第七部 第七章 第十一話 修羅を宿す者
ジャックとの手合わせを始めその力量を知ったライは、波動氣吼法にての対峙を選んだ。
しかし、今回の目的は伝授……ジャックに波動氣吼法の感覚を掴ませるのが目的。その為には相手に力を理解させる必要がある。
そこでライは一気に勝負を付けるのではなく、優位性を示し、かつ波動魔法を利用した感覚の伝達が必要と考えた。
ジャックは全力にてライの力量を図ろうとする為、普通の魔法では防がれるだろう。かと言って伝授という目的を伝えれば緊張感が薄れ波動氣吼法の習得が上手く行かない恐れもある。
追い込みつつ感覚を掴んだ……と思わせるのが最善。またも労力としては面倒な部類ではあるが、こればかりは性分なので仕方無い。
「今回も先にどうぞ。但し、俺を殺す気で来て下さい」
「……わかった」
先程までと違いジャックはかなり警戒している。それだけ圧力を感じているのだろう。黒身套には警戒を示さなかったジャックには丁度良い緊張感だろう、とライは思った。
一方のジャックの額には既に汗が滲んでいる。
このところフォニックの代役となり少し緩んでいた……と自分でも思っていたが、カラナータ意外でこれ程の緊張を感じるとは思っても見なかったのが本心だ。
(……。どうやら私は地獄の修行を乗り越えシュレイドと並んだことで図に乗っていたらしい。上には上が居る……これは摂理。そして、目の前に居るのは神と戦おうと本気で考えている者。全力で当たらねば失礼になる)
ここでジャックは竜鱗装甲の機能を全開。両肩の盾が鎧から分離し正面に浮遊……まるで二人の護衛が主を護るような陣形となる。更には所有する神具を全て発動……短期決戦へと打って出た。
雷へと変化させた『雷帝剣』……それを『捕食者の槍』へと纏わせ三叉の矛先をライへと向ける。これによりその威力は黒身套さえも貫くだろう魔力凝縮の武器となる。
「事象神具同士の掛け合わせ……こんなこともできるんですね」
「ああ。カラナータ師匠相手にしか使ったことはないが……君ならば問題無かろう?」
「ええ。寧ろ足りないくらいですよ」
「ハハ……言ってくれる」
そうは述べたが、事象神具は概念付加させたものも存在する。更にジャックの槍はラール神鋼製……もし【星具】だった場合、概念力次第では波動氣吼法をも貫く可能性があるのだ。
(オズの話じゃ星槍と星剣はもう持ち主が居て当人達が気付いていない……んだっけ?となるとジャックさんが持ち主かもしれないよな。油断しないようにやらないと……)
流石に疲弊もまだ癒えていない上、肉体が崩壊する危険も抱えた身──ジャックも実力者である以上、下手を打つことは避けたいところだ。
そして始まった手合わせ。ジャックは波動氣吼法の圧力に怯むことなく第一歩を踏み込んだ。
「参る!」
二つの盾を正面に狭い間隔で並べ突撃してくるジャック。この辺りは重騎士の頃の戦い方を利用したのか、先程とは違い慎重だった。が……どうやら盾は防御のみならず翻弄にも使用するのが狙いの様だ。
前へと出た盾がジャックの姿を巧みに隠し相手の行動予測を妨害する。更にその楕円の上端を軸に重なっていた三枚の盾が展開……片側四枚づつ花弁の様な十字型へと形状変化した。
(……。神具の使い方が上手い。ベルフラガと戦った時みたいだな)
これにより防御面は広くなり、攻撃の動作は盾が視界を遮り確認しづらくなった。確かにそれは騎士というよりは戦士の戦い方である。
ノルグー騎士として鍛え上げた戦い方を捨て新たな力を求める……その姿勢からジャックの覚悟の程が窺える。
(ジャックさんが波動氣吼法を覚えればレグルスやオーウェル、それにフリオさんにも伝わるかな……。取り敢えず……)
波動魔法による《感覚伝達》は闘技台の内側のみに発動。これで慣れれば無意識下では手応えを掴める筈だ。
後は時間……短期決戦を意識しているジャックの考えを変えつつ追い込む必要がある。その為にはやはり攻撃力を見せるのが妥当。
ライは波動氣吼を拳に纏わせ拡大展開。巨大化した見えぬ腕がジャックの盾二つを一瞬で薙ぎ払った。
「なっ……!?」
弾け飛び結界へ激突した盾は変形し破損。竜鱗装甲には自動修復機能があるがこの戦いでは修繕は間に合わない。
「言った筈ですよ?殺す気で来て下さいって……」
「くっ……!」
「攻撃が見えなくて厄介ですか?なら、圧力を感じる努力をして下さい。もっとも……神具頼りでは防げませんけどね」
今度はわざとゆっくり振り下ろす動作を見せ回避を促す。ライの波動氣吼はジャックを掠める様に闘技台に直撃。巨大な手形を刻み砕いた。
「………。凄まじい力だな」
「神衣のことは聞いてますか?」
「ああ……レグルス君からね。神格に至る力、だそうだが……」
「これはその下位互換版です。本来の【神衣】は概念力……使用者の存在の力で多様な能力を宿します。でも、この力は命纏装のように纏って攻撃の質を上げるのが目的……当然、一段劣ります」
「これでも加減状態か……」
「でも確かに神の眷族には届きました。それだけの力はあると思います……。さて……」
