第六章 第九話 傷跡


 マリアンヌにより魔獣が討伐されて間もなく、エノフラハにとっての長い夜が明けた……。


 朝日に照らされる市街には、改めての被害確認と索敵を兼ねシウト騎士が行動を始めている。


 レダはそんな中を大通りに出て改めてエノフラハの街並みを見回した。予想より建物の被害は少ない。しかし反面、見た目では判らない人的被害が恐ろしくて仕方ない。


「災害……いや、人が起こした以上『人災』と言うべきかねぇ。フラハの歴史に残る様な事件を目の当たりにするなんて……」


 エノフラハは治安は今一つではあったものの発掘屋組合が巧く均衡の舵取り役を果たしていた。それ故か大規模な悪事を働く者も滅多に存在しなかったのだ。

 そんな小さな抑止力は今回、領主の様な大きな力に対する脆弱性を浮き彫りにする形となる。そもそも、領主の人命すら軽んじる腐敗に気付けない領民というのも実に滑稽な悲劇と言えよう。


「レダ殿。少し休まれてはどうかな?敵の脅威は一応だが排除されたのだ。夜通し連携指揮を執っていたのではお疲れだろう?」



 街の中から一人戻ったドレファー騎士団隊長・アブレッドは疲れ果てたレダを労う。しかし、レダは苦笑いで首を振った。


「大丈夫ですよ、アブレッドの旦那。それより騎士団の方々には本当に感謝していますよ。もし発掘屋組合だけならエノフラハは壊滅だって有り得た筈ですからねぇ……」

「いや。それは騎士として当然の努め……気になさることはない」

「それでも感謝します。……。考えてみりゃあの子……ライが繋げてくれたんだねぇ。初めてエノフラハに来た時に出会った縁でフラハ卿の動きが王都に伝わった。それが無きゃもっと後手に回っただろうし」


 ライが居なくてもフラハ卿拿捕の話は進んでいただろう。しかし、エノフラハとシウト騎士の連携は結局のところライによるティムとの繋がりが生まれたことが大きいのだ。連携構築とそれによる騎士団との協力は実に心強かったことだろう。


 そして……。


「オーウェルの話じゃ二人が潜入した地下辺りからあの【魔獣】が現れたそうだからねぇ……きっと足止めしてくれてたんだろうねぇ」

「そうか……。それで、その……ライ殿は何処に?」


 少し目を細めたレダはフラハ卿屋敷跡に視線を向ける。屋敷は大通りから高台に見えるのだが、既に崩壊しているので門の外壁だけが確認できる状態だった……。


「今、オーウェルとマリアンヌさんが捜索していますよ。無事だと良いんだけど……ねぇ」


 捜索は二人だけで行うとマリアンヌに告げられていたレダ。屋敷が崩壊し地下もほぼ埋もれている中を捜索することは二次災害を引き起こし兼ねない。

 それに、エノフラハの街もまだ被害確認に人員を割いている最中である。その為レダは、適材適所とその提案を承諾したのだ。


 やがて日が昇ると作業効率が上がりエノフラハの正確な被害報告が集まり始めた。




 現在、レダの部屋には発掘屋組合の面々、ドレファー騎士隊長のアブレッド、王都ストラトから派遣されたシウト近衛騎士副団長・バズ、そして家主のレダが集まっている。

 更に通信魔導具も作動させ、王都のキエロフとティムも含めた簡易会議の場が設けられていた。


『皆、本当にご苦労だった。まずは国の為の尽力を心から感謝する。そして、今回犠牲になった者達に哀悼の祈りを捧げるとしよう。皆、黙祷を』


 王の代理としてキエロフが厳かに述べると、全員が目を閉じしばしの沈黙が場を包む。


『さて……フラハ卿の此度の暴挙。それを察知出来ずに被害を与えてしまったのは我々国政を担う者の罪だ。その点、心から詫びよう。今後二度と悲劇を生まぬ様、皆にも協力して欲しい。加えて、エノフラハには謝罪を兼ね一度来訪させて貰いたい。詫びにもならんが出来る事があれば遠慮なく言って貰えれば助かる』


 発掘屋組合の代表達は顔を見合わせた……。シウト国の大臣はこれ程頭が低かっただろうか?元々、領主であるニビラルでさえ威圧的だったのだ。少なからずの驚きで皆、無言になる。


