第六部 第二章 第十二話 居住準備
いきなり放浪の身から城の主となった『プラっと勇者』さん。
蜜精の森の居城から王都ストラトの交易路まで石畳を伸ばす途中、ふとあることを思い付いた。
「そういや、忘れてたけど……あの城の名前考えないと……」
「名前なんぞどうでも良いじゃろ」
「いやいや、メトラ師匠……あんな立派な城なんだから何かあった方が良いでしょ?」
「まぁ、そこまで言うならば好きにしたら良かろう」
メトラペトラは興味無さそうにアクビをしている。
「アムルもそれで良い?」
「あれはもうライの所有物だ。自由に決めれば良い」
「う~ん……」
とは言うものの急には良い案は浮かばない。地名に因んで『蜜精の城』という案も浮かんだが、余りに味気無いのでライの中では却下になっている……。
そこでライは、マリアンヌに助言を求めることにした。
「マリー先生、何かあります?」
「そうですね……メトラ様の提案で湖上になりアムル様のお力で創造された訳ですから、お二人に関わりある名称が良いのではありませんか?」
「確かに……じゃあ、ワンニャン城」
蜜精の森に囲まれて静かに佇む湖上の城──ワンニャン城。
……急にメルヘンになった気がする。
「そ、それは、流石に威厳が無さ過ぎじゃな……」
「え~?」
「お主の好きなものを付ければ良いじゃろ?」
「じゃあ……オッパイ?」
人気の無い森の中、静かに佇む勇者の居城『オッパイ城』───まるで風俗店の様な胡散臭さだ……。
「………それは私も嫌だな」
「そ、そんな!アムルまでも……」
「ライよ……お主、誰かに自宅を紹介する際『オッパイ城に来ない?』となる訳じゃが、良いのかぇ?」
「………。え?し、正気ですか、師匠?」
「たわけ!お主こそ正気を疑うわっ!」
頭大丈夫?と言わんばかりの態度をメトラペトラに向けるライと、それに憤慨するメトラペトラ。
という訳で、『ワンニャン城』に続き『オッパイ城』も却下となった……。
「ライ様。慌てて決める必要は無いと思うのですが……」
「マリー先生……そうですね。皆の家になるんだから意見を集めて決めましょうか」
「それが賢明かと」
アムルテリアは木々をも物質変換しつつ森の中に石畳の道を作って行く。小川には橋が架かり、石畳の脇には街灯代わりに夜輝く『灯り石』が埋め込まれている。
因みに……『灯り石』は魔石とは別種の物で、昼の光を蓄積し暗くなると仄かに輝くというもの。物質を自在に扱うアムルテリアのみの創造物である。
そして一行は、そのまま森を抜け王都ストラトへ。その途中の交易路に石畳の道路を繋いだところでアムルテリアの役割は一旦終了となる。
「お疲れ様、アムル。王都に着いたら俺の家族に紹介するよ。マリー先生も、俺が改めて挨拶した方が良いでしょ?」
「そうですね……お願い致します」
「その後はストラトで必需品を買って……後はフラハ卿別邸でクローディア様に説明をして……」
「ライ!酒は?シウトに帰国したら、たらふく呑ませてくれる約束じゃったこと……忘れておらんじゃろうな?」
「ちゃんと覚えてますよ……でも、それは後日にしましょう。何日か掛けて大陸中のヤツを御馳走します。温泉にも入れますよ?」
「う、うむ。苦しゅう無い!約束じゃからの?」
じゅるりと舌舐めずりするメトラペトラ。アムルテリアは呆れている。
「あまり甘やかすな、ライ。メトラペトラはそれで隙を突かれて封印されたんだぞ?」
「アハハ……でもさ?俺は家族に自由にして欲しいんだ。俺がいる限り封印されても必ず救うからさ……それより、アムルは好きな物無いのか?食い物でも飲み物でも……」
「いや、私は……」