足の爪先を軽く上げ割れた闘技台を叩くと即座に復元される。《物質変換》による修復はまだ手合わせが終わりでないことを意味していた。
「カラナータさんは『もし自分より強い相手と出遭った場合』はどう戦えと言っていましたか?」
「色々言われたけど一番は“逃げろ”だそうだよ」
「へぇ〜……流石だなぁ……」
「君程でもそう思うのか?私は意味を理解するのに時間が掛かったのだが……」
「分かりますよ〜。何事に於いても生き残る……それが本当の強者です。でも……逃げられない時はどうします?」
「その時は堪え忍んで針の穴程の隙に一撃を込めろ……そして、隙に紛れて逃げに徹しろと」
「ハ、ハハハ〜。お、俺と全く同じ答えですね」
まさか、『何でも利用するデタラメ勇者』と『剣聖と謳われる伝説の剣士』がそこまで同じ思考とは思わなかったライは引き攣った笑いを浮かべている。
が……これは好都合。それならジャックはライの隙を窺い続けるだろう。それは感覚伝達には都合が良い。
「では、ジャックさん。神具使用で良いので俺に一撃与えて下さい。それまで逃しません」
「分かった。胸を借りるとしよう」
「それじゃ駄目ですよ。言ったでしょ?殺す気で来て下さい。それでようやく届くかどうかです」
「ああ……理解した」
ジャックは黒身套の展開を防御主体とし神具活用へと切り替える。三叉の刃を片手でライに向ける高速戦闘の構え……接近と離脱の攻撃を繰り返した。
これに対して波動氣吼にて迎え撃つ……様な素振りで圧を高める。これのみでジャックは威圧を受け動きが鈍る。緊張感は高まり疲弊も尋常ではない筈だ。
攻撃は全て波動氣吼。魔法は使わず見えぬ圧力に集中させる。幾度か攻撃を続けては見えぬ力で妨げられ、そして弾かれるを繰り返したジャック……やがてその限界が近付き息切れが始まった。
「くっ……!ここまで通らないのか!?」
凡そ半刻の間集中し続けたジャックは纏装の展開も覚束なくなってきた。しかし……ライが圧力を止めることはない。
「俺もデミオス……神の眷族と戦った時はそんな状態でした。でも、ちゃんと力は届いた。そこを超えられるかどうかは大きいですよ」
「………」
一撃……ただ一撃で良い。それこそが壁を打ち破る楔となる。直感的に理解したジャックは……防御を捨てた。
『捕食者の槍』プラス『雷帝剣』……更に
真に追い詰められた状態を心に再現することは難しい。現にライ自身も通常の手合わせなどではそれを引き出すことができない。だから思考加速により心の内で自らを追い込むのだ。
しかし、ここに至りジャックはその領域に踏み込んだ。恐らく騎士としての経験とカラナータの元での過酷な修行により心の内に修羅を宿していたのだろう。それもまた強者には必要な素養である。
ジャックは殺意に飲まれることなく冷たく静かな闘志をライへと向けた。それは称賛に値する精神力だ。
(……。凄いな……ルーヴェストさんの真逆だ)
『力の勇者』ルーヴェストは戦いの高揚感で精神を高め己の力に変える。戦いが続けば続く程……強敵であればある程自らを更なる強者へと押し上げるのだ。それはライも似通っている部分がある為に良く分かる。
対して、ジャックはその真逆……窮地に至る程にその精神は冷静になり己の本質を引き出そうとする。手合わせながらに核心に触れた今、ジャックは更なる力を呼び覚まそうとしていた……。
「これが最後だ、ライ」
「ええ。見せて下さい……ジャックさんの全力を」
その瞬間、雷帝剣が変化していた雷がジャックの身体を包む。それは雷型の纏装の様に身体速度を引き上げた。
まさに雷……ジャックは全ての力を乗せ三叉鉾をライへと放つ。そして神具機能の開放──三叉鉾側の効果は予想通り概念力【貫通】だった。
咄嗟に両腕の波動氣吼で防御するも容易く槍が貫通。ジャックはその勢いのままライへ迫る。
(ヤバいっ!)
ライは波動氣吼を最大に展開し身体を捻り槍を躱そうとした。だが、ジャックはライとの間に糸が付いたかの様に向きを変えその槍をライの腹部へと射し込んだ。
「ライさん!」
槍で貫かれたライの姿にフェルミナが叫ぶ……。しかし、直ぐに違和感に気付き落ち着きを取り戻した。槍で貫かれたのはライ本体ではなく分身……。ライ本体は転移を行いジャックの後方へ……久方振りの《脱皮纏装》にて難を逃れたのである。
ここでジャックは力を使い果たし全ての力が解除。雷帝剣は通常の長剣型に戻り闘技台の上に落ちた。
「くっ……不甲斐ない。傷一つさえ与えられないとは……」
「いえ……。ちゃんと当たってましたよ」
ライの服は腹部が割け、顕になった肉体には一筋の血の跡が見える。あの瞬間、確かにジャックの攻撃は当たっていた。転移で回避しなければ深手となった一撃……それこそがジャックの実力が齎した結果である。
そして……本来であれば負傷しなかった筈のライが傷を受けたことにも大きな意味がある。狙い通りではなかったものの波動氣吼法にての対峙には予想外の成果が生まれていたのだ。
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