウにいつもの荒々しさは無い。まさに有頂天だ。
「な?だから言ったろ?」
「……本当に操ったりしている訳じゃないんだな?」
「友達にそんなことする訳ないだろ?ほんの少しだけ勇気を強めただけだ」
「……………」
「で……どうする、トウテツ?残って婚約の準備にするなら飯綱領には行けないんじゃないか?」
「………いや、それは伯父上にお願いした方が良いだろう。次の領主の婚約だからな。手間を増やすことになるが喜んでくれる筈だ」
懐から通信魔導具を取り出したトウテツはライドウと連絡を付けようとしている。しかし、リンドウはそれを遮った。
「親父への報告は待ってくれ。まずはこの里をもう少し豊かにしてやりてぇんだ。それはカエデも納得してくれた」
首肯くカエデは赤い顔をしている。
「水路くらいなら手伝ってやれるけど……」
「いや、今回はライの力は借りねぇ。自力でやりてぇんだよ。里の者と力を合わせて、な?」
「そうか……成長したか、リンドウ?」
「悪かったな、ガキで!」
まだ口の悪さは残っているが、リンドウからは随分と落ち着いてきた印象を受ける。ライドウが見たら嬉し泣きしそうだ。
「次に会うのは恐らくシギの結婚式前だな。じゃあな、ライ」
「ああ。絶対手離すなよ、リンドウ……」
「当たり前だろ?そうとなったら戻らねぇと。行こうぜ、カエデ」
二人には決めた目標があるらしい。リンドウとカエデはそれぞれ里の名物を考えているとのことだ。
「ハッハッハ……。アイツの領地でも無いのにな……」
「それがリンドウだろ?じゃあ俺達もやることを……っと。その前に、二人とも付き合って貰えるか?」
里を見渡せる小高い丘にはヤシュロとハルキヨの墓が建てられている。里の者が備えた花が真新しい。
「ヤシュロ。エイルはお前の死を悲しんでいたけど、その幸せを喜んでもいたよ。……ハルキヨさん。里はきっと良い方向に向かう。これで良いかな?」
ライの言葉に返事はない。ただ備えられた花が風で揺れていた……。
「……よし、行こう」
目的地は飯綱領。同じ悲劇だけは避けたいトウテツ。それはライも同じ気持ちだ。
その後、飛翔で飯綱領内に到着したのは日が暮れ前。既に夕刻……本格的な調査は翌日を予定し宿場街に宿泊となる。
そして皆が寝静まった頃……ライは一人、宿の屋根の上に立っていた。
「やっぱり居ましたね、トビさん」
街を見下ろすライの背後……闇夜から溶け出すように姿を現したのは、久遠国王直属隠密部隊【梟】の頭領・トビだ。
「……お前は騒動に絡まないと気が済まないのか?」
「ね、狙った訳じゃ無いですよ?」
「……まあ良い。どうせなら手伝ってくれ」
「わかりました」
勇者と隠密は闇に紛れて動き出した……。
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