第六部 第二章 第十一話 勇者、住まいを手に入れる
新たな契約……そして新たな家族として大聖霊アムルテリアが加わった。
これによりライの蜜精の森での目的は、残り一つを残すのみとなった。
「さて……じゃあ、アムルも家族に加わったことだし本格的に屋敷の場所を決めようかな」
次の目的は住まい──ライはメトラペトラ、アムルテリアと共に“ 我が家 ”の立地を考える。
『蜜精の森』は、それなりに広い。自分達が暮らすだけならばどんな場所でも手を加えさえすれば問題ない。だが、来訪者のことを考えればあまり奥に居を構えるのは不便な気がした。
そして、ライとしては出来るだけ隆起や陥没が少ない地に建築しようと考えている。地盤確認と交通路の確保などを考えると何かと忙しくなるだろう。
「それで……どの辺りに造るつもりじゃ?」
「もう少しストラト寄りなら客は来訪し易いかと。目星は幾つか付けたんですけど、あんまり本格的だと時間が掛かり過ぎるかな……」
「それなら心配あるまい。のぅ?アムルテリアよ」
メトラペトラの言葉に首肯くアムルテリア。
「場所を指定すれば私が造る。案内してくれるか?」
「本当?そうだな……じゃあ、頼むよ」
ライが指定したのは、移動の途中にあった湖付近。幾分拓けている為に陽射しも水源もあり、平地で王都ストラトからも然程離れていない。第一候補として考えていた場所である。
ただ、水辺となると地盤の確保に手間が取られる為に少し迷っていた。
そんな湖畔に到着した一行は住まいとなる地を確認している。
「ふむ……悪くない場所じゃな」
「アムル。地盤の強化も出来る?」
「勿論だ。それで……どの辺りに建築するつもりなんだ?」
「そうだなぁ……」
と、ここでメトラペトラが自らの要望を申し出る。
「どうせなら湖の真ん中に造らんかぇ?その方が楽じゃし」
「は?それは寧ろ大変でしょ?」
「違う違う……ワシらが移動する際に楽じゃという話よ」
どうやらメトラペトラは森の切れ目から飛翔するのが面倒らしい。
確かに蜘蛛の巣や蔦などもある森よりも空の開けた湖の方が飛翔が簡単なのは分かる。実質的な移動が飛翔になった現在、確かに枝葉を気にせずに移動できれば楽と言えば楽だろう。
しかし……建築する側の立場からすれば、湖の中に屋敷を建てることは多大な労力を必要とすることになる筈。
が──それは杞憂……通常ならばの話でしかない。
大聖霊という超越存在にはそれすら労力にもならない様だ。
「場所は湖で良いのか?」
「え?だ、大丈夫なのか?」
「……どうもライは大聖霊を過小評価している様だな。確かに私も力の封印は掛けられている。だが、お前と契約したことで封印はほぼ解除された。それに我々大聖霊には【概念力】がある」
「フェルミナの生命認識とかと同じヤツ?」
「そう。そして私は【物質を司る】存在。万物の形成など容易いことだ」
「……そういや大聖霊は世界の根源の力なんだっけ。酔いどれニャンコばかり見てたから忘れてた」
「ニャンだとぉ?」
ライの頭上に移動したメトラペトラは爪先をサクッと食い込ませた。
「い、嫌だなぁ、師匠……冗談ですよ、冗談。師匠の深ぁい配慮に気付かない訳無いじゃないですか……」
「本当かのぅ?」
「ゆ、勇者、嘘つかない」
お惚けの様だが、ライは実際にメトラペトラの配慮には感謝している。
力が封印されていても大聖霊──。その気になればこれまでの旅の脅威を排除出来ただろう。
しかし、ライの意を汲んで極力手を出さなかった辺りメトラペトラの師としての器は確かと言える。
「と、とにかく……あれ?何の話だっけ?」
「湖に屋敷を建てる話だ。負担は微々たるものだから気にしないで良い」
「わかった。メトラ師匠が御望みらしいからそれで良いよ」
「それで……大きさはどうする?住む人数で変えねばならないだろう?」
「そうだな……俺と大聖霊のフェルミナ、メトラ師匠、アムル、あとクローダーは確定。で、トウカ、ホオズキちゃん、ニースとヴェイツ………」
