第四部 第六章 第十一話 鉱脈を巡る旅


 久遠国の鉱石『玄淨石』鉱脈を確認して巡るライとトウカ──。


 二人は道程を順調に辿る。それはライにとってメトラペトラから離れての初めての旅路でもあった。


 霊獣コハクから知らされた鉱脈を思いの外早く確認出来たのは、ひとえにトウカが地図を的確に見て位置を指示したお陰である。


「トウカに来て貰って良かったよ。地図見て歩くのはけっこう面倒でさ……。どうも直ぐには分からなくて………」

「いえ。お役に立てたなら幸いです」

「うん、助かった。これなら今日中にトウテツ……嘉神領主の元まで辿り着けそうだ」


 コハクから教えて貰った鉱脈は三ヶ所。一つは飯綱領、一つは八幡領、そして一つは不知火領と嘉神領を跨いで存在している。

 現在、八幡領の鉱脈を確認し終え移動の最中だ。


「ここから一度豪独楽領に向かうけど、トウカは行ったことある?」

「いいえ……ですが、領主のジゲン様とリクウおじ様は同門にして友人です。なので、お会いしたことはあります」

「じゃあ、話は早いかな。まずはジゲンさんに会いに行くからしっかり掴まっててね?」

「はい。大丈夫です」


 飛翔速度を少し上げたライにしがみつくトウカは、実に楽し気だ。

 それもその筈……近年トウカがこうして王都の外に出たこと自体稀だったのだ。ましてや束縛や制約無く自由気ままに行動できる……それはトウカにとって夢の様だろう。



 豪独楽到着後、感知纏装で探ってみたライは豪独楽領主ジゲンが城に居ないことを確認。別邸である城下町の屋敷も同様であった。

 となれば残る可能性は一つ……あの森の中にある訓練場である。


 そして案の定、そこにはジゲンの姿が……。


「ヌルいぞ、お前達! そんなことで国を守れると思うておるのか?」

「お……押忍!」

「せめて儂に一撃与えて見せい!」


 訓練場にはジゲン……それと、二人の若者が実戦さながらの手合わせをしていた。


「うわぁ……。ジゲンさん、容赦無しだぁ……」

「……ですが、手合わせしている方々もかなりの使い手ですよ? もしかして魔人ですか?」

「うん。あの人達は御神楽の戦士だよ。ジゲンさんに弟子入りして貰ったんだけど……やっぱり適任だったね」


  ジゲンの教えの元、厳しい訓練を続けても堪えられるのは魔人のみとライは判断した。そこで御神楽から戦士二名を派遣して貰ったのだが……ジゲンは何処か気合に充ちて見える。


「ジゲンさん! お久しぶりです!」

「ん? おお、ライ殿! 久しぶりよな!」

「本当はすぐに無事をお知らせに来るつもりだったんですが……申し訳ありませんでした」

「何……ワシは無事を信じていたからな。こうして顔も見れたのだ。細かいことは良かろう………ん? その女子は……」

「お久しぶりです、ジゲン様。トウカです」


 一瞬、姿勢を質したまま固まったジゲン。まさか姫であるトウカが来訪するとは夢にも思わなかったのだろう。


「な……なんと! 姫がどうして……」

「ライ様のお手伝いで玄淨石の鉱脈を確認しているのです」

「うぅむ……それはまた、王がよくぞ許可を……」

「ドウゲンさんはトウカに色々と見せたいみたいですよ?」


 ライがトウカと気安くしていることを確認しジゲンはニンマリと笑う。


(成る程……王もライ殿を気に入られたか。全く、不思議な男よな)


