第五部 第四章 第三十一話 ソガ・ヒョウゴ
戦いの下準備を終えたイオリは森の中の隠形に徹し気配を消した。
一方のヒョウゴは偵察用精霊を森を囲む様に拡散した後、中へと侵入させる。
自らは森の入り口付近で待機。目標を見定めるまで微動だにしない……それがヒョウゴの定石である。
(………流石に元の位置には居ないか。森を焼かないという縛りを逆に利用した隠形……しかも迂闊な行動はしない。先程撃ち抜いた遺体が無いことを考えると、虎渓で見せた分身か……となると、既に方術を仕掛けたとみて間違いないだろう)
方術には一撃でヒョウゴを仕留める攻撃手段はない筈。方術は防御や補助が主な手段……無論、罠として動きを止めることや攻撃を防ぐ手段には使えるだろう為油断は出来ないことはヒョウゴも理解している。
(罠に掛かるのを待つ、か……確かにそれも戦術だ。それに付き合ってやっても良いが、全力で相手をせねば失礼だろう?)
そう脳内で囁いたヒョウゴは精霊銃を構え森の中に発砲。撃ち出されたのは火の精霊……火力を極力絞った精霊弾頭は森の木々を縫うように避けながら進む。
そんな砲撃を繰り返したヒョウゴ。回数が三十を越えた辺りで射撃体勢を解除し分析を始める。
(今ので一度も反応が無いとなれば、イオリは地に伏せたか樹上に居るか……少なくとも立って移動はしていないな)
精霊弾頭は自動追尾だが、精霊自身が標的を捉える必要がある。精霊の反応から今の弾道上にイオリの姿は無いと判断した。
(やるな……少々隠れた程度なら精霊は見逃さない。狩人でもないのに大した隠形だ……ならば)
次にヒョウゴが放った精霊は風の下級精霊。先程同様に複数回の射撃を行う。
風の精霊弾頭が森の各所に到達すると、弾けるような暴風が巻き起こる。
それはライの使用する空縛牢の小型版ともいうべき精霊術。暴風は激しく木々を揺らし、まるで嵐の如きである……。
精霊術の狙いは明白……生物の姿を確認すること。鳥達は暴風によって島から退避し、小動物たちは急いで安全そうな物陰に隠れた。
その過程で、精霊は木の葉の下に隠れたイオリの足を確認。情報は即座にヒョウゴへと伝わった。
(やはり地に隠れていたか……が、運の尽きだったな。さらばだ、コウヅキ・イオリ!)
射撃体勢を取ったヒョウゴの銃が再び炸裂……放たれたのは氷の精霊。氷弾は標的の上で炸裂し、鋭利な氷片を大量に撒き散らした。
(……殺った!)
氷片はイオリの居たであろう場所を滅多刺しにした。しかし……ヒョウゴは直ぐ様違和感に気付く。
(反応が無さ過ぎる……。またも分身か……神具か魔法か知らんが厄介な……)
そう言いつつも楽しげに笑うヒョウゴ。やはり容易ではない相手に心が躍る様だ……。
(しかし、今ので確信した。奴は樹上ではなく地に隠れている。ならば次の攻撃はどうだ?)
地の精霊弾頭『
と……それに反応し走り出す姿が。
「やはり居たな?ならば今度こそ楽にしてやる!」
植物の精霊弾頭『
だが……またしても偽者。今回は分身ではなく島に住んでいた猿だ。
「……ここまでやっても姿を現さんか……一体何処に居る?」
自然の中に暮らすヒョウゴと違い、イオリは領主の息子。出奔したと聞いていたが、これ程の隠形を行うこと自体ヒョウゴにとって賞賛に値することだった……。
それは同時にイオリが脅威であることを意味する。ヒョウゴは、ここで初めて自らの周囲に精霊を展開し防御形態に移行した。
(成る程……これは持久戦か。長く隠れるお前が隙を見せるか、俺が焦れて隙を見せるか……だが俺は数日でも今の体勢を維持出来る。この不利をどう返す、イオリよ?)