「ホレホレ……言ってみ?友達で、しかも家族だろ?」
ライはアムルテリアの首や腹を撫で回し主導権を握る。的確に撫で回されたアムルテリアは寝転がり腹を見せ、宙を蹴ったり足をピンと伸ばしたりと反応し、されるがままだった。
「わ、私は……その……」
「ん?ホラホラ、遠慮せずに」
「私はミルクが好きなんだ……あとチーズも」
「つまり乳製品ね。牛とかヤギとかあるけど何でも良いの?」
「何でも良い」
「わかった。今のところ懐が暖かいから沢山買おうな?」
「あ、ありがとう!」
子供の様に目を輝かせるアムルテリアは尻尾を残像が残るほど速く振っている。ライはそんなアムルテリアが微笑ましかった。
屋敷を建てるのは自力と考えていたとはいえ、家具などは購入を考えていた。
しかし、アムルテリアは内装に家具も含んでいるとのことでかなりの額が浮いたのである。乳製品で済むなら安い物だ。
そうしてストラトへ到着し門番の二人と挨拶。事情を説明したが、狼が街中を徘徊するのは不味いという話に至る。
解決策としてアムルテリアの首には首輪が嵌められた。
「悪いね。街に居る時だけ付けてくれれば良いから」
「いや……これはこれで気に入った」
「そう?一応魔力吸収貯蔵を付加してあるから、上手く使ってくれ」
アムルテリア自身が造り出したのではなく、ライの【物質変換】による首輪。出来るだけ首輪っぽくない首飾り風の『装飾品』にしてみたが、納得してくれた様だ。
これにより堂々と街中を行くアムルテリア。もともと落ち着きのある動きの為か、それとも頭に猫を乗せた男と大剣を携えたメイドの風貌に溶け込んだのか、街行く人は一瞥するだけで怯えた様子は無い。
もしかすると大道芸の一座に見られた可能性もあるが、この際結果オーライである。
やがてフェンリーヴ家に着いたライ達はローナとニース、ヴェイツに、居城の家族となるマリアンヌとアムルテリアを紹介した。
「お久しぶりね、マリアンヌさん。魔獣の件、大丈夫だった?」
「はい。ご無沙汰しております、ローナ様。魔獣は一先ずは沈黙しております。昨日、神聖機構のエルドナ様からライ様が帰還したとの連絡が入り急いで此方に参りました」
「ごめんなさいね、こんなのが主なんて……今後ともバカ息子を宜しくお願いします」
「此方こそ宜しくお願い致します」
ニコニコと手を握る二人。万能で礼儀正しいマリアンヌはローナの信頼も厚い。
「母さん。此方がアムルテリア……新しく契約した大聖霊なんだけど、俺が子供の時に話した魔物が居ただろ?あれ勘違いだったらしくてアムルテリアだったらしいんだ。新しい家族でもあるから宜しくね」
「そう……。アムルテリアさん、宜しくお願いします」
「アムルで良い。敬語も不要だ」
「そう?じゃあアムルちゃん……今後とも宜しくね?」
「ちゃん……ま、まぁ良い。宜しく、ローナ」
アムルテリアは若干照れている様だった。
それにしても、ローナが尽くをあっさり受け入れていることにメトラペトラは半ば呆れている。
痴れ者の母故か、それとも肝が太いのか……とも考えたメトラペトラではあるが、寧ろ都合がよいので口にはしない。
「ところで母さん。蜜精の森に新しく住まい建てたからさ……アッチで暮らすよ。何かあったら連絡してね」
「えっ?も、もう出来たの……?」
「アムルが建ててくれたんだ……しかも一瞬で」
「そう……。じゃあ、皆
「ん?大丈夫だよ、母さん。俺はてんでダメだけど、料理も家事も得意な娘いるし……」
「心配なのはあなたの節制の話よ、ライ……。可愛い娘にばかり囲まれていて間違いを犯さないでね?」
「え~……わ、分かりました」
ライの返事を聞いても疑わしい眼差しを向けているローナ。が、メトラペトラは盛大に笑った。
