幕間④ 復興の街


 フリオがエノフラハに到着したのは【魔獣事件】から五日以上後のことだった。


 トラクエルでの任を終え一度ノルグーに帰還したフリオ。その時点でエノフラハの騒動終息を聞いていたが、じっとしていることなど出来ずに許可を貰い単身現地まで赴いたのである。


 フリオが辿り着いた時、エノフラハの復興はほぼ終わっていた……。


 街並だけを見れば騒動があったと言われると信じられない感覚だろう。

 確かに事件があったと理解出来たのはフラハ卿屋敷の前を通り掛かった時である。既に解体が進み瓦礫が残るばかりの屋敷は地下にまで大穴を開けていた。異様だったのは、巨大な生物の骨があったことだ。


「おやまぁ!フリオじゃないか?どうしてエノフラハへ?」


 フラハ卿屋敷の敷地に残った門の前で少しばかり呆けていたフリオ。背後から突然声を掛けられ振り返ると、そこにはレダの姿があった。


「どうしたとは随分な挨拶だな、オイ……心配して来たに決まってるだろ?お前こそ何してんだよ、こんなトコで」

「屋敷を直してる人達に差し入れをね。それより悪かったね、わざわざ来て貰って」

「なぁに、無事だってのは聞いてたからな。状況確認がてらサボりに来たのがホントのところさ」


 肩を竦めるフリオを見てレダは思わず吹き出した。フリオはいつもおどけて本心を隠す。恐らく本気で心配していたのだろう。


「ここじゃ何だから少し落ち着こうかね。食事は済ませたのかい?」

「いや、先刻さっき着いたばかりだからな。美味いの食わせてくれるか?」

「フフッ。わかったよ。近くに良い店があるからソコに行こうか」


 店まで歩く中、シウトの騎士が街を巡回している姿が目に留まる。本来なら既に不要な警備を残しているのは、住民の不安を軽減させる為の措置……キエロフの心配りだとレダは言った。