「それで、ゆっくり出来るのか?」

「それが、明日中に鉱脈を確認して戻らないとならないんです。今回は挨拶を兼ねた様子見で来ました」

「それは残念だ」

「すみません。今度はゆっくり温泉にでも浸かりに来ます。ところで……どうですか、弟子の育成は?」

「うむ! 何かこう……弟子を育てるというのは心が躍るな!」


 強き相手と戦うことを求めたジゲンは、強き者を育成することに何かしらの生き甲斐を見付けたのだろう。以前のような戦いへの渇望は薄れつつある様だ。


「奴ら、中々に根性もある。少しばかり変わってはいるが、やる気も持っている様だ。良き弟子を紹介して貰った」

「良かった……渇きは癒えそうですか?」

「断言は出来ん……が、恐らくはな」


 固い握手を交わしたライとジゲン。弟子二人は互いに手合わせをしてジゲンを待っている様だ。


 そんな御神楽の戦士二人に近付いたライは一つ違和感に気付く。


「お久しぶりです、ロウガさん……と、えっ? 誰?」


 そう。派遣されたのはロウガとフガク。ロウガは直ぐに判明したが、巨体のポッチャリ男の姿が無い。代わりにいるのは超絶美男子だ。


「何を言っている。コイツはフガクだぞ?」

「…………。嘘ぉっ!?」

「本当だ。ここに来て猛訓練を受けている内にみるみる痩せてな……今じゃこんな姿に……」

「やぁ……ライ君、だったっけ? 君には感謝してるよ? お陰で僕はこんなに美しく生まれ変われたんだ」

「そ……そんな……キャラまで変わって……」


 フガクは『ポッチャリ食いしん坊』から『長身イケメンナルシスト』にクラスチェンジを果たした。所持している武器も斧ではなく二本の刀に変わっている。

 刀は曲刀だがディルナーチの物ではなく、ペトランズで見かける刃の幅が広い型のものだ。


「……。成る程、ポッチャリ系の穴を埋めるに余りあるキャラになるとは……八人衆、恐るべし!」

「フッ……当然だ! 魔王よ……貴様を倒すまで我々が挫けることはない!」

「フハハハハ! ならば我が脅威より守って見せるが良い! この久遠国を!」


 香ばしいポーズを互いに見せ付け合うライとロウガ。その周囲をフガクがクルクルと踊っている。中々にカオスな光景だ……。


「……。た、確かに……変わった方々ですね」

「うむ。あれがなければ文句無しだったのですが……瞬時に溶け込むライ殿の凄さを感じますな、ガッハッハ!」

「……………」


 その後しばらく張り合ったライは、ロウガが満足した辺りで退散をすることにして再びジゲンと握手を交わす。


「じゃあ、また来ます」

「次は何処へ行くのだ?」

「飯綱領を少し覗いてからライドウさん達の元へ向かいます」

「そうか。ゆっくりして貰えぬのは些か残念だが、また必ず来てくれ。今度は盛大に歓迎致すぞ?」

「そうですね。次は是非。メトラ師匠も連れてきます」

「ならば酒を用意して待っていると伝えてくれんか?」

「わかりました。では」


 トウカを抱え上げたライは、そのまま飛翔し去って行った。


(義理堅いことよ。それにしても姫様と同伴とは……ライドウの奴、腰を抜かさんと良いがな)



 ガッハッハと豪快に笑うジゲンの声は、ライ達の姿が見えなくなるまで響いていた……。



「次は飯綱領に向かうのですか?」

「うん……だけど行ったこと無いんだよねぇ。実際は不知火とどっちが近い?」

「そうですね……この豪独楽ならば飯綱領のが近いかと……」

「わかった。じゃあ予定通り飯綱領に向かうよ。八幡領と同じで知り合い居ないから場所の確認だけになる。そしたら不知火領に行こうか」

「わかりました」


 トウカは地図を確認しつつライを誘導し鉱脈に到着。しかし、その場所では既に採掘作業が行われていた。


「……ゴメン。もう採掘してたの知らなかった」

「いえ……確かに王都にはこの場所は伝わってません。これは……秘密裏に掘られた鉱山の様です」

「……飯綱領主はライドウさんの友人らしいから、不知火で確認してみようか」

「そう……ですね」


 王に伝わっていないのであれば秘密の鉱山ということになる。それは横領とも取れる行為。


 トウカの話では、久遠国にとっての玄淨石は国の資産として扱われるとのこと。採掘や人足に掛かる費用等を差し引いた利益のうち、三分の二は国に献上せねばならないのだという。


「採れる量に限界もあるので国が管理している面もあるのです」

「成る程ねぇ……」

「でも、こんなことは今まで無かったのですが……」

「何か事情もあるのかも知れないよ?」

「そう……ですね」


 不知火領・白馬城に到着したライは、早速ライドウとの面会を申し込んだ。


「おお、ライ殿か! まさか、もう修行を終えたのか?」

「いえ、そっちはまだ全然で……」

「そちら……の………方は! ……。ひ、姫様! こ、こ、これは、御無礼を!」

「お久しぶりです、ライドウ伯父様。あの……今回は一応忍び旅ですので、姫ではなくトウカとお呼び下さい」

「えっ? あっ……うぅむ……で、ではトウカ殿と……」


 ライドウは流石に困惑している。トウカはスズの姪に当たるとはいえ、ライドウ自身は少し離れた親戚という立場。地位的には一国の姫と一領主の間柄だ。


 幼い頃、トウカはリンドウと良く遊んだりもしていた。しかし、今は少しばかり疎遠……国王ドウゲンは公式の場以外でそういった立場の違いを感じさせられるのが苦手だと語っていた。


