第一章 第十話 少女の決意


 ノルグー騎士団・第三師団。


 騎士団内の任務は主に『防衛』より外敵や魔物相手の『殲滅・排除』を担うことが多い部隊である。

 魔法を使える【魔法剣士適性】を持つ者が多数を占め、連携に優れた戦闘実力だけならば騎士団でも一、二を争う猛者集団。


 そのノルグー第三師団の駐屯本部。


「フリオ団長。召集とは随分と急ですね……教会に踏み込むのはまだ先でしょう?」


 第三師団副団長ディルムは急な呼び出しに疑問の色を隠さない。団長の部屋には数人の騎士が集められていた。


「予定変更になった。いや……俺が変更にした。今日、準備が終わり次第司祭の拿捕に向かう」

「やれやれ……また勘ですか?でも団長の勘は当たりますからねぇ……わかりました。召集は兵長以上で良かったんですよね?」

「悪いな。全員速やかに戦闘準備をさせてくれ。それとディルム、お前には俺と接客を担当して貰いたい」

「相手は……現状で聞くだけ野暮ですね」

「そういうこった」


 フリオは行動派だが考え無しではない。必ず根拠を持っているのだ。ディルムはそれを理解出来る程度には付き合いが長い。そもそも第三師団の騎士や兵は、命懸けの任務が多い故か結束が固いことでも有名である。


「俺達が時間稼ぎしている間に教会周辺の住民避難、それと騎士団の潜伏配置をして貰う」

「指揮は誰に取らせます?」


 ディルムから視線を移し若いが風格のある騎士と、一見して子供にも見える新人騎士の名を呼ぶ。


「シュレイド。指揮はお前に一任する。くれぐれも住民を不安にさせんなよ?それとレグルス。お前は経験浅いが回復魔法持ちだ。シュレイドの判断に従い回復役として動け」

「了解しました」

「了解です!」

「遠征じゃなく短期決戦だから出し惜しみは無しで良い。あ……それとプリティス教会にはクインリー老と若い勇者が先に行っている筈だ。合流してくれ」


 クインリーは今や只の隠居扱いの筈。その疑問をシュレイドは表情を変えず問い返す。


「クインリー老ですか?かの御仁は老齢故に期待出来ないのでは?」

「き、昨日色々あってな?今じゃかつての聡明な『守護者クインリー』だ」


 何故か半笑いのフリオに、ディルム以下その場の全員が顔を見合わせる。その時部屋の扉を叩く音がした為それ以上の追求が無かったのは、フリオにとって幸いだった。


 入室したのは騎士団の給仕を担当する女性職員の一人、レティア。やや細身の女性である。


「プリティス教司祭・アニスティーニ様がいらっしゃいました。ご指示通り接客室にお通ししましたが、宜しかったでしょうか?」

「ああ、スマンな。直ぐに行くから少しだけお待ち頂いてくれ」

「わかりました」


 レティアは一礼し足早に立ち去って行く。


「よし。シュレイド、頼んだぞ」

「……もし想定外の事が起こった場合、どうします?」

「お前の判断で構わんから最善を尽くせ。責任は俺が取る」

「了解しました」


 拳を握り右腕を胸の前で真横にするシウト国騎士の敬礼。シュレイド、レグルスを含む数人の騎士は部屋から去って行った。


「さて、ディルム君。とにかくアニスティーニ司祭を引き留めねばならない」

「具体的にはどれ位ですか?」

「そうだな……一刻あれば十分だろう」

「……随分な無茶を言いますね。何の話をすれば良いんですか?」

「何でも構わんさ。感謝状でも治安の話でも……頼りにしてるぜ?」

「……ハァ~ッ」


 盛大なタメ息。フリオの思い付きにいつも割りを食うのは副官のディルムだ。もっとも、それだけ信頼されているということでもありディルム自身もそれを理解しているので気苦労が絶えない。


「わかりました。一刻でも二刻でも引き留めますよ。但し、後で酒奢って貰いますからね?」

「おう!好きなだけ飲ませてやる!」


(時間稼ぎはまかせろ。そっちは頼んだぜ?クインリー老。ライ……)




