第七部 第七章 第五話 猫神の眷族


 ランカが【御魂宿し】となったことにライは心底驚いた。しかし、同時に何処か安堵の感情が浮かぶ。


 聖獣との契約はランカの心が認められるだけの清らかさを宿していたことの証──。人を傷付け命を奪うサザンシスとしての在り方に迷い新たな道を探そうとしたランカの正しさを証明するものでもあるのだ。


「そうですか……。ランカが……」

「相手は少々変わり者の聖獣じゃ。が、それも縁じゃな」


 メトラペトラとしてはランカにはライを魅了させる目論見があったものの、【御魂宿し】という力を得られたことは戦力の確保として申し分が無い。複雑な心境、といったところだろう。


「本来はオルネリアを【御魂宿し】、ヒルダを【精霊憑き】にするつもりじゃったんじゃがの……。オルネリアは狙い通りじゃがヒルダがのぅ……アヤツ、我が強すぎるんじゃ」

「アハハ〜……で、でも、ヒルダも優しいですよ?」

「ツンデレになるのはお主相手の場合のみじゃろ。まぁ良いわ……代わりに精霊王が城に来たからのぅ」

「……せ、精霊王?」


 あれ……?色々起こりまくってるけど、そんなに長く城を空けたっけ?とライは自問自答する。それはそうだろう……勇者会議からまだひと月と経過していないのである。


「メトラ師匠。精霊王って何ですか?」

「……。説明、面倒臭いニャ〜。ここ最近お主の為に動き回っとったからのぅ……酒も〜?控えとるし〜?ニャ〜ン?」

「くっ……。わ、分かりましたよ」


 ライは魔王アムドとの邂逅の際に一本だけ土産に渡された『竜葡萄のワイン』をメトラペトラに差し出した。


「おおっ!こ、こここ、これは竜葡萄の中でもビンテージもののワイン……い、一体何処でこれを!?」

「アムドから貰いました」

「え……。だ、大丈夫なのかぇ、ソレは?」

「アムドは毒を盛るなんて狡い真似しませんよ。でも、嫌なら仕方無いですね……。クローダーの記憶から調……」

「お〜っと、精霊王の話じゃったな!」


 ワインの瓶を素早く鈴型収納庫へと回収したメトラペトラは尻尾を振りながら【精霊王】についての説明を行った。


「そんなことが……」

「うむ。ハーティアはワシの想像を超えて我が強くなって居ったが、却ってその方が居城では馴染みやすかろう」

「ま、まぁ、力を貸してくれそうなら何でも問題無しですよ。それにしても、まさかカブト先輩も……」

「まぁアレは先代の神に仕えていた者じゃからのぅ。色々と加護を貰っとった筈じゃ。その内いきなり進化するかものぅ」


 黄金のカブト虫の進化はどんな姿になるのか……ライはちょっとだけ見たいと思った。


「それで、オルネリアさんの契約聖獣って……」

「うむ。『一角獅子』という聖獣じゃな」


 獅子の名を冠してはいるが、『一角獅子』は獅子と虎の中間にして他の生物の姿も複合している聖獣である。所謂ライガーの頭部に角、体には強固な鱗が前後の脚の根本辺りを盾の様に覆っている。脚自体も太く少し長い。


 出逢ったのはやはり蜜精の森──聖地が減った今、住まいを探している聖獣がそれなりに移住してきていることはライも知っていた。しかし……聖獣来訪の最大の理由は、どうやら聖獣・聖刻兎達が声を掛けて回っていることらしい。


