第五部 第四章 第三十話 弱肉強食


 ソガ・ヒョウゴは事実上、カゲノリの元から離脱した。


 それも全てはイオリと勝負を付ける為……ヒョウゴは狩人として、そして一人の男としてイオリと対峙することを決めたのだ。


 一方……ヒョウゴに狙われたイオリは、精霊使いと渡り合う術を得る為に西寺塔領にて修行を行っていた。



「調子はどうだ、イオリ?」


 藍堂の街外れ……領主ミツナガはイオリの修行の様子を確認しに訪れていた。


「うん……まぁ、及第点って所かな?魔法は理解したけど、やはり難しいね」

「そうか……では、修得は出来なかったか」

「いや……幾つかは修得したよ。魔法式は頭に叩き込んだんだけど、高速言語っていうのが難しいんだ。それを使わなければ殆どの魔法は使えるよ」

「相変わらず無茶苦茶な才だな……お前は昔からそうだった」


 高速言語は発声の問題で修得が難しかったらしい。それと魔力圧縮は修練不足──流石に圧縮魔法までは到達出来なかった様だ。


「改めて魔法を理解すると判るけど、神具っていうのは凄いな……これを生み出したライ君はもっと凄いけどね。本当に彼との出会いは私の背中を押すものばかりだよ」

「お前が立ち直る切っ掛けを与えた異国の勇者……一度会ってみたいな」

「うん……そうだね……」


 イオリはライのやろうとしていることを何となく察している。恐らくほとぼりが冷めるまではディルナーチには戻らないと予想もしていた。


 間も無く『首賭け』──それまでにもう一度会いたいと考えているが、今はとにかく力を付けたい。



 だが、そんなイオリの計画は突然の来訪者により崩されることになる。


 上空より現れた男……精霊使いヒョウゴ。イオリの姿を確認すると、ゆっくりと下降を始めた。


「コウヅキ・イオリ……こんなところに居たか」

「ソガ・ヒョウゴ……良く此処が分かったね?」

「俺は精霊使いだ……捜し人など容易だ」

「……。それで、用件は……聞くまでもないね」


 ニヤリと笑うヒョウゴ。同様に笑顔で返すイオリ。


「此処じゃ街に迷惑が掛かる」

「ならば付いて来い。相応しい場所に案内してやる」

「わかった。一つ約束してくれないか?勝負がどうあれ西寺塔や虎渓には手を出さないでくれ」

「良いだろう。俺はもうカゲノリから離れた。領主や領地を狙う必要もない」

「………。ありがとう。じゃあミツナガ、ちょっと行って来るよ」

「お、おい!俺も行くぞ!」


 その言葉を聞いたヒョウゴはギロリとミツナガを睨む。


「邪魔だ。これはコウヅキ・イオリとソガ・ヒョウゴの戦い。邪魔をするな」

「くっ……!イオリ……」

「大丈夫だよ、ミツナガ。必ず戻る」

「…………必ずだぞ?」

「ああ……必ずだ」


 飛翔を始めたイオリとヒョウゴ。二人はそのまま北の果てへと飛び去った……。



 ソガ・ヒョウゴが先導し辿り着いたのは、ディルナーチの北の海域に浮かぶ孤島。ちょっとした街ほどの大きさを持つその島は、密生した植物に覆われた天然の狩り場になっていた。


