第七部 第七章 第七話 人への戒め
ライの質問の意図を理解した虹蛇アイダは、順を追って説明を始めた。
『貴方の質問は聖獣という存在の意味に気付いている……そう受け取っても?』
「ああ。多分ね」
『分かりました。少し長くなりますが……』
「良いよ。しばらくはあっちでも盛り上がってるだろうし」
未だ聞こえる歓声……“ああ、こりゃ駄目ニャンコ・コースだな”とライは小さく笑う。フェルミナが居るので程々に調整してくれるだろうと期待するしかない。
そうしてアイダは語り始めた──それは聖獣創生の神の意図。
『聖獣が世界の魔力浄化の役割を担って居ることは御存知ですね?』
「ああ。ドラゴンが地脈の管理で、精霊は自然摂理として存在する。で、聖獣が淀んだ魔力を浄化する……だったっけ?」
『はい。では、何故魔力が淀み穢れるのか分かりますか?』
「それは……人間の邪念とかのせいだろ?」
『それは原因の一端に過ぎません。正確には別の原因があります』
「……?どゆこと?」
『魔力の穢れは生物の無念から生まれます。これは人のみに限られた話ではありません。生物が天命を全うできない際の無念……恐怖や怒りなど死に際に生まれる強い念が原因なのです』
「…………」
考えてみれば至極当然な話である。どんな生物も生存を求めて当然なのだ。それを他者の力で強引に閉ざせば無念は残って当たり前だろう。
しかし、弱肉強食という自然摂理としては普通のこと。その度に魔力が穢れていては世界は不浄魔力だらけになってしまう矛盾がある。
『それは飽くまで根本の原因……星の魂の循環でも浄化されるので基本的には世界は不浄にはなりません。私達聖獣は溢れた分を浄化するのが役割……。火鳳の様に自らの力で他の聖獣を浄化はできませんので、少しづつ時をかけてになりますが』
「……聖獣は大丈夫なのか、ソレ?」
『本来聖獣にとっては些細な役目なのです。存在するだけで周囲をも浄化するのが聖獣なのですよ』
だが……それは人間が増える前のこと。人が種を残し繁栄することで状況は少しづつ変わっていったという。
『貴方は世界創生の流れを知って居ますか?』
「いや……」
『この世界は神が【大聖霊】を生み出し大地を創造したことから始まります。魂魄の元となる魂を『霊気の大河』に乗せ、命の大聖霊の生み出した生物に宿るよう調整された。それから精霊という自然の管理者を生み出し、命の大聖霊を模し【人間】なる種を創生……。これにもまた理由がありますが、今は省きます』
人間がフェルミナを元に模された存在という話は以前聞いているのでライは然程驚かなかった。だが、一つ違和感があった。
「俺、人間より聖獣の方が先に創生されたって師匠……大聖霊メトラペトラから聞いたんだけど……?」
『間違いではありませんよ。アバドンとコウは試作として誕生していますので』
「ああ……成る程」
最初の聖獣アバドンは浄化を推進する目的から吸収に特化するよう創生された。しかし、過剰な負の魔力吸収を続けた為に人が創生される前にも拘わらず存在が反転し始まりの魔獣ともなってしまった。
それを踏まえラール神は魔獣化しないことを目的とした不変の聖獣を創生。それがラール神鋼の体を持つ聖獣コウである。
『人が生まれると秩序が必要となります。そこでラール神は【星具】を生み出し秩序と知恵を与えることになりました。ですが、人は長寿では無い為に繁殖力で種の維持を行います。故に数は増え命の魂の循環が早まった』
食糧として命を奪えば魂の循環回転率が上がる。人の命もロウド世界では長いものではない。加えて高い知性は不浄を生み出しやすいことも判明し、結果として『魂の大河』のみでは浄化が間に合わなくなった。そして生まれたのが三体目以降の聖獣である。
『ですが、ラール神はコウを聖獣の基礎モデルにはしなかった』
「それは……オッパイ好きだから?」
『はい。オッパイ好きだからです』
「………プッ!アハハハハ!」
