第四部 第六章 第八話 姫のわがまま


 王都・桜花天──鳳舞城内では、重臣達を緊急招集した会議が開かれていた。


 議題は隠密トビが伝えた『玄淨石鉱山内の異変』──。


 坑内に存在した聖獣……正確には霊獣コハクが確認されて既に三日──その間に渡って行われていた会議は、周辺の大地をどうするかという対応協議である。



 『評議の間』に集まっているのは久遠国の重鎮達と隠密頭領のトビ、鉱山管理担当者、そしてメトラペトラ……。王の前に顔を並べ下知を待っている状態だ。



「今後の対応だけど、近隣の民の避難を優先せねばならないね。先ずは人命──民の命を優先する。その先の問題は今回は忘れよう」


 いつもの柔らかな表情だが、その言葉に王としての風格を宿すドウゲン。賢王としても名高いドウゲンは、民の為に労力を惜しまない人物だ。


「しかし……玄淨石鉱山が無くなるのは痛い。あの鉱山を失えば、我が国には豪独楽しか稼働している鉱脈が無くなる」


 財政担当が思わず本音を漏らす。どうしようもないこととはいえ、やはり久遠国の産業に大きく被害が生まれるのだ。国を預かる側としては当然の痛手となる。


「……このまま聖獣に任せる訳にはいかぬのだろうか?他の鉱脈を探しつつあるだけの玄淨石を採掘すれば、しばらくは資源を保てるのでは?」

「……それはどの位掛かるんだい?」

「今のところはまだ……ですが、数年分は欲しいところです」


 財政面での意見としては当然のこと。しかし、それは聖獣を軽んじている発言でもある。聖獣の時間より鉱石を優先する姿勢は、武人の多い久遠国ではあまり好まれない。

 久遠国警備役を預かる重臣は、玄淨石鉱山の警備も預かる身。道理としては聖獣側を擁護する。


「その間、大地を支え続けることが聖獣には負担なのでは?只でさえ我々の為に負担を受けてくれているのだぞ?」

「しかし、元々そんな場所に居るのが悪いのでは?聖獣の時間は人より長い。少しの先送りは容認されるのではないか?」

「そんなものは人の都合であろう。聖獣は今すぐ鉱山を離れることも可能なのだ。それでも残っているのは人の為ぞ?不義理となろう」

「だが、民の暮らしにも関わるのだぞ?それも踏まえて、私は……」


 討論は続くが意見に落し処は無いと言える。現実的に見れば『玄淨石鉱山の放棄』は避け様がないのだ。


 ドウゲンは臣下の気持ちを重々理解している。皆、国の為に必死なのだ。臣下が私欲に塗れていないことを誇らしく思いながらも、王としての命を下さねばならない。



「既に結論は出た筈だよ?皆が久遠国を思う気持ちは本当に誇らしい。でも、私はやはり聖獣を解放すべきだと思う」

「しかし……」

「財政に関しては王家の割り当てを削り、更に宝物を放出しようと思っている。それで幾らかマシになるだろう?」

「そ、それでは王家が……」


 ドウゲンは既にかなりの費用削減を行っている。王家は贅を尽くすべきではないという理念の元、貢献に対する恩賞やもてなし以外は勝手な資金運用もしていない。


「王家はまだ大丈夫だよ。今後のことは領主を集め改めて協議するとして、先ずは聖獣のことだ。一つ一つ解決しよう」


 そこで、それまで黙っていたメトラペトラはようやく口を開いた。


「お主は賢王と聞いておったがお人好しの口かのぅ……」

「大聖霊殿……」

「じゃが、判断は正しい。良いか?聖獣が居る場所は龍脈から外れておる。それは魔力枯渇に因る疲弊に繋がり兼ねん。そんなギリギリの状態ではそれこそ『裏返り』が起こり得るじゃろう」

