第七部 第七章 第三話 ヒイロの子達


 惑うライの心を聞いたフェルミナは、ライの手を取ると自らの胸元に当てる。そして自らの覚悟をライに伝えた。


「……。私はライさんを支えると決めています。たとえどんな選択でも……でも、もしイルーガがライさんの気持ちを踏み躙る様なら私はそれを許せません」

「フェルミナ……」

「ライさんに嫌われたとしても、私がイルーガを……」

「…………」


 ライはフェルミナを抱き締め言葉を遮った。自らの不甲斐なさでそんな覚悟をさせたことが本当に情けなかった。


「ゴメン、フェルミナ……。それ以上はもう言わなくて良い」

「…………」

「俺は結局、甘えていたんだな。でも……もう覚悟を決める時なのは判る。フェルミナに……それに皆に辛い思いをさせたくない」

「ライさん……」

「ただ、まだやることがあるのは本当なんだ。円座会議までにはストラトに戻る……だから、もう少しだけ迷惑を掛けても良いかな?」

「はい。ライさんがそう望むなら」

「ありがとう、フェルミナ……」


 その時……頭上にフワリと舞い降りる感触が……。


「ホレ、ブチューっといかんか、ブチューッと」

「ゲゲッ!メ、メトラ師匠!?」


 メトラペトラ登場!絶妙のタイミングでお邪魔虫になる辺りは流石の師匠である。ライは慌ててフェルミナから身を離した。


「ゲゲッ!……とは随分じゃな、ヘタレの分際で」

「へ、ヘタレ……。と、ところで、どうして此処に?」

「馬鹿タレ!お主がアレから連絡寄越さんからじゃろが!」

「あ……忘れてた」


 エクレトルで別れて以来、ライはメトラペトラに連絡を入れるのをすっかり忘れていたのである。それだけ多忙だったのだがメトラペトラにはそんなことなど知る由もない。

 しばらく連絡が無く心配になったメトラペトラは大聖霊契約を通じて位置を確認。丁度ノルグーに居たこともあり飛翔にて来訪したとのことだ。


「そんなに心配してくれたんですね……!お……おお、おニャンコォォォォォォォ━━━ッ!」

「よっ……そぉい!」

「よっそ〜おおお━━━い、ごふぇっ!?」


 メトラペトラのネコ・フランケンシュタイナー炸裂!体格差をものともせず後ろ足でライの頭を挟んたメトラペトラは、そのまま宙返り。ライの頭は“ごふぇ!?”っと大地に打ち付けられた。

 ピクピクと足を痙攣させられるライにフェルミナが駆け寄り回復……メトラペトラは身体を起こし胡座をかいたライの頭上に着地した。


「で……アムドの方はどうなったんじゃ?」

「………。はっ!えっ?な、何の話でしたっけ?」

「ええい!これまでの情報の擦り合わせをするぞよ?」

「り、了解っす!」


 先ず、ライからの説明を聞いたメトラペトラだったが……瞬く間に白目に……。頭上から降りて周囲を飛び回る。


「……。シャーッ!」

「うぉう!し、師匠?」

「シャー!シャー!シャシャシャーッ!」

「………。し、師匠が壊れた……」

「フシャーッ!!」

「ぷぺげっ!」


 ライの顔に頭突きをかましたメトラペトラはようやく大人しくなった。


「暴力はダメよ、メトラペトラ」

「うるさいわ、フェルミナ!これが落ち着いておられるかぇ!?ワシがちょっと目を離した間に“魔王アムド魔王ベルフラガ魔王ヒイロ魔獣影鹿鳥半精霊魔物達神の眷族プレヴァイン”じゃぞ?ワシでなくとも落ち着ける訳無かろうが!」

