第七部 第七章 第十話 勇者ジャックの実力
「ところでジャックさん……」
「ん……?何かな?」
「レグルスの結婚相手ってやっぱり貴族ですか?」
「ハハハ。気になるかい?」
「ええ……。全然教えてくれなかったので」
「それは仕方無いよ。知っているのは当人達を除けば互いの家族とキエロフ様、ロイ殿、レオン様、そして入れ替わることになった私といった少数だからね。それに……」
声を顰めたジャックはライに近付き耳打ちした。
「これは国家の今後にも関わることだ。それで分かるかな?」
「………。あっ!?も、もしかして……」
ジャックは黙っているように、と人差し指を立て自らの口に当てた。
国家に関わる秘事、結婚、そしてそれを知っている者の顔触れ……情報はライを自然と答えへと導いた。
女王クローディアとの結婚──それはつまり、新たなシウト王の誕生を意味する。確かに国家最大の出来事だ。
現在のシウト国には抱える内紛もある。迂闊なことを口にすれば反対派は妨害にあらゆる手を使うだろう。特にピエトロとしては我が子を王に据えるのが目的……どんなことをしてくるのか分からない。
ライやマリアンヌに鍛えられたレグルス自身は大丈夫だろうが家族はそうはいかない。だからこそ全てが片付くまで内密とされているのだ。
「円座会議が終われば内紛問題は解決となる。そうなってから本格的に発表となる予定なんだ」
「でも……いつの間にそんな間柄に……」
「ハハハ。それは君が発端だ」
「………はい?」
当時、シウト国の為に動き回ったライをクローディアは知らなかった。『勇者フォニック』となったロイにはライが行方不明になってしまった手前話を聞くことが躊躇われたのだ。やがてレグルスと入れ代わった際の挨拶でライの友人であることが判明する。
王女故に友人と呼べる者が居ないクローディアは、歳の近いレグルスとの会話が楽しみになっていった。常に護衛として傍に居たこともあり親密さが増すのは必然だったと言える。
そんな日々が三年も続けば互いに惹かれるのは無理からぬこと……。レグルスは家柄も名門、実力も高く、人当たりの良い性格と恵まれた容姿……そしてこれまでの功績を考えれば二人の仲を割くのは酷というものだった。
やがて内密裏に進められた縁談は円満に纏まり公表の時を待つのみだったのだが……イルーガとピエトロ公爵の結託で先送りとなっていたらしい。
「……。それはかえって俺のせいで結婚できないんじゃ……」
「う〜む。レグルス君から聞いていたが、君は少し変わったか?」
「え……?そんなことは無いと思いますけど」
「私の記憶ではもう少し雑だった気がするが……」
「雑……。ハハ……ハ……」
的確な言葉に半笑いのライ。確かに雑だったかもしれないが、他者に言われるとかなり複雑な心境だ。
「多忙の中こうして獣人達のところへ来訪していることを考えれば義理堅い点は同じ、か……。良いかい、ライ。君が居なければそもそも二人はそこまで親密になっていなかった筈だぞ?」
フォニック役にレグルスを指名したのはライ自身である。その出逢いこそが今回の婚姻に繋がったのだ。
そして現在その婚儀が留まっているのはピエトロ公爵の存在が大きな理由──途中の過程や思惑がどうあれライが原因ということではない。
逆に、ライが居なくてもピエトロ公爵の狙いは我が子を王にすることである以上、内紛発生は変わりはなく起こったのは確実……。寧ろ婚姻は円座会議にて議題にされ却下された可能性が高い。
「君は随分と万能になったと聞く……同時に少し自虐的ともね。確かに君が原因な事案もあるだろうが、絡む全てが君のせいではない。そう思っているとしたら些か傲慢に聞こえるぞ」
「いえ……そんなつもりは……」
困った表情のライを見たフェルミナはジャックに厳しい視線を向けた。その様子にジャックは小さく溜息を吐いて微笑む。
「少し言い過ぎた。でも、忘れないで欲しい。君とて本当の万能ではないのだ。人の心を持つ者は皆、等しくね……。だからこその支え合いという素晴らしい精神がある」
「……はい」
「まぁ私が説教できる立場ではないがね。私の今も君との出逢いから始まっている。シュレイドの成長もシウト国の戦力安定も、『勇者フォニック』という存在も君が起こした時代の風なんだ。卑屈になるのではなく、もっと誇って欲しいんだよ」
「そう……ですね」
「それで良い。さて……では三年振りの手合わせといこうか」
スラリと剣を抜き放つジャックは兜の前面を下げライとの距離を空ける。
「ルールはどうします?」
「全て使用で頼む。今の私がこの世界の超越者にどこまで届くか知りたい」
「……分かりました」
ライはフェルミナに目配せして闘技台から降りるよう促した。意図を理解したのかガウルもそれに倣い続いて行く。
二人の退避を確認したジャックは不完全版ながら黒身套を全力展開。同時にライは闘技台を結界で包む。
「……。本当に実力者になったんだな、ライ」
「色々と必死でしたからね……」
「それでも、そこまで辿り着ける者はそうは居ない。まるで師と対峙している気分だ」
「そういえばソレも気になっていました……。武者修行で出逢ったジャックさんの師匠って誰なんですか?」
「ん……?ああ……剣聖カラナータだよ」
「カラナータ!?」
ロウド世界に於いて最高の剣士を挙げろ、と言われたらペトランズ大陸では誰もが最初にその名を口にするだろう存在──【剣聖カラナータ】。
