第四部 第七章 第二十話 変わる島国


 ライとトウカが再び宿屋に戻ると程無く来客が……。


 それは、マコアではなくスランディ島国の代表だった者達だ。

 聞いてみればマコアに会いに来たのではなくライとの面会を望んでいるとのこと。とにかく、ライ達も色々と過去の経緯を知りたいので室内へと案内する。


「マコア殿から聞き及んでお訪ねしました。突然来訪した無礼、お許し下さい」

「それは大丈夫ですが……何て聞いて来たんですか?」

「トシューラ兵すら懐柔した実質の支配者様が滞在中だと……」

「あんにゃろう……いや、今は野郎じゃないけども」

「それで……その……」

「何ですか?」

「私達の愚行により乗っ取られた国を解放して頂き、その礼に参りました」


 頭を下げる代表二人。外交担当者は四十代の女、ウーニース。内政担当者は、やはり四十代程の男モウディス。二人ともスランディの民族衣装を身に纏っている。どうやらこれが正装らしい。 


「つきましては、私共の処遇についてお聞きしたく……」

「あ~……悪いですけど、俺は極力政治には関与しないつもりなんです。だから、処遇と言われてもお答え出来ません」

「そうですか……」

「元々スランディ島を解放したのはマコアです。俺は久遠国への友好があったからトシューラとしての戦力を無力化させたに過ぎない。ただ……」


 元スランディの代表二人を交互に見比べたライは、少しだけ言葉に冷たさを込めて話を続けた。


「あなた方が来る前に決めていたことですが、この国には新たな統治者が必要でしょう。だから『ある王家』の方をこの国の王に据えことになっています」


 この言葉で元代表二人は、見事なまでに反応が別れた。


 モウディスは安堵の表情を、ウーニースは不快な表情を……この差こそがスランディの現状を生んだ、ライはそう思わずに居られない。


「その方はどの様な方ですか?」

「リーブラという今は亡き小国の元王子……今は王……ですね。若いけど聡明ですよ?」

「そうですか……。では、圧政の心配は……」

「それだけは無いと保証します。リーブラは元々民に寄り添う国だったそうですから」

「……良かった」


 モウディスは肩の荷が下りたと言った表情だ。


 だが、ウーニースはそれまでのしおらしい態度が薄れている。


「国の外から王を?それは些か乱暴では?」

「ハッハッハ……外から外敵を入れるよりマシでしょう?」

「なっ!あ、あれは……巧妙に隠されていて、気付けなかった……」

「本当に?」

「……ほ、本当です!」


 椅子の背もたれに寄り掛かり盛大な溜め息を吐くライを、トウカはじっと見つめている。


「もし仮にあなたの言うことが本当でも、止める機会は何度も有りましたよね?俺はあなたが独断でトシューラとの外交を押し通したと聞いてますけど?」

「わ、私だけの責任ですか?」

「だって、モウディスさんは反対したんでしょ?何で対等な代表の意見を無視したんですか?」

「そ、それがスランディの為になるって思ったからに決まってるじゃない!」


 憤慨するウーニース。対するライは満面の笑顔だが、こめかみに青筋が浮いているのをトウカは目撃している。


「ハッハッハ……それで?結果どうなりました?」

「それは……ふ、不運な事故よ!」

「………不運な事故?アンタの決断がスランディという国の信頼を失墜させ、国民に薬物中毒が蔓延し、交流のある久遠国にまで侵略染みた事件が起こる事態を、『不運な事故』で済ませるんですか?」

「…………そ、それは」

「何時だってアンタみたいな無責任で短慮な人間が国を滅ぼすんだよ。アンタの道理なんて知ったこっちゃないさ。結果だけみれは、今回最もトシューラに貢献した“ 尖兵 ”はアンタだぜ?マコアの方がずっと罪が軽い」


 個人の願いの為という身勝手な理由で久遠国に来たとはいえ、マコアは結局部下を見殺しにすることは無かった。ライに諭されたこともあるのだろうが、マコアは責任者としての立場を結果として受け入れている。

 スランディ島で奔走し安定を目指しているのも、その責務故だろう。


 だが、ウーニースは未だ責任から逃れようとしている印象が拭えない。


「まあ、良いや。後はこの国の者が決めれば良いことだからね……幸い薬物中毒者も治療に成功した。でも、忘れちゃあ駄目だぜ?今回のことでスランディ島の先住民達は、間違いなくアンタ達……とくにウーニースさんを恨んでる。今後もスランディに居るなら覚悟しておいた方がいい」