「クロマリとシロマリ、何でそんなことを……」

「アヤツらなりにお主の為にと気を利かせたんじゃろ。戦力強化に聖獣の力は大きいからのぅ……」


 自分の知らぬところで多くの者達が心を砕いていることにライは心底感謝した。今回は本当に不安材料が多く余裕が無いのだ。

 そして、クロマリ達のお陰で守るべき者達の安全は確保されつつある。それこそが今、一番大きな幸運なのかもしれない。


「それで……ヒルダは?」

「うむ。相変わらずのツンデレじゃぞ」

「い、いや、そういう話じゃ無くてですね?」

「冗談じゃ。アヤツは居城にて大人しくさせて居る。今は下手に動かぬ方が良かろうからの」

「………」


 今のところ蜜精の森に居る聖獣達には選ばれないヒルダではあるが、この先更なる聖獣が現れれば分からない。しかし、クロム家にて待つとなれば下手をすれば政争に巻き込まれる可能性もある。

 だからといって、現在は『月光郷』へ聖獣契約を求め向かう状況でも無い。ヒルダには不満もありそうだが、メトラペトラは大人しく待機するよう命じていた。


「……。もしかして、わざとですか?」

「何の話じゃ?」

「ヒルダはあの性格ですから……。【御魂宿し】になった場合、自分でイルーガと話を付けると言い出さないとも限りませんからね。それは兄と妹が戦うことに繋がる……だから師匠は、ヒルダを【御魂宿し】じゃなく断られる可能性が高い精霊王との契約を……」

「さて、どうだかのぅ……」

「………」


 どうやら推測は当たっている様だ……。


「ありがとうございます、師匠。ヒルダは俺の数少ない幼馴染みですから……」

「……。お主、本当にそれだけかぇ?」

「?……何がですか?」

「ヒルダのことじゃよ。アレはお主を好いとるぞよ?」

「………。ハッハッハ。あのヒルダが?御冗談を」

「いや、ヒルダは確かにお主をす……」

「それは無いですよ。だってヒルダ、他に好きな人いるって言ってた筈ですし」

「…………」


 あれ?これってお決まりのパターンじゃね?とメトラペトラは半眼で笑っている。


(大方マーナ辺りに好きな人が居るかを聞かれ、ライを目の前にしてツンが出たんじゃな……。いや、これもマーナの策かぇ?)


 憐れヒルダ……自分の気持ちを悟られることを避けた故に公然とライへの想いを否定してしまったのだろう。ツンデレ、悪役令嬢体質、そして貴族のプライドが悪い方へ働いた結果はヒルダ当人も忘れているのかもしれない。

 面白い展開ではあるが、メトラペトラは存外ヒルダを気に入っている。それはツンデレ同士の共感か……。


(まぁ急ぐことはあるまい。今はイルーガの件もあるしのぅ)


