第七部 第七章 第六話 創世神の獣


 猫神のお告げと称し喚び出した『黒獅子』五体──それを見た天猫教信者は……大歓声を上げた。


「あ、あれ……?随分歓迎されている気が……」

「う、うむ。これはワシにも予想外だったのぅ……」


 やや拍子抜けしたライとメトラペトラであったが、マイクは“恐らく”と前置きし推論を述べる。


「猫神様のお体と同じ色、ということが説得力に繋がったのでしょうな。この紋章も同じの様ですしきっと受け入れられることでしょう」

「この紋章……?」


 マイクはいそいそと厳かな法衣の留め具を外す。そして、バッ!と開いた法衣の中にはメトラペトラの紋章が胸元に描かれたシャツが……。御丁寧に紋章の下には“汝、猫を愛せよ”とロウド共通文字で書かれていた。

 確かに黒獅子達の頭部にはメトラペトラの紋章が小さく光っている。良く見れば眷族紋章なので微妙に違うのだが……要はメトラペトラ直々の恩寵であれば何でも良いらしい。


 そして、とても誇らしげなマイクはニコリと笑いウィンクまでして見せている。天猫教徒が皆同じ服を着ているのかと思うとライは半笑いにならざるを得ない。


「は、はは……ね、猫耳よりは良いかな」

「た、確かにそうじゃが……全く。いつの間にあんなモノを……」

「ま、まぁまぁ。そ、それよりマイクさん。魔獣って何処に居ますか?」

「ここから南西の森の中に辛うじて封じておりますが、いつ破られるかとヒヤヒヤしておりました。そこへ猫神様が来訪なされて……いやぁ、流石は我等が神です」

「……。タイミング、バッチリだったんですね……」 


 祭壇の上から指摘された方角へと視線を向けたライとメトラペトラ、そしてフェルミナは森の中に黒い半球体を確認した。

 良く見れば内側で何かの獣が蹲っている姿が見える。


「師匠……あれ、見えます?」

「うむ。形状から見て『虹蛇こうだ』じゃな。結構厄介じゃぞよ?」


 『虹蛇こうだ』はその名の通り虹色に輝く鱗で覆われている。鱗は魔力を反射するので魔法が根本的に効果が無い。そして虹蛇自身は魔法と概念力の両方を使用してくる。

 概念力は【天候操作】……つまり、雷撃、竜巻、氷雪等を自在に扱う。


「そんなに強力なら結界破られていてもおかしくないんですけど……」

「ふむ……。ここからでは結界内は良く分からんのぅ。が、恐らく弱体化しておる様じゃな」

「弱体……?何でです?」

「ホレ、お主が罠張っとったじゃろ、神聖属性のヤツを。それにでも引っかかったんじゃろうよ」

「あ〜……忘れてました」


 実は邪教討伐前に魔獣対策を行った際、小国にのみではあるが住処となりそうな場所に魔獣用の罠を張っていた。捕縛ではなく弱体なのはどのみち破られる前提からだったのだが、結局邪教討伐までに魔獣は罠には掛からなかった。


 が……どうやら邪教討伐中にイルーガの放った魔獣の内一体が運悪く……いや、運良く罠に掛かったのだろう。『虹蛇』が最近まで出現しなかったのは罠を破るのに時間が掛かった故……。


「だから神具の結界で閉じ込めることができたんですね……。良し、なら早く転化しましょう。黒獅子、手伝ってくれ」

『わかった』

「ただ、無理はするなよ?お前達はヒイロの大切な子供達なんだからな。では……ニャンコども!整列して番号!」

『ニ』

『サン』

『ヨン』

『ゴ』

『ロク』

「どうした、一番?返事が無いぞ!?」


 ライはメトラペトラに厳しい視線を向けている。


「へ……?ワ、ワシもかぇ?」

「ニャンコどもと言っただろうが!?貴様はニャンコとしての自覚がないのか!?弛んどるぞ!!」

「………」


 腕輪型空間収納庫からいつの間にか取り出した竹刀で床を叩くライ……『復活の鬼軍曹』にメトラペトラはタジタジだ!そもそも何故、黒獅子達は【ニ】から点呼を始めたのか……それを考える余裕も無い。