「……それは、魔獣になるということかい?」

「そうじゃ。既に三百年近くそんな状態じゃぞ?巨大魔獣と崩落、どちらが良い?」


 この言葉で臣下達は反論出来なくなった。


 だが……実はメトラペトラは嘘を付いている。コハクはレイジュを取り込み聖霊から霊獣に変化している。霊獣には『裏返り』は起こらないことを誰も知らないのだ。

 加えて、嘘とは別にライの計画に関しては黙っていた。正直、メトラペトラは成功率が低いと考えている。ならば崩落することにしておけば失敗しても批難はされないと考えた。


「どのみち放棄は決定じゃろ?何……玄淨石とやらの鉱脈は探すのを手伝ってやる。それなら良かろう?」

「ありがとう、大聖霊殿。皆、聞いた通りだよ……先ずは避難を優先、分かったね?」


 大聖霊が協力を申し出たことが大きく影響し、臣下達は早速王の命を実行することになった。各々、受け持つ役割に分れ評議の間を去って行く。


「……それで、ライ君は?」

「鉱山を維持する為に色々考えておった様じゃがな。成功するかは分からんがのぅ」

「ハハハ、彼らしいね。でも、無茶はして欲しく無いんだけどな」

「それは無理じゃろうな。アヤツは無茶が人の姿している様なものじゃしの?」


 メトラペトラの言葉に苦笑いしているドウゲンだが、内心ではライに深く感謝していた。

 異国から来た年の離れた友人──その存在は、ドウゲンの娘トウカ、親類で師匠に当たるリクウ、幼馴染みに当たるズズなどにも影響を与えている。不思議な縁……ドウゲンはそう感じていた。


「さて……ワシは一度カヅキ道場に向かうが、トウカに何か言伝てがあれば聞いてやるぞよ?」

「この間沢山話したから大丈夫。ただ……ライ君が居なくなって寂しがってるんじゃないかって心配ではあるけどね?」

「心配要らんと思うがのぉ……まあ、様子は見ておいてやるわぇ」

「もしトウカが何かを決意したら、なるべく尊重してやって欲しい。あの子はいつも我慢して聞き分けが良かったから……」


 ライがカヅキ道場を空けて三日──。あまり道場から外出しないトウカにとって、歳の近いライがいないことは寂しい筈。

 そんなドウゲンの予想の正しさは、思わぬ形となってメトラペトラに降り掛かることになる。



 メトラペトラがカヅキ道場に戻ったのは酒を調達しつつのちょっとした挨拶がてらのつもりだった……。


「む?大聖霊か……いつ戻った?」

「久しぶりじゃな、リクウよ。今さっき城での協議が終わり顔を見に寄ったのじゃが……何しとるんじゃ、お主は?」


 リクウは、居間で何やら薬草を煎じている最中である。


「ちと胃腸薬を……このところトウカの作る料理の量が多くてな。何か事ある毎に呆けておるし、何だというのか……」


(ドウゲンの心配が当たったか……流石は親じゃな)


