第六部 第二章 第十話 四体の大聖霊契約

 蜜精の森にて再会したのは過去に救った魔物……。その正体は【物質】を司る大聖霊アムルテリアだった


 正体が何であれライにとっては喜ばしき再会……。しかし、ライはアムルテリアとの再会に何か流れのようなものを感じていた。 


「なぁ、アムル……どうしてこの場所に居たんだ?俺に会いたくて戻って来てくれた……にしては、随分時間が掛かった気がするんだけど」


 ライがディルナーチに居たタイミングとなると、アムルテリアが住み着いたのは半年程前ということになる。


「解放されたフェルミナの気配を偶然感じた。しかし、フェルミナは人と暮らしていたので接触は避けた……。まさかストラトに居るとは思わなかったが」

「まぁ……そうだよな。大聖霊はあまり人と関わらないそうだし……」

「メトラペトラも既に封印から解放されていた様だからな。最早急ぐ必要が無くなった。それからは此処で暮らしている。私はもう充分に世界を見て歩いたよ」


 アムルテリアの話では、自力でバベルの封印を破った後フェルミナとメトラペトラを捜したのだという。

 何とか気配を探り当てたもののメトラペトラは既に封印されていた。


 自らの力に封印が掛かっているだけでなく無理に封印を破った疲弊で力を失い、メトラペトラの救出を断念したアムルテリア。何とか辿り着いたのが『蜜精の森』とのこと。

 そこでライと出逢い介抱され、回復するまで厚意に甘えたのが過去の経緯だった……。


 回復後、姿を消したのは他の大聖霊を捜す為。メトラペトラの封印は特に強力に施されていたらしく、フェルミナと協力する為に捜していたのだという。

 結局、見付けることは出来なかった訳だが……。


「苦労したんだな、アムル……。だけど、大聖霊達は解放したんだ。オズ・エンって大聖霊は大丈夫なんだろ?」

「ああ……。奴とは会ったが封印されていなかった。メトラペトラの救出は断られてしまったがな」


 【時空間】を司る大聖霊オズ・エンは、勇者バベルの契約大聖霊だった。その契約故か、勇者バベルが封じた大聖霊の救出には協力を得られなかったという。


「全く……あの鳥公め。いっつも肝心なことを語らず行動しよるのぅ。再会したらとっちめてくれるわ」

「メトラ師匠……バベルは何で大聖霊達を封じたんでしょうか?」

「さてのぅ……。じゃが、オズ・エンは《未来視》が使える。何かを見て対策を打った可能性もあるが……それはそれじゃ。いきなり襲い掛かって封印するなんぞ赦せるものではないぞよ?」


 その意見にはライも同意した。


 メトラペトラは何もない地下に封印されていた。しかも三百年……たとえ永遠に近い寿命を持つ大聖霊であっても、三百年は長いと言うに十分な時間である。


 特にフェルミナは姿を変えられ魂まで封じられ、すっかり寂しがり屋になっていた。理由があってもオズ・エンを許す気にはなれなかった。


「オズの考えはどうでも、実はライに会いたい気持ちがあったのも確かだ。別れも告げず出ていってしまったから心残りもあった」

「そっか……。なぁ、アムル……もう旅をする必要が無いなら俺と一緒に住まないか?フェルミナもメトラ師匠も、アムルが一緒に住めば嬉しいと思うんだけど」

「フン!ワシは別に嬉しくなんぞ……」


 メトラペトラは抗議の声を上げようとしたものの、ライが素早く動きそれを阻止。蜜精の森に嬌声が響き渡る……。

 ヒクヒクと恍惚の顔で横たわるメトラペトラを一瞥したアムルテリアは、気を取り直して話を続けた。


「……良いのか?」

「他にも同居者が居るのが嫌じゃなければ、だけどね?でも、俺は一緒に住んでくれれば嬉しいよ」

「………ならば、お言葉に甘えるとしよう」


 アムルテリアは勢い良く尻尾を振っている。


 実に久々の再会でありながら当然の様に受け入れたライに、アムルテリアも感謝しているらしい。


 ただ、メトラペトラは少し様子が違った。



「くっ……!ラ、ライよ……その前に忘れておることがあるぞよ?」

「メトラ師匠……あっ!そ、そうだった!アムル、俺と契約してくれないか?嫌なら一時的なものでも良いんだけど……」


 アムルテリアはチラリとメトラペトラを見た。メトラペトラは珍しく無表情で見つめ返している。


「……契約は構わない。だが、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。力の悪用はしないと約束するから……」