ライは腹を抱え笑う。確かにコウの様な変わり者聖獣が多数では威厳も何も無い。無論それは、アイダが本当のことを言っていた場合ではあるが……。
「あ〜……笑った笑った。……。聖獣も冗談言うんだな」
『ええ。私達にも感情はあります。楽しいことは好きですよ』
「……。アイダやコウって精神が聖獣よりも人間に近い気がするな」
『正確には霊獣、ですね。あれはラール神以降に『神の座』に就いた神が生み出した聖獣の変化型です。偶然派生したとはいえ完成形に近いのかもしれません』
アイダの話では、ラール神の創生した五体の聖獣は基本的に感情が豊かなのだという。霊獣は善悪の中間を維持し転化しない存在──その為、上手く存在の力を調整し永く地上に残る。共通点はその存在の長さ。長く存在することは精神の発達にも繋がる。
対して、聖獣・魔獣は存在反転を繰り返すだけでも疲弊し魂の循環に還るので個性の成長が難しいとのこと。
(成る程ね……。確かにアグナやシロマリとクロマリ、それにセイエンは個性が確立されてる気がするな)
翼神蛇アグナはそもそも神の分け身である。永き時存在し個が確立しているのはラール神の聖獣と同じ理屈なのだろう。
聖刻兎のシロマリ・クロマリは完全なイレギュラー存在である。異界の存在と引き合ったことも個性の強さに繋がったのかもしれない。
火鳳セイエンはホタルと共に『黄泉人』となって感情を長く共有し続けた。その為、人を理解した可能性が高い。
他にも
『少し話が逸れましたね……。先程までの話で何故聖獣が魔獣へと転化するのか推測できますか?』
「う〜ん……というか、実は以前からある程度の推測はしてるんだよ。多分、創世神は人の成長の為に戒めにしたんだろ?それを確認したかったんだ」
『流石ですね』
魔獣への反転は一定の負の魔力で起こる。その基準はライも良く分からないが、どうも世界的に観測すると魔獣は最大数で維持されているようだった。
アスラバルスの許可を得てエルドナから齎された情報では、ロウド世界の人口、気候、政治、戦争の有無、食糧難、経済発展、技術発展、精霊の数、魔物の生息分布等が複雑に作用し合っているらしいが、要は人間が身勝手な理屈で生命循環のバランスを崩すと負の魔力が発生し魔獣化する。
聖獣という存在は人の成長の支え、そして導き手として生まれたのだ。
『それだけラール神は人間に期待なされたのでしょう。ですが……』
「人間は種としての成長が遅い……か。でもなぁ……」
『……?』
「身勝手な行為の反動は身勝手な奴に返れば良いじゃん。何で種の連帯責任で無関係な人を巻き込むかなぁ」
『ラール神の深き考えは私にも分かりません。……推測ですが、無責任な者に直接返っても学ばないのでは?ならば、無責任な者の魂が成長する様に周囲を変える目的があるのかもしれません』
「魂って成長するのか?」
『ええ。魂は一部特殊な例を除き『揺蕩う精神の海』に還るのです。その際、殆どの魂が融け合い新たな魂となります。人も動物も魔物も植物も、皆……。全ての命はラール神の子なのですよ』
「…………」
『人の魂は高みに至り輪廻することで磨かれる。この際、少数成長しても『揺蕩う精神の海』の質が高まる訳ではありません。大海原の色を変えるには種そのものの成長が必要なのです』
ラールの願いは星の存在がより成長すること……それはライも理解はした。確かにロウド世界全ての存在が子であるならば成長を望んで然るべきだろう。
だが……ライはどうしても納得ができなかった。
「………。神様からみればそうなのかもしれない。それに人間は確かに欲深いけどさ……生きるのに必死なんだよ」
『それはラール神も理解していると思います』
「でも、神様には人間の命は短く感じるんだろ?だからこんな戒めにした。魂が廻るのってそれだけ人生があるんだよ。その一つ一つまで気にしていない……そんな気がする」
『そんなことはありませんよ。ラール神は真なる神です。先を見ていた筈』
「それでも……俺は納得できない」
アイダはハッ!とした。ライは悲しげな顔でいつの間にか涙を流していたのだ。
