第六章 第八話 魔獣事件


 ライが魔獣相手に孤軍奮闘している頃、地上ではニビラルの放った『実験体』が街を混乱させていた。


 しかし、被害を受けながらもやがて混乱は終息し始める。


 エノフラハの発掘屋組合は事態収拾の為にシウトの騎士達に協力を要請。それまでは自分達のナワバリに騎士達が入ることを拒んでいたが、街が滅びては意味がないと悟り渋々ながらも騎士達を頼ることを選択したのだ。


 そして騎士達は快くそれに応えた。同じ国の民として困難に立ち向かう行為……それは少なからずエノフラハの閉鎖的な考えを改めさせることになる。互いが協力した結果、被害は大きく抑えられたのだ。


 適材適所──騎士達が『実験体』と交戦し、発掘屋組合が広がる火を消し止め住民を避難させる。仲介として指揮したレダはその評価を大きく伸ばすことになった。


 しかし、そうして力を合わせたにも関わらず『実験体』を倒す決め手が足りない。人造魔獣モラミルト程ではないにせよ再生能力と高い攻撃力……それは、心臓を破壊する、首を落とす、跡形もなく消し去る、の方法でしか倒せないのだ。洗練された騎士でも苦戦を強いられる結果となった。

 長期戦による疲弊は僅かづつだが形勢を悪しきに傾け、皆に不安と焦りを与えた……。



 そんな中、一人のメイドの登場により一気に事態が好転するのである。



 騎士団ですら手子摺てこずる『実験体』を瞬く間に無力化するその姿。人々は己の目を疑った。何故、メイドなのか?何故、仮面なのか?と。

 『実験体』の動きを封じると颯爽と立ち去るその姿は人々の記憶に深く焼き付き、エノフラハに散らばる『実験体』を倒し終える頃には街中にそのメイドが知れ渡ることになっていた。


 そんな仮面のメイド……マリアンヌはレダの店に戻り報告をしている最中である。


「人と魔物の混じり物……【合魔】とも言うべき存在はほぼ鎮圧出来ました。どうやら【合魔】は魔法による人為的な合成種である可能性が高い様です。皆、無力化し拘束しましたが元に戻すことは不可能かも知れません」


 マリアンヌは自分と対峙した『実験体』全てを殺さずに捕らえた。無論それには意味がある。


 機械の魔導兵である頃、マリアンヌは《解析》の機能を持っていた。それは命を得た今でも『固有能力』として使用可能で、対象の本質を読み取ることが出来る。その力を使い【合魔】の本質から弱点に至るまでを見抜き対応したのである。


 弱点を知るなら簡単な作業と考える者もいるだろう。しかし、実力がある者だからこそ可能な所業と気付いている人間はオーウェルだけである。


「ひ、人だって?何だってそんな……これもフラハ卿……ニビラルのやらかしたことなのかい?」

「恐らくは。望みは薄いですが神聖国家に協力を求めるのが最善でしょう。現在、元に戻せる可能性があるのはあの国だけです」

「わかったよ……それはこっちで王都に連絡しておくからマリアンヌさんも少し休んだらどうだい?」


 エノフラハに到着してから動き続けているマリアンヌ。生命を持つ以前は魔力のみで活動していた為に、これ程の長時間活動し続けることは不可能であった。

 しかし……フェルミナにより命を与えられたマリアンヌは肉体を得るに至り、以来大きく変化していた。


 元々全てを魔力で賄っていた為に魔力量は多く、『ライへの献身』という存在理由と自らの望みで高い生命力をも獲得した。極めつけはその種族分類……。

 マリアンヌは『半精霊体』。つまり現在のフェルミナと同様の状態なのだ。このロウド世界では通常の生命より上位存在であるのは確かだった。


 そんな事情を知らない者にはマリアンヌは人間の女性にしか見えない。大量の『実験体』を縄で縛り引摺って来た時は、レダだけでなくオーウェルも己の目を疑った程である。実験体達は現在、マリアンヌの氷結魔法で仮死状態にされていた。


