第四部 第六章 第十四話 トウテツとサヨ
久那岐奪還の準備を揃えた領主イブキと家臣達……そしてトウカとトビは、街北部へと移動を果たし『いざ!決戦!!』といった意気込みを見せていた。
だが……そこで見たのは、異国兵達が遠巻きで何やら右往左往する様子……。
「ちっ!また外れた!」
「そっちに行ったぞ!逃げられるなよ?」
「クソッ!速すぎて当たりゃしねぇ!」
異国兵は必死になり放出型魔導具を街の外に連射していた……。
「何でしょう、アレは……?」
疑問を口にするトウカ。
「私が詳細を探って参ります。皆様はここで待機を」
夜目が利き気配遮断が得意なトビと隠密二人が素早く移動し、目を凝らした先……そこには朧気に光る存在が一つ浮かんで見える──。
それが何かを理解した時点で、トビは険しい表情になり目頭を押さえた。
そこに見えたのは、般若面を被った褌男……『裸一貫!残念勇者』だ。
尋常ならざる速度で魔導具の攻撃を躱している褌男は、光っていることもあり無駄に美しい残像を残しつつ移動している。
夜の闇という状況は、その怪しさを存分に演出していた。
(……何故……奴はああも奇っ怪な行動を選ぶのだ……?)
何かもう真面目に警戒するのがバカらしくなってきたトビ。
知人が見ていない場所ですらあの有り様である。根っからのアホウであることは、最早疑いようがない。
同行した隠密二人も顔を見合わせ首を傾げる始末……久遠国の隠密達に残念な勇者の存在が改めて刻まれた瞬間だった。
「何が見えたんですか?」
戻ったシギ達に問い質すトウカ。しかし隠密達の口は重い……。
「姫もあの存在は感知していますね?」
「はい。ライ様の分身なのは分かりますが……」
「では、それ以上はお考えにならぬ様に……」
「……?」
トビは領主に同行している分身ライに一瞥すると、再び目頭を押さえている。相当お疲れな御様子だ。
「ライ殿……あなたは一体何をしているの……?」
「え?ああ……今敵兵の魔力減らしてます。少しだけ待って下さいね、イブキさん」
「……そう。わかったわ」
領主イブキはライを信用している。王ドウゲンと友人であること、そしてライドウ達との間柄は、トウカより既に聞いていた。
だが、理由はそれだけではない。ライの雰囲気を感じたイブキの直感ともいうべきものが『信じろ』と告げていたのだ。
「攻撃を仕掛ける好機と判断したら合図します。その前に敵が引き返し始めると厄介ですから、隠密のお三方はそれを警戒して貰えますか?」
「……わかった」
敵兵は纏装の使い手。対する飯綱領側も纏装を使える様だが、どちらかと言えば命纏装使いに傾いている。
魔法や魔導具への対応に得手不得手がある可能性は無視出来ない。
しかし、見たところ異国兵の魔導具は『魔力貯蓄型』ではなく持ち主の魔力を消費し起動しているタイプ。ならば消費させてしまえば事足りるだろう。
そんな判断から『褌男ライ』は、とにかく異国兵の魔力消費に専念し続けた。
「一向に当たらんぞ!クソッ!こうなれば取り囲んで接近戦で……」
「し、しかし、あの存在を接近で倒すのは無理では無いのか?」
「奴は我々をからかっているのだ。それこそが奴の油断……付け入る隙はある。どのみち奴を街に入れればマコア様の仕置きが待っているのだぞ?」
「ひっ!……そ、それならば死んだ方がマシだ!」
途端に異国兵達は青ざめ剣を固く握り直した。商人マコアという存在は、異国兵にとってそれ程に恐怖の対象なのだろう。
兵は一丸となり般若面の褌男に突撃を開始した。
「このっ!」
ヒラリ。
「このっ!喰らえっ!」
ヒラリ。ユラリ。
「うおぉぉぉっ!」
ミス!褌男はヒラリと躱した。
ミス!褌男はヒラリと躱した。
ミス!褌男はヒラリと躱した。
褌男はニヤニヤと様子を見ている。
ミス!褌男はヒラリと躱した。
ミス!褌男はヒラリと躱した!