 ドウゲンの言った様に、トウカはライの不在以来幾分元気が無いとのこと。

 加えてライの分の食事はそのまま作っているらしく、リクウがそのとばっちりを受けている様である。


「で、そのトウカは何処に居る?」

「ん……?大聖霊のすぐ後ろに居るだろう?」

「………」


 ゆっくりと振り返ったメトラペトラは、声を出す間もなくトウカに抱え上げられた。


「おかえりなさい、メトラ様。ライ様のお姿が見当たりませんが……」

「アヤツは今、鉱山に居る。まだ数日は戻れんと思うぞよ?」

「そうですか……わかりました」


 トウカはそのまま部屋を出ていった。


「随分とあっさりしておるのぅ。もっと残念がると思っておったのじゃが……」

「トウカは我慢強いからな。恐らく身を律しているのだろう」


 リクウが煎じ終わったを薬草を服用しようと口に含んだその時……“ スターン! ”と襖が開く。


 そこにあったのは風呂敷を肩に背負い、革製の鞄を手に下げたトウカの姿……。リクウは盛大に頓服薬を吹き出した。


「お待たせしました、メトラ様。では参りましょうか」

「はぇ?………行く?何処へじゃ?」

「決まっています。鉱山にですが?」


 さも当然との表情を浮かべるトウカ。『師匠コンビ』は呆気に取られたが、直ぐ様我に返り急いでトウカを諭す。


「ゴホッ!な、何を言っている?大体、何故お前が……」

「おじ様……ライ様は我が国の為に行動しておられるのですよ?ならば王族の私がお手伝いして何の不都合がございましょうか?」

「む?むぅ……いやいやいや、立場を考えるならば寧ろ自重すべきだと思うが……」

「ライ様は私の味方だと仰いました。ならば私もライ様の味方……立場など関係ありません」


 今しがた“ 王族 ”を語りながら“ 身分など関係無い ”という発言に、リクウは突っ込みを入れたい気分だった。しかし、再び蟠りになるのを怖れ追及出来ない……。


「のう、トウカよ?鉱山は暗く、決して清潔な場ではないぞよ?風呂も厠も無いのじゃ。そんな環境が姫であるお主に堪えられるのかぇ?」

「平気です。カヅキ道場の修行には『ひと月森の中で一人で過ごす』、というものがありましたので」


 サッ!とリクウに視線を向けるメトラペトラ。ほぼ同時に顔を背けるリクウ……その顔は、やっちまったと言わんばかりだ。


「お主が行って何になる?」

「誰かが居るだけでは安心出来ませんか?それに料理だって出来ますし、この国の文字を教える約束もあります」

「じゃがのぅ……」


 鞄を手離し、渋るメトラペトラに詰め寄ったトウカは笑顔を浮かべ小声で囁く。


「許して頂けないなら、父にお願いして久遠国中のお酒をメトラ様の手に渡らない様に致します」

「うっ!お、お主!ワシを脅すつもりかぇ?」

「メトラ様も私に“ いけず ”しているではありませんか…… 一生で一度のお願いとすれば、父も嫌とは言えない筈です」


 トウカの決意は固い。その時、台所から現れたスミレがトウカの背に触れつつ首肯く。


「いってらっしゃい。折角上げた料理の腕、ライさんに見せてあげるのよ?」

「おば様……」

「ス、スミレ!しかしだな……」

「良いじゃありませんか、あなた。若いんですから何でも経験ですよ?」

「男と二人だぞ?幾らなんでも不味かろうが!」

「あら?二人では無いでしょう?大聖霊さんもいるじゃないですか」

「それは屁理屈だ!私はだな……」


 スミレはリクウの傍に移動し何やら耳打ちをした。途端、リクウは言葉に詰まる。


「……おじ様?」

「くっ……!し、仕方無い。これは特別だぞ?だが、決して間違いないなど起こさぬ様にな。大聖霊もちゃんと見張ってくれ」

「間違いとは何でしょうか?」

「良いのよ、トウカちゃん。好きになさい」

「おば様……ありがとうございます」


 残るメトラペトラは溜め息を吐きながら首を振った。


「やれやれ……仕方無いのぅ。ドウゲンにも“ 娘が何か望んだら好きにさせてやれ ”と言われとるしのぅ」

「お父様が……」

「あれも王の前に父親ということじゃ。……そうと決まれば行くかのぅ?」

「はい。お願い致します」


 道場の庭先に移動したメトラペトラは、二人が入れる程の小さな転移陣を展開。リクウ達はその見送りをしている。


「既に方針は決まっておるから三、四日ほどで戻れる筈じゃ」

「トウカが危険な目に遭わぬよう頼むぞ、大聖霊」

