第七部 第七章 第八話 猫神、泥酔する。
虹蛇アイダは創世神の生み出した最後の聖獣を捜しに旅立った。迫る闘神の脅威……その備えには大きな力がより多く必要なのだと判断したのだ。
そして、アイダを見送ったライは再び天猫教の祭壇へと向かう。だが……案の定、メトラペトラは『酔いどれニャンコ』へと変貌を遂げていた……。
「ハッハッハ〜!苦しゅうないぞよ?」
「猫神様〜!」
大歓声の中、酒樽に肩まで浸るメトラペトラは鈴型空間収納庫から金品らしきものを振り撒いていた。その様子を笑顔で見守るマイク……対して黒獅子達は横になり興味無さげにアクビをしている。
「あ、あの〜……」
「おお、ライよ。戻ったのかぇ?」
「………。メトラ師匠……。酒、我慢してくれてるんじゃ無かったんですか?」
「そのつもりじゃったんじゃがの……。コヤツらがどうしてもというんで、ちょっとだけの?ほんのちょ〜っとだけ。ホラ……ワシって優しい方じゃないっスか?猫神としては熱心な信徒を無下にはできねぇんスわ!」
「へ、へぇ〜……」
何やら口調がおかしなことになっているメトラペトラ。ちょっと、とは肩まで浸かることを指す言葉だっただろうかとライは目眩がした。
「フェルミナが止めてくれるかと思ってたのに……って、フェルミナは?」
「うむ。何やら仕立て屋が目を輝かせて連れて行ったぞよ?」
「仕立て屋……?もしかしてクトリさん?」
マイクに確認すると満足げな顔で頷いている。
「実は新作ができたのでライ殿に見て欲しかったらしいのですが、フェルミナ殿の姿を見て是非試着して欲しいと……」
「…………」
『仕立て屋クトリ』はライと共に『猫神の巫女』衣装デザインを考案した職人である。
高地小国群が連合国家となり天猫教が国教とされた後、アクト村への巡礼者が増加した。その際、唯一『猫神の巫女』衣装作製を容認されているクトリはレプリカ販売で大繁盛。
しかし……それでは猫神の巫女の有り難みが薄れる為、前回来訪の際に衣装の刷新を依頼したのである。
多忙になり訪問できなくなってからまだ然程の時は経っていないのだが……クトリは既に衣装の試作品を完成させた、とマイクは誇らしげに語った。
「……ま、まぁそういうことなら仕方無い。取り敢えず見てきます」
「うむ。ゆっくり待っとるぞよ〜?」
「………」
どうやらメトラペトラはここに置いてゆくことになりそうだ……と、ライは思った。
クトリの店は祭壇からも確認できる位置にある。目的地へと一跳躍で到達し店の中へと足を踏み入れたライは、そこにフェルミナの姿を見付けた。
「おお……!フ、フェルミナさん、そのお姿は……!?」
「あ……ライさん!どうですか、コレ?」
そこに居たのは純白の衣装を纏うフェルミナの姿。
以前の『猫神の巫女衣装』をベースに更に改良を加えた衣装は二重構造……上着胸元は肩口付近まで大きく開かれ胸下をベルトで止めていて、内側の白い袖なしブラウスの胸部分を徹底的に強調していた。スカート丈は膝上のままだが、裾にはフリルが三重という凝りようである。
フワリとした肩のパフ・スリーブ袖口にはレース編みをあしらい、手袋やニーソックスにも同様の飾りが加えられていた。
首元のチョーカーもまたフリル仕立て。中央の留め具は猫をイメージしたシルエット型で小さな鈴が付いている。
頭部はネコミミカチューシャを一新。ホワイトブリムに猫耳を付けたものへと変更になった。ホワイトブリムの中央の小さなリボンをライが預けた純魔石が固定している。
手袋、ブーツのリボンと翼をモチーフにした飾りは少し丁寧な仕上がりに……。ガーターベルトを廃しスカートとニーソックスの間の肌がまた何とも男心を擽られる領域を展開していた。
今回の改修にて加わったのは背中の小さな翼。掌大のものが一対背後を飾り、その翼の間には背筋に沿って幅広の紐が腰まで編まれ蝶結びで留められている。
試作品なので留め具以外全て白……だが、それがフェルミナの美しさをより一層引き立てていた。
「おお……お……素晴らすぃ〜!!」
ラジックの様な叫びを上げ、ライは号泣した……。他者が見たらドン引きする程に大粒の涙を流し口を抑え喜びに打ち震えている。
「フフフ……どうやら気に入って頂けた様ですね」
「ク……クトリさん!あなたは神ですか?」
「い、いえ……神様は猫神様では?」
むせび泣くライの姿にクトリは流石にちょっと……いや、かなり引いている。
「これはもう採用以外ありません!」
「ありがとうございます!」
「フェルミナ、凄く似合ってる……ブハッ!」
「大丈夫ですか、ライさん!?」
「うう……もう、何も言えねぇ……」
欲望のパトスが止まらないライはフェルミナに背中を撫でられようやく落ち着きを見せた……。
「ふぅ〜……。……。クトリさん。この衣装、随分凝ってますけど人数分用意できます?」
「はい。差し障り無く」
「良かった。……。一応これは複製販売禁止ということでお願いしますね。猫神の巫女専用にしたいので」
「わかりました。もう充分元は取れてますので……。フフフ……とてもやり甲斐がありましたよ?」
「……。そ、それと……フ、フェルミナの着ている衣装って貰って良いんですか?」
「ええ。これは試しに一着作ってみたものですのでどうぞ」
「ありがとうございます!」
後ろに振り返り腰の辺りでガッツポーズを繰り返す『欲望ダダ漏れ勇者』さんは久々にエロい顔をしているが、クトリは大人なので見て見ぬ振りをした。
