第二部 第一章 第八話 脱出前夜


 採石現場下層──。


 そこにはそれまで存在しなかったが生まれていた……。


 強制労働を強いられた者達がその存在を耳にしたのはその日の日中。噂を聞き付け集まった労働者達は久々の風呂を満喫していた。


 そんなものを造ったのは勿論、偉大なる『丸出し男』……勇者ライである。


 ある者は言う──堅い岩盤をまるで犬の如く掘る姿は悪い夢を見ているようだったと……。


「しっかし、まさか風呂に入れるとは思わなかったよ。魔力が散るこんな場所で魔力使いまくる馬鹿がいるとはな……流石は勇者だな」

「これも準備の一つだよ。衛生的にも精神的にもな?………おい、ちょっと待て。いま馬鹿と言ったか、パーシン?」


 ライは纏装を使いまくり、監視に分かり辛い位置の岩壁を削って大きめの風呂場を形成したのだ。それも四つ。男女が全員入れる分を。


 労働者は監視に気付かれぬよう交代で入浴。時間は労働時間の過ぎた夜──男風呂はライが、女風呂はフローラが衛生や温度を調整している。

 因みにメトラペトラにはフローラの付き添いを頼んだ。


「少ない水で身体を拭くのに比べたら天国だろ?」

「うむ!この発想はなかった!」

「流石は我らの親方だ!!」

「マジヤバくねっすか?親方!!!」


 今は皆も入浴を終えた真夜中に当たる時間帯。明日の計画決行に向けての打ち合わせを兼ね風呂場で会話しているのは、ライとパーシン、そしてあの巨体の三兄弟だ。


「あのさ?勝手に親方とか呼ばないでくれる?」

「いやいや!俺達の全力を軽く凌ぎ、かつ落ちるダグレックを救い、身を呈して少女を救う!そんな強者である親方に従うことこそ俺達の天命!」

「うむ!!その通りだな、兄者!!」

「勇者たる親方マジヤベェんすけど……!!!」


 ライの言い分など聞きもしない三兄弟。約一名、明らかに言葉遣いがおかしくなってるヤツがいるがライは敢えて触れない……。


「いや……アンタら俺より年上でしょ?俺、十八になるんだけど?」

「フッ……確かに俺達の方が歳は上かも知れないが、そんなものは二つ三つの差。誤差でしかない!」

「え?二つ三つ?」

「俺達は二十一歳だ!」

「なにぃぃぃぃいっ!!」

「ば、馬鹿なっ!!」


 ライとパーシンは絶叫した。三兄弟の醸し出す雰囲気はどう考えても三十歳以上の風格だ。というよりどこかの石像の様に年齢の判断が付かない容姿なのだが、まさか二十歳はたちソコソコだなどと誰が想像しよう。


「ま……まぁ年齢はこの際どうでも良いよ。それより確か物騒な通り名掲げてたよね?確か……」

「俺は『皆殺しのジョイス』!」

「うん……ジョイスさん?皆殺しはマズいでしょ?何なの?暗殺者でもやってたの?」

「俺の仕事は家に巣くう害虫を駆除することだ!」


 三兄弟の長男・ジョイス!皆殺しにするのは害虫だった!


「害虫駆除かよ……」

「いや、油断するなよパーシン?……まだ二人いる。じ、じゃあアスホックさん?根絶やし……ってのは何?」

「俺の仕事はヤツらを全て根絶やしにすることだ……そう、庭の雑草をな!!」

「除草作業かよ!!」


 三兄弟次男・アスホック!根絶やしにするのは庭の雑草だった!


「ライ……何か嫌な予感をビンビン感じるぜ?」

「で、でも最後は『血祭り』だぜ?想像付くか、パーシン?」

「い……いや……」


 二人はゴクリと息を飲み、最後の男・ウジンを問い質す。


「ウ……ウジンさん?『血祭り』ってのは物騒だけど、何の仕事をしてたの?」

「え?フッフッフ。それを聞いちゃいますか……俺は何と!!!」

「な、何と?」

「収穫時期とか国の御祝いとかで店を出してるっス!!!的当てとか輪投げとか力試しとか!!!」

「……………」

「……………」

「……………」

「お祭りじゃねぇか!!」


 三兄弟三男・ウジンの仕事は『血祭りにする人』ではなく『お祭りの出店の人』だった!?