「くっ!速すぎる……」
異国兵凡そ七十人の攻撃は尽く当たらない。
その素早さは、まるで何処かのメタルな生き物の様だ。
そんな奮闘がしばらく続き、魔力どころか体力も削られた異国兵達。肩で息を吐く程に疲労したタイミングを見計らい、褌男は仕上げの行動を開始する。
「お、おい!あれ……」
異国兵達の視線の先……何と、褌男の白褌が少しづつ伸び始めているではないか。
と、次の瞬間……更なら高速移動で異国兵達の間を駆け抜け始めた。
右へ左へと縫うように移動をする間にも褌は伸び続け、最終的に異国兵は褌に絡め取られ動きを奪われることになる。
「蛮王流!闇月不浄白布狂縛!!」
兵の群れを駆け抜けた褌男は、胡散臭い技名を叫び“ シュビッ! ”と両手を広げポーズを決める。その褌は異国兵達と繋がったままだった……。
「う、動けん!だ、誰か、この布を斬れ!燃やしても構わんぞ!」
「無駄だ!その暗黒の白布は斬ること
【暗黒】なのに【白布】とは、これ如何に……?
「化け物め……訳の分からないことを!」
褌男は、いつの間にか身動きの取れない異国兵達の前に仁王立ちしていた。良く見れば褌の横から大事なものが『へへっ!コンニチハ!』しているが、それもご愛嬌……。
「お……俺達をどうするつもりだ?」
「そこまで言うならば説明せねばなるまい……。【蛮王流・闇月不浄白布狂縛】とは……」
「そんなことは聞いていない!答えろ、おい!?」
「【蛮王流・闇月不浄白布狂縛】……その技は、かつての王が褌の短さでイチモツがはみ出たことに由来する…。もっと長さを……しかし最適の長さが分からない王は、手始めに長大なものを使用していた。ある時、襲い来る刺客を褌で絡め取り撃退した事に由来するのがこの技【蛮王流・闇月不浄白布狂縛】だ……」
聞いてもいないことを語りだした褌男……。しかも兵の問いには一切答えない。
そんな力説を続ける褌男の仮面は、『ひょっとこ』に変わっていた……。
「この業深き闇の技は、巻き付けた相手に病魔を移すという恐ろしい技でもある。故に禁忌として長らく封印されて来たのだ。それをこの我が解き放ったのよ!当然うぬらも病魔に憑かれたと知れ!」
「び、病魔だと?ふん!ハッタリを……」
「果たしてそうかな?ほぅら……全身が痒くなって来たぞ?うわ……ヤッベェ~……」
そんな褌男の言葉に兵士の一人が身悶えを始めた。
「ハッハッハ!物凄くはないが、気になって仕方がない痒さ……とくと味わうが良い!ハ~ッハッハッハ!」
「ぐっ!た、確かに言われれば妙に気になる!」
実際は只の思い込みでしかないそれは、瞬く間に兵達に広がって行った。すっかり疲弊もしている兵士達には、もはや戦う余力は残されていない。
そんな絶妙な好機に現れたのが飯綱の領主達だ。勿論ライがタイミングを教えたのだが、イブキ達がその目に捉えたのは身悶えしながら鎧を脱ぎ全身を掻いている異国兵の姿だった……。
「……。こ、これは………」
既に褌男の姿はない。それもその筈……ライの分身『褌男』は纏装切れで既に霧散している。当然、飯綱領主達には何があったのか知る由もない。
「おい、お前……一体何をした?」
相手を傷付けず無力化。しかも半刻も掛かっていない。トビからも何やら駆け回っている姿しか見えなかったのだ。当然、疑問が残る。
だが、ライは何も答えず肩を竦めていた。
「おい!これでは報告が出来ん!答えろ!」
「……ば、蛮王様の祟りですじゃ!」
「ば、ばん……?何だって?」
「あ!あそこに蛮王様が~!ナンマンダブ~、ナンマンダブ~……」
空を指差すライに釣られ視線を向けるトビ。しかし、そこには何もいない……。
「何もいな……」
振り返った場所にはライすらも居ない。分身は既に解除されている。そう……トンズラこきやがったのである。
「…………あ、あのヤロウ!殴る……後で絶対殴る!」
腹立たしさで段々素が出始めたトビを余所に、戦いの場面は暗殺者達と向かい合う三人に移る。
領主達が囚われていた倉──そこを囲む様に見張りに配置されていたのは、魔術師と暗殺者。