「双子はローナ達と住むのではないかの?」
「あ~……それは確認しないとなんとも……」
ニースとヴェイツはローナに懐いていた。それは一晩一緒に寝たことで母の温もりを知ったのだろうとライは考えている。
そんな様子を見ているメトラペトラも、恐らく双子はローナから離れようとしないと踏んでいた。
「まぁ長い目で見ればいつかはこっちに来るでしょうし、一応数に入れましょう。後は……」
「エイルとマリアンヌじゃな」
「……あの二人はカジームに居るんじゃないですか?特にマリー先生はラジックさんの世話とか……」
「優先順位が違うのぅ。マリアンヌはお主が最優先じゃ。今動き回っているのもお主の為じゃぞ?」
「そ、そうなんですか?」
マリアンヌはライが姿を消した後、出来るだけ危機の排除に向け動いている。同時にライの探索も行っていた。
ライが無事と知った今も、主の安寧の為にそれは変わらず続けられている。
「そもそも修行の邪魔にならぬ為に傍に居らぬだけじゃ。お主の帰還を知れば直ぐに此処に来るぞよ?」
「その通りです」
「うぉう!」
突然の来訪者に掛けられた声で驚き飛び上がるライとメトラペトラ。アムルテリアは僅かに反応をしたが驚いた様子はない。
「マリー先生!」
「マ、マリアンヌ!気配を感じなかったぞよ?」
「申し訳ありません。転移魔法を使用致しました」
「転移……そっか。カジームに居たから……」
「はい。加えてライ様から託された知識で修得致しました」
「さ、流石はマリー先生……」
マリアンヌはニッコリと笑顔を浮かべライに近付いた。再会は半年程といったところだが、落ち着いて話すのは実に三年ぶりということになる。
「……ただいま、マリー先生」
「お帰りなさいませ、ライ様」
ライの胸に身を預けるマリアンヌ。ライは思わずそっと抱き締めた。
それは愛情……かどうかは分からない。友愛、親愛かもしれない。
だが、愛しい気持ちが僅かにでもあるからこその無意識の抱擁……。ライ自身もそのことに驚いていた。
「ご、ごめんなさい……」
「何故謝るのですか?」
「それはその……つい抱き締めちゃったんで」
「問題ありません。寧ろご褒美です」
「そ、それなら良かった」
以前はマリアンヌの身長より低かったライは、既に頭一つ高い。胸元のマリアンヌの頭を撫でながら謝罪を始めた。
「ご心配をお掛けしました。行方不明になったり魔王と戦ったり……修行も見送って貰ったのに連絡もせずに……」
「良いのです。無事ならそれで……」
「ありがとう」
そんな良い雰囲気をぶち壊したのは黒ニャンコである。
「ウォッホン!イチャつくのは後でゆっくりやるが良い。いつまでも森で抱き合ってる訳にも行かぬじゃろ?」
「うっ……た、確かに」
残念そうに身を離したライだったが、マリアンヌもまた残念そうに見えた気がした。
「メトラ様もお久し振りです。ご無事で何よりでした」
「うむ、お主も息災な様じゃな。それはそうと、此奴の紹介がまだじゃったの」
新たな大聖霊アムルテリア。マリアンヌは直ぐにそれを理解したらしい。
「大聖霊様ですね?大変失礼しました。私はライ様に仕える者……名をマリアンヌと申します」
「私はアムルテリアだ。アムルで構わない」
「はい。宜しくお願い致します、アムル様」
再会の挨拶と共に自己紹介を終えた一同。マリアンヌは現在の状況確認を始める。
「それで……この様な森で何を?」
「実は住まいを造ろうかと……実家、手狭なんで……」
「成る程。確かにフェンリーヴ家は一世帯の住まい設計ですね」
「あれ?マリー先生、俺の実家行ったの?」
「はい。ローナ様、ロイ様、マーナ様とも面識は御座います。同居の皆様とも」
「そっか……じゃあ、マリー先生も一緒に考えてくれた方が良いかな?同居人数とか家の造りとか……」
「分かりました」
これまでの経緯で同居の可能性のある者の数を改めて確認し、館の大きさを決めることに。
先に上げた人数に加えマリアンヌとエイルも数に加わる。
