第二部 第一章 第六話 神の不在
魔石採掘場の最下層。
メトラペトラ解放の為に瞑想を行ない再び魔力を回復したライは、強固であろう封印を破る準備を始めた。
【命纏装】に【魔纏装】を重ねた、金色に輝く力……。しかし、マリアンヌのそれと違いかなり不安定である。常に出力が変わり消費も激しい【不完全版・覇王纏装】──現在、練習中の力だ。
「……随分不安定じゃの?」
「まだ研鑽中でして……出力を抑える分には衣一枚までコントロール出来るんですが、最大にするとどうも上手くいかないんですよ。でも今の俺の最大戦力なんで短時間なら……」
そういって、ライはそのまま上空に飛び上がり鎖を掴む。四方の光る岩と中央の銀色の輪を結ぶ四本の鎖……その内の一本を【覇王纏衣】を全開にして渾身の力を込め引き千切る。
少し時間は掛かったが何とか一本目を解除した。しかし、それで充分だったらしい。
他の鎖は一本目を引き千切った時点で勝手に砕け散ったのである。
「うむ!でかした!」
鎖で絡め取られていた中央の輪には翼の様な飾りが付いている。その影響か、輪がメトラペトラに吸収されるとその背に翼が備わった。
メトラペトラはフェルミナ同様に浮遊している。羽ばたかずとも空を飛べるメトラペトラ。翼に意味があるのかは、かなり疑問に思うライであった。
「封印したのって、もしかして勇者ですか?」
「うん……あのヤロウをブチのめせないのが納得出来ないんだけどね、ホントに」
一瞬、さらっと素が出たように聞こえたメトラペトラの言葉。明らかにそれまでと口調が違った。というか、『じゃ』とか『だのう』ってキャラ創りか?と聞きたかったのだが、酷い目に遭わされそうなので止めたライの勘は正しい。
「そ、そう言えばメトラ師匠?他の大聖霊の居場所って知ってます?」
「何じゃ……まだ力が欲しいのか?欲張りな奴め」
「違いますよ!さっきも言った様に、フェルミナは『消滅結界』の危機だったと言ってたんです。メトラ師匠は大丈夫だったかも知れませんが、他の大聖霊は分からないでしょ?」
「ああ……その心配は要らんじゃろ。アムルテリアの奴は一度ここに来ておる。自力で封印を破ったらしい」
【物質を司る】大聖霊・アムルテリアは、やはり封印されていた様だ。
「あのワン公、相当無理したらしくてのぅ……ボロボロの身体でここに来たんじゃ。当然じゃがワシの封印解除も無理じゃった。回復する為、穏やかな地に行った筈じゃよ」
「ちょっと待って下さい、メトラ師匠……アムルテリアって犬なんですか?」
大聖霊が猫や犬の姿となると見かけても分からないのでは無いだろうか?そんな疑念が浮かぶ。
「まあ正確には犬型の獣、ということになる。傍目からは魔物に見えるじゃろうがの」
「それじゃ見分けが付かないんじゃ……」
「ワシがいれば判るが、まあ一応教えておくかの……。大聖霊は紋章を身に刻んでいる。フェルミナもそうじゃったろ?」
「そういえば……」
確かに思い返すと、フェルミナの胸元には小さな紋章があった。ライの回想を読み取りネコの癖にニヤリと笑うメトラペトラ。
「ククク……この助平め」
「な!ニャンだと、このヤロウ!」
ライをからかうメトラペトラにライの猫パンチが襲い掛かる。
しかし、それをスルリと躱したメトラペトラのカウンター猫パンチがライに直撃。メトラペトラは倒れたライの横顔に座り胸を張っている。フローラは遠い眼差しで一連の流れを見守っていた……。
「フフン!貴様が師匠に勝つには二万年早いぞよ?話を続けるぞぇ?」
「ふぁい……」