「大丈夫じゃ、ローナよ。此奴は甲斐性無しのヘタレじゃからのぅ?」
「……そうね。言われてみれば、そんな度胸があったらとっくに取り返しが付かないわね」
「くっ……。言わせておけば好き勝手を……」
「何じゃ?反論できるかぇ?」
「い、いえ……ごもっともで御座います……」
ヘタレ勇者ライ……もとい、『甲斐性無し勇者』は未だ青い春真っ盛り。寧ろ美女ばかりの新居はこれからライを悶々と苦しめることになるだろう。
それもまた試煉……かどうかはさておき、勇者ライ──ようやく一人立ちといった具合だ。
「それで……ニースとヴェイツはどうする?俺と来る?母さん達と残る?」
「ニース、ローナといる~」
「ヴェイツもローナといたい」
「そっか……母さん、任せて大丈夫かな……?」
「勿論よ。こんな可愛い子達なんだから。ねぇ~?」
双子を抱き締めるローナの懐の深さに、ライは改めて母の凄さを感じていた。
「じゃあ、たまにウチに泊まりに来るようにしようか。それとニースとヴェイツ。ローナじゃなくて『お母さん』て呼んでみ?」
「ローナ、お母さん?」
「そう。お母さんて」
「お母さん」
「お母さん!」
ローナは嬉しそうにニコニコとしている。
新たな家族二人。血は繋がっていなくても、確かに家族となった。
世の中には血が繋がっていても突き放す親もいる。だがローナは、深い母性を持っていた。
ロイもまた、その辺りは懐が深い。ライが両親に恵まれたのもまた幸運かもしれない。
(やはりこの者達の元に生まれて良かった──)
微かにライの内に過った言葉は誰の心か……しかし、ライがそれに気付くことはない。
ローナに挨拶を済ませた後、今度は二手に分れることになったライ達。
ライとアムルテリアは雑貨の買い出しと挨拶回りに。マリアンヌとメトラペトラには全資金の半分を手渡し、食材や馬車などの購入へ。
マリアンヌはティムの店も知り合いな様なので、色々と安く揃えられるだろう。
そして、ライとアムルテリアはフラハ卿別邸へと向かう。
そこには、庭先で楽しげに茶を飲むトウカ、ホオズキ、クローディアの姿があった……。
「ライ様!」
「トウカ、ホオズキちゃん。どう?クローディア様とは仲良くなれた?」
「はい。とても」
「ホオズキもお友達になりました」
皆、友人としてやっていけそうな姿に安堵したライは、早速館の返却を申し出る。
と同時に、クローディアには新築した城への招待を行った。近くに控えていたレグルスにも同様に気軽に来て欲しいと伝え握手を交わす。
更に、アムルテリアは庭ごと全員を蜜精の森の居城中庭に転移。そのまま友好を深める様に勧めた。
「さて……じゃあ、俺はちょっち出掛けてくるよ」
「どちらに行かれるのですか?」
「家族を迎えにね。今回は直ぐに戻る。その内メトラ師匠とマリー先生が来るから仲良くしてね。後は頼むよ、トウカ」
「わかりました。どうかお気を付けて」
今回はアムルテリアが転移してくれることになっている。世界を巡っただけあり目的地『地竜の荒野』には直接行けるとのことだ。
「それじゃ行ってきます。アムル、頼むよ」
「任せてくれ」
転移陣が輝き一瞬の空白。ライとアムルテリアが到着したのはトシューラ南に広がる赤い荒野の大地。
遂にフェルミナとの再会──それこそが本当の帰還を意味するとライは考えていた。
そんな帰還は“ ライを拐ったトシューラ国の大地での再会 ”という皮肉を含めているのだが……それもまた、更なる運命の出会いへと繋がっていた──。
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