 フリオの希望……ライとクインリーはプリティス教会の前にいた。周囲は街の人々の営みが溢れているが、二人に気付く者はいない。

 クインリーの魔法による認識阻害。事態を隠密裏に進める為の処置だが、その見事さにライは感心しきりである。


「凄いですね、クインリーさん。誰も気付かないなんて……」

「幻覚魔法の一種です。普段見慣れた『興味の無い物』と認識させる術で、例えば街灯や街灯の様に避ける対象に見せているのでぶつかることも無い訳です」

「じゃあ会話は不味いんじゃ……」

「問題ありません。人は【物】が喋るとは考えませんから、会話していても物としての認識が強いので【声】に気付けない……そういう魔法です。注意深く観察すれば効果を失いますが、この時間この辺りではそんな余裕のある者はいないでしょう」


 プリティス教会付近は庶民向けの住宅や店舗が並ぶ。そんな場所の慌ただしくなり始める朝の時間帯。確かにそんな時間に、“興味もない”街灯などをマジマジと観察する物好きはいないだろう。


「それで……どうですか?」

「大丈夫ですね。周囲には教会を守る者や監視者は居ません」

「教会の方はどうですか?」

「……フリオ君の勘が当たった様ですよ。彼は昔から勘が良かったですが……今回は外れて欲しかったですがね」

「そんなにマズイですか、この教会は?」

「ええ……かなり」


 クインリーは教会をじっくり観察している。石造りの、知名度の低い宗派にしてはやや大きめな教会。プリティス教のシンボル以外にも様々な装飾が見て取れるが、ライには普通の教会にしか感じない。


「装飾の中には後から魔術的に手を加えたものがありますね。結界……それと儀式用。どちらにせよ普通の教会ではありません」

「中には入れませんか?」

「入れます……が、中での行動は筒抜けでしょう。入った途端閉じ込められてしまうかもしれない。といって結界を破ると気付かれてしまいますし……」

「じゃあ子供達は……」

「大丈夫です。手はありますから……少し荒っぽいですが」


 魔法詠唱を始めるクインリー。大地系魔法……それもかなりの大規模魔法の様だ。長い詠唱を終えると足元の石畳に手を添え魔法を発動する。


 《極地動震》


 途端に教会は僅かに揺れ始めた。しかし、周囲の建物を含む一帯は微動だにしておらず当然通行人や商売人も気付かない。クインリーの魔法は教会のみを揺らしたのだ。


「本来は《地激振動波》という魔法なのですが、出力と範囲を絞りました。教会の敷地だけが揺れています。勿論、倒壊しない程度で揺らしていますよ?」

「……凄いっすね」


 間違いなく上位の魔術師であろうクインリー。昨日、突然杖で殴った上に逆ギレした人物とは思えない。


 そんな微妙な感心を向けている間に教会から飛び出してきた子供達。クインリーの狙い通り、伏魔殿じみた教会に入らずして子供達を呼び出すことに成功したのである。


「あ……あれ?地震止まった?」

「周りの人、誰も驚いてないよ?」


 子供達が疑問の声を上げ始めた為に魔法を解除すると、突然現れた『いかにも魔法使い』に子供達は大はしゃぎだった。


「私は魔法使いのクインリー。良い子の皆さんにお話があって来たんですが、年長者はどなたですか?」

「私です」


 他の子と違い警戒心剥き出しの少女サァラは子供達を庇うように立ちはだかる。気丈な少女の鋭い視線にクインリーは少し戸惑った。


「そうですか……君が……」


 恐らくはファントム……そう理解したクインリーは諭すように告げた。


「私達はあなた達を助けに来ました。間も無く騎士団も来ます。詳しい話を聞かせて頂いても?」


 助けという言葉に一瞬明るい表情を見せたサァラ。しかし、警戒心が首をもたげ直ぐ様に厳しい表情に戻る。そして更に次の瞬間、サァラは固まった。魔法使いの背後には見覚えのある青年……ライが居たのだ。