「ワシの額にも紋様があることは理解しておるじゃろ?大聖霊は皆、どこかしらに紋様がある。アムルテリアはワシと同じで額にあったのう」
メトラペトラは全身黒い体毛だが、額に白抜きの紋様がある。アムルテリアも同様に額にあるとのこと。
「時空間の大聖霊であるオズ・エンだけはちと判りづらいじゃろうが、そもそもアヤツは封印されるとは思えん。多分、別の空間にいる筈じゃ」
「じゃあ、大聖霊はもう大丈夫なんですね?」
「絶対ではないが、まず問題はなかろう。勇者のクソヤロウが何故封印などしおったのか知らんが、殺す気ではなかった筈じゃぞ。ワシらが消えると世界の法則も壊れるからの?」
「じゃあ、【消滅結界】もフェルミナの勘違いだった可能性が……」
「恐らくじゃがな」
取り敢えず大聖霊捜しは必要が無くなった。早く戻ってフェルミナに教えてやりたいところだが、その前に採石場から脱出をせねばならない。ライは、逃げるなら全員逃がしたいと考えている。
「それじゃ、ここから出ますか……」
「ちいと待て。折角じゃ……手土産を持っていく方が良かろう?」
「手土産って何です?」
「そこの魔石じゃよ。それ程の膨大な魔力を込めた魔石……捨て置くには惜しいからの?」
メトラペトラを封印していた仕掛けの魔石は、確かに物凄い魔力を感じる。しかし、如何せん巨大過ぎるので到底持ち帰れるものではない。
そんな状況を把握している筈のメトラペトラが当たり前の様に持ち帰りを述べたのだ。何か考えがあると見るべきだろう。
「でも、どうやって……」
「こうやってじゃ」
メトラペトラは首に下げてある鈴を軽く弾く。すると鈴から黒い蛇の様な帯が伸び、四つの魔石全てに絡み付く。魔石はそのまま飲み込まれるように帯に取り込まれ鈴の中へと消えた。
「………何ですか、今の?」
「フフン……良いじゃろ?オズ・エンの鳥公に造って貰った『収納庫』じゃ。お陰で封印されていた間、酒やつまみには困らなんだわ」
「…………」
相変わらず無茶苦茶な大聖霊という存在。というより、あの収納庫は実に便利そうで羨ましいライだった。
「よし!じゃあ行くかのぅ」
「それは良いんですが、簡単な抜け道とかありませんかね?」
「そんなものは無い。ただ登るのみ!じゃな。まぁワシは『概念』で翔べるんじゃが、お主の修行を手伝ってやろう。ホレ、娘!お主も背中に負ぶさるがよい 」
「えっ?で、でも……」
流石に少し遠慮しているフローラ。ライはそんなフローラに背を向けて屈んだ。
「フローラくらいの大きさなら負担にはならないよ。メトラ師匠も修行だって言ってるし、協力すると思ってさ?」
「はい。済みません……」
「お主……女子には優しいのぉ。ワシには少し冷たいようじゃが……ワシも女子じゃぞ?」
「え?師匠メスなの?」
「女の子じゃ!メスとはなんじゃメスとは!」
メトラペトラは器用にライの頭の上に座り、前足でタシタシと頭を叩く。しかし肉球なので痛みはない。寧ろ気持ちが良かったが爪が怖いので黙っていた。
「じゃあ女の子のメトラちゃん、準備は良いかな?」
「やさしくしてね?」
「……………」
「ああっ!空気が痛い!えぇい!早よう行くぞよ!!」
最初に落ちてきた位置まで引き返した一行。見上げれば暗闇が続いていて目的地など見えない。
「……これを登るんですか、メトラ師匠?」
「そうじゃ。灯りは持っとるな?」
「いや、灯りが有る無しじゃなくて……何日掛かるか分からないですよ?」
「それも精神鍛練の修行よ。良いか?魔法の威力は意思の強さ……精神力に比例する。同じ魔法でも威力に差が出るのは精神力が違うのじゃ」