ライは改めてお代を払おうとしたがクトリに断られた。巫女の衣装作りは結構な国の支援金が入ることになったのだそうで予算で落ちるとのこと。
連合国家ノウマティンは五大国に迫る勢いで成長している。猫神の巫女という存在は経済成長を加速させ、更に優れた人材の流入も始まっているのである。
これでペトランズ大陸大戦、更には闘神の危機が無ければもっと安定した発展ができたのだろうことがライには惜しく感じた。
引き続きの『猫神の衣装』作製を依頼しクトリと別れたライとフェルミナ。出来栄えの良さと美貌で他者に見せると騒ぎになりそうだったので、フェルミナには元の衣装に戻って貰った。そこには当然、他者に見せたくないという心理が大きく働いてもいる。
そして再び向かった祭壇では……とうとう宴会が開かれていた……。
「メ、メトラ師匠……?」
「お〜……来たニャ〜?お前も呑め〜!」
「…………」
マイク以外の司祭らしき者達まで現れた祭壇では、メトラペトラを囲み代わる代わるお酌をしている。更にはフルーツ盛り合わせや川魚の香草焼きなどが並べられすっかりご満悦の猫神様。
しかしながら、メトラペトラなりに今まで我慢していた反動と考えればライとしても怒るに怒れない。結局、自分の不甲斐なさから酒すら自由に飲ませてやれなかったに他ならないのだ。
師匠を労るのもまた弟子の務め……今日はメトラペトラに休んで貰おう、とライは考えた。
「メトラ師匠。俺達は次の場所に行きますので今日はゆっくりと休」
「ニャンじゃ、おりゃ〜!」
「げぽぉぉぅ!?」
メトラペトラの猫フック炸裂……ライは横回転し石床で跳ね、そのまま祭壇の下へと姿を消した……かと思ったが、辛うじてその手が縁にかかっており這い上がって来た。
「ぐ……な、何故に?」
「フン……ワシの為にとでも思うたかぇ?じゃがのぅ……ワシはまだまだ酔ってませんよ?」
空になった酒樽から出たメトラペトラは二本足で立ち千鳥足……どう見ても酔っている。祭壇に上半身だけ登りかけたライの傍まで近寄ると、頭に肘を掛け寄り掛かった。
「良いか、ライよ……。この世には酒なんぞより大切なものがあるんじゃ……。わかるかぇ?」
「メトラ師匠……」
「酒よりも大切なもの……それはの?酒を認める心じゃ!」
ライは久々にガビーン!と衝撃を受けた。
「……。し、師匠……さっぱり意味が分からないんですが……」
「そんなことも分からねってか?駄目な奴じゃな〜……今日ほどお主を駄目と思ったことはないね?」
「えぇ〜…………」
「良いか?酒は呑む為にある。では、誰が飲む為にある?無論、ワシじゃ!初め、酒ありき……酒を造るのも酒を呑むのもみ〜んなワシの為じゃよ?」
(くっ……。だ、駄目だ。これは初めてのパターンだ)
支離滅裂になっているメトラペトラ……一緒に居るようになって結構経つがここまで泥酔する姿は初めて見る。
いつの間にか頭によじ登ったメトラペトラごと祭壇に這い上がったライは、原因を探る為に酒樽に残る水滴を確認する。《解析》による結果は高濃度アルコールの複数種ブレンド……ご丁寧にマタタビまで漬けてあったのが決定打となった様だ。
「うわぁ……。コリャやべぇ……」
「で、どうするんじゃ?お風呂にする?料理にする?それとも、お・さ・け?」
「と、取り敢えずお水で」
「舐めとんのか、ワリャ〜!」
「ゴハァ!?」
メトラペトラの理不尽は止まらない……。ライは堪らすフェルミナの元へと向かいその手を取った。フェルミナの傍らには黒獅子が居たので声を掛けておく。
「……。悪いけど、この土地の守り頼めるか?」
『わかった。……大変だな、お前も』
「アハハ〜……。困ったことがあったらこれで呼んでくれ。じゃ、またな!」
ライはフェルミナを連れ転移神具を発動……そのまま姿を消した。
黒獅子には銀の首輪が嵌められている。それは腕輪型神具を黒獅子用に調整したもの……今後、何かの役に立つだろう。
この後、アクト村では夜まで宴会が続いたことは言うまでもない──。
ライ達が次に転移したのはシウト国エルゲン大森林──。
シウトとトォンの二大国の国境を跨ぎ裾野を広げる森は獣人達の住まう地である。以前は魔族と同一視され敬遠されていたが、シウト国女王クローディアとトォン国王マニシドの共同声明により間違った知識であると伝えられるに至る。
それ以来、少しづつではあるが獣人達の人権は回復しつつある。シウト国のみで言えば勇者として活躍しているオーウェルの功績も少なからず効果があったのは間違いない。
そんなエルゲン大森林。中央を石の
以前は魔法による障壁や網も張られていたらしいが、オーウェルがマニシドに持ち掛けた『エルゲン大森林争奪戦』が承認されて以降殆どの壁は取り払われた。
土地の所有権が確定されるまで実質の猶予期間としてエルゲン大森林内のみ自由に交流が可能となったらしい。
後に一つのものとなるのならば禍根を残さぬように……というマニシドの政略がそこにはあったのだが、獣人達にはどうでも良いことらしく自由を満喫している。
「何か久々な気がするな……」
エルゲン大森林への来訪はオーウェルに自らの無事を伝える挨拶を含め四度目。二度目の際は子供達を救った礼として宴に招かれ、三度目には手合わせを要望され戦い方を指南した経緯がある。
それ以来、獣人達は手合わせを楽しみにしているとオーウェルが言っていたことをライは思い出していた。
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