人数は二十人程だが、ライが見る限り街の北側にいる兵より実力は上。
だからこそライは、こちら側を受け持ったのではあるが……。
「……なぁ、アンタら。諦めて国に帰る気はないか?」
堂々と姿を現したライとトウテツ。サヨは物陰で気配を消し様子を窺っている。
語り掛けた相手は、この敵の中で恐らく最も格上の魔術師。茶のローブを着込む魔術師の中で一人だけ黒い衣装は、それだけ特異な存在の顕れと言える。
黒ローブの男はか細く見える身体だが、視覚纏装である【流捉】は強力な魔力の流れをハッキリと捉えていた。
「………どうやら、目論見を見抜かれたか。だが、我らの有利は変わらん。囚われの領主の命……どうなるか理解しているのだろう?」
「もし、その有利が無いとしたら帰ってくれるのか?」
「フン。愚問だな……我らの有利は領主のみに非ず。地の利こそ真の謀なり」
「だ~か~ら!その有利が無かったら帰るのかってぇ話だよ?バカなの?」
「………何?」
暗殺者の一人に目配せした魔術師。暗殺者の一人は倉の中の領主達を確認に向かう。
倉の中にはライの分身が姿を変えて待機していたが、『脱出』から『奪還』に計画が変更した為人質に成り済ます必要は無くなった。
暗殺者が確認の為に倉の中に入った途端に分身体を融合──巨大な《雷蛇》となり襲い掛かる。
電撃を受け悲鳴を上げる暗殺者は、気を失ったところを縄でがんじがらめにされ倉の中に放置されることとなった。
「……貴様は何者だ?見たところ久遠国の人間では有るまい?」
倉を確認に向かった暗殺者の悲鳴は魔術師にも聴こえていた。それは領主が既に逃げた事を意味していると魔術師にも理解出来たのだろう。
当然ながら久遠国の者の手際では無いことも同時に把握した筈である。
「得体が知れないのはお互い様だろ?俺の正体を聞きたいなら、まずアンタらの正体を明かしたらどうだい?」
「……………」
「ま、答えられないわな?まさかディルナーチ大陸に踏み込んで来たのが『トシューラ兵』なんてバレたら、久遠国内の掃討作戦が始まるだろうし」
「貴様!何故それを……!」
魔術師と暗殺者は一斉に構え殺気立つ。その圧力にトウテツやサヨは一瞬怯んだが、ライの全く動じない様子に気を持ち直した。
「ん?当たりだった?いやぁ……半分は勘だったんだけどねぇ」
「くっ!貴様、本当に何者だ?」
「さて……教える義理はないね。で、どうする?大人しく帰るなら責任者以外は助けてやるよ?」
その言葉にトウテツは複雑な表情を浮かべた。それは久遠国の中では通じる道理ではない。
「ライ……そうはいかないぞ?敵国の侵略ならば捕らえなければならない」
「一応の確認だよ。降参する様なら記憶をゴッソリ消して国外に放逐。無駄に殺すより良いだろ?」
「敵まで救う気か?何故だ?」
「誰だって死にたくないだろ?敵対しないなら殺さないってだけの話さ。でも……」
トウテツに顔を向けたまま刀を素早く抜いたライは、何もない中空を払う。甲高い金属音が響き渡ると同時に、ライの足元に短刀が突き刺さった。
「返事は決まってるってさ?」
「わかっていて聞いたのか?」
「まさか……俺は本当は争いが嫌いなんだよ。戦わずに済むならそれに越したことはない」
困ったような顔を浮かべるライは冗談を言っている訳ではない。命のやり取りに慣れたくは無いのが本音なのだ。
だが……それも身内に危機が及ばない限りのこと。既にトウカやトウテツ、イブキは関わりを持った相手。その存在は敵の命より当然重い。
「……随分と余裕の様だが、まだ久那岐は我らが手の内だぞ?」
「まだ勘違いしてるのか……お前らの手なんて城の敷地の内にしか届かねぇよ」
「何を戯けた事を……」
「信じなくても構わないが、これで最後の忠告だぜ?諦めて投降しないなら命は保証しない。友人の方がアンタらより大事なんでね」
「フン……どのみち貴様らの口は封じねばならんのだ。僅か“ 三人 ”で我らの前に立ったことを後悔するが良い」
隠形を見破られていたサヨが姿を現し、ライとトウテツの傍に近付く。
