第七部 第七章 第九話 新たな『勇者フォニック』


 シウト国側エルゲン大森林内・『人狼族の里』──。


 獣人達の暮らしぶりは基本的にロウドの平民と変わらない。地理的に森の中であれば伐り拓き、その木材を加工し組み立てた住居に住まい、開墾かいこんした田畑や採取した薬草、狩りで得た肉や毛皮などを売買して生計を立てる。


 以前より獣人達は外へと行商に出ていた。勿論、獣人であることは隠していた。正直に獣人などと言えば煙たがられ、商品も安く買い叩かれる為である。


 しかし、オーウェルのエノフラハでの活躍が国に認定され栄誉叙勲を手に入れて以来その地位は大きく変化した。魔王軍の配下などという根も葉もないデマは払拭され、その優れた力を頼り護衛を依頼する者も増えた。これにはティムの情報操作などの暗躍も大きく影響しているものの、やはり国家が獣人を国民として認めたことが大きい。

 それらはライの絡む幸運でもあったが、それまで堪え忍び真っ直ぐに生き続きた彼等が勝ち得た結果と言って差し支えないだろう。



 そう言った理由から地位は大きく是正され街も大規模発展する……かに思われたが、獣人達はそれを良しとしなかった。

 彼等もまた森に住まう民──急速な発展は森の破壊を促すことに繋がる。自然の恵みに感謝し共に暮らす日々を選んだのだ。


 それでもその暮らし振りは格段に向上を果たしていた。その辺りもティムによる流通網の確保が役割を果たしている。


 そして最も大きな変化は魔法──。


 獣人達は己の肉体に誇りを持っていた為に魔法を飽くまで『纏装』としてしか使用していなかった。しかし……オーウェルがエノフラハ地下での経験からその必要性を伝えて以来、本格的な戦闘技術として研鑽が始まったのである。

 オーウェルはマリアンヌよりの修行を受け、更に獣人達へと技術を引き継いだ。結果、数ある獣人種族の中で人狼族の地位が高まったのである。


 そうなれば他の獣人の里からも力を求め人は集まる。これに拍車を掛けたのはトォン国マニシドとシウト国クローディアの共同声明による『エルゲン特区宣言』──大森林内の種族のみ国境を問わず交流が許可されたことで人狼族の里には多種の獣人が押し掛ける結果となった。


 故に……人狼族の里のみは少しばかり大きくなった。


「結構大きな街ですね」


 ライと共に街路を歩くフェルミナはその光景に感心している。


「そういえば、フェルミナは来る初めてだっけ?」

「はい。とても良い街ですね。自然の力に満ちてます」

「そうだな。自然と共存している意味では少しレフ族の里に似てるかも」


 大きさで言えばノルグー領ディコンズ程なれど、恐らく住居や店舗の数は倍……。その街も整地され水路も確保されている。

 どことなくレフ族の里に似ているが、もう少し生活が近代寄り……とでも言うべきたろうか……。その辺りは獣人だけではなく現代ロウド人が混じって暮らしていることが理由だろう。


 馬車二台がギリギリ行き交うことの出来る中央通りのみ石畳で、それ以外は自然に任せるままにされた土と草の道。石畳の先は中央広場へと繋がっていた。

 中央通りは活気に満ちていて獣人達の生活の変化具合が見て取れる。


 ライ達はそんな光景を微笑ましい思いで眺めながら中央広場を抜けた先にあるやや大きめの家へと足を運んだ。


「チワ〜っす」


 まるでご近所へ伺う様に扉を開けるライ。中に居たのはライよりも二回り程大きい五十程の男。窓際の椅子に深く腰掛け日向ぼっこで寛いでいた。


「おお!ライじゃないか……。良し!早速やるか!?」


 指の骨をペキペキと鳴らしつつ首をほぐす大男……その目は獲物を狙う野獣の如しである。


「ちょ、ちょっと待って下さい、ガウルさん。今日は先に要件が……」

「その要件、引き受けた。これで良いな?良し!早くやるぞ!」

「くっ……!脳筋め!」

「フハハハハ!最高の褒め言葉だな!」


 何処ぞの『筋肉勇者』と同じ気配がする『ガウル』と呼ばれるこの男は人狼族の長である。


 人狼族の長は理知的か否かではなく強さで決まる。強さと言っても単純な力ではなく、戦略的な意味も含めての話なので当然脳筋では務まらない。

 こう見えてもガウルの本職は商人──。迫害状態とも言えた獣人族の壊滅を回避していたのは彼の力量であることも確かだった。


 方方ほうぼうを駆け巡り人狼族のみならず他の獣人の里の支援も行っていた多忙な身……だったのだが、獣人族の地位向上となりその役割は随分と楽になったガウル。しかし、今度は暇を持て余す結果となる。