「……………」

「モウディスさんもですよ。あなたが止めようとしたことは知れ渡ってはいる……でも皆が皆、寛容な訳じゃありません」

「理解しています。しかし、私は今後もこの地の為に行動しようと思います。それが償いでもありますので……」

「……ならもう何も言いません。先程言いましたが新王は聡明ですがまだ若い。出来るなら支えてやって下さい」

「はい……感謝します」



 立ち上り去って行くモウディスとウーニース。ウーニースの背中を軽く叩きながら去るモウディスの後ろ姿が、トウカの目に寂しく映った。


「……大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だよ。結局、代表を選んだのも国民なんだ。今回のスランディの騒動は代表を選んだ国民の責任が一番大きいんだよ。無責任で代表を選ぶとこうなる……民主主義ってのは国民に自覚がないとゴミ以下だ、ってのは親友の言葉だけどね?」


 ティムは昔、民主主義小国の無様な腐敗ぶりをそう卑下したことがある。国を知ろうとせず流される国民は家畜と同じ……そう冷酷に告げた際のティムは、ライが知らない人物の様だったことを思い出していた。


「中々興味深いお話しですね」


 気温を考え開け放っていた扉から声が響く。


 新たな来客──入室したのはマコア、そして民族衣装の若い男だ。


「マコア。その人は?」

「スランディ島商人の代表者よ。今後の相談があるんだって」

「わかった」

「私は用があるから話はまた後でね、ライちゃん?」

「あんまり無理すんなよ?」

「大丈夫よ。私丈夫だし」


 手をヒラヒラさせながら去るマコアは、やはりかなりお疲れのご様子に見える。


「それで……商人代表というのは……」

「その前に自己紹介を。私はトルパリック・フリットと申します。あなた方のことは存じておりますのでご紹介は省いて頂いて結構ですよ」

「わかりました……で、相談というのは何ですか?俺は商人ではありませんが……」

「存じております。それを踏まえて、まずスランディの商人の現状を説明したいのですが……」

「了解しました」


 トルパリックはまず自分の立場の説明を始めた。


 数年前──スランディ島にトシューラが接触し始めた際、スランディ商人はウーニースの意見を推したのだという。

 利益の追求という商人らしい判断だが、当時の商人頭がトシューラに買収されていたことが後に判明したらしい。


 この時を境に、スランディは他国から弾かれ始め商売が成り立たなくなった。国外取引が主な収入だったスランディ商人は益々トシューラとの取引に依存し、結果乗っ取られ瓦解したという。


「その後は薬物に逃げる者が増えまして……とはいえ商人は皆が皆、トシューラの言いなりではなかったんです。実は……」


 スランディ諸島の一部には岩礁地帯があり、船大工や魔法技術者、それと商人の一部はそこにある隠れ家に逃げ込んだ。それはマコアも知らないとのこと。


「う~ん……それって何人くらいですか?」

「家族を含めて百人程……実は久遠国の領主様に事情を話して助けて頂いていました」

「!……それはもしかして嘉神領の……」

「はい。コテツ様です」


 スランディ島との交易を最も重んじた『嘉神虎徹こてつ』は、その異変に逸早く気付いていた。だが、それを久遠国内に周知されると国交に支障が生まれてしまう。

 そこでコテツは入国審査の強化を提言しつつ、影ではスランディの隠れ家を支援していたのだそうだ。


「あの方が断交に踏み切らなかったお陰で我々は救われ生き延びたのです」

「………コテツさんは亡くなりましたよ」

「はい……私達も耳にしたのはつい先日。しかし、恩義に報いねばなりません。スランディが解放された今、トシューラにより乱された関係を……久遠国との交流を改善したいのです」

「……………」

「そこでまず、我々は古き商人達を排除しました。殆んどは薬に逃げていましたが、残りの者も皆引退して貰いました。ですから今、スランディの商人は皆若い」

「だから、代表であるあなたも若い訳ですか……」


 新たなスランディ商人組合は皆三十代以下……。ただ、それが故に実績もツテもないのである。


「久遠国との取引も制限が掛かり、他国との取引も受けて貰えない状況です。そこで島を解放した方を頼るべきかと思い相談に伺いました」

「う~ん、どうでしょう……。俺は皆さんを信用して良いのか判断出来ませんけど」

「あなたは人の記憶を読めるとマコア殿から聞きました」

「………記憶を読め、と?」

「はい。その覚悟で来ました」


 基本的に、他人の記憶を読むことは人の心へ土足で踏み込むことと考えているライ。人命や大きな問題の場でなければ控えていることだ。

 トルパリック自ら申し出ていてもやはり抵抗は拭えない。


(………どうするかな)