「私はこれからライ様の救出に向かいます。皆様は最悪の事態に備え脱出準備を。シウトの騎士様達にもその様にお伝えください」

「えっ?ちょっ、ちょっと、マリアンヌさん!一人では流石にどうかと思うんだけどねぇ……」


 慌てたレダはマリアンヌを止めた。強さは理解したつもりだが、やはり一人での行動は不足の事態に不安が残る。

 と、その時……座ったまま壁にもたれ眠っていたオーウェルが目を開き立ち上がった。


「俺が行く。事前に打ち合わせた通り案内人は必要だろう。レダ、子供達を頼めるか?」

「それは構わないけど……身体は大丈夫なのかい?」

「元々大した怪我はない。疲労も仮眠のお陰で幾分かは回復した。マリアンヌさん、構わないだろう?」


 真剣な眼差しをマリアンヌに向けるオーウェル。その瞳には憤りと自嘲が混じりあった感情を写していた。

 そしてマリアンヌは頷く。ライを置き去りにしたオーウェルの後悔を少なからず理解出来たからだ。マリアンヌも内心では真っ先にライ救出に向かいたかった為、尚更そう感じたのだろう。


「わかりました。では行きましょう。但し、戦闘が起きた場合は指示に従って下さい」

「わかった」

「それではレダ様。打ち合わせ通りにお願いします」


 レダの店を出て街中を駆ける二人。獣人化したオーウェルの全速力に難なく付いて行くマリアンヌ。オーウェルは改めてマリアンヌの実力を感じていた。


「マリアンヌさんはライの師匠なのか?」

「いいえ。あの方は私の主です。修行は奉仕の一貫として行いました」

「……そうか。済まない。俺はライを……!」

「気に病まないで下さい。私はライ様の判断に誤りは無いと信じています」


 断言するマリアンヌ。その自信が何処から来るのか理解出来ないが、オーウェルは少しだけ心が軽くなった気がした。自分より遥か高みにいるであろうマリアンヌにそう云わしめる男、ライ……早く救出せねばならないとオーウェルは足を速めた。


「見えてきた。あの屋敷が……」


 そうオーウェルが口を開いたとほぼ同時──甲高い音と共に光の柱が夜空を貫く。その閃光は街を一瞬白く照し染めた。


「い、一体何が……」

「この感じ……魔物、いえ魔獣かもしれません」

「魔獣だって?そんなものまで……ニビラルは一体何をしようとしてたんだ?」

「それはわかりません。ともかく急ぎましょう」


 その後幾度か地響きが聞こえたが、二人は歩みを止めず辺りを警戒しながら進む。ようやくフラハ卿屋敷に到着した時、屋敷は既に瓦礫と化していて地面に大穴が空いていた……。


 更にその中からは異様な姿の獣が出現した。まるで屋敷と入れ違いになるような巨体……只でさえ異様な外見は、傷付き歪な形状をしている。


「まだ、あんなものが……」

「考えるのは後です。アレを倒さないと犠牲は更に増えることになります」


 既に傷だらけとはいえ、先程の破壊の光を放ったのは眼前の魔獣で間違いないだろう。街に解き放たれれば復興に差し支えがある。もし万が一にもレダの店方面に攻撃が向けば被害者の数は計り知れない……。


「私はこのまま戦闘に入ります。オーウェル様は周囲に人が残っていないか確認をお願いします」

「避難は完了している筈だろう?」

「いいえ。まだ騎士の方々がフラハ卿の一派を捜している筈です。あの魔獣を確認した時点で退避したかも知れませんが、念の為にお願いします」

「わかった。でも……ライは良いのか?」


 マリアンヌはしばし無言だった……。その固く握る拳が僅かだが震えている。そしてオーウェルに背中を向けると自分に言い聞かせる様に語り始めた。


「やるべきことをやれ、あの方はそう言うと思います。そして私は魔獣を倒すのが最も犠牲が少ないと判断しました。その為にもオーウェル様……宜しくお願いします」


 マリアンヌは屋根伝いに移動し高く跳躍すると、ライの所持品だった長刀を抜き放ち纏装を発動。そして自由落下の鋭い斬撃が魔獣の脇腹に食い込むと、そのまま勢い良く切り裂き地面に着地する。魔獣の胴は三分の一程を断たれることになった。

 更にマリアンヌは動きを止めず、続け様に魔獣の後ろ足に魔法剣を放つ。


 魔法剣・《螺旋吼》


 竜巻の様な螺旋回転型の風の刃を剣に纏わせ、突きとして放つ上位魔法剣。唸る様な音を響かせ抉る風の魔法剣を受け魔獣の右後足は大穴を穿ち千切れた。


「ガァゥオォォォォォ!!」


 鳴き声を上げる魔獣。しかしマリアンヌは再び《螺旋吼》で残った後足をも穿ち引き裂く。それは魔獣との戦いの場を移し被害を増やさぬ為の判断だった。


 魔獣はマリアンヌを敵と見定め能力を発動。全身の体毛を逆立て硬質化し射出。咄嗟に地属性魔法 《岩壁》を使用し大地から飛び出した岩で身を守るマリアンヌ。一瞬身動きを封じられたそこへ、すかさず魔獣が口を開き大火球を吐いた。