 食堂ではレダの注文したフラハ地方の料理が所狭しとテーブルに並んだ。フラハ特産の香草と肉を調味料で炒める料理は、他の地域でも定番として出される人気の品である。


 エノフラハまで急いで来たフリオは余程の空腹だったらしく、結構な量をペロリと平らげた。


「エノフラハも思ったより大丈夫な様だな」

「ん……まあ見た目はね。でも人の気持ちは別だよ。街中を見たんだろ?人が少ないと思わなかったかい?」

「ああ。確かにな……」


 今は昼時。食堂も本来なら満員の時間である。しかし、客足がまばらなのは二人がいる店内を見回しても明らかだ。


「あれから他の遺跡に拠点を移した人が多くてね。家族で生業にしていた者は尚更に安全を求めたんだろうさ。家族を失った人達の移住希望は国が補助をしてるよ」

「成る程、それでか……だが、それも仕方ないな。発掘屋組合は大変そうだが、お前は大丈夫なのか?」

「まぁ何とかね。商人組合との連携があるから割と上手くやってるよ。それも含めてフリオには感謝してる」


 フリオには心当たりが無い。しかし、言葉の意味には直ぐに気付いた。


「ああ……ライのことか。そういやアイツの親友が商人組合の所属なんだっけか?そんなつもりで紹介したんじゃ無いんだが、縁てのは不思議なもんだな」

「本当にねぇ……」


 それからしばらく無言だったフリオは、エノフラハに来た本当の目的を意を決した様に切り出した。

 向こう見ずな、弟の様な存在。その安否は未だ知れない。分かっていても……どうしても聞かずにはいられなかったのだ。


「ライは……まだ見付からないのか?」

「……。今聞いてきたんだけど、どうもフラハ卿屋敷の地下には遺跡までの隠し通路があったらしくてねぇ。ライはそっちから逃げたのか、連れ去られたんじゃないかって話さ」

「自分の意思で逃げたなら戻るだろ。戻らないってことは……」


 何者かに連れ去られた、ということになる。レダもその可能性が高いと補足した。


「オーウェル……ライと一緒に行動してた獣人なんだけどね?そのオーウェルの話じゃトシューラの傭兵とやり合ったらしいんだよ」

「トシューラの傭兵?まさか【フォニック】か?」

「うん。確かそんな名前だったと思う。その残党に連れてかれたんじゃないかい?」


 そうなるとライはトシューラ国にいることになる。国境は厳重な筈だが、易々と侵入・脱出されたのなら何処かに抜け道がある筈だ。そのことも由々しき事態である。


「しかし、トシューラ国か……本当ならかなり厄介だな」

「そこは商人組合が動いてくれている筈だよ?場所が判明すれば打つ手も出てくるだろうし」

「それにしても、ライを連れて行ってどうすんだ?要人ならともかく一介の若造だぞ?移動の邪魔にしかならねぇと思うんだが……」

「そこまでは……ねぇ。ただフェルミナって嬢ちゃんとマリアンヌさんの話じゃ間違いなく生きてるらしいから、早く見付けてやらないとねぇ」


 マリアンヌという名に反応するフリオ。ライを短期間で鍛え上げた存在。フリオにはその実力の程は良く分からない。


「結局、魔獣を倒したのはその『マリアンヌ』なんだろ?そんなに強かったのか?」

「アタシは直に見てないから分からないけどさ?魔獣だけじゃなく、街中で暴れる人型の魔物もほぼ全て捕獲したらしいよ。それも一人で」

「何だそりゃ……出鱈目も良いところだろ。近衛兵も殺られた相手を一人で全部捕獲?」

「ところが街の住民までそれを見てたらしくてねぇ。残った住民が救世主を讃えるとか言って石像を作り始めたんだよ……」


 フリオがエノフラハに到着して最初に気になったのは大通りの噴水の傍にあった巨石である。それは後に『仮面の女神像』として新たなエノフラハの名所となるのだが、マリアンヌの外見を知らぬフリオは想像も付かない。


「実際、ウチの店の倉庫に凍り漬けの【人型魔物】が眠ってるよ。あの氷、不思議な事に溶けないんだよ……」

「……頭痛くなってきた。ウチの若い騎士が大臣からのご指名で修行に行くことになってるんだが、様子覗いた方が良いかな?」

「まあ、マリアンヌさんはしっかりした人だったから大丈夫だと思うよ?」

「え?ちょっと待て……『人』だったのか?」

「アンタ……なんだと思ってたんだい?顔はわからないけど、若い女性の筈だよ?」


 ライからは元・魔導機械兵とだけ聞いていたフリオは想像を上回る事態に困惑する。しかし、ライと関わると妙な事にばかり起きるので開き直ることにした。


「ま、まあ、それはどうでも良いか。で、お前はこれからどうすんだ?」

「どうするも無いだろ?アタシはエノフラハの武器屋兼、発掘屋さ。その内また人も増えるから大丈夫だよ」

「そうか……」


 もし街を離れるならノルグーに誘うつもりだったが、レダの決めたことを乱す発言は無粋である。


「それより……アンタはライを捜さないのかい?」

「騎士団長がそこまで勝手は出来ないだろ……そこはライも理解してくれるだろうさ」


 内心ではこのまま捜しに行きたいフリオ。しかし、フリオは騎士団長というだけの立場ではない。ノルグー卿の子息なのだ。勝手な振舞いは父の立場を考えれば好ましくない。


「不器用だねぇ……本当は捜しに行きたい癖に」

「うるさいな……今はトシューラ国の問題があるだろ?そっちの対策しとかねぇとライも安心出来ねぇだろうが。今回の騒動もそこから始まってんだから」

「それなんだけどね……」


 小さく手招きをしたレダは顔を近付けたフリオに耳打ちをした。


「内密なお達しだけど、キエロフ大臣はシウトの国力を上げる為に大規模な改革を計画してるみたいだよ?今回の件で考えるところもあったんだろうけどさ。諸公にも連絡が行くと思うけど、トシューラ国との同盟は解消するって」

「まあ……当然だな。しかし、そうなると色々足りねぇんだよなぁ……人も物資も時間もな」

「そこは色々やってるらしいじゃないか……ティムから聞いたよ?ただ、シウト国はトシューラ国としか同盟してなかったからねぇ。今後はそこが肝になるんじゃないかと思うけど」


 そもそもトシューラとの同盟もケルビアム王……もとい元・シウト王が勝手に始めたものである。大国同士の同盟は本来、自国の利益優先になるので滅多に行われない。


「それと、今回の【人型魔物】の件。神聖機構に協力を要請して受け入れられたってさ」

「エクレトルにか?そりゃ良かったじゃねぇか。もし人に戻せるなら死んだ騎士達も浮かばれると思うぜ?」

「そうだね……。それにキエロフ大臣は【人型魔物】を創る様な国は脅威だと神聖国に伝えるつもりなんじゃないかねぇ。同盟は無理だとしてもトシューラ国の異常さを伝えられるだろ?」


 神聖国家エクレトルは建国以来、他国に対しての肩入れをしない。しかし、災害や魔物などの脅威がある場合は率先して支援を行っているのだ。


 そんな神聖国家エクレトル。トシューラ国が魔王軍と対峙しているとの噂には一切動くことはなかった。『天使』が管理する国だけあって『勇者フォニック』も『魔王軍』も戯言だと知っていたのだろう。それならば教えておいて欲しいものだ、とフリオは思った。