「それはまぁ……そうなのだけれど……」


 流石のフェルミナも改めて言われると少し……いや、かなり引いている。


「一体何じゃ、このトラブル・パレードは!?ロウド始まって以来じゃわ!?」

「いやぁ……それ程のことも無ぇッスよ?ハッハッハ!」

「うるさいわ!ボケェ!」

「へぶっ!?」


 いつに無く容赦の無いメトラペトラ。お怒りが静まるまでライはひたすら折檻を受けることになった……。


「ふぅ〜……スッキリしたわぇ」

「うう……。酷い……」

「ん〜?何じゃ〜?」

「イ、イエ……ナンデモアリマセン」


 ライがメトラペトラからこれ程のお怒りを買うのは初めてのことと言って良い。それが愛情の裏返しであることは分かっているのでひたすら我慢の子だった。


「やれやれじゃな。で……?アムドはともかく、残りは問題無いんじゃな?」

「は、はい。取り敢えずは丸く収まりました」

「……。ならば赦してやるわぇ」

「あ、あはは……」

「それでベルフラガとやらはこの中かぇ?」

「ええ。でも、今日はそっとしておこうかと。メトラ師匠も仲良くして下さいね?」

「フン……。まぁ事情を聞いた以上はの。お主がそう決めたならそれで良かろう」

「ありがとうございます」

「それにしてもエイルが【神衣】をのぅ……。フェルミナも波動氣吼を覚えたとあってはワシもウカウカしてはおれんの」


 異空間の戦いによりエイルの力は一気に飛躍した。それに次いでフェルミナ、ベルフラガ、そしてアービンも大きな成長を果たしている。

 一方で、メトラペトラにとって大聖霊をも超える存在が増えることは威厳を失うに等しい。


 しかしながら、本来ならば大聖霊はもっと高みへと至っていた可能性がある。ベルフラガが疑問に思っていた【神衣】到達への無意識の回避……。ライはそれを認識していた訳ではない為に純粋な疑問として問い掛けた。


「メトラ師匠……如意顕界法が使えるなら【神衣】使えるんじゃないですか?」

「何じゃ、藪から棒に?」

「いや……だって、俺って如意顕界法使えないけど波動魔法は使えるじゃないですか?体感として如意顕界法の方が難しいのに変だなぁって」

「それは単にお主が神衣に向いていただけじゃろ?」

「う〜ん……そうなのかな……?」

「…………」

 

 この時の疑問はメトラペトラの記憶の片隅に残り、後に大聖霊達が自らの無意識を自覚させられる切っ掛けとなる……。


「さて……これからお主はどうするんじゃ?」

「明日までベルフラガを待って小国とかの各地に紫穏石を配備しようかと考えています。シウト国だけじゃなくエクレトルもゴタゴタしてるみたいなんでアバドン対策が間に合わないかもしれないですから……」

「うぅむ……。各国トシューラとのいくさに備えておる状態じゃからのう。それに、紫穏石配備を人の手で行うには限界があるのは確かじゃろうて」

「ええ。なので、明日ベルフラガ……それと、アムルにも協力を頼もうかと」

「ふむ……それならエイルにも頼めば良いのではないかぇ?コウの概念力ならばかなりはかどる筈じゃが……」

「あ〜……多分、それ無理です」


 エイルはライと魂を繋ぎ神衣の域にまで一気に成長したのだ。居城に着くなり眠りに落ちている筈……更には聖獣コウも含めて力の安定の為に数日は目覚めないだろうというのがライの推測だ。