「……結局、みんな真っ当な仕事じゃねぇか……何だよ『皆殺し』『根絶やし』『血祭り』って……盛りすぎだろ」

「なぁ……パーシン。三兄弟は真っ当な仕事してんのに、俺はプラッと勇者なんだけど……」

「お前は帰る家あるだろ?俺なんて、ここ出ても王族オッポリ出された無職の宿無し人間だぜ?どうするよ……」


 急にしんみりとし始めたライとパーシン。


 しかしライは思い出した……。自分は割と色々持ってるじゃあないか、と。


 失踪前の活躍は戻ればかなりの恩賞があるだろう。加えてマリアンヌの話では、ラジックの家の主はライということらしい。更に回復の湖水の流通はライの取り分が二年分貯まっている筈……。

 そして赤竜鱗装甲。覇竜王の成長速度はわからないが、あれが戻れば様々な恩恵がある。


「パーシン、悪い。俺、結構資産持ちだったわ!」

「何だと!この裏切り者め!」


 ライの首を絞め揺さぶるパーシン。しかしライは俗っぽい笑顔を浮かべている。


「うむ!流石は俺達の親方だな!」


 そんな二人の様子を妙に感心の籠った眼差しで見詰めている三兄弟。彼らもまた賑やかな風呂で充分な英気を養えた様だ。


 その後、久々の寝ぐらに戻ったライ。フローラはベリーズとナッツとの再開を改めて喜び合い、脱出の話を伝える。ライとパーシンは寝ぐらの入り口付近で遅くまで打ち合わせをしていた。


 そして話は脱出後の行動にまで及ぶ……。


「メトラ師匠。転移って何処まで行けるんですか?」

「距離は関係無い、んじゃが……転移には魔法陣形成の際、イメージで座標を組み込む必要があるんじゃ。簡単に言えば行ったことのある場所にしか転移出来ん。で、じゃ。フローラに聞けばカジーム、アステ、トシューラの三国しか知らん箱入りじゃった。つまり……本末転倒じゃな」

「えぇ~……じゃあどうすんですか?」

「座標はワシが代わりに決めてやるが、ワシも人間嫌いであまり大きい街は知らんのからのぉ。トォン国は自然豊かじゃから大概の場所に遊びに行っとるが、シウト国となるとセトやディコンズ、あとはフラハの遺跡とエルゲン大森林、エルフト近郊の鉱山辺りかの……」


 労働者達の安全を考えればやはりシウト国の方が望ましいだろう。シウト国であれば多少なり融通が利く。ライがいれば悪い様にはならない筈だ。


「じゃあ、エルフトでお願いします。あそこなら信頼出来る知人もいますし資源も豊かですから、一時的なら千の人間に対応出来るかと」

「わかった。そこでじゃな……?一つ問題があるんじゃが……ライ、ちいと耳を貸せ」


 ネコと内密の話をしている姿はパーシンからはさぞ奇妙に見えたことだろう。もし脱出に問題があるならと気が気ではないことも含め、じっと聞き耳を立てている。


「ああ……それなら、まあ良いですよ。ちょっと思うところもありましたから」

「そうか。ならば良い」


 やはり何の話か気になるパーシン。その視線に気付きライは考えを伝えるべきと判断した。二年間の相棒。隠し事をする相手ではない。


「パーシン。俺、やっぱ残るわ」

「は?ふざけんなよ、お前!」

「別にふざけちゃいないよ。必要なことだから残る、それだけだ」

「納得出来ねぇ……何でだ?何で……」


 ライは言い含めるようにゆっくりとパーシンに理由を伝える。


 脱出の為の神具発動はフローラが行う。神具は持ち主を中心に発動するので、最初に千人が入れる円と中心を把握しなければならないのだ。


 人間を送る魔力は脱出者から少しづつ集めることになっている。当然足りないが、それはメトラペトラが補うことになっているのだ。

 加えてメトラペトラは魔法陣の管理を担うことにもなっている。巨大な魔法陣を俯瞰出来る位置でメトラペトラは全てを調整しなければならないのだ。それは魔法陣の外……つまりメトラペトラが残ることを意味する。