 恐らくはトウカも同様なのではないか……と、ライは察している。



「ライドウさん、それじゃ余所余所しいでしょ? 親戚の娘が訪ねて来た。例えばカエデさんが来たら何て呼ぶんです?」

「それは……カエデと呼ぶが……」

「じゃあ、はい!」

「ライ殿……し、しかしだな……」


 見兼ねたライは躊躇うライドウに近寄ると耳打ちを始める。何かを企んだその顔はライドウには見えない……。


「トウカは余所余所しくされると悲しむんですよ。満更知らぬ仲でもないんですから……」

「し、しかし、これ程立派になられた姫を呼び捨てには……」

「そんなこと言ったら俺なんて打ち首ものでしょ? ドウゲンさんもそうですが、そんなことで立場が悪くなることは無いですよ」

「………うぅむ」


 と、そこにライドウの妻スズが姿を見せた。その腕にはリルが抱かれている。


「ライ!」

「おぉ~! リル、良い子にしてるか?」

「うん! リル、いいこ!」


 スズから手渡されたリルにライは心なしか成長を感じた気がした。


「ご無沙汰してます、スズさん」

「ライ殿……その節は何かとありがとうございました」

「俺の方こそ本当に感謝しています。リルのこと、これからもお願いします」

「我が子ですから当然です……。それで今日は………あっ!」


 スズはトウカを見て固まった。一目でそれが妹の忘れ形見であることを見抜いたのだ。


「トウカ……。キレイになったわね……」

「スズ……伯母様……」


 トウカは思わず涙を流していた。それは亡き母そのものとも言える姿……別人と分かっていても母への想いが込み上げたに違いない。


 そんな想いを理解したスズはトウカを優しく抱き締める。トウカはもう涙を止めることが出来なかった……。


「こんな立派になったのです。ルリもきっと誇らしく思っている筈よ?」

「うっ……うぅ……」

「辛いことがあったら遠慮しないで何時でもいらっしゃい。あなたは私の姪。大事な妹の忘れ形見なのですから」

「……はい。ありがとうございます、伯母様」


 スズはトウカが泣き止むまで頭を撫で続けた。トウカは一頻り泣いた後、子供のような笑顔を浮かべている。


「……それで、今日はどうしたの?」

「伯母様。それなのですが……」


 トウカは玄淨石鉱脈の話を順を追って説明した。霊獣コハクの件から始まり、いつか涸渇するであろう玄淨石の鉱脈を新たに探している最中であることを。


「ライ殿はまた無茶をしているのか?」

「む、無茶はして……ない……ですよ?」

「ならば、何故視線が逃げる……?」

「そ、そんなことより、不知火と嘉神の間にある鉱脈なんですが……」

「………責めている訳ではない。心配なのだ、私も」

「……はい。スミマセン」


 素直に謝るライは珍しいらしく、ライドウは思わず吹き出した。


「ハッハ。分かってくれていれば良いのだ。鉱脈の件はトウテツと連絡し共同で掘削するとしよう。王にも報告を入れておく」

「わかりました。それと、実は飯綱領でこんなことが……」


 飯綱領の玄淨石鉱脈は王にも報告が上がっていない可能性がある……それを聞いたライドウは渋い顔をしていた。


「飯綱領は家督争いが続いていると聞いていたが……それが原因かも知れんな」

「でも、隠密がいるんですからすぐにバレるんじゃ……」

「そうなれば家名は“お取り潰し”だろう。何者か知らぬが随分と短絡をしている様だな。これは領主の手際では無い」


 飯綱領で何かが起こっているのは間違いないだろうとライドウは告げた。


「私が確認に向かうことは可能だが……恐らくは顔が割れている為に警戒され真相には辿り着けまいな」

「……なら俺が」

「……。ライ殿にはやることがあるのだろう?」

「でも……ライドウさんの友人なんですよね、領主さんは?」

「……そうだ。飯綱領主イブキは我が友。豪独楽のジゲンと三人、固い絆に結ばれた盟友だ」