「わかっとるよ。というより、ライがそんな真似はさせんじゃろうの」

「行ってらっしゃい、トウカちゃん」

「ありがとうございます。おば様……おじ様も」

「では、またの」


 青い輝きの中、メトラペトラとトウカは姿を消した。


「………やはり止めるべきだったのではないか?」

「あなたは心配性過ぎるのですよ。私達の時だって十六、七でしたよ?」

「む?そ、そうだったか?」

「ええ」


 カヅキ夫妻が『駆け落ち結婚』である事実を知る者は少ない。娘のスイレンですらそれを知らないのである。


 かつてのリクウはとんでもなく大胆不敵な男。そしてスミレは、とある領主の娘だった。

 住む場所も立場も違う二人の出会いについては、機会があれば語られることになるだろう。




 一方……玄淨石鉱山に転移したメトラペトラとトウカは、無事に到着を果たし鉱山の入口で佇んでいた。


「しかし、トウカよ……本当に良かったのかぇ?」

「何がでしょうか、メトラ様?」

「この鉱山に居るのはワシや霊獣を除けばライのみ。つまり、実質男女一人づつじゃ」

「……それが何か問題なのですか?」

「お主も割りと鈍いのぅ……。若い男女が同じ屋根の下、ならぬ同じ穴蔵の中じゃぞ?こんな狭い場所ですぐ傍で暮らして平気かと聞いておるんじゃ」


 メトラペトラの言葉の意味を理解したトウカ。真っ赤な顔をしているが今更後には引けない。


「だ、だだ大丈夫ですよ。ライ様はその様な方では無い筈です」

「そうかの?お主は少し美化しているやも知れぬが、ライも男じゃぞ?女子おなごの乳や尻を見れば興奮するのは当たり前じゃ。しかも、ヤツは十八……一番お盛んな年頃と言えるじゃろ」

「……わ、私はライ様を信じます」

「はぁ……大丈夫かのぅ。ワシは心配なんじゃ……男は皆、年がら年中発情した狼よ。ワシには見える……ライの毒牙に掛かり、あられもない姿で身悶えるお主の姿が………くっ!済まぬ、トウカよ!」

「な、何故謝るのですか、メトラ様!」


 トウカに背を向けたメトラペトラは悪い顔で笑っている。うぶなトウカを思わずからかってしまったのだが……それが悪かった。


「おい、ニャン公……毒牙が何だって?」

「げっ!ラ、ライ!何故こんな所に!」

「食料調達の帰りですよ……騒がしいと思ったら、全く」


 分身体を霊獣コハクの元に残したライは食料の調達に出ていた。その手には蔓で編まれた網状の袋を下げ、中には果物や魚が十分に確保されていた。


「で、何の話か詳しく聞かせて貰おうか?」

「そ、それはじゃのぅ?………フニャ~ン?」

「クックック……そう毎度毎度誤魔化されると思うなよ?我が毒牙で身悶えるのは貴様だ!ニャン公!?」

「や、やはり聞いとったな!卑怯者め!」

「問題無用なり!」


 シュバッ!と音を立て姿を消したライは、例の如くメトラペトラを素早く捕まえて丹念に撫で回す。

 鉱山の山間にメトラペトラの嬌声が木霊した……。



「フン……あること無いこと吹聴するのは止めて下さいね?」


 グッタリとしているメトラペトラ。その姿を見下ろしていたライはトウカに視線を移し近付いた。だが……。


「……ね、ねぇ、トウカ?」

「……何でしょうか?」

「何で逃げるの?俺、何もしないよ?」

「……分かっています。分かってはいるのです。でも……」


 トウカの視線はメトラペトラに向けられている。恍惚の表情を浮かべ『ビクン!ビクン!』と痙攣しているメトラペトラ。しかも先程の嬌声は、トウカに警戒心を植え付けるには十分なものだった……。


「……だ、大丈夫だよ?」

「…………」


 ライが一歩近付けばトウカが一歩退き下がる。そうしてジリジリと距離を保つ二人。そこへメトラペトラの爆弾発言が投げこまれトウカは錯乱を起こすことに……。


「トウカよ……。其奴に触れると………身籠るぞ……よ……」

「うぉい!何を言って……」

「嫌!来ないで、ケダモノ!」


 メトラペトラがガクリと力尽きた途端、トウカは脱兎の如く逃げ出した……。


 ケダモノと呼ばれたのはこれで三人目……しかも全て誤解。バケモノと呼ばれるより遥かにショックを受けているライを尻目に、トウカの姿はみるみる小さくなって行く。


『トウカは鬼人の中でも最上位の先祖返り【双輝角】なんだ。身体能力だけならこのディルナーチ大陸の誰より高く、魔力も群を抜いて高い。だからリクウに預けて力加減を学ばせたんだけど……まさか剣の才覚まで持ってるとは思わなかったよ』