「言われてみれば確かにのぅ……。じゃが、それならお主はどうなんじゃ?」

「俺はまぁ、神衣経験者なので問題無いみたいです。それで、明日まで時間があるので用件を熟しておこうかと……」

「用件……?」

「え〜っと……先ずはトゥルクのマレクタルさんに……」


 勇者マレクタルと念話を繋いだライは魔物・飛竜イスカの要望を伝えた。トゥルクには丁度『竜殺しの勇者』ギルバートが来訪していたらしく、あっさり依頼は果たされた。

 後に聞いた話では、念話を切った直後に飛竜イスカがトゥルク国に飛来……どうやら【未来視】でタイミングを測っていた様だ。


「飛竜は何をしたかったのかぇ?」

「さぁ……。でも、悪い未来ではないって言ってたので大丈夫かと。さて、次は……どうしよ……」

「うん?今度は何じゃ?」

「実は『守護獣』以外にも異空間で封印していた魔物達が居るんですよ。ヒイロとプレヴァインの管理から離れたので、どうしようかなぁ……と」

「そんなもの、野に放てば良かろうが」

「う〜ん……完全に新種なんで各国が不安になると不味いでしょ?しかも三十体が小型魔獣級ですからちょっとした騒動に……」

「全く……本当にお主は面倒事大好きじゃな」

「大好きではないですよ、断じて」


 朋竜剣により異空間へと移した魔物三十体は存在特性まで仕様が可能な個体……つまり魔獣級である。野に放つには少々目立ち過ぎるのは確かだ。


「取り敢えず話をしてみます。まぁ高速言語が使えるなら会話もできそうだし」


 竜鱗装甲の籠手のみを展開し収納されていた朋竜剣を取り出したライは異空間から魔物三十体呼び出した。魔物達は、周囲を見回したが敵対の意志は無いらしく大人しくしている。


「さて……。お前達、言葉解るか?」


 ライの呼び掛けに魔物達は答えを返さない。しばし沈黙し様子を見ていたライ……すると、魔物達の中から一体だけ前に歩み出る。

 良く見れば僅かに身体が他の魔物より大きい。恐らく統率や連携をさせていたのはこの個体だろう。


 魔物の代表は念話にてライに答える。


『我々は一体……』

「覚えてないか?異空間でのこと」

『覚えて居る。だからこそ疑問なのだ。何故消えずに残っている……?』

「ヒイロとプレヴァインに頼んだ。お前達だって折角生まれた命……長生きさせてやりたかったんだよ」

『…………』


 ヒイロには意識世界にて魔物達を頼まれている。ヒイロとプレヴァインの二人の意識下で【創生】されただろう魔物なのでプレヴァインにも同意して貰った。


「何か願いがあれば聞くぞ?」

『………。願いと言われても困る。我々は戦う為に生まれた。そしてお前に敗れた。もう……選択肢は無い』

「そんなことはないよ。お前達、気付いて無いだろ?」

『……?』

「ヒイロが生み出した魔物達には生殖機能がある。それは子孫を残せ……ってことなんだ。戦う為だけなんてことは無い」

『我々が……子孫を……?』

「そうだよ。ヒイロはさ……?お前達も頼むって俺に言ったんだ。経緯はどうあれヒイロにとってお前達は自分の子供なんだよ」

『……主は……?』

「赤ん坊に戻した。いつか大きくなった時、お前達とも会えると思う。だから……生きてみないか?」

『…………』


 高い知能を持つが故に自分の存在意義に戸惑う魔物達。ライは立ち上がり魔物の長に近付いた。

 そしてそのまま包容し背を撫でた。魔物はただ大人しくされるがままにしていた。


「俺はお前達が人間と敵対しないでくれると嬉しい」

『……。わからない』

「ん……?何が?」

『我々はこれからどうしたら良い?』

「それは慌てる必要は無いからゆっくり探せば良い。今後の希望が無いなら知り合いのところに任せたいと思ってる。そこで人と暮らす道を探ってみないか?」

『…………』


 魔物達は互いに顔を見合わせ何らかの意思疎通を行っている。やがて纏まったのか再び念話を繋いできた。


『……世話になる』

「了解。あ……でも、三十体は多いからバラけて欲しいんだけど大丈夫か?」

『構わない』

「わかった。良い人達ばかりだから安心して良いからな?それと、出来れば彼らの助けになってやってくれ」


 こうして魔物達は五体づつに分散して六ヶ所へ向かって貰うことになった。目指すはアロウン国、スランディ島アプティオ国、ラヴェリント国、タンルーラ国、連合国家ノウマティン、そして獣人の里があるシウト国エルゲン大森林……。


 この先、守りに不安のある地への手助けも含めた配置……それは魔物と人との橋渡し役となってくれることを願ったライの選択だった。






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