 そこでガウルはエルゲン大森林に於ける獣人国建国へ向けて鍛錬をすることにした。先程寛いでいたのはちょっとした休憩であるらしい。


 因みに……ガウルはオーウェルの伯父に当たる。


「と、とにかく、話を聞いて下さい。ちょっと真面目な話なんで……」

「む……?そういうことなら仕方無い。お〜い、お茶を……って、そういやアイツ今いないんだったぜ」

「リタさん、どうかしたんですか……?」

「ああ。アイツ、ドレファーの街で縫い物習いに行ってんだよ。この里で服飾の仕事がしたいんだとさ」


 ガウルの妻リタは手先が器用で以前から毛皮加工の仕事を熟していた。獣人の里が発展するに従い元々興味のあった服飾を学びたくなったそうで、オーウェルからティム経由の支援でドレファーにて修行中とのことだ。


「良かったじゃないですか」

「まぁな。これもオーウェルとお前のお陰だ。ありがとうよ」

「いえいえ。それはオーウェルの活躍があったからこそです」

「良し、じゃあ勝負といこうか?」

「くっ……。話を聞きやしねぇ……」


 結局、ライはこの後建国を掛けた舞台となる『闘技場』にて手合わせをすることになり三十人程の獣人の相手をした……。


「かぁ〜!強ぇな、やっぱり!」

「ガウルさんも随分戦いが上手くなりましたよ。アレ?今、獣人達鍛えてるのって……」

「おう、オーウェルだな。あと、たまに『勇者ナンタラ』が来るぜ?」

「ゆ、『勇者ナンタラ』?もしかして『フォニック』ですか?」

「そうそう。フォニックだ。中身と名前違うんだな、アレ」

「ハハハ……そうですね。そっか……レグルスとオーウェルは二人共女王付きの勇者だから仲が良いのかも」


 感慨深くレグルスの成長ぶりを思い返すライ……。だが、ガウルの言葉はちょっとした衝撃を与えた。


「そういやアレ、最近中身変わったらしいぜ?」

「………。はい?」

「中身は確か『勇者ジャック』とか言ってたな」

「ゆ、勇者ジャック……誰?」


 ライとしては初耳の『勇者ジャック』──。ペトランズ不在の間に台頭したとしても全く話を聞いたことがない。勇者会議に参加していた可能性も否定できないものの、マーナやルーヴェストからその名が出なかった。