ヒョウゴは気配を消しつつ移動。イオリ同様に完全な隠形に徹し森の中に姿を消した。
その頃、イオリは……。
(やはり恐ろしい男だね……ソガ・ヒョウゴ。危うく串刺しになるところだった……)
イオリが隠れていたのは氷片が降り注いだ分身の傍……樹木の“ 中 ”である。
ヒョウゴが最初の攻撃を行った際、居場所を探っていると察したイオリは地面から移動。近くの樹木にあったウロ穴に隠れたのだ。
完全に隠れる為に大地魔法で植物を繁らせ完全に蓋をした状態。暴風でも動くことはなく、樹木の中なので攻撃対象にもならなかったのである。
イオリはそれを狙った訳ではない。実のところ偶然樹木を見付けたのである。
完全な運……そうでなければ二度目、三度目の攻撃で死んでいたのは間違いない。
しかし、運も実力の内という。それはイオリにとっては必然の運だったのだ……。
(さて……運良く逃げ込んだは良いけど、本当に持久戦となるとかなり私が不利だ。自然の狩人たるヒョウゴが持久戦を覚悟したら勝ち目はない)
イオリにとって理想的な持久戦は、ヒョウゴが攻撃意思を維持し続けた中を堪えること。そうすれば精神の摩耗、魔力疲弊等で攻撃の隙を狙い易かったのだ。
しかし、待ちに徹されると逆に隙を狙われることになる。現状はあまり芳しいものではない。
この状況では益々イオリに勝ち目はない。少々危険でも攻めに転ずる必要性が生まれたことに、嫌な汗が流れ始めた……。
(ライ君の精霊を帰したのは失敗だったかな。負けるにしても遺言くらいは残せたかもしれなかったからね……)
改めて死を覚悟したイオリ……そこで初めて生きたいという意思が首をもたげ始めた……。
イオリが死ねば過去にユキネが犠牲になった意味が完全に無くなってしまう。領主にはなれなかったが、ユキネはイオリの未来を信じてくれていた筈だ……。
(私はそんなことすら分からなくなっていたんだね……ユキネ。君の元に行きたい気持ちは今でも胸に燻っているよ。でも、私はまだやり尽くしていない。出来ることがまだある筈なんだ。そうでなければキミに会わせる顔もないからね……)
まだ何処かに甘えがあったイオリは、死を感じたことで覚悟を大きく変えた。生きる為に……眠っていた生存本能が今、イオリに戦う者としての覚醒を促したのである。
(ヒョウゴと私、魔力は私の方が高い。今ヒョウゴが複数の精霊を使用し疲弊した状態を見逃すのは愚策……。だが、下手に動けば察知されるだろう。狙うのは先ず感知の目……)
火炎魔法で樹木に掌程の穴を開けたイオリは、右籠手の神具を発動。魔法は中位雷撃魔法 《雷蛇》──。
ライがこの魔法を託したのは索敵機能も含まれている為。狙うはヒョウゴの放った監視精霊……数の程が知れないので凡そ三十の雷の蛇が放たれた。
地を這い進む雷蛇は精霊を見付け飛び付くと放電。次々に殲滅を始める。
(下級精霊は出したままでも問題ないだろうけど、負担がある中位精霊以上は普段隠している筈……さぁ、どう動く?)
