第一章 第十一話 プリティス教会の戦い


 プリティス教司祭・アニスティーニは追い詰められていた……。


 情報より早い騎士団の動き、いつの間にか消えた子供達、そして目の前の事態。予定外が重なったことにアニスティーニは苛立ちを隠せない。


(くっ……何時だ?何が悪かったのだ?)


 思い返すが心当たりは無い。だが、十年という時間に費やした苦労は確実に無駄になったことは事実。再び苛立ち歯軋りする。



 遡ること一刻半程前。アニスティーニは相談があると騎士団に呼び出された。

 相手は先日久々に出会ったフリオ。普段はだらしない姿でフラフラと街を歩いている男……だがそれは、街を見守る為の偽装であることをアニスティーニは知っていた。


 そんな男の呼び出しである。当然、警戒をしていた。教会には結界があり侵入者はすぐに感知できる。しかし、念の為早めに戻るつもりだった。


 ところがフリオに同伴した副団長・ディルムがそれを許さない。プリティス教会による街の慈善活動への感謝状の話から始まり、教会への支援の提案、他宗派との思想の違いに関する討論、現在の世情の問題点提起、果てはディルムの個人的悩み、職員であるレティアを呼んで人生相談まで始まってしまったのである。


 アニスティーニは流石に焦りが生まれていた。ノルグーに来て以来、教会を半刻と開けたことはない。理由は単純……誰も信用していないからである。


「申し訳ありませんが、そろそろ戻らないと。懺悔にいらっしゃる方も……」

「おお!騎士団には悩める者がまだいるのです。実は団長が結婚に悩んでいまして……」

「なっ!ディルム、テメェ……」

「こんな仕事をしていますと何時死ぬか分かりませんから、子孫を残すべきと申し上げているんですが……何やら思うところがあるらしくヘタレ……いえ、逃げ腰なのですよ」


 フリオはジロリとディルムを睨む。しかしディルムも同程度の睨みを返した。普段ディルムに無理を押し付けているフリオは、大人しく肩を落とすしかない。団長なのに立場が弱い……。


(くそっ……覚えてろよ?)

(なら止めますか?)

(ぐぬぬぬぬぬ!)


 刹那の視線交差で互いの意図が読める辺り、流石の結束の強さが窺える。


「それでは団長。じっくり相談してください」

「お、おう!あ、ありがとうな~?」


 フリオの抗議の視線を無視したディルムは、部屋の隅に待機しているレティアの隣に腰を下ろした。


「意地悪ですね、ディルムさん」

「いつも投げっぱなしにされている意趣返しですよ。やられる側の気持ちが少しは分かるでしょう」

「あらあら、お可哀想に」

「時にレティアさん。報告は来てますか?」

「いいえ。連絡があれば魔導具に反応があります」


 レティアは視線をそのままに、そっと右手人差指の指輪に触れた。深紅の石が埋め込まれたそれは、連絡用の魔導具である。といっても通信が出来る訳ではなく、振動や光で簡単な内容を確認する小型簡易版だ。それだけの機能で連絡を読み取れるのは特殊な訓練を受けた者……。


「では、もう少し引き延ばさねばなりませんね……」

「どうするんですか?」

「こうなったらレティアさんとフリオさんが恋人ということにして……」

「嫌です」


 聖母の様な微笑みでキッパリ拒否。


「……仕方ありません。職員を皆呼んで下さい。こうなったら量で勝負しましょう」

「わかりました」


 結局、アニスティーニは一刻半もの足留めを受けることとなった。


 そして早足で戻った教会への帰路。アニスティーニは急ぎの余り街の違和感に気付かない。ここで人の流れの少なさに気付いていれば結果は大きく変わっていただろう。


 しかし、現実には『もし?』など存在しない。全て必然である。


(全く忌ま忌ましい……まあ良いでしょう。間も無くこの街は……ハッハッハ!)


 そうして教会内に戻ったアニスティーニ。安堵に一息吐きながら礼拝堂の扉を開くと、立っていた人影に驚愕した。

 結界に侵入した者に気付かない訳が無い……己の目を疑うが、そこには間違いなく人が立っていたのだ。


 苛つきに加えての異常事態。しかし必死に笑顔を貼り付け努めて冷静に対応した。


「お待たせしてしまいましたか?申し訳ありませんでした。少し用がありまして……」

「いえいえ。私も今来たばかりですからお気になさらないで下さい」


 アニスティーニは警戒していた。結界が破られた様子は無い。にもかかわらず、目の前の赤髪の男は感知出来ないまま何事もない顔で立っているのだ。

 可能性として有り得るのは上位……いや、最上位魔術師の能力である。しかし、眼前の男はどう見てもその様な人物には思えない。何より若すぎるのだ。


「それで……一体どの様なご用件ですか?」

「実はですね?以前ここの子供達と仲良くなったんですが、また遊ぶ約束をしていたので……」

「それは……ありがとうございます。子供達も喜ぶことでしょう。今呼んで参りますので……」

「それがですねぇ……失礼ながら先刻さっきから大声で呼んでいるのですが、返事がないんですよ」

「返事が……無い?」

「はい。誰からも」


 そう言えば騎士団との会合をしている最中、子供達が一斉に教会の外に出たことを思い出す。いつもの奉仕作業に出たものとばかり思っていたが、これ程長く戻らなかったことはあっただろうか?と記憶を探る。