「そうじゃない。ライの身体のことだ。見たところ大聖霊契約が二つ……いや、三つか……。並の人間では一つですら限界な筈。私と契約を果たせば肉体が限界に到達する可能性があるんじゃないか?」


 フェルミナ、メトラペトラは正式契約。もう一つはクローダーの仮契約……。そこにアムルテリアの正式な契約が加われば四つの膨大な力となる。

 あのバベルですら一体との契約だったのだ。もし本当に四つもの契約を維持出来るのならば、そもそも存在が特殊過ぎることになる。


 肉体の崩壊……までには至らずとも不具合が出てもおかしくはないと、アムルテリアは改めて警告した。



 だが……ライは再びアムルテリアの頭を撫でながら決意を告げる。


「俺には出来るだけ早く救いたい奴が居るんだよ。だから力が居る。嫌なら一時的な契約でも良い……でも、そうじゃないならアムルとも繋がりを持ちたい」

「……命を縮めることになるぞ?」

「どうせ寿命じゃ死ねないなら構わないさ」

「その長き人生に苦痛が付き纏うことになるかもしれない」

「それでも救いたい奴等がいる」

「精神を蝕まれるかもしれないぞ?」

「耐え抜いて見せるさ。俺は絶対に心を壊さない」

「………」


 再びメトラペトラに視線を向けたアムルテリア。メトラペトラは溜め息を吐きようやく口を開いた……。


「此奴は言い出したら聞かん。ワシらの役目は支えることじゃ」

「……お前がそこまで言うとはな。随分変わったな、メトラペトラ」

「お互いにの……。まさか、お主が人を想いやるようになっとるとは思わなんだわ」

「…………わかった。契約をしよう」


 この時のアムルテリアの『諦めた』様子に、メトラペトラは再び違和感を覚える。


「犬公よ……何か隠しておるまいの?」

「……私が何を隠す必要があるんだ?」

「さてのぉ……じゃが、一つだけ言っておくぞよ?ライの身に何か起こる際、裏に企み事あらば只では置かん。フェルミナもワシと同じ考えじゃと思え」

「私もライを救いたい、助けになりたいと考えている。これだけは誓って嘘じゃない」

「………良かろう」


 メトラペトラはライの頭上に戻りタシタシと足踏みする。


「良いか?お主は既に何が起こっても不思議ではない。大聖霊との契約は双方の同意無くば取り消しは出来ぬ。もし異常に気付いたら直ぐに取り消しを……」

「しませんよ、絶対に。俺は繋いだ絆を切る気はありません」

「……言うと思うたわ。ならば、しかと耐え抜いてみせい!」

「ウッス!」


 説得を諦めたメトラペトラはライの契約サポートに移る。展開された契約魔法陣……その中でライは、アムルテリアに手を伸ばし額の銀鉱石に触れた。


「この契約は我、【熱を司る大聖霊】メトラペトラが双方の仲介役として執り仕切る。【物質を司る】大聖霊アムルテリアと勇者ライ・フェンリーヴは、これより魂を繋ぎ互いの力となる。双方、同意するなら意思を示せ」