 溜め息を吐き悩むライ。商人組合の気持ちを優先すべきか、今後の新しい国に任せるか……正直どちらが正しいか判断が付かないのである。


 そんなライの手に触れるトウカ。口にはしないが言いたいことは読み取れた。


「……わかりました。では、記憶を見せて頂きます」

「はい。受けて頂けて良かった……」

「これはコテツさんの遺志を汲み取ったと思って下さい。それと、その跡取りであるトウテツの為にもなると信じますからね?」


 トウカは安堵の笑顔を浮かべていた。やはりライはトウカに甘い。


 その後トルパリックの記憶を読み発言の裏付けを取ったライは、ペトランズの文字で手紙をしたため始めた。


「今すぐ久遠国との交易を元に戻すのは難しいでしょう。事情も説明しなければなりませんし……そこであなた達には二つの助け船を出します」

「二つ……ですか?」

「はい。一つはシウト国との交易を結べる様に紹介状を。こちらは確証は持てませんが、もう一つは大丈夫かと」


 それはペトランズ大陸の商人組合への手紙。カジーム国でラジックから聞いた話では、ティムはかなり要職に就いているらしい。ならばきっと悪い様にはしないだろう。

 それに今後、新たな国として生まれ変わるスランディの付加価値を見逃すほどペトランズの商人達は間抜けではない筈だ。


「大陸の商人組合に加われば流通もかなり確保出来るでしょう?」

「あ、ありがとうございます!」

「もしシウト国とも交易が結べたなら、スランディの新しい王と良く相談して下さい。今度は国を危機に陥れないで下さいね?その内、久遠国との関係も戻るでしょうから」

「本当に……感謝致します」

「俺が提示したのは切っ掛けですよ。後はあなた方の努力に掛かってます。スランディの新しい王になる男とは友人なので、寧ろ宜しくお願いしますね」

「はい……必ず国を守り立ててみせます!」


 トルパリックは深々と頭を下げ速足で去っていった。仲間達に一刻も早く報告したいのだろう。


「あれで良かったかな……トウカ?」


 円卓に突っ伏しトウカを確認したライ。トウカは手を伸ばしライの頭を撫でた。


「ありがとうございます、ライ様。本当はお嫌だったのでは?」

「ん……でもまあ、無理はしてないよ。……トウカは優しいね。トウテツやリンドウの為でしょ、先刻さっきのは?」

「はい。お二人が尊敬していたコテツ様のお考えですから……きっと間違っていないと思ったのです」


 トウカが最近自ら考える様になってきたことに、ライは安堵を覚えた。

 流されるだけの姫という立場なら辛い道筋しか残されていない。しかし、自ら考える意思があるならば、きっと悪い様にはならないだろう。トウカにはそれだけの【力】もある筈なのだから……。


「それにしても、残ったら残ったで忙しい訳ね……」

「私はライ様とお話し出来るのは嬉しいですけど」

「それはまあ、俺も同じかな……バタバタしてるからなぁ、いつも」

「殆どお主のせいじゃろが、全く……」


 窓からピョンと入ってきたのはメトラペトラだ。


「メトラ師匠……『スランディ島酒探訪』は終わったんですか?」

「うむ。果物の酒というのも悪くないぞよ?肴も新鮮で美味いしの?」

「そりゃあ良かった……。それも名物になれば良いな……」


 ぐったりしていたライは突如ムクリと起き上がり、背伸びを始める。


「ライ様?」

「……どう考えても国土が足りないんだよねぇ」

「………まさか、お主」

「ちょっと増やして来ます」

「………まあ良いわ。好きにせい」

「トウカはここで待ってて。少し揺れるけど大丈夫だから」

「……え?えぇ~っ?」


 とぅ!と窓から飛び出したライは上空からスランディ諸島を確認。


(船着場と海路の邪魔にならないように、かつ邪魔な岩礁を利用して……後は出来るだけ繋げて陸を……)


 念入りに視覚纏装の【流捉】で人を確認し、被害が出ない様に万全を図る。



「さあ!新しい国として生まれ変わる時だ!」


 そのまま海底に突入したライはオリジナル創生・創造魔法 《楽園》を発動。規模は久遠国の一領地程……当然負担は大きい。

 だが、ただ隆起させるのでは意味がない。島と島を結び一つの陸にしつつ範囲全体を隆起。港付近のみを残し底上げをした。


 これで終わらないのがライの所業。隆起させた土地には潮に強い植物を発生させ、更に外縁部には所々に防波堤としての岩礁を配置。

 驚くべきことに、魔法の範囲外には振動や衝撃が伝わらぬ様に範囲結界まで張っている気の配りようだ。


 元々この魔法は『食っちゃ寝の楽園』というライの壮大な夢の為に編み出した魔法──なのだが、奇しくもそれは欲望により意図せず編み出された【如意顕界法】であることを当人は理解していない。