更に……。
「マーナ様は間違いなく此方にいらっしゃるでしょうから、ご友人のエレナ様もご一緒になるかと……。加えてシルヴィ様も、元々はライ様に『魔導装甲』の返還を行うのが目的です。人の文化に興味があるそうなので同居をお勧めすればお喜びになると思います」
「そっか……シルヴィ、ドラゴンだから森の方が気楽だろうしね」
「今のシルヴィ様は人型の女性ですよ?」
「え?そうなんですか?そういえばシーンがそんなことを言ってたな……。ま、考えてみればストラトの街で暮らしてたんなら竜の姿って筈無いよね……」
少し考えれば分かることだが、ディルナーチの龍達も人型になっているのだ。ペトランズ側の竜が人型になるのは何ら不思議ではない。
「後はシルヴィ様のご友人……エクレトルの天使であるアリシア様もいらっしゃいます。あの方は外界調査の任に就いて居りますので、やはり住まいを提供して差し上げればお喜びになると思います」
「う~ん。となると結構な大所帯ですね……」
「ライ様は人との縁もありますから客室も多い方が宜しいかと存じますが……」
「あ~……もしディルナーチから客が来るようになると結構な人数だし……。どうしましょう、メトラ師匠?」
意見を求められたメトラペトラはニヤリと笑う。そこにはライを驚かせようというメトラペトラの悪巧みも含まれていた。
「良し、アムルテリアよ。大体百人くらい住めるヤツを頼むぞよ?」
「分かった」
あっさり承諾したアムルテリアは【概念力】にて物質を創造。何もない湖上が光ったと思いきや、次の瞬間に湖の中央に現れたのは……なんと城だった。
石造りの立派な城には湖を渡る橋まで架けられている。
「…………」
「ワッハッハ!流石じゃな、犬公!これなら百人は余裕じゃろうて」
「うわぁ。お城だぁ」
「見よ!ライも満足気じゃろ?」
満足気と言って良いのか分からないが、ライはもう何か達観してしまっていた……。
『屋敷じゃねぇ……』と思いながらも雨風を防げる屋根も壁もある。取り敢えず暮らすには何の支障も無い……いや、寧ろ過分に立派な住まいだ。
当然ヤツはこう結論付けた……。
「……。俺、勇者なのにいきなり城暮らしか……。……。うん!ありがとうな、アムル!最高だぜ!」
「喜んで貰えて何よりだ。大体人間の城と同じ内装をしているが、不満があれば言って欲しい」
「不満なんてあるかよぉ、コイツめ~」
アムルテリアを撫で回すライ。大聖霊とは思えない程に撫でくり回され腹を見せて尻尾を振る姿は、まんま犬にしか見えない……。
「さて……思いの外早く家が出来たし、フラハ卿の屋敷は早速お返ししよう。後は……屋敷までの道を整備して食糧を運んで……。とにかく一旦ストラトまで戻ろうか。勿論、マリー先生とアムルも一緒にね?」
「では、その道程で道を造って行くとしよう。木々に関してはフェルミナに頼めば整備出来る筈だ」
「一応俺も出来るかとは思うけど、フェルミナに任せた方が綺麗に出来るかな……あ、城の戸締まりとかどうしよう?」
「その心配はない。城の何ヵ所かに守護者を配置してある。見えるか?」
アムルテリアが鼻で指し示した先には魔物を模した石像が建物の装飾になっている。それは所謂ゴーレムとのこと。
「……人を襲ったりしないよね?」
「大丈夫だ。屋敷に侵入しようとする『悪意ある者』のみを捕らえる様になっている」
「良かった。それなら安心して出掛けられるな」
それから一行は森をゆっくりと進む。来た道を折り返し戻る中、整地され石畳の道が出来上がる様子はまるでおとぎ話の様だとライは思った。
頭に猫、大剣を携えた美しいメイドと、狼を従えた男──それこそおとぎ話の様な状態だが、当人が気付かないのはいつものこと。
そんな男の存在が原因となり、『蜜精の森』はこれまでに無い変化を遂げて行く………。
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