 ドウゲンの言葉を思い返しているのは、トウカの移動速度が尋常じゃなかったからである。ライは涙を流しながらその背を見送ることしか出来なかった……。


「………師匠」

「………………」

「惚けてもダメですよ?トウカの誤解を解いて来ないと【ピーッ!】して【ドキューン!】した挙げ句【スガガガガッ!】【パォ~ン!】しますからね?」

「………り、理解で~あります!」


 素早く身を起こしたメトラペトラは、残像を残す程の速さでトウカを追っていった。

 結局、メトラペトラがトウカを連れて戻ったのは日が暮れかけた頃……。誤解が解けたトウカは平謝りだったという。



 ようやく落ち着いた後、霊獣コハクとトウカの邂逅が果たされることとなる。トウカは謝罪を兼ね皆に手料理を振る舞うこととなった。


 ライの魔法により医院の仕事に余裕が生まれたスミレの手解きを受け、トウカの料理は格段に上達している。以前と比べれば別人と思える程の腕前になっていた。



「どうしてライ様はここに残ったのですか?」


 それはトウカにとって素朴な疑問だった。修行の途中にも拘わらず戻らないことには理由があると理解していたのだ。


「ん?だって……コハクが寂しいでしょ?」

「あ……」


 トウカはそこまで思い至らなかった自分を恥じた。たとえ高位の存在格たる霊獣でも、意思疎通が成り立つのであれば孤独を感じても不思議ではないのである。


 そんなトウカの心情を察してかは分からないが、ライは笑顔で言葉を繋ぐ。


「ま、俺がそうしたかっただけなんだけどね?そのお陰で色々学べたし、分かったこともあるよ」

「ほう?何か分かったのかぇ?」

「はい。何でディルナーチ……久遠国に魔獣・聖獣が多く居るのか、とか」


 コハクから齎された情報は三百年より以前のもの……とはいえ、時の流れに左右されない有力な情報と言って良いだろう。

 特に聖獣については国の益になる可能性もあり、交流を持つことで『裏返り』……魔獣化することを防ぐことも出来る。久遠国には必要な情報となる筈だ。


『代わりに私は魔法を教わりました』

「ん?コハクよ……お主は魔法を使えるのではないのかぇ?」

『この国に伝わる“ 魔法に近い力 ”は使えますが、ペトランズ大陸の様に効率が良く多様性のある魔法は使えません。それがライのお陰で使えるようになったのです』


 魔法に近い力──それは方術という能力。魔法の様に使用出来る種類は多くないが、それでもライにとっては貴重な情報となっていた。


「この国の方術?という力はトラップ系が多いですね。人を使って範囲に入った者を攻撃・捕縛する系で、直接攻撃は呪符が必要な場合が多い。その代わり外部からの力を借りるので負担が少ない」

「魔石の代わりに呪符を使う様なものかのぅ……ん?ちょっと待て。コハクよ……どうやって魔法を試した?」


 地中であまり動けない筈のコハク。魔法を試せる場所も無い筈……。


「俺の分身とコハクの意識を入れ替えたんですよ。試してみたら成功したんで」

『お陰で久々に外を見ることが出来ました。それで外で魔法を試してみたのです』

「……。もう何でもありじゃな、お主は」


 それも額の『チャクラ』の力なのだろうが、出来ることの幅が一々規格外になりつつあるライにメトラペトラは呆れる他無い。


「いやいや……神格魔法なんてまだ殆ど使えませんし……。特に【時空間】はさっぱりですね」

「そう言えばチャクラは使い熟せそうかぇ?それが使えれば大分崩落を抑えられるじゃろ?」

「う~ん……魔力貯蔵はすんなり出来るようになったんで予定通りには行くかと。ただ……チャクラを使い熟せているかは微妙ですね。ここに来てからずっと使い続けてたんですが、トウカが来たんで止めたんですよ」