「どうだ、良い場所だろう?ここは俺の島だ」


 着地と同時に語り始めたヒョウゴ。イオリは追うように島に着地した。


「君の場所?君の所有地ということか?」

「そうだ。通常この地に至るには、船で近寄り切り立った断崖を上らねばならない。そんな手間を掛けるアホウは居ないがな。だから俺が貰った」

「成る程ね。それで……ここで戦うのかい?」

「そうだ。この地の森は俺も入っていない未知の自然。対等に戦うには相応しいだろう?」

「……確かにね」


 飽くまで対等に……ソガ・ヒョウゴがそこに拘ったのはイオリを認めたからこそ。通常ヒョウゴは不意討ちを卑怯とは考えていない。


 知恵ある者、力ある者が生き残る。これが自然の鉄則──イオリはヒョウゴの待ち伏せを見抜き、一撃を入れ逃走した。これはヒョウゴからイオリへの敬意でもあるのだ。



「ソガ・ヒョウゴ……君は何故そこまで?」

「命を賭ける、か?それが生きるということだからだ。俺は小さい頃から自然の中で生きてきた。その厳しさをこの身で知っている。それだけの話だ」

「弱肉強食か……だけど、戦うのは『生きる為に必要な時』じゃないのかい?」

「俺だって人だ。だから人の知恵を使って生き残る分には否定はしない。俺も精霊術を使っているし、『精霊銃術』も編み出した」

「なら……何故私達が戦う必要があるんだい?」

「狩人の誇りよ」


 狩人として獲物を逃がしたことはない。それは全ての獲物を一撃で仕留めてきたことへの拘りでもある。

 人でも獣でも魔物でも……必ず屠って来たのは自らが強者であることを証明する為。


「俺は一度決めた獲物を仕留めるまで他に標的は変えない。これは信念だ。そしてそれは誓いでもある」

「誓い……とはまた、大事だね」

「ならば言い換えるか……俺は縛りを設けている。獲物を仕留め損なった場合、それを倒せねば命を絶つとな」

「何故そこまで……」

「一つは精霊術を強化する為だ。縛りは強い意思……精霊達はそれを受け取り更に強くなる。もう一つは先に言った誓い……俺も弱肉強食の中の存在だ。ならば、僅かでも対等な部分がなければ弱肉強食から外れる。その為の標的固定だ」

「……………」


 飽くまでも自然の摂理に当て嵌めることを誓うヒョウゴ。イオリは背筋が寒くなる思いだった。


「だが、お前はその縛りから見事逃れた。俺が尊敬するに値すると判断した。だからこうして話している」


 イオリはこの時点で理解した。ヒョウゴの言葉はヒョウゴの中に於いて道理ではなく摂理なのだと。問答は通じない。


 たが……イオリはそんなヒョウゴを認めた。


「ソガ・ヒョウゴ。その勝負受けた。生き死にを掛けた戦いが望みならば受ける。だが、一つ約束して欲しい」

「何だ?」

「私が死んだ場合、もう人を相手にその決まりを当て嵌めないで貰いたい」

「良いだろう……では、俺からも頼みがある。俺が死んだ場合は此処に放置して晒せ。俺は死したら自然に還ると決めている」

「……わかった」


 拳を向けたヒョウゴ。イオリは自らの拳をぶつけ合意を示した。


「……君に家族は?」

「いない。お前は?」

「もし死んだら虎渓に家族が居る。先刻出会った西寺塔の領主ミツナガに遺体を渡して貰えるだろうか?」

「良いだろう」

「では、対等にやろう。君の精霊術は見せて貰った。隠し球があっても、それも精霊術だろう?」

「ああ……それがどうした?」


 イオリは自らの袖を捲り神具の籠手を見せた。


「私は方術師……だが今は、籠手や具足、杖の神具を備え、魔法も使う。これが私の戦力だ」

「……フッ。隠しておけば良いものを」

「君が私に敬意を表し対等に扱った様に、私も君に敬意を払ったまでだよ」

「コウヅキ・イオリ……やはり最高の獲物だ」

「私は……君と友人になりたかったよ……」


 これは本心だった……。


 比較的正直なライですら他人の為には嘘を付くだろうことは察しが付く。だが、ヒョウゴの言葉に一切の嘘がない。こんな人物は初めてだった。


「残念だが、これも摂理だ」

「わかっている」

「ならば……」

「……私は負ける気はないよ」

「それで良い」




 ディルナーチ北の孤島で、イオリとヒョウゴの生存を賭けた戦いが始まった……。


 