ヒョウゴは監視精霊の消滅に気付くと射撃体勢に移行。再び監視精霊を放ちつつ上位精霊を召喚した。
『どうした、ヒョウゴ?』
「これまでにない獲物だ。力を貸せ」
『良いだろう』
「では行くぞ!」
持久戦……と思えば監視精霊の排除を始めたイオリ。どうやら魔力を減らした今を好機と見た……ヒョウゴにはそれが手に取るように分かる。
獲物の行動を読むことこそが優れた狩人の素質。ならば、この先のイオリの行動は……ヒョウゴは思案を巡らせた。
(イオリの狙いは俺の魔力を消費させることだろうことは間違いない。下位精霊を排除しているのは魔力の浪費を促すだけでなく、上位精霊を呼び出させ疲弊を加速させること……)
イオリがヒョウゴに勝るのは魔力と魔法知識。魔法と精霊をぶつけても恐らく精霊が勝つ。神具の魔法を考えれば迂闊には動けないのは変わらないが、位置を掴みさえすれば遠距離からイオリを葬る自信があった。
(ここからは位置の探り合いか……良いだろう、乗ってやる)
ヒョウゴは大量の探知精霊を喚び出し森中に配置を始めた。初めからそうしなかったのは魔力の差を利用した消耗戦を避ける為。
しかし、イオリの狙いがそれと分かったならば待ちに徹することこそ愚策。ヒョウゴは一気に短期決戦に踏み切ったのだ。
そして間も無く……ヒョウゴは遂にイオリを捉えた。
下位精霊による弾頭……火、氷、土と連続射出を行うヒョウゴ。イオリは咄嗟に左籠手と具足の神具を発動……《氷壁陣》《風壁陣》を使い攻撃を防いだ。
「遂に捉えたぞ!コウヅキ・イオリ!」
ヒョウゴは更に中位大地精霊弾頭『
「ぐっ……」
咄嗟に肩を庇い樹の陰に身を隠したイオリは魔法の詠唱を開始した。
しかし、ヒョウゴはその隙を見逃さない。
「終わりだ……お前との勝負、楽しかったぞ!」
精霊弾頭『
弾は樹木を貫きイオリに到達すると、強力な閃光を放ち周囲を照らす。
それは精霊による死の咆哮……呪殺により魂のみを刈り取る精霊弾頭を使用したのは、遺体を残そうというヒョウゴの情け。遺体を故郷へというイオリの願いを叶えようとした故だ。
だが……そこでヒョウゴは再び違和感に気付く。同時にそれが失策であったと理解した時には既に遅かった……。
イオリは……またも分身。消滅と同時に左籠手と左具足はカシャリと音を立て地に落ちた。
次の瞬間ヒョウゴはイオリを捉える。そう……まさに、ヒョウゴの眼前に突如として現れたのだ。
「コウヅキ・イオリ!」
「ソガ・ヒョウゴ……捉えたぞ!」
精霊銃をイオリに向けると同時に、イオリはヒョウゴに掴み掛かる。ヒョウゴの精霊弾はイオリの腹部を貫いたが、ほぼ同時にヒョウゴは閃光で視界を奪われた。
「ぐっ!目眩ましか!」
イオリが覚えた高速言語魔法の一つにして、初歩の光魔法──《閃光華》。咄嗟のことに対応を出来ないヒョウゴは組み敷かれることとなった。
「……くっ!だが、俺はまだ生きている!死ぬまで止まらんぞ!?」
最後に呼び出した上位精霊を腰の短刀に宿しイオリに斬り掛かるヒョウゴ。
「すまない、ヒョウゴ!」
イオリは苦悶の表情で右籠手の《金烏滅己》を放つ。炎の鳥はヒョウゴの腹部を貫き、そのまま地中へと消えていった……。
致命傷───決着の一撃となった魔法を放ったイオリは酷く悲しい表情をしている。対してヒョウゴは、満ち足りた笑顔を浮かべていた……。
「ゴハッ……そ、それで良い。俺の生き様を汚さないでくれ……」
「ヒョウゴ……生きる気は無いのか?君程の力があれば、より多くの者を救うことも出来る。カゲノリ様に加担したことなど無かったことに出来るのに……」
「……フン……俺には、他者などどうでもいい。俺は今まで一人で生きて来た。他者に加担する気もない」
「………それも弱肉強食かい?」
「そうだ……」
腹部が半分まで炭化したヒョウゴ……内臓を半分まで焼失している為、回復魔法では癒せない。