「じゃあ遠慮無しでお願いします。リルの父親なんですから俺の身内ですよ、ライドウさんも」

「………済まぬ。頼む」


 ニッコリと笑うライ。メトラペトラが居れば間違いなく『悪い虫が~!』と騒いでいた筈だ。


「実は今回来たのは、シギの結婚式の打ち合わせでもあるんです。ライドウさんも気掛かりを残して結婚式じゃスッキリしないでしょ?」

「そうか……。では代わりという訳ではないが、結婚式の手筈は私が整えよう」

「本当ですか? それじゃ、シギは密偵ですのでなるべく目立たないようお願いします」

「わかった。その辺も配慮しよう。となると嘉神のトウテツとも打ち合わせをせねばな……」

「ん~………そうだ! じゃあ、ちょっと待ってて下さい」


 リルをスズに預け天守を出て行ったライは、しばし後に戻ってきた。両手には掌大の魔石をそれぞれ握っている。


「それは一体……」

「嘉神とは距離がありますからね……通信用の魔導具を造ってきました。片方を嘉神のトウテツに預けますから、利用してください」


 手に持っている一対の三角錐型純魔石には、《自然魔力吸収》《念話》が付加されている。

 更に分身から生み出した魔石にはそのまま分身の機能を僅かばかり残している。これで時間差なく魔石同士が繋がった状態になった筈だ。


「それは助かる……しかし、相変わらずライ殿には驚かされるな」

「ハハ……。取り敢えず、一度嘉神にこれを渡してから飯綱領に向かいます。結婚式の手筈はお任せしますので」

「もう行くのか? せめてもう少し……」

「いや……少し急ごうかと。というか、シギの結婚式までにはまた準備に来ますから」

「そうか……わかった。では待つとしよう」


 ライドウは残念そうだがやはり時間が惜しい。飯綱領の問題がどの程度根深いのか分からぬ限り早めに行動するに越したことは無い。


「リル。またな?」

「う~……」

「また遊びに来るからさ。スズさん、それじゃ」

「はい。お気を付けて」

「トウカは……残っても良いんだよ? 迎えに来るから」

「いいえ。私も御一緒致します。スズ伯母様、ライドウ伯父様。お会い出来て良かった」

「……うむ。トウカよ……また来なさい。その方がスズも喜ぶ」

「はい!」



 トウカの意思を確認したライは、天守からトウカを抱え飛翔。そのまま嘉神に向かう。


「……相変わらず慌ただしいことだ。だが……」

「はい。いつも他人の為に……変わりませんね、ライ殿は」

「ライ……」

「大丈夫よ、リルちゃん。また来るって約束したでしょ?」

「うん! やくそく!」


 天守から見送る不知火領主夫妻とリルは、再会を待ち望みつつライ達の姿が小さくなるまで彼方の空を見つめていた。




 ライとトウカは不知火と嘉神の境にある鉱脈を確認した後、続けて嘉神の城に向かう。その途中、トウカは思い返した様に呟く。


「結婚式はシギと言う方の為なのですよね?」

「うん。一応、友人だからね。隠密だから結婚式しないなんて花嫁さんが可哀想でしょ?」

「そうですね……」


 しばらく沈黙した後、トウカは再び口を開く。


「もし……」

「ん? どしたの?」

「もし私が結婚をすることになったら……」

「……それって神羅国との話?」

「はい……。もしそうなったら、ライ様は祝福して下さいますか?」


 寂しそうな顔をしたトウカはライの横顔を見つめている。だが……ライは視線を合せずに飛翔を続けた。


「もし……トウカが心から望んだなら祝福するよ。でも、違うなら俺は絶対に認めない」

「…………」

「国の体面だとか和平の為だというなら全力で止める。トウカが望まないことだからね」

「それは……私の『味方』だからですか?」

「うん。俺はトウカのの味方のつもりなんだ。嫌々でも結婚させるつもりならドウゲンさんでも許さない。もし……神羅国がトウカを渡さないと攻めてくると言うなら神羅国の王族を皆殺しにしてでも止める」