 そんな中、レダは堂々と発言を行った。


「お言葉、痛み入ります。物的被害に関しましてはフラハ卿の屋敷以外は軽微ですので街の財政で補えます。しかし……人に関しては別です。どうか被害者には温情をお願い致します」

『うむ、肝に銘じる。遺族には手厚い補償を約束し改めて追悼を行いたい。協力願えるか?』

「勿論です。ご厚情、感謝致します」


 あまりに違和感なく話を進めるレダに肝心頻りの一同。知らぬ間に株を上げていることがレダの身辺に影響を及ぼすのは少し先のこと……。


 会議はそのままエノフラハ現地からの報告に移る。近衛騎士副団長のバズが最初の報告を述べた。


「では、被害報告に移りたいと思います。まず我がシウト近衛騎士団から。近衛中隊百八十名の内、死者九名。負傷者は三十二名ですが、皆軽傷です」


 続いてドレファー騎士隊長アブレッドの報告。


「我がドレファー騎士団は総数八十七名の内、死者六名。負傷者十八名。うち軽傷十二名、重傷は六名ですが命に別状は無し」


 人数も技量も近衛兵団より下のドレファー騎士団。被害が少ないのは近衛中隊が前線を買って出た為である。その上で後方支援と避難所警備ながら被害が出たことは、ニビラルという脅威の大きさを物語っていた。


 続いてエノフラハの報告はレダに一任された。発掘屋組合もそれが賢明と理解したらしい。


「エノフラハの被害は人的被害だけ報告します。発掘屋組合の中から作戦に参加したのは七十四名。内、確認できた死者は六十五名。軽傷四名、行方不明が五名」

『行方不明……とな?』

「はい。元々寄せ集めですから逃亡の可能性もあります。遺体すら残らなかった可能性もありますが……」


 実のところニビラルの配下が混じっていた可能性も考えられるのだが、そのニビラルも居なくなった以上戻るとは思えない。


「エノフラハの市民は元より住民総数が判明しません。半ば無許可の移住もありますし、遺跡探索の一時滞在者も存在しました。なので確認できた被害だけを報告致します。尚、発掘屋組合で報告した者は重複になるので省いております」

『うむ……それで良い。報告を頼む』

「はい。街の死者数は六名。重傷者七十一名。軽傷者十九名です。怪我人は多いですが死者は比較的少なく済んでいます。それらは皆、騎士様が居たればこそ。エノフラハの様な国家に非協力的な街に騎士様達が命を賭けてくれたこと、心より感謝致します」


 この言葉に発掘屋組合の面々は顔を伏せる。都合が悪い時のみ頼ったのは事実である以上、非常にバツが悪いことだろう。


「国民の為の労力や犠牲は覚悟をしているのが騎士だ。犠牲になった騎士もそこは理解していただろう。気に病むな」


 レダの肩を優しく叩く近衛副団長のバズ。その言葉にアブレッドも同意する。


「今回のことで分かったと思うが、街だけでは限界があるのだ。同じ国の国民として一丸になれる様、共に努力していかねばな」

『うむ。アブレッドの言う通りだ。それも含め話し合いの場を設けたいとも思っておる。しかし、まずは街の復興からだ。今、王都から物資の搬送と人員を送る手筈を調えている最中。バズは無事な騎士を半数残し一度王都に戻り報告せよ。アブレッドはそのまま復興の手助けを』