「人間に興味ないメトラ師匠が俺の為に面倒事を引き受けてくれるんだぜ?置いて行くなんて絶対に嫌だね。それに転移魔法陣の痕跡を消しとかないと、魔術師が魔法陣を調べて転移先がシウト国とバレるかも知れない。それは下手すれば大国同士の衝突に及ぶだろ?」


 大国と言ったが、これは実のところベリドの危険性を指している。トシューラと繋がっていたニビラル。そんな人物と共に行動していたのであれば、当然トシューラと繋がりがあると考えるべきだろう。

 そのベリドがもし魔法陣を見れば情報を読み解く可能性が高い。何せ単独で転移魔法を行使する魔術師なのだから。


「だけどよぉ……ライ……」

「船で海に逃げた様に見せる囮も必要だしな?だから残る」

「なら……俺も……」


 ライは首を振った。パーシン自身も本当は理解している。足手纏いになる……それは最も避けるべきことなのだ。パーシンは隠密行動性は高いが戦闘向きではない以上、同行することに正当性も合理性もない。


「パーシンには頼み……てか仕事を託したいんだよ。俺がここに来る前にシウト国で起こった問題があってさ?多分まだ解決していないと思うんだ。だからそれの手伝いを頼みたい。パーシンなら適任だ」

「俺はトシューラの王族だぜ?そんなヤツにシウト国の仕事に関われって言うのか?」

「これは俺との取引だよ。もし俺の手配でシウトに送るパーシンが『トシューラ国の利になる行動』をした場合、当然、俺は大罪人だ。その時は二度とシウト国には戻れない。だから、その時は責任を取ってお前を殺しに行く」


 ライの目は本気だった。もちろん、パーシンの裏切りなど微塵も考えていない、信頼の本気。軽口を叩こうにもパーシンは視線を逸らせない。


「でも、もしパーシンが成果を上げてもグダグダ言うヤツがいたら、俺がソイツをぶん殴りに行く。例え諸公でも大臣でもな?」

「………どのみち無茶苦茶じゃねぇか。……ハハ……アハハハハ」

「ま、それが俺だろ?二年も一緒にいて気付かなかったのか?」

「違いねぇな……わかったよ。引き受けた」


 その言葉を聞いてライはようやく笑った。パーシンは自分にトシューラ王族としての責が今だに残っていると思っている。その思考の枷を壊すには新天地で一から始めるのが一番なのだ。これで……きっと相棒の今後は安心だろう。


「但し、信用されない最初は辛いぜ?困った時はティムって商人を頼れ。俺の幼馴染みだ」

「ああ……。なぁ、ライ?お前もシウト国に戻るんだろ?」

「勿論そのつもりだけど、俺は運が良いって話なのに何故かトラブルに巻き込まれるんだ……今回もそれが無いとは言い切れない。間違っても『今回の脱出の後始末が面倒だから、ほとぼりが冷めるまでプラプラして帰るよ~ん?』とは思っていないよ。オモテナイヨ?」

「おい……何で二回言った?何でカタコトだ?」


 パーシンの問いを無視した我らが痴れ者は、メトラペトラの前足を持ち上げダンスの真似事を始めた。当然メトラペトラのネコパンチが炸裂……メトラペトラは倒れたライの横顔にのっしりと腰を下ろし顔を洗っている……。


 呆れて笑い出すパーシン……複雑な感情の顔を見られないようそのまま寝ぐらの奥に戻ろうと立ち上がる。


 ライはそんなパーシンの後姿に声を掛けた。


「パーシン!」

「何だ?」

「……俺ふもうむめるる¥@#☆%◎…」

「何言ってるか分かんねぇよ!!!」


 話している途中でメトラペトラが顔からずり落ち、ライの口を塞いだ故に発された意味不明な言葉。何処までも締まらない男……まさに笑いの神に選ばれし勇者がそこにいた……。



 そして翌日──囚われの者達は『運命』ともいえる脱出の朝を迎える……。


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