「それだと『魔法剣士より魔術師の方が魔法の威力が高い』理由にはならないんじゃ……」
ライの頭に座ったままのメトラペトラは溜め息を吐く。どうなっているのか、角度が悪くても頭に取り付けたかの如く落ちる気配はない。
「お主の言いたいのは『魔法剣士の方が精神が強いから魔法も強いのではないか?』ということじゃろ?だがの?魔法剣士は剣に命を賭けとるのか?魔法に命を賭けとるのか?」
「えっと……魔法剣士というスタイルに拘ってるのかと……」
「では、魔術師はどうじゃ?」
「あぁ~……、そういうことなんですね?」
ライはメトラペトラの言葉の意味をようやく理解した……。
つまり、『魔法が駄目なら剣で対応する覚悟』と、『魔法を主な力として立ち向かう拘り』では比べるべくもないという事なのだ。
「わかった様じゃな。それに加え魔術師は魔法に対しての欲と誇りがある。追求、研究を続け極める先を探す。それこそ長い時を掛けての……じゃが魔法が便利という程度では賭ける覚悟が違う」
「確かにそうかも……」
「まあ、勿論これはたとえ話じゃ。 魔法剣士だろうと本当に練り上げた精神ならば魔術師を凌駕するし、覚悟なき魔術師では話にもならん。一部の例外を除き精神を鍛えた者が上になるのは当然のこと。わかったら登れ!登って鍛えよ!」
ライは諦めて覚悟を決めると、足に集中した命纏装で一気に飛び上がり崖を掴んだ。かなりの距離を稼いだことになる。
「中々に
それからは命纏装を腕に展開し、壁岩に突き刺してひたすら登る。掴むところがあれば纏装を解除して肉体のみで登り、足場があれば休憩を挟み一気に跳躍を繰り返した。食事は、再び樹木を創生し実を確保。そうしてライ達はひたすら登り続ける。
この洞穴に魔物がいないことは間違いなく幸運だった。魔物がいれば掛かる時間は数倍、休息もままならなかっただろう。
移動の間、睡眠と食事以外は崖登りに労力を費やしているライ。トイレ等の生理現象は、かなり広い足場で岩陰に隠れ必ず行っているので問題は無い。
清潔を保つ為に簡易風呂も考案した。足場を纏装を使ってくり貫き水系魔法で満たしてから火炎魔法で暖めただけではあるが、それでも十分な効果を得られた筈だ。
服装に関しては流石にメトラペトラが用意してくれた。といっても『収納庫』の鈴にたまたま入っていた布を巻いただけの姿だが、初めの作業服に比べれば遥かに上等な代物である。
そんなこんなと登ること数日。太陽が無い為、相変わらず時間の感覚が分からない洞穴内。地味に苦行である。もし一人であったならば、精神に異常が出た可能性も否定出来ない。
「メトラ師匠……登り始めて何日経ったか判ります?」
「今日で十日になるかのぅ……なんじゃ?何かあるのか?」
「そう言えば現状説明がまだでした……。実はですね?」
これまでのライの経緯は崖登りの合間にざっと説明をしたが、採石場に着いてからの話はしていない。武装蜂起による脱出……上手く準備は進んでいるのか心配になる。
因みに現在、三人?は簡易風呂にて休息中。メトラペトラはネコの癖に風呂に肩まで浸かり頭に布まで乗せて満喫していた……。
「という訳でして……」
「相変わらず人間は面倒だのぅ……欲深共めが」
「全くです。他人に迷惑掛けるなんざ人間失格ですね。魔物以下だ」
「お主も人間じゃろうが……いや、まあ実際迷惑な輩とそうでない輩がおる訳じゃがな……」
「だって、魔物ですら無駄に奪ったりしませんよ?危機がなければ大人しい奴も多いし」
「まあ魔物は元々、普通の動物じゃからのぅ。本質は変わらんのじゃろうよ」