「人の魂は確かに廻る。でも、その一つ一つはただ一度きりの心で形作られているんだよ。失われればもう同じ心には逢えない……」
『………』
「大体、無責任じゃないか……。聖獣にだって心はある。魔獣化した際の苦しみだってある筈だ。それを延々と繰り返させるなんて酷すぎるだろ」
『……。貴方は私達の心まで気にするのですか?』
「当たり前だろ。そして俺が一番赦せないのは大聖霊達のことだ。先が見えるなら……何で残して行ったんだ。フェルミナは……メトラ師匠やアムルだって神様をまだ大事に思ってる。クローダーなんてずっと苦しんていた……。それを放って置くなんて無責任だ」
心の底から怒り悲しむ……ライにとって大聖霊達はそれ程に大切な存在なのである。アイダはその姿が一瞬だけラール神と重なった。
(……。成る程……。貴方の残した可能性はやはり彼なのですね)
ラール神が星の子と述べた【要柱】──それはラール神同様にロウドの星全てを愛することのできる存在。アイダの中でそれは確信となった。
『ライ……と言いましたね。貴方の憤慨への答えはこの先に分かるでしょう。いえ……貴方ならいつか気付くです』
「………。その前にロウド世界が滅びなければ、だろ?」
『……?どういうことですか?』
「闘神のこと……知らないのか?アイダ、いつから魔獣化してたんだ?」
『それは……』
狂乱神降臨の際……ともなれば七千年前。アイダは魔獣化し猛威を振るった為に存在特性により封印された。その封印具を魔法王国時代にアムドが見付け出し所有──更にイルーガに譲渡され解放されるまでは外界を知らない。
ましてや魔獣状態ともなれば情報など得られようも無い。
掻い摘んで事情説明を行うと……アイダの背の円環が激しく輝いた。
「ぐあぁぁ!?め、目がぁ!?」
完全に油断していたライは閃光で目が眩み転げ回る。一方、アイダはそんなライに気を向ける余裕が無い……。
(まさか……。闘神……真なる神が……。ラール神はそれも見据えて……いえ、真なる神同士となると流石のラール神でも見通すことは……)
真なる神との対峙……それは確かにロウドの危機。狂乱神や邪神とは違い役割での来訪ではない以上、何が起こっても不思議ではない。
『……。もし、それが本当ならロウド世界は……』
「目が!?目がぁ!?」
『……。お聞きなさい!』
「オフゥン!?」
アイダのシッポでペチンと叩かれたライはゴロゴロと転がり樹木にぶつかり止まった。
「おお……目が治った……」
『巫山戯ている場合ではありません。貴方はどうするつもりなのですか?』
「え?次は獣人達のところへ行って……」
『そうではなく闘神のことです。真なる神に本気で抗うつもりなのですか?』
「……当然だろ。ここは俺達の星だ。真なる神でも何でも土足で荒らすなら抵抗する」
『……勝てる可能性はありませんよ?』
「対話で終わればそれに越したことはないけどね……駄目でも諦める訳にはいかないんだよ」
「…………」
ライの目は真剣そのものだ。そこには絶望の色も諦めの様子もない。
『……。分かりました。では、私はラールの聖獣を探します。僅かでも力になれる筈ですから。アバドンを除き確認できていないのは【唱鯨】【神鋼】【黒蜘蛛】……どれですか?』
「コウは同居人が契約してる。唱鯨……モックディーブも仲良くなったよ。黒蜘蛛……ってのは知らない」
『分かりました。では、黒蜘蛛を捜しましょう。その後貴方の元に報告に伺います。場所は……』
「シウト……って七千年前の知識じゃ分からないか」
『そうですね……。では、コウの元へ向かいます。気配で判るのでそれで大丈夫でしょう』
「分かった。………。アイダもまだ転化して時間が経ってないんだ。無理はするなよ?」
『ええ……では』
虹蛇アイダは音も無く舞い上がると光の筋となり姿を消した……。
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