 とはいえ、レグルスの代わりに『フォニック』役に選ばれたということはクローディアやキエロフの信頼があり腕が立つ……ということになる。


 ライは益々誰なのか分からなくなった……。


 と……そこに助け舟を出したのはフェルミナである。


「本当に忘れてしまったんですか?」

「えっ!?フ、フェルミナも知ってる人なの?」

「ライさんも知ってますよ?ディコンズでシルヴィと会った時にフリオさん達と……」

「………。あっ!?も、もしかしてノルグー騎士の……?」


 ディコンズの森の中でシルヴィーネルとの対話を行う際に同行した騎士達。彼等はフリオがトラクエル領主となった際にそれぞれ立場が変化していた。

 フリオの部下の中でも戦闘に特化した四騎士。その一人……ジャックは騎士という立場から外れ勇者の立場になった……ということらしい。


「???………何でそんなことに……」

「そりゃ本人に聞きゃ良いんじゃねぇか?予定通りならそろそろ来る筈だぜ?」

「………。じゃ、じゃあ、その前に要件の方を……」


 朋竜剣から呼び出した黒獅子達、そして経緯を伝えるとガウルは即答で引き受けた。


「そんなアッサリと……住民と相談とかしないんですか?」

「なぁに、話が通じるなら問題ねぇよ。タダ飯って訳にはいかねぇが、強ぇなら食い扶持くらいは余裕で稼ぐだろ?仕事手伝ってくれ」

『わかった』


 自然に恵まれた土地故か、それとも互いに【獣】としての因子を持つ故か、黒獅子達の感触は悪くない様だ。


「にしても……お前、とっとと問題解決して来いよ。じゃねぇと獣人達おれたちにも不満があるんだぜ?」

「不満……ですか?」

「おおよ。俺達の恩人であるお前が不当な扱い受けてるってんで王都に直談判とか言ってる奴もいるんだよ。抑えるのが面倒くせぇ」

「ア、アハハハ〜……御迷惑お掛けしてます」

「ま、そういうこった。お……丁度『フォニックさん』がお出でなすったぜ?」


 飛翔して現れた白の鎧を纏う男。だが、それはレグルスに託したフォニックの鎧ではなかった。


 全身鎧はどちらかといえば騎士然とした形状。両肩部分が盾の様に張り出し、逆に胸部や胴はスラリとした流線型だ。ライは一目でそれが『竜鱗製』の鎧であると気付く。


「おう!来たな、ジャック?」


 ガウルが手を上げたのに合わせて腕を上げ挨拶を返す男は、続けて困った様に肩を竦めた。


「ガウル殿。『フォニック』と呼んでくれないと困る」

「悪ぃ悪ぃ。中身違うのに何か気持ち悪くてな」

「まぁ仕方ない。で、そちらの方は……」


 しばし思い悩む様なポーズで固まった男は、ポンと手を叩きライへと近付いて来た。


「君はライか!?ハハハハハ!久し振りだな!」


 硬い籠手でライの肩をバシバシ叩く男は兜の前面を上へと押し上げ顔を見せた。身長はライよりも頭半分程低く、金髪、そして筆で引いたような直ぐな太い眉、やや鉤鼻掛かったその顔は確かにディコンズで共に行動した騎士の一人、ジャックだった。


「お、お久し振りです、ジャックさん」

「うむ!君は随分変わったなぁ……ハッハッハ!」


 アレ?こんな底抜け爽やかな人だったっけ?とライは半笑いである。


「そうか。君はやはり捕まっていなかったんだな?」

「いえ……捕まってましたが抜け出してきました」

「相変わらずの破天荒ぶりか。うんうん、やはり君はそうでないとな」

「はぁ……。……。そ、そういえば、何でジャックさんが『フォニック』やってるんですか?レグルス、別に何かやらかした訳ではないんですよね?」

「ん……?ああ、君は知らないのか?レグルス君、結婚するんだよ」

「えぇ!?マ、マジですか……!?」


 まさかの真相……。


 レグルス、結婚。ロウド世界の貴族としては然程珍しい話ではなく、寧ろ遅いとも言える。

 しかし……ライが帰国して以来、度々手合わせをしていたのにその辺の話を全くされなかった。流石にちょっと……いや、かなり複雑な心境である。


「まぁ、そんな訳で新しい鎧の中身が必要だろう?だから私に白羽の矢が立った」

「事情は分かりましたが……良いんですか?ノルグー騎士やめて勇者なんて……。本当はかなり出世したんじゃ……」

「立場は変わるけどその辺りは問題無い。私も実のところ貴族の四男でね。それに思うところもあった」

「……?」

「シュレイドは私の幼馴染みなんだ。だが、随分差を付けられてしまったのが不満だった。そこで私は騎士を辞めて勇者になることにしたんだよ」


 ジャックの話では、騎士を辞めた後シュレイド同様に武者修行の旅に出ていたという。そこで一人の男と出逢い徹底的に鍛え直して貰ったのだそうだ。


「故に私は大きく成長できた。シュレイドとも手合わせして三戦一勝一敗一引き分け……悪い結果では無いだろう?」

「………」


 シュレイドは既に半魔人状態だった筈。それと互角の実力となると相当なものである。此処にもまた引き寄せられる様に強者が現れた……もといが居たことにライは運命というものの流れを感じるのであった。



 

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