 言葉は普段と変わらない口調だが、その目は普段の穏やかさを隠した力強いものだった。


「たとえトウカが決断したとしても、立場上の責任のつもりなら犬にでも食わせれば良いよ。逃げたいならペトランズ大陸に連れて逃げるし。でも……」


 ふとトウカに視線を向けたライは、普段の何倍もの優しさをたたえた瞳でトウカを見つめている。


「もし……トウカが幸せになれると自分で思えたなら全力で応援するし祝福する」

「………。ライ様は、心に決めた方はいらっしゃらないのですか?」

「お、俺? …………。一緒にいる約束をした娘はいるよ。好きだって言ってくれた娘もいる。事実、俺も二人とも好きだと思うんだ。でも……」

「でも……何ですか?」

「その娘達にも言ったけどね……俺はガキなんだよ。ずっと恋愛対象になる相手がいなかったから【好き】ではあっても【愛】が分からない。というか、その気持ちを何かが邪魔している気がする」


 恋愛感情が分からない、というより恋愛をしてはダメだと心の何かが囁いている気がする……。

 時折脳裏を過る声……それこそが理由であることは、ライも薄々感じ始めていた。


 思い出すべき経験など無い筈なのに思い出そうとすると胸が苦しくなる。それが多分、原因なのだと……。


「だから、俺は答えが出せないで待って貰っている状態なんだ。ホント……最低だよね」


 自嘲気味に笑うライからトウカは目を離せない。


「そんなことはありません……。安易に答えないのはその方達を真剣に考えているからですよね?」

「そう……なのかな……」

「そうですよ。少なくとも私はそう思います」


 そこでトウカは意を決した様に問い掛けた。


「あの……ライ様は他の女性から好意を向けられたらどうしますか?」

「え? さ、先に挙げた二人以外ってこと?」

「はい。どうしますか?」

「えぇと……やっぱり待って貰うしか無いかな。好意は嬉しいけど自分の気持ちに自信がないし。待てないなら諦めて貰うしか無い訳で……」

「では、まだ機会はありますね?」

「……。え、え~っと……何の話?」

「何でもありません! あ、ライ様。嘉神の城が見えてきましたよ?」


 トウカが指差した先には確かに嘉神領主の居城・鹿雲城が確認できる。遠巻きながらも城の補修がかなり進んでいることが分かった。


「では、行きましょう。ライ様」

「え? あ、うん……わかりました」


 突然やる気に満ちたトウカに、何故か敬語になり首を傾げるライ。相変わらず自分に向けられる好意には酷く鈍い。


「そう言えば、トウカってリンドウとは幼馴染みなんだっけ?」

「はい。と言っても、お会いするのは久しぶりなのですが……」

「嘉神領主のトウテツやカエデさんとはどうなの?」

「領主はその殆んどが親類筋なのでお会いしたことはあります。従兄弟や再従兄弟、叔父や伯母など様々ですが、領主は六親等前後といった感じでしょうか……」

「領主は皆親類……逆に言えば親類じゃない人は居ない訳だね?」

「はい。内乱が起りづらくするにはどうしても身内頼りになります。でもその分、身内にも厳しくせねば秩序が保てない。難しいですね、国というものは……」


 身内だからと罪を軽くしたのでは民も納得などしないだろう。久遠国はその辺りが徹底して厳しいらしい。


 ライはふと『前シウト国王ケルビアム』を思い出した。


(それぐらいしっかりしてればケルビアム王もおかしくならなかったのかねぇ)


 後を継いだクローディアにはキエロフ、そして父ロイやレグルスが付いているとマリアンヌから報告されている。故に今は、然程故郷の心配はしていない。


「う~ん……じゃあ、飯綱領の話は結構不味いかな?」

「もし本当に横領などをしていた場合はかなり問題になります」

「ライドウさんの友人だって言うなら、なんとかしたいんだよなぁ……とにかく、急いで行ってみよう」

「はい。私も出来る範囲で御手伝いします」

「頼りにしてます!姫神様!」

「もう!止めてください!」

「アハハハハ!ゴメン、ゴメン!」


 盛大に笑いながら紅辻くれないつじの街近くの森に着地したライ達は、僅かに急ぎつつトウテツの元へと足を運んだ。


 久方振りの再会となる嘉神領の人々──。


 トウテツ、カエデ……それとリンドウ。リンドウは不知火、豪独楽には居なかった。つまり、嘉神にまだ滞在しトウテツ達の手助けをしていると思われる。



 シギの結婚式の打ち合わせのつもりが、またしても慌ただしくなったライの旅。飯綱領の騒動もまた運命と言える出会いが待っている……。




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