「同意します」

「私も同意する」


 メトラペトラは小さく頷いた。


「ならば、これよりライとアムルテリアは………何契約にするんじゃ?」

「……友として、じゃ駄目ですか?」

「うぅむ……。悪くはないんじゃろうが……」


 友情は契約として正しいのかとメトラペトラは首を傾げた。


「私は構わない。同格対等な契約だ」

「……まぁ良かろう。両者は真なる魂の友とし契約が結ばれることを再度同意せよ」

「ライ・フェンリーヴは同意する」

「アムルテリアは同意する」

「ここに契約は成された。メトラペトラの名に於いてこれを確定する!」


 蜜精の森に閃光が迸る……。


 やがてそれが薄らぎ、光の中から三者の姿が浮かび上がった。


「契約は成立した。……どうじゃ、ライよ。違和感はあるかぇ?」


 胸にある融合された大聖霊紋章は、更に変化。それを確認し己の身体の違和感を探るライ。


 その時……。


「あっ!」

「な、何じゃ!どうしたんじゃ!」

「か、身体が形を失って……」


 輝きながら少しづつ変化を始めるライの体。肉体の崩壊……そんな不吉な言葉がメトラペトラの脳裏に過る。


「くっ……!ラ、ライ!ライィィィッ!」

「いや待て、メトラペトラ。少し落ち着け……あれは崩壊ではなく変化だ」

「変化……じゃと?」


 ライの身体は光の粒子となり半透明になっている。が、光は霧散せず形として保たれていた。


「え?何コレ……もしかして俺、幽霊になっちった?」


 フワフワと飛翔しているライの姿は確かに幽霊に見えなくもない。

 だが、それは全く別のもの……。


「どうやら『半精霊格』から昇華され、ようやく『精霊格』に至った様じゃな」

「精霊格……」

「お主のその姿は魔力精神体──つまり精霊体じゃ。肉体と精霊体、そして半精霊体にも自在に変化出来る。精霊体の利点は物理的干渉を受けないことじゃな……それと魔力さえあれば腹は減らん。呼吸で苦しむこともないが、代わりに肉体の感覚が弱くなる」

「要は魔力そのものになるってことですか?」

「そうじゃな。利点は他にもあるぞよ?より魔力吸収に特化する、魔力の質が上昇し消費が低い、精霊体の間は寿命が無くなる……は、お主にはあまり関係ないのぅ」

「欠点は何ですか?」

「物に触れることが出来なくなる。蟲皇を思い出せば分かるじゃろうが、味覚を得るには実体化するしかない。同様に五感の内幾つかは実体でしか得られぬ」

「う~ん……じゃあ、あまり使い勝手は良くない様な……」

「そうでも無かろう。魔法を放つ一瞬精霊体になれば威力は格段に上がる。それと魔法効果や感知の範囲も広がる筈じゃぞ?要は使い方……それはこれから学ぶが良い」

「そうですね……ところで」


 不安そうな顔でアムルテリアを見るライは、半透明な状態で苦笑いしている。


「……どうやって戻るの、コレ」


 アムルテリアは思わず吹き出した。釣られてメトラペトラも盛大に笑い声を上げる。


「ハハハ。ライ……そういう時は肉体時の感覚を思い出せば良い。使い分けには………そうだな……拳でも握る感覚が良いだろう。肉体時は強く握る印象、精霊体は拳を開き纏装に溶ける印象で……」

「わ、分かった……」


 フワフワとした身体の感覚を拳に集中し握ってみる。すると肉体は安定し元の姿に戻った。


「ふぅ~……。ヤ、ヤバかった……」

「ハッハッハ……良かったのぅ?お主の大好きなおっぱいに触れなくなるところじゃったわ」

「な、何だってぇっ!?くっ……!もしや、俺の生涯の中で最大の危機だったか!?」

「……そ、そこまでかぇ」


 劇画タッチで危機を訴えるライ。


 魔王達の危機よりもオッパイに触れないことの方が一大事……そんなライに呆れるメトラペトラ。

 一方、アムルテリアは苦笑いをしている……。



 と、メトラペトラはアムルテリアの頭に移動し確認を行った。



「犬公よ。ご覧の通り此奴は結構な痴れ者じゃぞ?後悔せぬな?」

「大丈夫だ。私はライの心の強さと優しさを知っている。だからお前も一緒に居るのだろう?」

「まぁの……」


 そんな大聖霊達の視界の先ではライが何故か小躍りしていた。


「これで女湯に自由に出入り可能に……ムフフ……」

「のぅ?痴れ者じゃろ?」

「…………」


 アムルテリアの知るライはここまで痴れ者ではなかった……一体いつからこうなったのか疑問が消えない。

 それもその筈……ライが痴れ者化したのは【風呂覗き冤罪事件】からである。アムルテリアはそれを知る由もない。



 こうして加わった新たな大聖霊アムルテリア。更なる力を得たライは、幾つかの約束を果たす可能性を手に入れた。



 しかし……『蜜精の森』での用件は、まだ終わっていない。



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