第四部 第七章 第二十一話 アプティオ建国



「ようこそ。リーブラ王、及び臣下の方々。そして……よ、妖精!キャア!カ、カワイイ!」


 スランディ島の行政庁舎で会談となった元トシューラ兵代表者マコアと、リーブラ国代表のレフティス。

 重苦しい会談になるかと思われたが、妖精女王ウィンディの参加は場の空気を和やかに変えた。


「……。え、え~っと……マコア?互いの友情を深めるのは後で改めてにしてくれる?」

「あ……ご、御免なさいね。アタシったら……。今、紅茶をお出しするわね」


 巨躯のマコアに少したじろいでいたレフティス、アスレフ、及びウィンディ。見た目と違い気さくなマコアに少しだけ警戒を解いた様である。


「……さて。ライちゃんから話は聞いているかも知れないけど、現時点で私が『元トシューラ』側の代表ということになるマコアよ。女に生まれ変わった際に家名は棄てたので、只のマコア」


 “ 女に生まれ変わった ”という言葉に反応し、一斉にライに視線を集める一同。しかし、ライは気配を察し瞬時に明後日の方向に顔を逸らす。『オトボケ勇者』ぶり全開である。


「はじめまして。私はリーブラ……今は亡き国の王子、レフティスと申します。こちらは臣下のアスレフ」

「私は妖精女王のウィンディよ。宜しくね」


 ここで、もう一人自己紹介が入る。


「私は久遠国王・ドウゲンの娘、トウカと申します。今回の話し合いに立ち会わせて頂くことになりました。飽くまで中立の目で意見させて頂きます」

「まさかディルナーチ、久遠国の姫君とは……失礼を致しました」

「いいえ、レフティス様。私も名乗りが遅く申し訳ありませんでした」

「はいは~い。堅苦しい話は抜き。早速話を始めてくれ、マコア」


 ライに促され始まった話し合いの要点は至って単純……。島の統治に関しての互いの立ち位置についてである。


「ライちゃんはレフティスちゃんに統治を任せると決めていて、私達も承諾した。だから今後はあなた達に国をお任せする。でも、一つだけ約束して欲しいの」

「何でしょうか?」

「私達に恨みがあるかも知れないけど、私達は直接リーブラに関わってはいないの。責任逃れのつもりはないけど、直接的に恨まれる謂れはない。だから、私達に対して壁を作って区別とかをしないで欲しいのよ」

「…………」

「私達も考えた末にこの地を故郷とすると決めたの。つまり、あなた達と同郷の徒であることを決めた。押し付ける気は無いけど理解はして欲しいわ」


 マコアの言葉にアスレフは感情を顕にし掛けたが、レフティスが手でそれを制止する。


「我が民はトシューラに苦痛を与えられた。全ての者があなたの意見を素直に受け止められるとは限りません。でも………」

「でも……?」

「それでも私は、皆を我が民として迎えたい。新しい国に過去の蟠りは不要にしたいのです。だから……」


 マコアに向かい手を差し伸べたレフティス。笑顔を浮かべハッキリと告げる。


「私の力になって頂けませんか?勿論、同じ地に住まう同じ民として」

「……ええ。出来る限りの力になりましょう、我が王」

「ありがとう」


 ライに視線を送ったマコアは肩を竦めている。


「……素晴らしい王を連れてきたわね、ライちゃん」

「ああ……これでこの国は安泰だと信じてるよ。そこで提案があるんだけど……」


 新しい国の名前……古き『スランディ』では他国との交流に差し障りがある。一からやり直す為の名を……ライはそう提案したのだ。


「新しい国名か……難しいね。折角だからライが付けてくれないか?」

「レフティス……自慢じゃないが、俺の感性じゃロクな名前にならないよ。もっと相応しい人に付けて貰おうか?ね、ウインディ?」

「え?私が?………良いの?」

「妖精の名付けも加護の内、だろ?」

「わ、わかったわ……責任重大ね」


 しばらく考え込んだウインディは一つの名をポツリと呟く。


「アプティオ……というのはどうかしら?」

「アプティオ。確か古い妖精の言葉で“ 理想郷 ”じゃったかの?」

「流石は大聖霊ね……レフティス!どうせなら理想郷を目指しなさい!民族も地位も関係なく幸せになれる理想郷を……私達妖精もその中に加えて貰うわ!」

「ウインディ……。分かったよ。今日からこの国はアプティオ国だ。良いですか、マコア殿?」

「決めるのは王様であるあなた。そして私達は全力で支える。国を治める覚悟は良いかしら?」

「大丈夫。もう覚悟は決めたから」



 ロウド世界に新たな国アプティオが生まれた瞬間であった──。



「さあ。これからが忙しいわよ?」

「あ……マコア、待ってくれ。話があったんだよ」

「何?島が隆起して生まれ変わった時点で、もう何も驚かない自信があるわよ?」

「そうじゃなくてさ?お前の名前も変えた方が良いかと思ったんだよ。生まれ変わったんだからさ?」

「私の……名前?」

「嫌なら無理にとは言わないけどね」


 マコアは涙を浮かべている。どうやら感動しているらしい。


「ありがとう、ライちゃん!そこまで考えてくれたのね?」


 迫るマコア。だが、ライはひらりと身を躱した。何せ掌サイズである……そうそう捕まる訳がない。

 代わりに捕まったのはライが背に乗っていたメトラペトラだった……。


「ギニャアァ━━━ッ!」

「あら……ライちゃん、随分毛深いわね」

「たわけ!離さんか!」

「あら……メトラちゃんだったの。……。まぁ良いわ。一回抱き締めたかったのよ、メトラちゃ~ん!」

「ウニャアァァァッ!ラ、ライ!助けんか!」

「くっ……!メトラ師匠の犠牲は無駄にしませんぜ!南無南無~!」

「ウニャアァァ~ッ!」


 丸太の様な腕にガッシリとホールドされ頬擦りを受けるメトラペトラ……響く悲鳴の中あっさり師匠を見捨てたライは、何事もないかの如く話を続ける。


「それでウインディ。マコアは今、自分の理想の女に変化している最中なんだ。何か良い名前を頼む」

「………。へっ?また?ま、まあ良いけど……」


 眼前の光景に惚けていたウィンディさん。直ぐに気を取り直し、今回はあっさり名前が提示された。


「そうね……それなら、アウラで良いんじゃないの?」

「アウラって……あのアウラ?」


 ライはその名に聞き覚えがあった。


 その昔──聖獣を友とし多くの者を救ったとされる伝説の聖女は、戯曲にもなっている……。


「ええ……聖女アウラ・オルグベス。そのまま貰っちゃいなさいな」

「……い、良いのかしら」

「良いのよ。名前負けしないように頑張りなさいよ?」


 マコア改めて『アウラ・オルグベス』。これで、スランディ島でのライの心残りは無くなった。


「レフティス。オルネリアさん達はもう少しだけ待って貰えるか?一応、久遠国で許しを得て解放して貰った方が後々にも都合が良いだろ?」

「そう……だね。わかった。任せるよ」

「後は生活関連か……。食料はともかく、宿がなぁ……」


 そこは妖精女王ウインディの出番だった。


「取り敢えずリーブラの人達はウチで面倒見るわよ。『彷徨う森』の中なら雨風関係無いし、気候も左右されないし」

「わかった。頼む」

「それで、ライはどうするの?」

「本体が戻ったら久遠国に戻る。まだまだ修行途中だし……でも、もう少し掛かりそうだからそれまでは島に居るよ」

「そう。じゃあ、暇だったら森に来てね?歓迎するから」

「そうするよ、ウィンディ。………そういえば、リーファムさんのトコに居た妖精達は?」

「半分はあの樹に残ったわ……あそこが気に入ったんだって。あとの半分は森に居るわよ?」

「じゃあ、いよいよ本物の女王様だな」

「ええ。リーブラの民のこともあるから大忙しよ」



 アプティオ国の中にはもう一つの国がある。これはアプティオ国内だけの秘密になるだろう。



 その後……レフティスの臣下と、改名して『アウラ』になったマコアの臣下達とが手探りながらも手を取り合い島の復興へと進んでゆく。ライは一切の口を出さず、数日の間トウカから文字を学んで過ごした。



 そんな中、突然ライが姿を消した──初めは何時ものことと然程気にしていない皆だったが、間もなくメトラペトラが連れ戻ったライは全身血塗れ……流石に大騒ぎとなったのである。


「おじ様!一体何が……!?」

「私にも分からん。田舎村に置いて行かれてライの分身が消えた。大聖霊が連れて戻ってきたらこの有り様だった」

「メトラ様!」

「大丈夫じゃ、トウカよ。寝とるだけじゃ……傷ももう塞がっとる」

「……。一体何があったのですか?」

「ライが起きたら改めて聞いてみよ。直ぐに起きるじゃろう」




 空白の意識の中、穏やかな声が響き渡る。


「相変わらず無茶をしているな……私はそこまで無理は出来なかった」

「……。ウィト……さん。あ……あれ?俺、また眠ってる?」

「ハハハ……やはり君と私は少し違うみたいだ。それに、会えないと思っていたのに再会出来た。これも君の力だろうか………?」

「??……話が見えないんですが……」

「うん……まあ、取り敢えず起きた方が良い。皆が心配している」

「……そうですね。じゃあ、また」

「うん。また会おう……もう一人の私」




 意識を取り戻し重い瞼を開けると、心配そうに覗き込む人達の姿が視界に広がる。


「あ~……、あれ?ど、どうしたの、皆?」


 拍子抜けする程にいつものライの姿。皆、肩の力が抜けた様だ。


「……血塗れで帰ってきて『どうしたの?』は無いわよね?」


 ウインディはライに近寄るとベチベチと頬を叩く。


「え~……何かゴメンね~?」

「いや……。まあ、無事なら良かったよ、ライ。それで……何があったんだい?」

「あれ?メトラ師匠から聞いてないの、レフティス?」


 視線を向けた先のメトラペトラは首を振っている。


「説明が面倒じゃったからのぅ。内容が内容じゃから、どうしても経緯説明が必要じゃろ?」

「まぁ、確かに……」



 飛翔してライの頭部に着地したメトラペトラは少し眠たげ。新しい領域の魔法【如意顕界法】は魔力負担より操作に神経を使う様だ。


 そして、改めて説明を始めたライだったのだが───。


「う~ん……簡単に言うと魔王を倒して来た、ってことになるのかな?」


 全員白眼。魔王級遭遇率の高さは群を抜く漢、ライ。取り敢えず皆が我に返るまで待ち、一連の経緯説明を続けた。


「……とまあ、そんな訳だよ。レフティス……侵略後のリーブラは魔王の仕業であんな目に遭ったことになる」

「……そうか。でも、ライが破壊……倒してくれたんだよね。それで充分だよ」

「そっか……」


 既にレフティスの中ではケジメが付いているのだろう。その健やかさにライは羨望すら感じている。


「そう言えば師匠……。一つ気になっていたことがあったんですが……」

「ん?何じゃ?」

「ルーダの野郎、何で逃げなかったんですかね?本体が杖なら仮の肉体がやられた時点で逃げれば良かったのに……」

「魔王を冠する輩は殆どが己の力を過信しておるんじゃよ。じゃから逃げること自体が稀じゃ。ルーダの場合、事象神具は破壊不可能と過信した……故にじゃろう。その証拠に、それまで何回封印されてもドレンプレルに居続けたじゃろ?」

「つまりルーダは……アホだった訳ですね?」

「端的に言えば……まあ、アホじゃな」


 恐らく最古の魔王であろうルーダは、アホ認定された!


「まあ、そのお陰で破壊する機会が出来た訳ですけどね………」

「そうじゃな。因みにルーダの破片は『ラール神鋼』じゃから、保存してあるぞよ?」

「なんですか、その凄そうな材質は……」

「この世界で至上の金属じゃ。ロウド世界……この星の核にも使われていて、事象神具の中でも一部にしか使用されていない代物……。もっとも、いま加工出来るのは犬公だけじゃろうがの?」

「犬公……物質を司る大聖霊ですね?どのみち捜すつもりですけど、先ずは修行を優先します」

「ならば早めに久遠国に帰ねばの?」



 短期間ながらも三ヶ所に分れていた故に濃厚だったペトランズ遠征は、ようやく幕を下ろした……。



 そんな中で、ライにはまだケジメの付いていない事柄がある。


 リーブラと妖精族を謀った勇者『ジレッド』──ライはその罪を許すつもりはない。


「さて……悪いけど、俺もメトラ師匠も疲れているから、少し眠らせて貰って良いかな?流石にまだ疲れが抜けなくてさ……」

「分かりました。おやすみなさい、ライ様」


 皆が部屋を出たのを確認したライは、予備に用意して貰っていた安物の服に着替える。それまで着ていた猫神教の司祭服は《洗浄》して綺麗に畳んで置いた。


「出掛けるのかぇ?」

「ちょっくら野暮用を片付けてきます。メトラ師匠は少し休んでいて下さい」

「………そうじゃな。では休ませて貰おうかのぅ」


 メトラペトラは何かを感じ取ったらしく同行を申し出ない。ライは、察しの良い師匠の配慮に感謝した……。



 そして、腰に刀を帯び窓から密かに飛翔。超高速飛行で向かったのはトシューラの外れにある小さな領地。その山間には犯罪専門組織『四頭蛇』の拠点がある。


 拠点は朽ちかけた古い砦跡。その側に着地したライは砦の敷地へと足を踏み入れた。


(此処にジレッドが居る……!)


 ウインディの父・妖精王の胸に刺さっていた剣は、チャクラの能力 《残留思念解読》を経てその全てをライに伝えていた。


 ライがどれ程優しく心を砕いても聖人君子ではない。縁を繋いだ者の為に、その心は鬼にもなる。


 この後──ライのそんな残酷な一面が顔を覗かせる……。



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