 直撃──岩壁諸とも猛烈な爆炎に飲まれたかに思われたマリアンヌは、既に移動した後である。


 再び上空高く飛び上がりフラハ卿屋敷を囲む石壁の上に着地したマリアンヌは、眼下の魔獣を観察する。そこでふと違和感に気が付いた。

 通常、大型の魔獣は小回りが利かない。その為 《常態身体硬化》か《高速再生》の力を持っている場合が多いのだが、魔獣はどちらも発動していないのである。


(恐らくフラハ卿の作製した人工の魔獣ですね。しかし……高い魔力を感じさせながら再生しないのは何故でしょうか?)


 そこでマリアンヌは、固有能力 《解析》を発動し魔獣を詳しく観察することにした。魔力の流れの違和感、臓器の欠損、再生しない部位観測……。その結果、傷の幾つかから《解析》でも読み取れない欠片の様な空白が浮かび上がった。


(あれは……魔力阻害の魔導具?いえ、神具でしょうか?)


 フラハ卿屋敷内で魔獣と戦う可能性のある人物は一人しかいない。それはオーウェルの話からも明らかだった。


 しかし──。


(そう……これは恐らくライ様の処置なのでしょう。それにしても、ここまでの力をお付けになったのでしょうか?エルフトでお別れしてから一月足らず……これ程まで傷を与えるには魔力も体力も明らかに成長過剰に感じますが……)


 魔獣の傷は至るところにあり、その全てが纏装の類いによるものであることは傷口から判断出来る。ライが順調に成長してもこれほど短期間に力を付けられるのか……流石のマリアンヌですら疑問だった。


(ともかく、あの神具はライ様の手に由るものなのでしょう。もしかするとあの『湖水』の様な特殊な回復薬を高い頻度で使ったのかも知れません。今姿が無いのはその回復薬が切れ力を使い果たした可能性もあります。それに、このままでは地下が崩れる恐れも……)


 そんな思考を巡らせていると、周辺の捜索を終えたオーウェルがマリアンヌの側に着地した。肩には一人の騎士が担がれていて、怪我をしている様だが命に別状は無いとのこと。


「この周辺にはこの騎士だけだった。後は残念だが……」

「……わかりました。ではオーウェル様はその方をレダ様の元へお願いします。私は今から魔獣を仕留めますので」

「一人では危険……いや……余計な心配だな。ではこの男を置いてきたら直ぐに戻る。ライを捜さなければならないだろう?」


 怪我人を放置しておく訳にはいかないが、それ以上に自分が足手纏いになる可能性もある。オーウェルはマリアンヌの実力の高さを理解出来るが故に指示に従うしかない。そのまま屋根伝いにレダの店に向かうことにした。


 それを見送ったマリアンヌ。素早く魔法詠唱し魔獣に向け火球を放つ。ライがいる可能性が高い地下から少しでも引き離すのが狙いだっだ。

 そして目論み通りに魔獣が前足で這って来たのを確認したマリアンヌは、眼前に剣を掲げ深呼吸し纏装を発動する。


 発動したのは【覇王纏衣】。【命纏装】と【魔纏装】を融合させた最高位の纏装である。世界でもその使い手は限られるとも言われる武の極み……その証である金色の光がマリアンヌの身体を包んだ。


 その姿を確認した魔獣は悲鳴の様な雄叫びを上げ、続け様に大火球を放った。しかし、マリアンヌの剣が空を斬ると全ての火球は千々に切り裂かれ火の粉となり散った……。


 火球が効かぬと判断した魔獣。今度は身体から硬質の体毛を断続的に射出しつつ魔力を溜め、口から破壊の光を放つ準備を始める。

 だが、マリアンヌはその隙を見逃さない。壁を蹴り超加速しながら、打ち出された体毛を全て両断しそのまま魔獣の頭部目掛けて突撃した。


 まるで光の矢の様な一撃。魔獣の頭部には剣が深々と突き刺さる……。


 マリアンヌは、一言だけ呟いた……。


 《光華刃》


 途端に魔獣の頭部内から無数の光る刃が突き出した。マリアンヌを中心にまるで華が咲いた様に放射状に広がる【覇王纏衣】の無数の刃。魔獣は頭部を破壊され断末魔の叫びを上げることも出来ず息絶えた……。



 エノフラハを襲った厄災……後に『魔獣事件』と呼ばれる混乱はここに終息した。



 しかし──そこに勇者ライの姿は無い……。



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