 改めて決められた戦いのルールは三つ。


 島から出ないこと。戦いの間は飛翔しないこと。そして最後は『大規模火炎攻撃は行わないこと』──これは森を守る為の取り決めだった。



 それは、純粋な勝負に拘ったヒョウゴの申し出を聞き入れた結果。互いに加減抜きの戦いになるだろう。



 現在二人は孤島の両端に別れ、戦いの準備をしているところだ。


『我々も力を貸す』


 イオリの前に現れたのは炎の最上位精霊・グレン。そしてもう一体……針ネズミの姿をしているのは地の最上位精霊・コンゴウ。


 二体の精霊は、ライからの命でイオリの護衛に付いていた。当然今回も力を貸す場面である為、加勢を申し出たのである。


 しかし……イオリはこの申し出を断った。


「気持ちは有り難いけど、今回は自分の手の内だけでやりたいんだ」

『しかし、我々は主からの使命がある』

「それは戻って事情を話せばライ君も納得してくれるよ。彼も戦う者だから」

『……承知した。一度主の元に戻ることにする』

「君達には助けられた。ありがとう」

『……死ぬなよ?主は縁者の死を嫌う様だからな』

「わかった……」


 精霊グレンとコンゴウは契約紋章を通り去っていった。



「……これで正真正銘の一対一。生きるか死ぬか……」



 今のイオリは自らの身を軽んじてはいない。神羅国を支える為に自らがやるべきことを既に幾つも考えている。


 それに、長らく疎遠にしていた家族、最後まで信頼出来なかったことを赦してくれた友人、共にこのまま別れる訳にはいかないことも重々承知していた。



 しかし、この戦いから逃げる訳にはいかない。それがヒョウゴへの礼儀なのだ……。



 虎渓領の境に於いて、イオリはヒョウゴから逃げる選択肢を取った。しかしあの時、ヒョウゴがイオリ達を追撃できただろうことは予想が付いていた。


 ヒョウゴが森を最初に狙撃したのは上空。当然飛翔する術を持っていたことになる。これは西寺塔領にヒョウゴが飛来した際に確認した。

 加えて、精霊を使用した弾頭は自動追尾型。遠距離でも狙える技を持っていてもおかしくない。



 あの時、咄嗟に仕込んだ分身の罠……そこに伝言を付け加えたのはヒョウゴの目標を自らに向ける為。その目論見は成功した。

 しかしヒョウゴは、律儀にイオリを標的にしたことを宣言しに現れたのである。


 そんなヒョウゴを相手をすると言った以上、裏切ることこそ非礼。ここまでイオリに敬意を払った相手……その望みを叶えることは、自らの命を賭けるに値する。イオリはそう結論付けた。



 無論、むざむざ殺られる気はない。飽くまで対等にして本気でなければヒョウゴも納得はしないだろう。



 イオリの手札はヒョウゴに宣言した様に方術、神具、魔法……剣術も少しは齧っているが、この場合使えないと見切りを付けたことは正しい判断と言える。


「さて……。ここで敗れて友人や家族に何も返せない恩知らずになるか、生き残って少しでも神羅国を支えられるか……瀬戸際だな」


 そう独り言を呟いたイオリ。丁度その時、上空に火の玉が昇り爆散する。

 それはヒョウゴによる戦いの合図──互いの生存を賭けた勝負の始まりだった……。



 イオリは先ず、森の中に駆け込み分身体を展開。神具の杖を持たせた分身体は、森を不規則に駆け回りながら方術札を至る所に貼って行く。


 その行動を見ていたヒョウゴは、当然分身体を狙い打つ。しかも位置を悟られぬ様に移動しつつ、加えて攻撃を曲げる徹底ぶりだ。

 撃たれた分身体は消滅。神具の杖は森の中に置き去りになった。


 しかし、これはイオリの計画通り……ヒョウゴとの戦いに向かない方術用の杖を早々に手放したのである。


 必要なのは方術札の設置。大規模火炎が使えないならば、数を配置すれば全てを取り払うのは困難。それ自体を大きな攻撃に使えずとも、罠を警戒させ意識を逸らす役には立つだろう。



「これで迂闊には踏み込んで来れないだろう……」


 続いてイオリは魔法の詠唱を始める。


 魔法詠唱はペトランズの言葉ではなくディルナーチの言葉で紡がれている。詠唱は言葉を繋ぐことで魔法を編み上げ魔法を構築する行為……意味が通れば言葉は力を持ち魔法へと変化する。

 勿論、魔法式を理解していなければ使用出来ないのだが……。


 そうして詠唱を終えたのは探知系魔法 《鷹の目》。イオリの周囲には手の平に握れる程の小さな魔力球が複数浮遊していた。

 これにより魔力球の映像はイオリの脳裏に投影され、より多くの情報を得ることが出来る。


 イオリは《鷹の目》を森の数ヵ所に紛れさせヒョウゴの動きを窺った。


(ヒョウゴも同様の視界を持っている筈。こういった場の戦いは彼の舞台……私に出来ることは徹底した隠形、それと隙を逃さぬことだ。持久戦を覚悟しないと……)


 続いてイオリは、認識阻害系の幻覚魔法を発動……更に周囲の植物をへし折り蔦で編むように縛ると、それを頭から被り周囲の景色に紛れた。


(こんなものは気休めだろうけどね。切り札は神具と二つの高速言語魔法……あとは観察して隙を探す。勝負だ、ソガ・ヒョウゴ!)


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