 因みに、まだ未完成な魔法である。




 そんな無茶を行ない魔力涸渇しかけたライは、分身が弱体した為に《吸収魔法》で魔力補充を果たす。だが結果、ライの姿には変化が起こっていた。


 海中から上空に飛翔した先にはメトラペトラが待っていた……が、姿が近づくに連れその巨大さに唖然とする。


「メ……メトラ師匠。い、いつ巨大猫に進化したんですか?」

「違うのぅ……お主が縮んだんじゃよ」

「………な、何ぃ〜!?」


 そう──ライは人間の掌大にまで縮んでいたのだ。


「魔力の使い過ぎじゃな。もう無理は出来ぬじゃろう」

「くっ……!こんな……こんなことって……」

「まあ、お主には丁度良いわ。トシューラ側の本体と合わせても動き過ぎじゃからな」

「イヤッホ~ゥ!マジで?これでバレずに女風呂入りたい放題じゃね?」


 ライの視界が突然闇に包まれる。


「あ……あれ?生暖かい……酒臭い……まさか……」

(今のお主なら一口でペロリじゃな)


 メトラペトラの念話。纏わり付く粘液……ライは全てを悟った。


「た、た~しゅけて~!く、喰われる~!」

(アホなこと言うからじゃ)

「や、やだなぁ……冗談ですよ、冗談」

(フン……本当かのぉ?)

「だって今の俺なら千里眼で覗き放題だし、分身の女体化だって……」


 メトラペトラはライをゴクリと飲み込んだ……かに見えたが、ライは必死に歯に掴まり留まっている。


「………スミマセン。ごめんなさい」

(フン……反省したようじゃな)


 ペッと吐き出され海へと落下。海の中で身体を洗い再飛翔したライは、喰われる恐怖に震えていた。


「ぶ、分身だから死なないのは理解してますけど、喰われるのは嫌なモンですね……」

「これに懲りたらおふざけも大概にすることじゃな……。それにしてもお主……これはどうかと思うがのぅ」


 眼下に広がるスランディは、既に諸島というより『広大な島』と言える風情だ。


「でも、これで土地には困らないでしょ?」

「島民大騒ぎじゃがな?マコアも白眼じゃろうて……」


 その頃のマコアはメトラペトラの予想通り白眼だったという。


「あ……師匠、アレ……」

「ん?あれは『彷徨う森』……ウィンディが到着した様じゃな」


 ライは素早くメトラペトラの背に乗り『彷徨う森』を指差し叫ぶ。


「ハイヨ~!酒ニャン!あの森を目指すのだ~!」

「くっ……ま、まあ、いつも乗っ取るからの。今回は特別じゃぞ?」

「ああ……師匠の毛並み、こんなに素晴らしいなんて……」

「そ、そうかの?ふふん。流石は我が弟子……わかっとるのぅ」


 満更でもないメトラペトラと共に『彷徨う森』に向かったライは、ウィンディやレフティス、アスレフと再会。

 ……といっても意識としては別れてほんの一刻ほどなのだが、とにかく無事再会を果たした。


「アハハハハ!なぁに?何で縮んでるのよ、ライ!」

「へへっ。実はさ……?ウィンディにプロポーズする為に縮んだんだぜ?」

「ほ、本当に?」

「ウソデスヨ」

「馬鹿ぁ~!?」

「ぶべらぱっ!」


 平手打ちをされ、ライはまるで独楽のように回る。レフティスやアスレフは満面の笑顔だ。


「さて……。じゃあ、レフティスとアスレフさん……それとウィンディは一緒に来て」

「……トシューラの者達と対話するのか?」

「正確には『元トシューラ』の者達です。事実上全員離反した状態ですので、罠ということはありません。未だトシューラ王家の忠義を持つ者は少なからず居ますが、現王家とは決別したと考えても良いかと」

「……とにかく、先ずは話を」


 目指す場所はかつてスランディ行政府のあった建物。そこではマコアが作業に追われている筈だ。


 途中、宿に立ち寄りトウカと合流。トウカは妖精ウィンディとの出会いに興奮気味だったが、あっという間に仲良くなった。



 そして遂に、スランディは歴史的対談の場を迎えることとなったのである。



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