多くの魔物は、魔力の異常取り込みで野性動物が変化した存在である。動物版【魔人転生】、いや【魔物転生】とでも言うべき変化。しかし人の【魔人転生】に比べると魔力量は低い。人より自我が薄いので魔力が弱いのだとメトラペトラは説明した。
但し、稀に知能または生存本能が高い個体が上位種になる危険性を指摘した。
「それにしてもアステ国もトシューラ国もやっとることは三百年前と変わらんのか……。やれやれじゃな」
「それなんですが、メトラ師匠?何で勇者はカジーム国への侵略を止めなかったんですかね?出来たんでしょ?」
「当時の神々の戦いは聞いたんじゃろ?勇者を含めた事情を知る者は神に招集されていたのじゃよ。当時のカジーム国の長も同じじゃ。じゃから対応が遅れた訳じゃが……勇者はもう一つ理由があった」
「理由……ですか?」
「うむ。実はの……」
当時、邪神の襲来以外にも脅威が迫っていたのだという。
本来、覇竜王が戦うべき試練であった厄災……名を『夢傀樹』。大地に張った根から魔力を吸収し、眠りの花粉を撒き散らす植物の魔物。大陸中に根を伸ばし分身の如く樹木を増やす厄介な魔物だった。
「夢傀樹というのは面倒での。親木を倒さねば数が増える一方なのじゃ。しかし親木の見分けがまた難しい。分身の樹木を倒してもまた再生するんじゃが、放置していると人が眠らされ苗床にされて更に増える。最悪なのは人に種を植え植物人間として操ることじゃ。 早急に駆除せねば大陸全土の危機となる」
「まさか、それ……今いないですよね?」
そんなものが今の世にあったら危険なことこの上ない。ライは想像するだけでゾッとした。その不安な顔を見抜きメトラペトラはライの顔をペシペシと叩く。
「心配には及ばん。三百年前に勇者が跡形もなく消し去ったわ。それこそ文字通りに、の……。当時、夢傀樹はかなりの数に増えておったが、勇者が四苦八苦しておったのを覚えておる」
「で、カジームまで手が回らなかったと。にしても覇竜王が何とか出来そうな気もするんですが……」
「……実は神の代行の覇竜王は当時、異界におったのじゃよ。邪神と戦う為にの。故に完全な神の不在じゃった時期よ」
「え……?神様は?」
「死んだ……邪神に敗れての」
現在に至るまでの神の不在……その理由は邪神に敗れたからだと知ったライは心底驚き立ち上がった……。
残念ながら現実にはモザイクなどは付かない為『丸出し勇者』状態である。フローラは慌てて顔を覆ったが、ライ自身は気付きもしないでブーラブラ。
「邪神に敗れたって……それじゃ今、邪神は?」
「異界に封印されておるよ。神と戦い弱体化したとはいえ邪神は強かった。覇竜王ですら命と引き換えの封印……その強さが窺い知れよう?」
「封印は……それは何時まで持ちます?」
「さての……しかし覇竜王の命の封印。邪神とはいえ易々とは解けまい。それに……」
メトラペトラは何かを言い淀む。まだライの知らないことがある様だ。
「それに……何ですか?」
「後継になったアヤツが何も企まぬ訳がないからのぅ」
「??」
「それは追々話してやろう。嫌でも関わるかもしれんじゃろうしの?丸出し勇者さんよ」
「え……?うわぉ!」
丸出し勇者は湯船に飛び込んだ。恥ずかしさの余りフローラと同じ様に両手で顔を覆っている。
「ハハハハハ。ともかくワシと契約したんじゃから色々教えてやるわ。だが……先ずは脱出じゃな」
「了解っす!」
それからライ達は再び崖を登る。その視界の先に薄灯りが見えるのは更に数日後のことである……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます