第四部 第六章 第七話 地に潜むもの


 久遠国の鉱山調査を引き受けたライが向かったのは、王都・桜花天より西の方角……馬で一日程の距離にある『玄淨石鉱山』──。



 玄淨石とは、通常の鉄より錆び難く、粘りがあり、硬度が高いという、久遠国では最高の素材。つまり鉱山の閉鎖は久遠国にとって大きな痛手に成り得た。


 ディルナーチでも一部の地域にしか存在しない玄淨石鉱脈──それ自体が貴重である為に、今回の調査は『採掘を続けられるか?』という確認も含まれているらしい。


(だから隠密が同行したのか……)


 確かに鉱山に関してライは素人同然。魔石採掘場に囚われている間でさえパーシンの指示でただ掘るだけだったのだ。知識など身に付く訳もない。

 その点に於いて隠密は、あらゆる知識を必要とする役目。坑道の状態を確認することなど大して難しいことではないのかも知れない。



「さてさて……目的地に着いたけど、どうすんの?」

「取り敢えず、探索術を使う。洞窟の状態を確認しなければ危険で進めないからな。道順も決まらない」

「わかった。任せるよ」


 隠密・シギが懐から取り出したのは呪符の一種。それはペトランズで見掛ける符とはまるで別種の人型をしている。


「メトラ師匠……あれ、なんですか?」

「あれはのぅ……簡単に言えば符に疑似生命を与えて使う媒体じゃな。そうじゃの……お主の分身の下位互換とでも思えば良かろう」

「へぇ~……ペトランズ大陸にも似た様な使い方をする呪符はあるんですけどね」

「しかし、シギの持つ呪符は魔力でなく生命力……つまり“ 氣 ”で動かす。国が違えば技術も違うのは面白かろ?」

「そうですね……でも、やっぱり魔法あった方が便利ですよ。久遠国も」


 このロウド世界は『魔力の世界』……リクウが語ったそんな言葉を思い出したライは、久遠国に足りないものを感じていた。


 例えば魔導具──魔法を得意とせずとも、大地より魔力溢れるディルナーチならば十二分に使い道がある。

 例えば魔纏装──獣人族がそうであったように、魔法そのものを使わずとも様々な効果を使用することが出来る。


 そして魔法そのものを習得すれば、昨日ライが行った回復も行えるのだ。


 反面、危惧する面も確かに存在する。どんな良き技術を持ち得ても、悪用する者が存在するのは世の常……。例え久遠国と言えど悪人が存在しない訳ではないことは、不知火領の海賊を見れば一目瞭然である。


 結局、何処が最良の落し処なのか……ライ自身にも判断が付かないでいた。


「何を呆けている」


 そんなライの思索を遮る声が一つ……。


 王直属隠密【梟】の頭領・トビ──もう一人の同行者だ。



「……呆けてるも何も、シギが探索かけるんじゃないんですか?」

「我々は我々で探索をかける。ジギの呪符は飽くまで洞窟自体の安全確認。魔獣に対するものではない」

「成る程……いや、スミマセン。ごもっともでゲス」

「ゲ、ゲス?ま、まあ良い。俺は同じく呪符で探索をかける。互いの邪魔にならない様に心掛けるのだが……探索能力は持っているか?」

「勿論。じゃあ俺はヘビでも送りますんで……」


 纏装を集中し地に膝を着いたライは、掌から次々にヘビを生み出した。

 凡そ五十程のヘビは坑道に向かい真っ直ぐ這って行く。


「……奇っ怪な技を使うな、お前は」

「やり方教えますか?かなり難しいと思いますが、三匹くらいなら出来るかも知れませんよ?」

「興味はあるが今は良い。まずは任務を果たさねばならない」


 任務に実直な男、トビ。自らも人型の呪符を飛ばし坑道内の調査を開始した。



 暗い鉱山内を進むライの探知型ヘビは、温度感知を利用した探知分身。その気になれば鉱山内を照す分身も使えるのだが、隠密二人に合せ目立たない方法を選択したのである。


「お主は何というか……小賢しいことを考えるのが好きじゃな」

「小賢しいって……せめて発想が豊かと言ってくださいよ、メトラ師匠。それより……もし本当に魔獣が居た場合なんですが……」

「ん……?魔獣だったら何じゃ?」

「以前、魔獣と聖獣は性質が真逆だと言ってたじゃないですか?それって魔獣を聖獣に変えられるんじゃないですか?」

「………理屈としては可能じゃがな。じゃが……」


 とその時、ライはメトラペトラの言葉を手で遮る。どうやらヘビの一体が何かを見付けたらしい……のだが。


「っ!」

「どうしたんじゃ?」

「……ヘビが……食われた」


 探知に出していたヘビの一体が突然飲み込まれ消失した。それは実質、『何か』が鉱山内に存在することを意味する。


「やはり魔物……若しくは魔獣、聖獣かのぅ……」

「聖獣とかってこんな場合に居るんですか?」

「ふぅむ、分からん……ここは聖地という訳でも無い様じゃから、あまり例はないのぅ。もっとも、ディルナーチは魔力に溢れておるから何ともの……」

「それって、もし相手が居るなら魔獣の可能性のが高いですか?」

「じゃな。まあ魔獣相手の場合、これ程大人しいのが気に掛かるがのぅ……」


 どのみち姿が見えないのでは確認のしようが無い。取り敢えずトビに聞いてみたところ、やはり呪符が食われたらしい。


「で、どうします?」

「……シギ、道はどうだ?」

「塞がった場所を避ければ問題は無さそうです、頭領」

「そうか……なら、やはり直接行くしかない」

「……。俺が確認する……って言っても聞かないんですよね?」

「お前は各方面から随分と信用を得ている様だが、俺は自分がそう思えるまでは油断しない。魔獣の場合、人を支配して操る術もあると聞くからな……」

「わかりましたよ。代わりに先頭は俺が行きますからね?その方が被害が少ないですから」


 半ば無理矢理納得させたライは、早速坑道に足を踏み入れた……。



 坑道内は思ったより広く、高さも充分に確保されていた。圧迫感を与えぬ工夫らしいが、結構な手間を感じる。


 崩落事故以来松明が消え坑内は暗い筈……しかし、踏み入れた時にはかなりの明るさが確保されていた。

 それは放った分身のヘビを変化させ光源にした為である。その不思議な光景に、トビは珍しげに唸っている。


「………この先で分身が喰われたんです。いつでも逃げられる様に準備して下さいよ?」

「了解した」

「さて……じゃあご対面だ」


 相手を刺激せぬ様に少しづつ光源を奥に移動させる……が、先には何もない。かなり広めに掘ってはあるが、只の行き止りの様だった。



「嘘ぉん……何も移動した様子なんてなかったのに……」

「いや、待て。壁を良く見ろ!」


 更に光を近付けた行き止りの壁は何かが微妙に流動している。光の加減で色が判別し辛い為によくよく観察して見れば、それは金色の毛並みだ……。


 そんな想定外の事態に一瞬唖然とした一同。


 だが、如何せん相手が魔獣の可能性もある。各々、即時警戒へと思考を切り替えた。


「で……どうします?」


 トビの近くまで戻り対応を確認したライは、【黒身套】の薄布一枚展開を忘れていない。

 何かの際、隠密二人の壁になるつもりなのはメトラペトラにも理解出来たらしく溜め息を漏らしている。


「取り敢えず『何者か』の確認をせねばならんじゃろう。でなければ、対応をすることも儘ならんからの」

「確認て……メトラ師匠、見分ける方法って無いんですか?」

「聖獣・魔獣は形を成した時点で魔物と区別は付かんからのぅ……。実際は全く別種じゃが、外見や魔力では判らんのじゃ……。仕方無い、少しだけ協力してやるぞよ?」


 メトラペトラは珍しく助力を申し出た。ライ以外が関わると手伝いたがらないメトラペトラは、このところ少し変わってきたとライは感じている。


「ワシが転移陣を用意する。ライはあの壁に触れて語り掛けてみよ。会話が出来れば何者かわかるじゃろう」

「会話出来ない時は?」

「転移で逃げるしか有るまい。こんな場所では戦闘など出来まいからの?」


 もし相手が暴れれば全員瓦礫の下敷きは免れない。ライはともかく、隠密二人はどうしようもないまま犠牲になるだろう。

 ライがそれを見過ごす訳もなく、結局守りに徹し戦闘どころでは無くなるのは想像に容易いことだ。


「わかりました。それで良いですか、トビさん?」

「………俺はお前を信用していない。だが、お前にばかり危険を押し付けるのは納得いかん。俺がやる」

「トビさん、俺より素速く動けます?」

「……恐らく無理だろうな」


 鉱山に来る途中、実力を測ると言い出したトビはライと手合わせをした。

 隠密の頭領だけあり、トビは久遠国にあまり馴染みの無い魔纏装まで使い熟したが、結局触れることは叶わなかったのである。


「じゃあ適材適所ということで任せて貰いますよ?メトラ師匠、よろしくお願いします」

「うむ。注意を怠るで無いぞよ?」


 不満気なトビを差し置き、洞穴の奥の“ 動く金毛 ”に触れたライは念話で意思疎通を試みた。


(え~っと……もしもし?聞こえる?ちょっと話がしたいんだけど……)


 動く壁はライの念話に反応したのか、動きを止める。


(一応念話なんで考えるだけで通じるけど、対話する意思があるなら返事してくれないかな?)


 再度の呼び掛け。途端、再び動き始めた壁は猛烈な速度で横滑りしを始めた。

 ライは壁から飛び退きメトラペトラの転移陣の位置を確認、身構え刀を握る。


 そして壁には……赤く光るものが……。


 それが【眼】であることに気付いたのは、瞬きをした為……だがそれが本当に【眼】であるならば、対峙している相手はとてつもない巨体ということになる。


「デケェ……もしかして海王並み?」


 思わず声を漏らすライだが、妙な安心感がある。目の前の瞳には邪気を感じなかったのだ。


『……人……ですか?いえ……違いますね。あなたは誰ですか?』


 脳内に響く柔らかな声……。メトラペトラ達にも聴こえたらしく、転移陣を離れライの傍まで近付いてきた。と、同時にライも警戒を解き刀の柄から手を離した。


『人も……いるのですね?それに、あなたは大聖霊?』

「……どうやらお主は聖獣の様じゃな。何故こんな場所に……」

『それは………』


 口籠る聖獣。何か事情があるらしい。


「良ければ相談に乗るけど、どうする?……っと、その前に俺の名前はライだ。アンタは?」

『………私の名はコハク』

「へぇ~……ディルナーチだと名前も少し違うんだ。それで、コハクは“ どうして欲しい? ”」


 その質問の意図を理解したコハクは、しばし沈黙する。


 ライは、コハクがもし関わらないで欲しいというのであればこのまま去ると言っているのだ。逆に救いが欲しいならば救うとも……。それはコハクにとって誠意を向けられたことを意味している。


「あまり聞かれたくないなら、俺だけになろうか?」

『……いえ。あなた方にお願いすべきか迷っているのです』

「俺達が信用出来ない?」

『そういう意味ではありません。事が大きすぎてお願いしても迷惑を掛けるかと……』

「……良いから話してみ?駄目で元々なんだからさ?」

『わかりました。実は……』


 コハクはゆっくりと語り出す……までもなかった。


「出られない?鉱山から?」

『はい。正確には私が動くとこの辺り一帯に崩落が起こるのです』


 コハクが言うには、その巨体を大きく動かせば大地の岩盤崩落が起こるのだという。結果として発生する被害が気掛かりで動くに動けないのだそうだ……。


「人間なんぞ無視出来ない辺りが聖獣じゃな……」

「そのお陰で麓は無事なんですが……どうします、トビさん?」

「……当然ながら俺の一存では決められん。急ぎ戻り王に確認せねばなるまい」

「先に言っときますが、俺はコハクを助けるつもりですからそれを踏まえてドウゲンさん……国王に伝えてください」

「……良いだろう。その旨は伝える。では取り敢えず戻るか」

「いえ……俺は残りますから、後はお願いします」


 その言葉を聞いたシギはメトラペトラに視線を向けたが、大聖霊様は肩を竦め首を振っていた……。


「……行きましょう、頭領」

「シギ……。しかし、この男を置いていく訳には……」

「何かあれば俺が責任を取ります」

「…………」


 トビはライに視線を向けたが、痴れ者勇者は残るのが当然と言わんばかりの顔をしていた。


「……仕方無い。今は報告を優先する。ライと言ったな?お前の安易な行動はシギの今後に影響すること忘れるなよ?」

「わかってますよ。折角新婚さんなのに邪魔する気はありません。それより、なるべく早くお願いします」

「………行くぞ、シギ」


 トビが背を向けたその時、シギはライに呆れた様な笑いを向けていた。 対してライは、謝罪の合図で返す。

 事の次第を伝える為、隠密二人は急ぎ桜花天まで引き返して行った。



『……良いのですか?』


 聖獣コハクの巨大な瞳は、残ったライを食い入るように見詰めていた。


「まぁね。こうでもしないとゆっくり話も出来ないし……それに聞きたいことが幾つかあるし」

『聞きたいこと……?』

「うん。その前にコハクの大きさを知りたいから触って調べて良い?」

『……わかりました。どうぞ』


 瞳を閉じたコハクの瞼に軽く触れ、纏装を発動。その大きさにライは少しばかりたじろいだ。


「どうじゃ?」

「師匠……確かにこれはヤバイ。この辺の山、ゴッソリ崩落しそうッス」

「………やはり海王並の大きさじゃったか」


 聖獣で無ければ陸上で肉体を支えられない、山一つ程の巨体……。今動かれれば麓の集落は土砂災害に見舞われるのは確実だ。


「……今のでまた一つ質問が増えた。しかも一番強い疑問が」

『…………』

「ねぇ、コハク?何で三百年前の魔獣と殆ど同じ姿なんだ?眷族か?」


 いつものライであれば行わない直接的な問い掛け……。それは誤魔化しようの無い事実を確認する為には必要な行為。


「三百年前の魔獣じゃと!?以前お主が話したアレのことか?」

「ええ。俺が知るヤシュロの記憶そのままですよ」


 纏装でコハクの全体像を把握したライは、過去にディルナーチを襲った厄災の一つである【魔獣】と【聖獣コハク】の酷似に気付いたのである。


 しかし、今目の前に居る聖獣は邪気や悪意を一切感じない。しかもライは、ヤシュロの記憶によりかつての魔獣が倒される瞬間を目撃しているのだ。

 となれば、三百年前と別個体と考えるべきなのだろう。


「……本当にかつての魔獣は倒されたのじゃろうな?」

「ヤシュロの記憶では、間違いなく倒されてます」

「ならば……お主は何者じゃ?」


 メトラペトラはコハクを睨め付け毛を逆立てた。が、ライはメトラペトラを胸に抱えそっと撫でる。


「大丈夫ですよ。コハクは間違いなく魔獣では無いでしょうから」

「それは……そうじゃろうが……」

「そもそも魔獣は負の感情が強すぎて会話が成り立たないって、メトラ師匠が教えてくれたんですよ?」

「……スミマセン。ワシ、取り乱しておりました」


 撫でられて落ち着いたメトラペトラを、コハクは興味深げに見つめている。


「それで……嫌なら答えなくて良いけど?」

『……あなたが何故三百年前の事柄を知っているのかは分かりませんが、お答えするのが筋ですね。私は確かに三百年前の魔獣の眷族……いえ、そのものと言えるでしょう』

「……詳しく聞かせて貰える?」

『はい……』


 コハクが語り始めたのは三百年前に討ち滅ぼされた魔獣の成り立ち。


 ディルナーチはその魔力溢れる大地に一体の『不安定な獣』を生み出した。それは大陸の一割を誇る巨体だが、聖獣でも魔獣でも無かったのだという。


「霊獣か……あり得ぬ話ではあるまいが……」

「初めて聞きますね……」

「霊獣というのはどちらか片側の属性に寄らない、云わば複合の存在。あまり発生はしないのじゃが、ディルナーチの環境ならば起こり得る話でもあるのぅ」


 聖獣の森が存在した環境、隣国との調和の取れた争い、異世界からの門、魔力溢れる大地──。

 これだけ混沌とした環境にも拘わらず大きな犠牲者を出さない……そんな地ならではの出来事なのだろうとメトラペトラは呟いた。


「じゃあ、デカイのは……?」

「大地の魔力影響じゃな」

「そうなんだ……」


 霊獣は七百年以上前から存在していて、三百年前を境に二体に分離したのだという。聖獣はコハク、魔獣はギョクレイというそうだ。


『魔獣になったギョクレイは欲望のまま暴れ回りました。私は止めようとしましたが、逆に力の多くを奪われて地下に逃れました。その間、止めることも出来ずただ堪えることしか出来ませんでした……』

「魔獣……ギョクレイが倒された後もずっと地下に居たってこと?」

『はい。ギョクレイが倒された時、私の奪われた力がかなり戻ってきました。その際ギョクレイの力も一部流れ込み、私は『聖獣寄りの霊獣』へと変化しました』

「それで巨体化して地下空洞か……身体の大きさを変えれば出られる訳じゃが、それだと崩れる訳じゃな?お主の力で空洞を埋められんのかの?」

『恐らく、私の魔力だけでは埋め切れません。崩落の阻止は無理でしょう』

「なら、俺の魔力も足せば良い。それで何とかならないか?」

『……確かにあなたの魔力を足せば足りるかも知れません。しかし……それでも崩落は防げないでじょう』


 魔力自体が足りても空洞を埋める前に崩落が始まる……問題は場所なのだとコハクは告げた。


「……つまり、山を支える役と穴を埋める役が必要な訳か。どうッスかね、師匠?」

「……さてのぅ。今度ばかりはワシも何とも……」

「俺の分身でコハクを生み出してから石化させれば、穴を埋める時間は解決出来そうですけど」

「魔力足りるかぇ?」

「う~ん……チャクラ使えれば足りるかなぁと。そういや、これの貯蔵限界試したこと無いんですよね」


 当然の様に『救う』方向で話が進んでいることに、コハクは戸惑っていた……。

 そもそもコハクが動かないのは、半身であった魔獣ギョクレイが多大な犠牲を出したという負い目からのもの──。赤の他人が身体を張るのとは訳が違う。


 しかし……そんな様子を見透かした様に、メトラペトラはヤレヤレといった様子でコハクに語り掛けた。


「お主の前に居るのは出逢ったが最後、何でも抱えるお節介勇者じゃ。ワシはもう馴れたがの?」

「うっ……そ、そんなことは……」

「ん?否定しおるのかぇ?ホレホレ、思い返して一つづつ否定してみせい?全部論破してやるわ!」

「ぐぬぬぬぬ……ごめんなさい!」


 見事な土下座を繰り出した漢は、謝罪はしても学習はしていない。


「と、ともかく、やるだけやってみようぜ?」

『……ありがとう』

「どういたしまして。こんなトコにずっと独りじゃつまらないだろ?」

『……はい。ところで、最初に言っていた聞きたいことと言うのは?』

「ん?ああ。大したことじゃないよ。何でヘビ食ったとか、何で坑道崩落させちゃったとか……」

『ヘビは魔力が足りなかったので吸収してしまいました。申し訳ありません』

「はい?魔力足りない?何で?」

『この辺りの地脈から離れています。だから暮らすにはあまり良い場所ではありません。しかし、かつてはこんな場所でなければギョクレイに見付かる恐れがあったので……)


 魔力の塊である聖獣……いや、コハクの場合は霊獣となるのだが、魔力の薄い場所は個体の維持に関わる問題なのだ。コハクが衰弱しなかったのは単にディルナーチ全体の魔力が多い為。だからこそ魔力が枯渇しない程度には状態維持が出来ているそうだ。


「じゃあ、後で魔力分けるよ。それなら何とか脱出できそう?」

『分かりませんが、可能性は上がるかと……ありがとうございます』

「良いって良いって。で、そんなにコハクが我慢してるのに坑道が崩れたのって……」

『それは……鉱夫が私の身体を刺激したのが“ こそばゆくて ”つい……』


 薄暗い中、ツルハシを鉱夫に何度も突き立てられたコハクはどうしても我慢出来なくなったとのこと。つまり過失……というより寧ろ被害者とも言えよう。


『身を捩った際、僅かに崩れてしまって……あの方達は大丈夫でしたか?』

「うん、まあ何とか……全員元気?」

『良かった……』


 安堵するコハクはその大きな目を閉じた。ライは立ち上り再びその瞼に触れる。


「じゃあ今後の話だけど、何か当てはある?」

『もし外に出られたら身体を小さくして行動しますが……』

「……それでも良いけど、住み家とか……ってゴメン。三百年ここに居たんだっけ……何処か聖地みたいな場所のが良いよね?」

『はい』

「う~ん……何処か良いところは……」

「御神楽があるじゃろ。あそこなら聖地同様に清浄、かつ魔力に満ちとるし」

「おぉ!流石はメトラ師匠!……って、大丈夫なんですか、ソレ?」


 コハクの半身とも言えるギョクレイはラカン達に討ち滅ぼされたのだ。互いの心境も複雑だろう。


「なぁに……事情を伝えれば心配は有るまいよ。ただ、ラカンが慌てるだけじゃ。プププ……」

「つまり驚かせたいんですね?底意地が悪い……」

「何か言ったかぇ?」

「イエ、ナンデモ アリマシェン……」


 というよりラカンの未来視でバレてるのではないだろうか?と気付いたライは、敢えて口には出さない。


「あとは久遠国側の反応次第かの?」

「……メトラ師匠に頼みがあるんですが?」

「わかっとる。ワシが行って先程の結論に誘導して来るんじゃろ?」

「流石は師匠。その間、ここでチャクラの修行してますからお願いします。それと、これ……お金です。師匠、呑みたいでしょう?」


  じゅるりと舌舐めずりしたメトラペトラは、ライから踏んだくる様に財布を受け取った。


「し、仕方無いのぉ~……お主がそこまで言うんじゃ。しっかり呑んで来てやろうかの?」

「………酔い潰れとか無しですよ?お願いしますからね?」

「ワシを誰じゃと心得る!そりでぃ~わ~!さらばじゃぁぁ~……ぁ……」


 飲ん兵衛大聖霊は超高速で去っていった……。


「……くっ。だ、大丈夫だろうな?」


 酒代を渡したことを少しばかり後悔したが、時既に遅し。


「ま、まあ良い。じゃあ魔力を渡すよ?で、話が決まるまで此処に居るから何でも言ってくれ」

『……何と言うかあなた方は……』

「ハハハ……やかましい?慌ただしい?」

『いえ……どこか温かい感じがします』


 その言葉でライの頬が思わず緩んだ。


「そっか……。じゃあ、しばらく宜しく!」

『はい』



 玄淨石鉱山で出会った霊獣──ライはこの歴史的存在と少しの間同居することになった。


 ライと友好を持った存在同士は、不思議と縁が生まれる。コハクもその例外ではない……。





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