「とにかく、トシューラ国は油断ならない相手みたいだからキエロフ大臣も必死だろうさ」

「やれやれ……問題山積か。ま、こっちはやることをやるだけだがな」

「そうも言ってられないかもねぇ。何せキエロフ大臣は『信用出来る人間』を増やしたいみたいだし。その基点がライだって知ってたかい?」


 キエロフが祖国愛に目醒めたのはライが原因である。そしてシウト王退位と国賊排除に関する貢献で信頼は高まり、エノフラハでの自らを省みない奮闘はキエロフから絶対的な信頼を得るに至った。当然、それに連なる者達も『信頼出来る人物』に数えられることになる。フリオはノルグー卿の子息でもあるので尚更だ。


「ぐっ……あのトラブル大魔王め!姿がなくても巻き込むか……!」

「因みにアタシは巻き込んじまったクチだね。まぁ当人のライが一番苦労してんだから諦めるしかないねぇ」


 実はそれら全てティムの策略である。効率良く有能な人物を使うにはライの人運は便利なのだ。そして責任はライに丸投げ。ティム・ノートン。まさに恐るべき男……。


 因みにティムはシウト国が総力をあげてライを捜す事を止めている。商人組合の情報に報酬を払い捜した方が警戒されず効率も良いからだ。

 シウト国からは捜索専門の密偵のみに依頼し、国内強化を優先して貰っている。


 それが功を奏したかはわからないが、数年後にシウト国は揺るぎなき団結力を持つ国に生まれ変わる。しかし今は、それぞれが自己の領分で責任を果たすだけである。


「さて……じゃあ帰るわ。ライの事、何か分かったら連絡頼む」

「あいよ。気を付けて……そうそう。レイチェルちゃんに世話焼かせてないで早く嫁さん見付けなよ?」

「……お前、以前は『ですわ』と『ありませんこと』か言ってたのに……すっかりオカンだな。オバさんみてぇだぞ?」

「な・ん・だ・っ・て・ぇ?誰がオバさんだってのさ!」

「ハハハ!おぉ怖えぇ!ヤベェから逃げるわ。じゃあな!」


 レダをからかいつつ軽快に逃げ去ったフリオ。テーブルにはしっかり二人分の食事代が置いてある。


「全く……変わらないねぇ、あの人は」


 かつて貴族だったレダの家は家長による汚職で没落した。まだ若かったレダはノルグー卿レオンの配慮で一時フリオの母方の家に預けられたが、そんなレダに接する貴族達は蔑む者か腫れ物に触れないよう距離を取る者のどちらかだった。

 そんな中、変わらず接したのはフリオとレイチェルだけだったのである。


 フリオは当時から貴族らしからぬ気さくな人間だった。それ故か妙な人脈を持っていて、知人の女性商人にレダを託したのである。お陰でレダは身売りなどをせずに済み、更に商人としての立身まで果たしたのだ。レダにとってフリオは大恩人である。


(今や身分違いだね。荒くれ者にナメられない為に変えた口調も随分染み付いちまったからねぇ……)


 変わってしまった自分を恥じることは無い。しかし、時の流れを感じずにはいられない。


(オバさんか……いや、私は若いよ!まだ二十代半ば。………。フリオに忠告している場合じゃない。早く旦那を見付けなきゃ!)


 そこでレダは気付く。自分の周囲には理想の相手がいないことを。


 レダの部下は皆、デリカシーの無い荒くれ者。関わりのある若い男はライやオーウェルなど年下ばかり。騎士達は親しい相手ではなく、唯一友好を結べたアブレッドは既婚者だ。

 エノフラハではナメられない様に虚勢を張っているので今更女らしく出来る訳もない。


(あ……あれ?詰んでる?アタシ詰んじゃってる?まだ二十代なのに?)


 実はお眼鏡に叶う相手はフリオなのだが、身分違いと思っているので自分の中から除外していて気付かない。レダは焦りを誤魔化す為に……酒を注文した。


「レダちゃん、珍しいね。真っ昼間からお酒なんて」

「飲まなきゃやってられなくてさ……おかみさん。誰が良い男知らない?アタシに釣り合うような男」

「う~ん……エノフラハじゃ無理じゃないかい?土地柄的に。アタシのダンナもガサツで嫌になる時あるからね」

「そう……。…………。よし!おかみさんも飲もう。今日はもう飲みまくろう!」


 それから二人が愚痴を言い合っていると、女性が一人、また一人と加わり女性客の宴で店は活気に溢れた。


 後に『エノフラハ女性連合』と呼ばれる団体。彼女たちの躍進でエノフラハは非常に衛生的な街になるのは余談である。


 そんな宴の場……戻りが遅いのでレダの部下が呼びに来た。だがそれは店の店主に止められる。『触らぬ神に祟り無し』だ、と。その言葉に同調したレダの部下はそっと姿を消した……。


 宴会の中、酔いながらレダは考える。『そうだ!マリアンヌに聞いてみよう!』と。しかし彼女は知らない……マリアンヌの紹介出来る男は変態ラジック程度だという悲しい事実を……。


 そんな悲劇を知らぬまま、彼女の一日は酒に呑まれていくのであった……。




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