「はっ!心得ました」


 報告が終わり解散となったレダの部屋。しかし、まだ通信魔導具は作動している。レダと通話しているのは先程まで黙っていたティムである。


『で……レダさん。ライはどうなった?』

「それがねぇ……まだ捜索中なんだよ。そろそろ何かわかりそうなものだけど……」

『……全く。調子乗りすぎなんだよ。旅を始めてまだ二ヶ月も経ってねぇのに……ぐうたらの癖に張り切るからこうなるんだ』


 親友の消息が知れず気が気でないことはその言葉で理解出来た。


「だけど、そのお陰でアタシ達は命拾いしたと思ってるよ……心配なのは分かるけど戻った時は誉めてやりなよ?」

『わかってますよ……』


 ティムも内心ではライの成長を喜んでいる。その影響で自分も共に成長を始めたと感じていた。その矢先の事件……やるせないのが当たり前だ。


 とその時、部屋の扉を叩く音がした。レダが促すとマリアンヌとオーウェルが入室し席に着く。余程懸命に探していたらしく二人の服はすっかり汚れていた。


「大変だったねぇ……で、どうだったんだい?」

「………見当たらなかった」

「そう……」


 沈痛な面持ちのオーウェルとレダ。マリアンヌは仮面で表情は分からないが落ち着いている様だ。


「で、でも『見付からない』なら無事かも知れないだろ?」


 元気付けようとするレダの言葉に答えたのはマリアンヌである。


「勿論です。ライ様は無事です」


 全く躊躇せず断言したマリアンヌ。項垂れていたオーウェルはマリアンヌに顔を向けると不安を消すように聞き直す。


「無事……なのか?じゃあ何処に……」

「それはわかりません。しかし、あの方の存在が消えて私が気付かない筈はありません」

「………」


 希望的な思い込みにしか感じないマリアンヌの言葉に一人だけ反応した人物がいた。ティムは通信魔導具の向こうから慌てたように質問を繰り出した。


『そうか!もしかしてマリアンヌさんはフェルミナちゃんと同じなのか?』

「はい。私の場合は明確な約定はありませんが、存在理由がライ様なのです。そしてそれは充分な繋がり」

『じゃあフェルミナちゃんに確認すれば……』

「はい。より高い確証を得られる筈です」

『よし!早速、確認してくる!』


 そう言葉を残して魔導具の通信からティムの気配が消えた。レダとオーウェルは意味が分からず呆然としている。

 その様子を見兼ねたマリアンヌは改めて説明を始めた。


「フェルミナ様はライ様と契約を交わしています。通常の魔術契約と違い魂を繋ぐ強力なものですから、互いの存在が消えればすぐに分かります。ティム様はそれを確認に向かいました」

「そんなことが……マリアンヌさんも同じなのかい?」

「私は魂の契約はありません。しかし私の存在意義が生まれたのはライ様がいるからです。主が消えて気付かない、などということは有り得ませんので」


 そんな説明を半信半疑で聞いていた二人。すると通信魔導具から再びティムの声が聞こえてきた。


『まだ、そこにいますか?フェルミナちゃん……ライは無事だってハッキリと言ってました。場所まではまだ分からないけど命に危険は迫ってないって……今から俺は商人組合を頼って捜します。それじゃ』


 一方的に喋りまくったティムは再び通信を切った……。


「……やれやれ、忙しないねぇ。無事だってさ。……良かった、本当に」


 ティムの様子に呆れ気味のレダはうっすら涙を浮かべている。冷静な様でも内心かなり心配していたらしい。

 しかし、オーウェルはまだ信用出来ないらしくマリアンヌに再び確認を行う。オーウェルはティムともフェルミナとも面識が無い。マリアンヌの言葉の方が信頼出来るのだ。


「マリアンヌさん……ライは本当に無事なんだな?」


 マリアンヌは自らの心に確信がある。オーウェルを見つめ返し頷いた。


「そうか……なら取り敢えず俺は帰ることにする。もう街は騎士達に任せていれば大丈夫だろう。子供達の心配をしている村の連中を早く安心させたいんだ」

「そうだね。その方が良いね」

「ライは村に来ると約束しているからな。大きな借りも返さなければならない。マリアンヌさん……俺なりに捜索は続けるが、もしライを捜すのに手が必要なら遠慮せず言ってくれ」


 マリアンヌは頷く。そしてレダに向き直り丁寧に挨拶をした。


「私も一度エルフトに戻ります。ライ様の捜索を優先したいのですが、それはティム様に任せるのが最善でしょう。先ずはライ様から仰せつかった役目を果そうと思います」

「その前に二人とも着替えて行きなよ。風呂も食事も用意してあるからさ。礼は後で改めてさせて貰うからね」


 レダの厚意に甘えた後、二人はそれぞれ在るべき場所へと帰って行った。オーウェルは子供達の為に馬車を借り、マリアンヌはライの乗っていた馬を駆る。


 いつの間にか日は傾き夕陽に照らされているエノフラハ。レダは二人が見えなくなるまで見送ると、ふと空を見上げた。


(きっとすぐに見つかるさ……待ってる人が沢山いるんだ。違うかい、ライ?)


 しかしその後、ライは完全に消息を絶つ。再びライが友人達の前に姿を現すのはそれから三年近く後のことになる……。



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