「仕方無い……もう一度だけチャンスをくれてやる」

「くっ!お、お主、また調子にの……」

「番号ぅっ!」

「い、イチ!」

『ニ』

『サン』

『ヨン』

『ゴ』

『ロク』

「良ぉ〜し!では、行けぃ!ニャンコども!」


 勢いに押され思わず応えてしまったメトラペトラ。だが、段々と腹が立ったらしく毛を逆立て怒り始める。


「………。調子に乗り過ぎじゃぞ、アホ弟子め!」

「え〜!?だって〜、疲れてるんですよ〜!お願いだよぉ、師匠〜!」

「知るか、たわけ━━っ!な、何じゃ、その目は……や、やめ……イニャ━━━━!?」


 シュッ!と姿を消したライはメトラペトラを背後からガッチリ確保しその身体を的確に撫で回す。イシェルド領の空に響くメトラペトラ久々の嬌声……アクト村の信者達は何故か雄叫びを上げていた……。


「さ、師匠。お願いします」

「……や、や、はり……お主は……痴れ……者じゃ……。ガクッ!」

「仕方無いなぁ。………。じゃあ、行くぞニャンコども〜!」


 祭壇の床で半笑いで痙攣しているメトラペトラを放置し、ライは黒獅子達を引き連れ魔獣の元へと飛翔。マイクは生温い表情をしていたが直ぐに信者達へ高らかに宣った。


「猫神様に全てをゆだねよ!」

「うおぉぉぉぉ━━━っ!猫神様、万歳!」


 こうしてまた天猫教に新たな伝説が刻まれることとなる……。



 一方、森の中にある半球体の側へと移動したライと黒獅子達。魔獣に近付くと『虹蛇』はのそりと鎌首をもたげ敵意の視線を向けていた。


「さ〜て……。お〜い!大人しく浄化されてくれないか〜?」


 そんなライの様子を黒獅子達は不思議そうに窺っていた。


『……。何故、そんな無意味なことをしている。魔獣は答えない筈だ』

「ん〜?そんなことないぞ?魔獣も実は答えてる」

『そうなのか?』

「俺も結構最近になって分かったんだけどね。直接応えなくても波動が揺れるんだ」

『波動……何だ、それは?』

「お前達との戦いでも見せただろ?あの『見えない力』だよ。存在特性の余波……なんだってさ。俺にはそれが分かるんだけど……ちょっと試してみるか?」

『……?』


 ライは黒獅子の一体に触れ《感覚共有》の魔法を発動した。ライから伝わる波動の情報に黒獅子は少し驚いている。


「今お前が感じているのは飽くまで俺の感覚だけど、『虹蛇』の波動はどうなってる?」

『……不安定だ』

「そう。でも呼び掛ける前は一定だった。今感じているのは警戒の時とも違う。これが魔獣の心の反応……葛藤しているんだよ、魔獣の中の『聖獣の心』がね」

『………だが、意味があるのか?』

「あるよ。呼び掛けして揺らした後なら聖獣に戻すのがかなり早い。これも立派な対話なんだよ」

『…………』


 そもそも魔獣を転化すること自体できる人間は居ない。黒獅子はそれを知っているが敢えて口にはしない。


「因みに、波動には他にも色々あるぞ?例えば俺は黒獅子達全員見分け出来てるし」

『本当か?』

「ああ。お前、あの異空間で見えない壁張ったヤツだろ?」

『…………』


 黒獅子は今度は心底驚いている様だった。黒獅子達が互いを識別しているのは意識連繋の賜物であり、それが無ければ当者達でも見分けが付かないのだ。


「確かに見た目は同じかもしれないけど、やっぱり違うんだよ。それが個性……その証拠に存在特性もバラバラだろ?」

『それはそう創られたからで……』

「存在特性は選べないんだってさ。でも、同じ存在なら似たものになるのが普通だと思うけどお前達は違う。それもヒイロの願いだと俺は思う。いずれは個体差が出てくるんじゃ無いかな」