 メトラペトラは小さく溜息を吐き少しだけヒルダの気持ちを代弁することにした。


「ライよ……ヒルダには好きな男が居るのは本当じゃが、相手に関しては嘘じゃぞよ。考えればわかるじゃろ?アヤツはあの性格……立場的に素直になる訳がなかろうよ」

「………。まぁ確かに……」

「ヒルダと縁ある男で好かれそうな者など限られる。と……ここまでは教えてやるが、後で相談に乗ってやることじゃな」

「そう……ですね。この『恋愛マスター』にお任せを……フッフッフッ、腕が鳴るぜ!」

「………」


 ライの中ではクロム家という立場で苦しむヒルダを慰める、といった思いやりなのだが……『エセ・恋愛マスター』に対してヒルダがどこまで素直になれるかは当人次第である。


「では、続きじゃな。アリシアは今、エルドナやラジックの手伝いを中心にしておるわぇ。同時に聖獣との契約も模索しとる様じゃ」

「う〜ん……。邪教討伐の時の怪我、トラウマになっていないと良いんですが……」

「それは恐らく大丈夫じゃろう。が、逆に気負い過ぎになるかものぅ」

「その時は師匠、それとフェルミナが上手く支えてやって下さい」

「わかりました」

「うむ。それと、サァラは……説明の必要はあるまい?」


 星杖エフィトロスの契約者となったサァラは更なる高みへと向かっている。神格魔法もかなり修得したらしい。


「今のところとマリアンヌはクローディアの護衛に回っておる。レグルスやオーウェルは男じゃから気の利かぬことも多かろう」

「それならクローディア女王は安心ですね」

「うむ。皆、シウト国や各国の為に尽力しておるぞよ。お主も覚悟を決め一度戻ることじゃ」

「……はい」

「と、言う訳で手早く各国を回るかの」


 と……ここでようやく転移した先に気付くライ。場所は連合国家となったイシェルド領内・アクト村の祭壇。そう……天猫教のあの祭壇である。

 そして何故かその眼下には平伏する民の姿が……。


「おお!猫神様……お久し振りで御座います!」


 祭壇の階段を息を切らして登ってきたのは天猫教の大司教となったマイクだ。どうやらメトラペトラ来訪の一報を受け走って来たらしい。


「うむ、来てやったぞよ?」


 ふんぞり返るメトラペトラ。対してライは現状にタジタジである。


「あ、あの〜……マイクさん、これは?」


 祭壇の下には数千もの人間が平伏したまま。天猫教の聖地に認定されたにしても人の数が多い。


「ライ殿……。実はですな……」


 マイクの話ではアクト村近辺に魔獣が出現したらしく対応に困っていたという。


「魔獣……ですか?」

「ええ。今のところは教会の宝具で動きを封じております。ですが、そのままでは村を守る結界が張れず困って居たのです」

「どう思います、師匠?」

「う〜む……。恐らく邪教討伐の際に出現した魔獣の討ち漏らしとみたが……エクレトルが見逃しておるのが良くわからんのぅ」

「う〜ん……ところで、マイクさん。猫神の巫女達はどうしたんですか?」


 イシェルド……そしていてはノウマティンの守り手となるべき存在の『猫神の巫女』──この事態に何をしているのか、とライは心配になった。


「巫女達は現在、領主会議に呼ばれ中央機関へ。ノウマティンはトシューラ国と隣接していますので……」

「あ〜……成る程……」


 連合国家ノウマティンとなった高地小国群が争わないようにと最高権限を与えられた巫女達……当然ながら『大戦への備え』という会議には参加が必要だった。マイクは重大な会議を遮る訳にも行かず、魔獣をどうするか迷っていたそうだ。

 教会の神具は通常防御結界を展開できるが、それでは他の地域に魔獣が移動してしまい被害が出ることには変わらない。そこでマイクは結界で魔獣を抑える策を取ったらしい。


 祭壇の下に集っているのはその近隣の村々から集まった信徒達だという。


「マイクさん、ナイス判断です。あの結界って結局の所、国境警備で作った物ですからねぇ……。今回みたいに猫神の巫女が不在のこともあるだろうし、国が大きくなったことを考えれば警備体制も見直さなきゃならないかな……」

「ま〜た悪い癖が出とるのかぇ?」

「いや、どのみち闘神への備えに守りの強化は必要じゃないですか?」

「まぁ確かにのぅ……」

「と言っても、今回は魔獣だけ何とかして後にします。流石に疲れてるので」


 疲弊の点ならフェルミナの概念力で回復も可能ではあるが、そもそもそのフェルミナ自身が疲弊しているとライは考えていた。なので自然治癒を優先にしている状態だ。


 ここで居城に帰れば良い話──だが、フェルミナに告げた様に帰還すると行動が止まる気がするのである。その最大の理由は肉体の限界……。リーファムが蜜精の森に移動したとなると不調を悟られる可能性があるのも理由の一つである。

  

「で、どうするかぇ?」

「そうですね……」


 ライが近付き耳打ちするとメトラペトラの尻尾がピコン!と立った。


「成る程、それは一石二鳥じゃな」

「でしょ?どうせアクト村にお任せするんですから、良い印象でお任せしましょう」


 そう言ったライは朋竜剣を取り出し、異空間から『黒獅子』を呼び出した。


「猫神様はこの地の守りとして眷族を遣わされました!この『黒獅子』と猫神様のお力で魔獣を排除致しましょう!」

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