それでも救いたいと考えているイオリは、自らの甘さを理解している。
「少し待っていてくれ」
森の中に駆け出し直ぐに戻ったイオリの手には、左籠手の神具が備えられていた。
「……せめて苦しみを軽くしたい。良いかい?」
「情けは要らん。が、少し話がしたい。頼む」
回復魔法 《癒しの羽衣》。イオリの見立て通り痛みを癒す効果はあったが、やはり傷は塞がらない。
悲痛な表情のイオリに敢えて視線を向けないヒョウゴは、ふと自らのことを語り始めた。
「……俺は昔から一人だった。小さい頃、親父が魔獣に襲われて死んで以来誰にも頼らず一人で生きてきた。ある時、山で迷った俺は精霊に出会った……それから俺は精霊を使う猟師になった」
「……あの武器はその時に考え出したのかい?」
「そうだ。俺の精霊術は少し特殊でな……普通の武器では直ぐに壊れる。あの筒は、高値で買い入れた龍の鱗を精霊が加工したものだ」
何より熱を発する為、耐久する武器が必要だったとヒョウゴは語る。
「魔獣は……どうしたんだい?」
「真っ先に見付けて葬った。だが、怨みではない……俺はその時に弱肉強食を実感したのだ。親父は弱かったから死んだ。だが俺は、親父を殺した魔獣より強かった……それだけのこと……ゴホッ!」
大量の吐血……ヒョウゴに残された時間は短い。
イオリはヒョウゴに向けて頭を下げる。そこには複雑な思いが含まれていた。
「君には感謝している。君との戦いは私に足りないものを自覚させ、忘れていたものを呼び起こした」
「……それもまた自然の摂理。俺もそうして足りないものを埋めていた」
「……それに君は私との約定を守っただろう?自然の摂理なら不意打ちだって良かった筈だ」
「……フッ。そうだな。だが、何故か俺はお前と正面から対峙したかった。俺の狙いから逃れたお前と、純粋な勝負を……」
「私は……君の真っ直ぐさを失うのが辛い。君は嘘を付かなかったから……」
そう語るイオリにヒョウゴは盛大に笑う。
「ハッハッハ!お前は勘違いしている!俺も人である以上嘘くらいは付く」
「……だけど」
「だが……俺は生き様には嘘を付いたことがない。お前はそれを感じたのかもしれんな……」
ヒョウゴは目を閉じて何か思いを巡らせている。
「コウヅキ・イオリ……俺の精霊銃を貰ってはくれないか?」
「しかし、これは君の大事な……」
「俺には子が居ない。言うなれば精霊銃術が我が子になる……。お前の言葉でこのまま朽ちさせるのが惜しくなった。お前なら……託せる」
「……わかった。有り難く受け取るよ」
「感謝するぞ……。精霊銃も……我が信念を尊んだことも……」
「ヒョウゴ……」
ニタリと笑ったヒョウゴは、その手をイオリに差し出した。イオリはヒョウゴに応え固い握手が交わされた……。
「楽しかったぞ……我が人生最後にして最大の好敵手、コウヅキ・イオリ」
「私も君に感謝している。最大の好敵手……ヒョウゴ」
「この島は……お前にやろう。約束だ……俺はこ……のまま……此処に……」
「せめて、墓を……」
「………好きに……しろ」
ヒョウゴはそのまま力尽きた──。
最後まで信念を貫いた男、ソガ・ヒョウゴ……イオリはその身体を抱えて移動すると、島の中央に墓を立てた。
(ヒョウゴ……君のことは忘れない。君は私の魂に火を付けた。もう逃げない……君を倒した者としての責務だ。必ず生き抜いてみせる)
イオリは神具を回収し精霊銃を肩に背負う。ヒョウゴの墓に現れた精霊達は、主を破ったイオリに従う旨を告げ姿を消した……。
神羅国の強者ソガ・ヒョウゴ……彼は伝説となりこの後も語り継がれて行くだろう。
だが、その真の心を理解したのはコウヅキ・イオリ只一人……ヒョウゴを倒したイオリはこの日から精力的な行動を開始。強国の礎となる。
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