『主の……』

「本当は名前を付けてやりたいんだけどね。それはこの先、お前達が付けて欲しい相手から貰った方が良いと思うんだ。できればこの地で付けて貰えると良いな」

『……。お前は不思議な存在だ』

「ハハハ。変な奴とはよく言われるよ。さて……そんじゃ手伝ってくれるか?」

『分かった』


 虹蛇を囚えている結界に触れたライは、そのまま《吸収》にて半球体を打ち消した。同時に黒獅子達は素早く虹蛇を取り囲み退路を塞ぐ。


「今回は頼れるお前達が居るから直ぐに終わる。存在特性で逃さない様にしてくれ。殺しちゃ駄目だからな?」


 声に反応したのは先程会話していた黒獅子。存在特性【防壁】にて虹蛇の周囲に見えない壁を張り巡らせる。続いて他の黒獅子が魔法にて防壁の外側を炎で包む。

 残るは上空……虹蛇は熱さから上空へ逃れようとしたところを突然現れたライに塞がれた。それもまた黒獅子による【転送】の存在特性……。


 そしてライは逃げ場を失った虹蛇へ《浄化の炎》を放つ。虹蛇の鱗でも存在特性は防げない……白銀に輝く炎は光の柱となり魔獣の浄化を難なく果たした。


「これで良し、と。いやぁ……楽だった。それでさ……俺はちょっと聖獣と色々話すことがある。メトラ師匠に終わったって報告してくれる?」

『分かった』

「ありがとうな」


 ライの言伝てを承諾した黒獅子達は祭壇の方向へと去って行った。僅か後に上がった大歓声が報告が伝わった合図となる。


「うん。じゃあ、次はお前との対話だな」


 ライが振り返れば虹蛇はとぐろを巻き頭を項垂れていた。少し形状が変化しその背に棘の付いた円環の様な光が浮かんでいる。


『救って頂いた……のですね』


 虹蛇はつぶらな瞳をライに向け語り始めた。ライは手を伸ばし虹蛇の鼻先に触れると回復魔法を発動……その疲弊を癒やした。


「うん。まぁ成り行きとはいえ魔獣……いや、聖獣と出会えた訳だしね」

『貴方は一体……』

「勇者だよ。勇者ライ・フェンリーヴ。大聖霊契約者だ」

『大聖霊の……!?……感謝します、ライ。私は虹蛇・アイダ……失礼ですが、つまり貴方は【要柱】でしょうか?』

「う〜ん……どうだろ?そもそも【要柱】って何だか良く分からないんじゃないのか?」

『そう……ですね。ただ、〘要柱は三度生まれ変わる──〙という話を聞いています』

「聞いている?誰から……?」

『主神ラールからです』

「!?」


 ロウド世界を創世した神・ラールと接点のある存在は少ない。大聖霊、神鋼聖獣コウ、唱鯨しょうげいモックディーブ、そして魔獣アバドン……。精霊は永く存在できるものの流石に九万年もの存在となると自然に融けてしまうらしい。

 同じくラール神の創生物たる人間は代替わりするので、現代人がラール神のことを知る由も無い。


 その他の長命存在は後継の神の手による創生生物である。だが、アイダと名乗ったこの聖獣は創世神ラールの生み出した存在とのこと……それは驚くべきことだった。


「聖獣って定期的に『魂の循環』に組み込まれるって聞いてたんだけど……」

『それは魂が疲弊した場合のみです。存在を癒やす手段がある場合は存在し続けることができます。と言っても、それができるのはラール神が生み出した聖獣のみですが……』

「へぇ〜……それは初めて知った」


 コウはそもそも『ラール神鋼』で構築された存在である。ラール神鋼は不変効果があるが、何にその影響を与えるのかは分からない。コウの場合は存在力が不変になったということらしい。

 因みに星具達は存在の核となる『星命珠』に不変が働いている。魔王となったルーダの星命珠が無傷だったのはその為だ。


 唱鯨モックディーブは広大な海に触れることで穢れ自体を薄め浄化する力がある。永き刻存在の維持ができるのは海という環境があればこそだ。


 そして魔獣となったアバドンのそれは『魔力変換吸収』──故に魔力元を断つ封印が最善の対応ともいえるのだ。


「因みにアイダは?」

『私は気候の変化が癒やしなのです。季節の循環はそのまま存在の流転でもあるので、その際に生まれる生命力から存在力が保全されています。ですが、魔獣化はまでは防げませんでした』


 と……ここでライは以前から気になっていたことをアイダに尋ねることにした。


「そもそも、何で聖獣が魔獣化するんだ?創世神なも出来た筈だろ?」






 



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