「私が?それは……一体何故でしょうか?」


 チャクラの扱いを間違えればトウカを透視してしまうことになる……そう告げると、トウカは鞄から包帯を取り出しライの額に巻き付けた。


「……取ってはダメですからね?」

「………はい」


 別に包帯を取らなくても透視は可能である。しかし、ライは敢えて秘密にしておいた。


「それで……トウカはどうして来たの?」

「ご迷惑……でしたか?」

「いや……来てくれたのは嬉しいけど、皆心配してなかった?」

「それは……大丈夫です」


 トウカが嘘を吐いていることはすぐに判ったが、敢えて触れない。それはメトラペトラの様子から判断した結果だった。

 ライは慎重に念話を使用しメトラペトラに語り掛ける。


(どういうことですか、師匠?)

(お主の不在に堪えきれなかった様じゃぞ?お主は随分と心を許された相手なのじゃろうな……)

(リクウ師範達が良く許可を出しましたね……)

(スミレが説得したのじゃ。あれも領主の娘じゃったと聞くから、己を重ねたのやもしれんの。因みにドウゲンは“ トウカの望むようにやらせて欲しい ”そうじゃ……)

(……わかりました)


「そっか。じゃあ、色々用意しないとね……」

「大丈夫です。私は平気です」

「そうはいかないよ。寝床も風呂も無いんだから。少し待ってて」


 立ち上がったライは、坑道を入り口方面へと戻って行った。


「……やはりお邪魔でしたか?」

『ライは邪険にしている訳では無いのでしょう。あなたの為の準備に向かった様ですし……』


 その後しばらくして姿を現したライは、幾つかの魔石を壁に埋めながら戻ってきた。


「取り敢えず風呂とトイレ……厠は用意したよ。毎度外に行くにしても岩場だらけだから場所もないし」

「………スミマセン。私、寧ろお手数を……」

「いや。風呂も厠もどうしようか迷ってたんだ。だからトウカのせいじゃない。それと灯かりを付けたから歩きやすい筈だよ」


 かつて『魔石採掘場』で行った様に、坑道内を纏装で掘りまくったライ。風呂やトイレにはかなり拘りが有る様である。

 以前と違うのは、吸収による『純魔石精製』と『付加』による機能増加が加わったこと。増えた能力分、生活環境の充実が行えていた。


 風呂は『水魔法』『火炎魔法』『聖魔法』の三つの魔法を付加した純魔石を使用。湯を沸かし、清浄を保つ工夫が為されている。


 トイレには『水魔法』『神聖魔法』『創生魔法』『大地魔法』を使用。トイレを使う度地下に開けた穴の中で土が流動し、その中にある植物の肥料のなる様に手間が掛かけられている。

 トイレの周囲にも植物を配置し臭いを防ぐと共に、トイレットペーパーにもなるという気合いの入れようだ。


 坑道内も自然界の魔力吸収による純魔石で灯りが保たれている。それら全てトウカの為の配慮である。


「寝床だけは結局コハクの側が一番良いんだ。暖かいし不思議と落ち着くし」

「コハクは聖獣寄りじゃからの。確かにこの辺りは微妙に浄化されとる……」

「トウカが嫌でなければ、仕切りだけ付けてここで寝ようと思うんだけど……」

「はい。大丈夫です」


 メトラペトラによって錯乱させられたが、落ち着いて考えればコハクやメトラペトラの前でライが破廉恥な行為を取る訳がない。今更ながらにトウカの内心は恥ずかしさで一杯である。


「まあ、長くとも三、四日でここからお別れになるじゃろう。その間の同居生活よ」

「そっすね。コハクが無事脱出するまで宜しく頼むよ、トウカ」

「はい。宜しくお願い致します」



 こうして一風変わった同居生活が始まり、瞬く間に三日が過ぎる。その間、ライはトウカに魔法を教えたり久遠国の文字を教わったりとして過ごした。


 そして、四日目──。


 その日……。鉱山の維持を賭けたライの挑戦が始まった。



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