「あの時の変態……」


 思わず口にしてしまったが、サァラはすぐに後悔した。ファントムである時は顔を見られていない筈である。これでは自ら正体を明かしてしまった様なものではないか……。

 ライはその心中を見透かした様に不敵な笑顔を向けた。


「そうです!私が変態……じゃない!……お前、俺の顔を知ってるってことは間違いないよな?」

「……知らない」

「じゃ、あの時の再現してやろうか?」

「止めろ!変態!」

「く……変態変態言うな!俺は勇者だ!」


 勇者という響きに子供達は目を輝かせた。群がる子供達と少し話すとあっさり打ち解け、その強みを最大限に利用するライ。


「お姉ちゃんは話を聞け~!」

「そうだ、そうだ~!」

「そうだ、そうだ~!」


 なんと子供達を誘導し抗議を始めたのだ。流石のクインリーも生温い表情を隠せない。


「み、みんな!騙されちゃダメ。ソイツは……」

「よっし!お前ら!好きなアイス奢っちゃる!行くぞ、者共~っ!」

「おぉ~っ!!」


 九人の子供達を引き連れライは走り去った。


「…………」

「…………」

「…………」

「……だ、大丈夫ですよ。彼は騎士団長の友人です。私もですけどね?悪いようにはしませんから話を聞かせて貰えませんか?」

「……はい」


 既にかなり目立ってしまったが、いつまでも教会の前に居るのは得策ではない。場所を移したいと思案するクインリー……その時、視界の端に近付く騎士団の姿を捉える。フリオの命を受けたシュレイドが到着したのだ。


「クインリー様、ですね?私はノルグー騎士団第三師団所属、シュレイドです」

「フリオ君の部下の方ですか。丁度、子供達を保護したところでした。彼女から詳しい話を聞きたいのですが良い場所はありませんか?」

「わかりました。案内致します。ん?……ところで【若き勇者】がいると聞いていたのですが、姿がありませんね?」

「ああ。彼ならあそこに……」


 クインリーの指した先には子供達を引き連れたライが戻ってくる姿が見える。子供達の手はお菓子やらアイスやらで持ちきれない程だった。


「……随分買ってあげましたね」

「……コイツら遠慮ってものを知らないんですよ。ああ~!マントで手を拭いちゃダメだって!」


 余りにあっさり馴染んだライを見てサァラは溜め息を吐いた。先程警戒していた自分が馬鹿馬鹿しいと改めて思う。


 その時、ニュッ!とサァラの視界をアイスが塞いだ。サァラの分も用意したライは変態と言われながらも気の利く男。サァラは戸惑いながらも受け取った。


「……あ、ありがとう」

「なぁに、気にすんな。子供は素直が一番。そうですよねっ?」

「えっ?は、はい。そうですね……」


 突然話を振られたシュレイドは少し呆けている。初対面の癖に気安い!これが勇者か!などと心の中では妙な関心を寄せていた。


「で、では場所を移しましょうか。時間は余りありません。団長達の時間稼ぎも限界がありますから今後の詳細もそちらで……」


 それからの騎士団は役割を分担し動く。ライ、クインリー、サァラ、シュレイドは近場にある兵の駐在所に。


 騎士の多くは避難を説明する為にプリティス教会周辺住民の元に向かった。協力要請と避難時の打ち合わせ、加えて騎士達の潜伏待機の許可が必要だからである。

 更に一部は、子供達の護衛として避難所に移動と相成った。 


「さて……では話してくれますか?ゆっくりで良いですから、辛いときは無理をしないで下さい」


 優しく語り掛けるクインリー。サァラはポツリポツリと溢すように語り出す。言葉の波はやがて勢いを増し、サァラは感情を抑えられなくなった。それは怒りとも悲しみとも取れる表情だった。


 サァラの告白はあまりに衝撃的だった……。善良と思われていたプリティス教の司祭の正体。無惨に殺されていた孤児達。それがもう何年も……恐らくはプリティス教会がノルグーに出来た頃から計画されていただろうおぞましき事態。


 余りの悲痛さにライはそっとサァラに寄り添う。初めは気丈に堪えていたがしまいには感情の堤が切れ、サァラはライの胸の中で号泣する……。

 泣き止むまで時間を要したのは、十歳の子供がどれ程に自分を殺してきたかということの顕れでもある。サァラが落ち着くまで、誰も口を開かず待つことしか出来なかった……。


 そして───。


「やはりフリオ君の勘は凄いですね……恐らくは邪神信仰……」


 話が話だけに渋い表情のクインリーとシュレイド。通常ならば子供の戯言にも聞こえるかも知れないが、サァラの証言はあまりに詳細である。


「君は【ファントム】なんだよね?何故盗みをさせられていたんだい?」


 慎重に問い掛けるシュレイド。


「わからない……。けど、【儀式】とか【祭具】とか言ってたのは覚えてます……」

「儀式……もしかして盗んでいたのは、中に何か入った小さい石像ですか?」

「はい……カラカラと音がしていました」

「クインリー様。何かご存知なのですか?」


 益々渋い表情になったクインリー。事態の深刻さが窺える。


「恐らくですが【魔獣召喚】の道具……。昔、私が旅先で見付けた文献にその記述がありました。神代に封印された魔獣を召喚する為の特殊な魔石。それを六つ揃えるとなると、さぞや強力な魔獣召喚が可能になるのでしょう」