「どうしました?」

「い、いいえ。どうやら子供達は外出中の様です。すぐに戻ると思いますが、またの機会に……」

「いいや、子供達はもう戻らねぇぜ?」


 礼拝堂の入口が力強く開かれ堂々とした声が響く。そこに居たのは先程までアニスティーニと会談していたフリオ……しかし今は完全武装で配下を引き連れている。


「フリオ殿!……如何なさいました?その様なお姿で……」

「言ったろ?子供達は戻らないって。全員ウチで保護したんだよ」

「何故そんな……」

「お前んトコに置いておけないからさ。何せ無垢な子供達を【生け贄】にさせる訳にゃイカンからなぁ……だろ?狂信者さんよ?」

「何を……」


 アニスティーニは考えた。何故バレた?何故、今騎士団がここにいる?内通者から連絡が無いのは裏切ったからか?答えは出ない。


 どうせ証拠は無いのだ。このままシラを切れば良い……アニスティーニは何とか場を乗り切る策を考える為、時間稼ぎに必死だった。


「これは迫害だ!冤罪を着せプリティス教を貶める為の……」

「プリティス教会本部からは許可を貰った。冤罪と言うなら“地下の祭壇”を探しても問題ないよな?」

「…………」


(地下の祭壇まで……まさかサァラか!あのガキ……!!)


 懐から掌に収まる小さな筒を取り出したアニスティーニ。親指に力を入れ筒をへし折る。これも魔導具……呪物を身に付けた者への死の制裁。呪物は子供達全員に埋め込まれていた。


 しかし……。


「無駄だよ。子供達の呪物は全て『対魔法魔導具』で無力化している。ギリギリの時間で数を揃えるのに苦労したがな?」

「……クックック。今更取り繕っても無駄、か。まあ良い。ガキ共がいなくとも此処にこれだけの生け贄がいるのだ。貴様らの命、有効に使わせて貰うぞ!」

「下品な顔だな。それが本性か?……子供達の苦労が知れるぜ」

「フン!ぬかせ!」


 高々と両手を上げるアニスティーニは教会内に仕込んだ大規模魔法の発動を狙う。悪霊を操り結界内の者の精神を喰らう結界型呪闇魔法……しかし、魔法は発動した途端に『パンッ!』と何かが弾ける音が響き渡った。


「なっ!結界術が破られただと!」

「流石はクインリー老だな。頼りになる」

「クインリー?『守護者クインリー』か!奴は老い耄れて使い物にならないと……!」

「誰に聞いたか知らんが、今やかつての『守護者』再降臨ってヤツだ。諦めて縛につけ!」

「クソッ!」


 教会に仕掛けてある結界を破壊したのは紛れもなく魔術師クインリーだ。強力な結界らしく手間を取られていた様だが、絶妙のタイミングで魔法の発動を打ち消した。


 準備していた手段が次々に潰されることに焦りを感じ始めたアニスティーニ。奥の手として礼拝堂の椅子に仕込んだ仕掛けを作動させる。


 椅子がスライドし床が開くと、中には武装した骸骨達が横たわっていた。

 アニスティーニは魔法詠唱を行ない骸骨達に擬似生命を与えると、カタカタと音を鳴らしながら骨の兵士が立ち上がる。


「まだこんな仕掛けを……!」

「ハハハ!骸骨よ!騎士達を引き裂け!」

「どうせ逃げられんぞ!」

「それはどうかな?」


 アニスティーニは礼拝堂の最奥まで移動。骸骨兵は時間稼ぎの手段でしかない。プリティス教の象徴たるシンボル像を倒し、本命である仕掛けを始動する。

 カラクリが駆動音を上げ、偽りの祭壇の床が大きく割れた地下から【邪神の祭壇】がせり出した。


「あ、あれが邪教の祭壇か!」

「ハーッハッハ!このまま【魔獣】を召喚し貴様らを消し去ってくれるわ!その後にノルグーの街を贄の祭壇とし、邪神様を呼び出してくれる!」

「ちっ!お前ら、とっとと片付けるぞ!気合い入れろ!!」

「おぉぉっ!!!!」


 発破をかけられ騎士達の士気が高まる。見事な連携を駆使し瞬く間に駆逐されて行く骸骨兵。


 だが……。


「クソッ!早く召喚を止めなければ!」


 邪神の祭壇には既に召喚の祭具が配置され後は喚び出すばかりの状態。騎士団は焦るが骸骨兵の数が思いの他多かった。前に進めないことにフリオは舌打ちしている。


「チッ!マズイな……」


 騎士団の奮闘虚しく、それは遂に行使されてしまった……。


「フハハハ!さらばだ、騎士団の諸君!さらばノルグーの街よ!今、魔獣は召喚される!」


 アニスティーニの勝利宣言と共に眩い光が周囲を包んだ。



【求めに応え地獄より顕現せよ!キマイラ!】



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