単身で上位魔獣を討伐できる実力を宿し『三大勇者』とも並び称される無双の剣の使い手。そして『四宝剣のデルメレア』の師でもある。
百年以上前から確認されている人物ながら存命なのは魔人化しているからに他ならない。ただ……魔人はどちらかといえば畏怖の象徴でもある。その場合、功績のある者は『
「カラナータさんは御健在なんですか?」
「見た目の歳は私とそう変わらない。が、動きはまるで別物だよ」
「……。となると、半精霊化してるのか……」
「フフフ。その辺りは私との手合わせで量ると良い。君ならできるだろう?」
「………。そうですね」
ジャックに合わせ今回は黒身套で対峙するライ。愛刀頼政を抜刀し正眼に構える。
「いつでもどうぞ」
「では、遠慮なく行かせて貰おう!」
跳躍で一気に迫るジャック。以前は盾を使用した突撃型の戦法だったとライは記憶していたが、今は長剣を両手で構える剣士型……上段から放たれた最初の一撃を躱したライへ即座に二撃目の刃が下段から跳ねる。
これも身を捻り躱せば、ジャックは続いて連続突きへと切り替えた。
(速い……。それに、完全に戦い方が変化してるな)
それも後方へと跳躍し避けると、ジャックはそのまま突きでの突進を仕掛けて来た。速度はライにも届く勢い……確かにジャックは大きくその力を伸ばしていた。
やがてライは自らも刀による突き技に切り替えた。敢えてジャックの刃を迎え撃つ形で攻撃を全て
「……。今のを平然と防ぐとは流石だな」
「まぁ、場数だけは踏んでるので」
「ならば、これはどうかな?」
ジャックはその長剣を弧を描くように振ると下段から上段、下段……そしてまた上段へと振ると突然剣を手放した。
次の瞬間、盾の様な両肩装甲の内側へ手を滑り込ませたジャックは左右それぞれの手に棒状の道具を握り取り出す。二つの棒を組み合わせた直後、激突によりライを結界付近まで弾き飛ばした。
「……っ!?」
更に追撃するジャック。ライはこれを氷結魔法 《氷壁陣》にて阻害し、攻防は一度途切れた。
距離を置いたジャックが手にしていたのは両端に刃の付いた短槍。片側は三叉の刃、もう片側には
「それがジャックさんの本当の武器……ですね?」
「ああ。これはカラナータ師匠から授かった私の槍型神具……名を『捕食者の槍』というらしい。そして……」
槍を持つ逆の手にてジャックがパチン!と指を弾くと、上空から雷撃が降り注ぐ。
「ぐっ……!」
「少しは効いた様で安心したよ。上空に投げたアレも私の主戦武器、『雷帝剣』という」
「こ……これは……」
「そう。これも神具……事象神具……と言うらしい」
「事象神具まで……」
「鎧はラジック殿の竜鱗
「………」
黒身套でさえようやく防げる雷がライをしこたま打ち付けた後、その周囲に浮かぶ光の粒子がジャックの左手へと集まり始める。光はやがて元の剣の形状へと戻った。
「理屈は分からないが、この剣は雷を固めたもの……の様な武器らしい。先程の様に光の粒の時は雷として、通常は剣として使えるようだ」
「良いんですか?種明かししちゃって……」
「この程度はすぐに見破るだろうとレグルス君から聞いている。それに、本命はこちらなのでね」
右手の短槍を軽く振ったジャックは鏃側を先に向け遠投するように構える。が、思い切り振り抜くも槍を手放すことは無い……。中程から分離した槍は鏃側のみ猛烈な速度でライへと迫る。即座に反応したライはそれを辛うじて弾いた。
(……!この感触……まさか……)
ライの後方へと逸れた槍……だが、その分離した部分同士は鎖で繋がっていて再びジャックの手元へと戻って行く。
「この機能により何度でも投擲が可能な神具だよ」
「……。でも、機能は一つじゃ無い……違いますか?」
「何故……そう思った?」
「気付いているかは分かりませんが、その槍の材質はラール神鋼と言います。それはロウド世界で至上の素材。二つ組み合わせているならそれぞれに機能がある……そう思ったんですよ」
「フフ……成る程、流石だな」
実力はシュレイドと同格だが、神具を加えれば間違いなくジャックの方が強い。想像を越えた強者……確かにそれならばフォニックの後継に相応しい。
ジャックの強さを実感したライは……笑顔を浮かべた。
「どうしたんだ?」
「いえ……。俺だけが強くなっていた訳じゃなくて、皆が強くなっていたことが嬉しくて……」
「フッ……。この神具を見ても笑うのか」
「スミマセン。でも、それはジャックさんだからこそ使い熟している……。カラナータさんはそれを見越して神具を託したんでしょう。想像以上に凄い人だと思って」
「ハハハ。まさか本当に私を通してカラナータ師匠を量るとは。それで……まだ本気にはならないのか?」
「そうですね。そろそろ時間も惜しいので……」
ライはその身に纏っていた黒身套を解除し刀を鞘に納めた。
「本当はアービンさんにだけ任せておこうと思ったんですけど、折角です……。ジャックさんもこの手合わせで託しますので感じ取って下さい」
波動氣吼法、発動──。
ジャックは見えぬ圧力に気圧され一歩足を引いた。
「これは……。これが噂に聞いた神の眷族に届く力……なのか?」
「ええ。正確にはその簡易版……ですけどね。でも、これは十分神の眷族に通じることも分かりました」
「……面白い。ならばその力、学ばせて貰おう」
「ええ。では、行きます!」
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