「そんなものが……しかし他の貴族の盗難は……」

「恐らく祭具を特定されぬ様に紛れさせて偽装したのでしょう……周到なことです。シュレイドさん。石像型の品を盗まれた貴族は分かりますか?」


 慌てて手帳を取り出し被害者リストを確認するシュレイド。貴族の名を線を引きながら読み上げて行く。


「えぇと……パルカ家、ヴェライプ家……イサイン家、ダック・ハイネック家……それと、後は……」

「レオ家とホーンティ家、ですか?」

「……そうです!良くご存知でしたね」


 驚くシュレイド。クインリーは昨日まで意識の覚醒を保てなかったと聞いていた。それに事件に関する知識を持っていたのであれば、わざわざシュレイドに確認する必要はないのである。

 そんなクインリーの顔を確認したシュレイド。老齢とは思えぬその迫力に息を飲んだ。


「やはりか……。これは由々しき事態です。その六貴族は一つの古き貴族から分派した血筋……」

「それは一体……」

「エアハミック家……七十年程前に魔術研究にのめり込み、危険思想で爵位を剥奪された貴族……。エアハミック家は跡絶えましたが、負の遺産が親類の手に渡っていたということでしょう」


 昔のことである為、現在の当主達は像のことを知らずにいたのだろう。もしかすると彼らの先祖は、分散することで危険を避けたのかも知れない。


「……ご存知無い様ですが、不運にもレオ家は跡絶えてまして……」

「そう……ですか。それは残念ですね」

「六貴族……いえ、五貴族がプリティス教司祭と共謀をしている可能性は?」

「それは無いでしょう。エアハミック家の当主のみが“錯乱”した為に処罰されたという話ですから。その際、六貴族は一度爵位を王に返上しています。シウト国先王は名君。再び爵位を与えたことは考えあってのことと察します」


 確かに五貴族には悪い噂を聞かない。寧ろ皆、良き印象を持たれている善人とシュレイドも認識している。


「しかしエアハミック家とは……。サァラさん、石像は全て手に入れたのですか?」

「はい……。後は儀式の日を待つのみと司祭は……」

「わかりました。シュレイド殿……私は今からプリティス教会周辺で対策を打ちます。大規模魔法ですので時間が掛かりますが、何とか間に合わせましょう。シュレイド殿は対魔法魔導具の準備を。但し、他の騎士団には気付かれない様に願います」


 他の騎士団への隠密行動。それはつまり【内通者】への懸念。クインリーがハッキリと口にしないのは、騎士団内で疑心暗鬼が生まれることを嫌ったからである。そんな状態に陥るならば、フリオ達第三師団でのみ動く方が確実な選択だ。


「わかりました」


 クインリーの意図を察し迅速な行動に移るシュレイド。クインリーはライに視線を移す。


「ライ君はサァラさんを避難所までお願いします。その後……」

「……ください」


 クインリーの言葉を遮るか細い声。ライは胸元の少女を見た。子供とは思えぬ力強い視線がクインリーに向けられている。


「手伝わせて下さい!お願いします!」

「……もうサァラさんが苦しむ必要は無いのですよ?」

「何も分からないのは嫌なんです……せめてお兄ちゃんやお姉ちゃんの仇を討ちたい……。せめてアイツの……アニスティーニが捕まるのをこの目で……」


 再び涙を浮かべるサァラに深く溜め息を吐くクインリー。サァラは視線をライに向けた。力強く、真っ直ぐな瞳。ライは軽く肩を竦め優しくサァラの頭を撫でた。


「わかったよ、サァラ」

「ライ君、それは!」

「きっとこの子がこれから生きて行くには必要なことなんだと思います。それに権利も十分にあるでしょ?否定することは俺にもクインリーさんにも出来ない。違いますか?」

「しかし……」

「俺が命懸けで護りますし危ないことはさせません。見ているだけにさせますから…」

「……君がそこまで言うなら仕方ありません。但し、言ったことを全うしない人間を私は心底軽蔑します。そうならない様に」


 サァラはパッと笑った。先程までの子供とは思えないような作った顔とは違い、初めて本当の笑顔を見た気がしたライ。そして改めてライは思う……。


(ヤベェ……俺、駆け出しなのに勢いで言っちまった)と。


 やや後悔しながらも、自分よりもか弱いサァラの覚悟を見ると俄然やる気が湧いてくる駆け出し勇者であった。



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