「イブキさん達の方はもう終わりましたよ、サヨさん。全員無事です」
「良かった。………それで、どうします?」
「先に言った様に、サヨさんはトウテツと組んで行動して下さい。トウテツも互いの連携重視ね?」
「ライはどうするんだ……?」
「俺はあの黒ローブの奴と暗殺者達を相手する。魔術師達の方は神具があれば二人で相手出来るだろうし」
「それじゃライの受け持つ人数が……」
「トウテツはリンドウから聞いてないのか?俺は化け物なんだってよ」
「………わかった」
「油断すんなよ?お前に何か有れば嘉神領に申し訳が立たない。リンドウとカエデの結婚もご破算に成り兼ねないからな?」
念の為、倉の中に居たライの分身が姿を隠しトウテツ達を見守るつもりだ。
トウテツ達の相手は魔導師五人程。作製した神具の相性を考えれば、割りとすんなり倒せるだろう。
「それと、街に被害が出ないように奴らも含め城の敷地から出られない様にしてある。気を付けてくれ」
先に放っている『分身蜘蛛』の糸で、城の敷地は包囲してある。それは糸に触れればたちまち捕縛され魔力を奪われる一種の結界。
「さぁ。それじゃあ賊退治といこうかね」
「貴様にやれるものならばな!」
先に動いたのは異国の侵略者側。暗殺者が一斉に飛び掛かったと同時に魔術師が魔法詠唱を始める。連携の王道と言えよう。
「はい、残~念~!」
だが、それを余裕の笑みであしらうライ。軽く腕を振り払うと、黒ローブの魔術師を含む暗殺者全員が急激に足を引っ張られ体勢を崩した。
それは事前に付けていた蜘蛛の糸。ライはトウテツと視線を交わし頷くと、そのまま敵を引き連れて距離を取る。
「全く……リンドウ達から聞いていた通りだな」
「どのような話ですか?」
「ライの行動に一々驚いていたらキリが無い」
「……そうですね」
戦力の分断……これで残るは魔術師五名。
それでも、魔法を使える者が稀な久遠国の民──トウテツやサヤには未知の相手。気を引き締めなければならないことは確かだった。
「じゃあ、よろしく頼む」
「はい、ご領主様」
「互いに背中を預ける立場だ。堅苦しいのは無しにしないか?」
「わかりました。では……トウテツ殿」
「背中は頼んだ、サヨ殿」
【久遠国】対【異国の侵略者】。その戦いが始まった……。
トウテツは早速、神具を発動。刀を夜空に掲げると残像のように刀身が横一列に並ぶ。
それは刀に付加された【分身】。生み出された刃は二十。束や鍔は付いていない状態で《飛翔》している。
「哈っ!」
掛け声と共に振り下ろされた刃はトウテツの持つ刀に合せ攻撃を始めた。
「小癪な!」
異国の魔術師は詠唱の不要な魔導具で防御を行う。光の壁は降り注ぐ刃を阻むが、トウテツは《金烏滅己》を切っ先に発動。結果として魔導具による防御を容易く破り、刃の雨が魔術師を貫いた。
「私はライの様に優しくないぞ?敵は斬り捨てるのみだ。ましてや侵略者に容赦はしない」
身体を貫かれた魔術師は焼かれて瞬時に炭化。回復魔導具を使用する間も無く崩れるように倒れた。
「ぐっ!気を付けよ!奴の武器は恐らく神具……刃を受ければ只では済まぬ!?回避しながら魔法で……グバァ!」
仲間に情報を伝えている途中、その腹部に食い込んだのはトウテツの足。《加速陣》により高速移動し《風壁陣》を纏った足で蹴りを放ったのだ。
腹部を蹴られた魔術師は大量の血を吐きのたうち回ると、やがて動きを止めた。しかし、トウテツはキッチリとその首を刈る。
真面目ゆえに堅実。トウテツは顔色一つ変えていない。
(それにしても恐ろしいな、神具とは……。これ程の物、戦に用いられればその被害は計り知れない)
それをあっさり生み出すライという異国の勇者。しかし、トウテツが感じたのは畏怖ではなく友情。
(危険性は造ったライが一番理解しているだろう。それを信頼して預けてくれたライを裏切る訳にはいかないな)
そう心に誓ったトウテツは、高速飛翔で魔術師に近付くと《氷月刃》でその首をはねた。
「コ、コイツ、強いぞ……」
「安心しろ。我等にはまだアレがある」
追い詰められた魔術師達は懐から小さな魔石を取り出した。
それは通常の魔石と違い禍々しい黒色。そして脈打つように赤く明滅を繰り返している。
「トシューラ万歳!」
「この命、ルルクシア様に!」
声高に叫んだ魔術師達は魔石を口に含むと一気に飲み込んだ。
次の瞬間、魔術師達の変化が始まる。茶色いローブは内側から膨れる肉体に引き裂かれ、現れた魔術師の姿は筋骨隆々。黒く脈打つ血管が浮き出ている。
既に意識は無いのだろう。魔術師達の双眸は虚ろで濁っていた……。
「なっ……!」
異変に気付いたトウテツはサヨの傍まで急ぎ引き返した。
「何だ、あれは……」
「わかりません。しかし……あれは危険な気がします」
「命を削る……いや、命を喰らう禍々しき邪法か……」
「来ます!お下がりください」
魔術師だったものは肥大した肉体で攻撃を開始。それは魔術師らしからぬ正面切った攻撃である。
サヨはそれを鋼線を網目のように張り攻撃を受け止めた。
「!……くっ、これは!」
「どうした、サヨ殿!」
「相手の魔力が消えません!力で押される……」
「……取り敢えず距離を取ろう」
サヨを抱え上空に飛翔したトウテツは眼下の魔術師……いや、【異形人】を観察している。
どうやら飛翔は出来ない様だ。
「……何故ライ殿の神具が効かないのでしょう?」
「考えられるのは同種の力でぶつかったか、あるいは魔力量が尋常じゃないのか、だな。だから魔力の一部しか消せなかったのかもしれない」
「どうすれば良いでしょうか?」
「まずは試してみよう。私の刃で放った魔力を消せば推測が当ったことになる。そうしたらまた合流、それで良いか?」
「わかりました」
サヨを建物の屋根に降ろし、一気に飛翔で近付いたトウテツは異形人に向かい《金烏滅己》を放つ。
躱せぬ程の至近距離。だが……トウテツの推測通り《金烏滅己》は吸い込まれるように消えた。
「魔力の吸収か!どうりで……」
直ぐ様方向転換し再び距離を取ろうとしたトウテツの背後には、既にもう一体の異形人が……。
「っ!しまった……!」
異形人は口を開き体内で魔力変換された炎を放つ。
躱せぬ距離とタイミング。それを救ったのはサヨだった。
「トウテツ殿!」
「うっ!」
トウテツの背後には鋼線の壁が編まれ炎を防いでいる。と同時に、トウテツは鋼線で身体を引っ張られ回避。事なきを得た。
「大丈夫ですか?」
「ああ……済まない。助かったよ」
「ライ殿が二人で連携しろと言った意味がわかりましたね」
「……全くだ」
仲間との連携……それはライにとって父からの教えの一つであるが、その大切さは身に染みて理解している故の忠告でもあった。
エノフラハでの戦いは、ライの『戦いの心構え』を大きく決定付けたものでもある。あの時、獣人オーウェルが居なければライは無事では済まなかったのは間違いない。
故に、急造だろうと連携が如何に重要かを理解した上での忠告である。
「魔法が効かないとなると、残った手段は天網斬りか……。だが、あの速さを二体となると骨だな」
「………一体ならば仕留められますか?」
「恐らくは……」
「では、私がその隙を作ります。僅かな時間でしょうが……」
「駄目だ。サヨ殿が危険な目に……」
「このまま戦い続ければ、持ち前の魔力の差で敗北する可能性もあるでしょう。それでは信頼して任せてくれたライ殿に面目が立たないのでは?」
「……………」
サヨの言葉は的を射ている。確かに戦いが長引けば魔石に蓄えられた魔力が切れ、自前の魔力での戦いになる。それは、あの『異形人』に押し切られる可能性も残るのだ……。
倒せなかった場合はライが全てを片付けるだろうが、神具まで受け取ってその体たらくでは確かに面目も立たない。
だが……だからといってサヨを危険に晒すようなトウテツでもない。
「やはり駄目だ。 先程までと同じやり方で隙を狙う。良いか?」
「……わかりました」
だがこの時、サヨが決意の色を浮かべていることにトウテツは気付かない。
「援護を頼む!行くぞ!」
飛翔で異形人へと一気に接近したトウテツ。《加速陣》を自らに使用し素早く攻撃するが、殆ど当たらない。かろうじて当たった攻撃も端から塞がってゆく。
「くっ……ならば!」
攻撃を天網斬りに変更し、ようやく腕を一つを斬り落とす。だがその直後、反撃を受け撥ね飛ばされることとなった。
しかしトウテツは負傷を免れた。サヨが予測し受け止めたからだ。
「隙を作ります」
「待っ……!」
トウテツが止めるのも聞かずサヨは前に飛び出した。鋼線を網状に自らの前に拡げ、二体の異形人の内一体に絡み付けた。
更にもう一つ鋼線を伸ばすと、異形人の死角から首に巻き付け壁に縫い付ける。
視認しづらい鋼線を巧みに操ったサヨの技は、トウテツの剣技にも劣らぬ速さ……。見事異形人の動きを絡め取り、更に《減速陣》《物質硬化》を鋼線自体に発動。絶好の機会を生み出した。
「今です!」
「……わかった!」
トウテツは渋い顔を浮かべているが、この期を逃すことはサヨの覚悟を無駄にすることになる。
意を決し高速飛翔したトウテツは、網に絡め取られた側の異形人を鋼線ごと天網斬りで八つに裂いた。
更に僅かに蠢く異形人を《金烏滅己》で念入りに燃やし尽くすことを忘れないトウテツ。流石に分断された状態では魔力吸収は出来ず、異形人はあっさりと炭になった……。
次の攻撃を加える為振り返ると、異形人はその尋常ならざる膂力で拘束を破っていた。そこには、鋼線ごと振り回されるサヨの姿が……。
「サヨ殿!」
「きゃあぁぁぁっ!」
トウテツが駆け寄り異形人の首を斬り落とすのと、サヨが放り投げられたのはほぼ同時。サヨが勢い良く壁に叩き付けられる姿がトウテツの視界に映る。
「おのれぇぇぇっ!」
トウテツは怒りのあまり異形人を滅多斬り……天網斬りで分断した異形人の身体には《金烏滅己》を宿した分身の刃の雨が降り注いだ。
トウテツに異形人の最期を確認する余裕はない。一刻も早く治療を……青い顔を浮かべ必死にサヨに駆け寄った。
「サヨ殿!サヨ殿!無事か?」
「うっ……て、敵は……」
「サヨ殿のお陰で倒した。全く……無茶をする」
取り敢えずの無事を確認し安堵したトウテツは、サヨを優しく抱き起こし脇差しの神具で治療を始めた。サヨの傷は瞬時に癒えたのだが、二人は見つめ合ったまま動かない……。
「はぁ~……この神具を貰っておいて良かった。もしサヨ殿に何かあったら、私は………」
「……………」
「フフ……サヨ殿は強いな。女子に背中を預けたのは初めてだよ」
「そんなことは……」
「それに……」
「それに?」
「………い、いや、済まない」
トウテツはハッと我に返り口籠る。その顔は夕陽が差したように赤いが、夜の闇に月明りだけでは良くわからない。
約一名を除いては……。
「えぇ~………。何あれ?もしかしてラブラブ?うそぉん……」
物陰から『わたし、見ました!』と言わんばかりに顔を覗かせていた分身ライは、その様子に驚くしかない。
「トウテツにも春が来たか。何だよ……嘉神領も不知火領も後継者は安泰か……良かった良かった」
結局、久遠国の友人達は皆が伴侶を見付けた様だ。
だが──問題が一つ残っている。
領主と隠密……通常ならば道ならぬ恋である。しかし、それは飽くまで通常ならばだ。
そう──ここは道理を蹴散らし無理を押し通す奴の……ライのお節介魂が火を吹くぜ!
「うぅむ……今回のことが片付いたらイブキさんに頼んでみるかな。サヨさんを何処かの領主の養子に入れれば地位的な問題は無くなるだろうし。何なら今回の追加の褒美としてサヨさんに地位を与えて貰って……」
既にトウテツとサヨをくっ付ける算段を始めたライ。これも友の為……と思いつつワクワクが止まらない。
だが、『とんだお節介野郎』がそんな状態で戦っていることを忘れてはならない。
片や伴侶を見つけた幸せ、片や命のやり取り。同じ意識で見るにはあまりにかけ離れた光景。ある意味カオスなライらしくもある。
飯綱領・久那岐での戦いは、そんな『カオス勇者』の戦いでいよいよ以ての佳境となる。
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