第四部 第七章 第二十二話 ザンコク ナ ユウシャ



「こんな所までご苦労なこった……ここは犯罪者ギルドだと知ってて来たのか?」


 トシューラ辺境の砦跡廃虚……その入り口には数名の男達が門番として待機していた。全員がそれなりの手練れ……だが、ライにはどうでも良いことだった。


 目的はリーブラと妖精に悲劇を齎した張本人、ジレッド……。


「ああ……依頼に来た。指名は出来るのか?」

「出来るぜ?値は張るけどな?」

「これならどうだ?」

「ん?………。ま、まさか、これは!」


 掌を開き見せたのは純魔石……犯罪者だけあり目利きなのだろう。見たこともない量の魔力を宿した魔石に目を奪われている。


「ヘッヘッ……それで誰をご指名で?」

「ジレッドに頼みたい」

「ジレッドさんか……ちょっと待ってろ」


 ジレッドは、その演技力で取り入った相手を騙し討ちする『裏切りのジレッド』という通り名……犯罪者組織『四頭蛇』の一角である大幹部だ。


「なあ、アンタ?アンタも嬉々としてこの仕事を?」


 門番として一人残った中年男に語り掛けたライは、一応の意思確認を始める。


「へっ……そんな訳あるかよ。俺は敗残兵で逃げ延びた先が此処だっただけだ」

「皆、アンタと同じか?」

「いんや……そんなのは俺だけだろうな。後は犯罪の末逃げ延びた札付きの外道だ」

「……この砦に組織以外の人間は?」

「拐われてきた女が何人か居るな……中に居ると見るに堪えないから門番やってるのさ。……。まさか、お前は救出でも依頼されたか?」

「違うよ……俺は自分の怒りを確かめに来ただけだ」


 そう……これは敵討ちではなく八つ当り。ウィンディやレフティス達を悲劇に陥れた者達に対する、憤慨を晴らす為の憂さ晴らし。


 自分にそう言い聞かせるライは思わず口が歪み笑いが溢れる。


「……なあ、アンタ?アンタがまだ人で居たいなら、この後の人生をやり直せ」

「俺はもう犯罪者に成り下がっちまった……今更……」

「もう一度言うぞ?少しだけ手伝ってやる。やり直したい気持ちがあるなら諦めるなよ」

「………。お前さんは一体……」


 正面の扉が勢い良く開き会話が打ち切られる。確認したのは二十人程の盗賊……そこにジレッドの姿は無い。


(ま……予想通りか……)


 傭兵は全員が武装している。殺気を隠そうともしないことに門番の男は慌てていた。


「お……おい!お前さん!逃げた方が………」


 次の瞬間、門番の男は言葉を止めた。盗賊から放たれた矢が眉間の手前で止まっていたのである。止めたのは勿論、ライである。


「今のでアンタは死んだ。だから……きっと生まれ変われるよ」

「…………」

「その辺に隠れて待っててくれ。終わったら仕事がある」

「あ……ああ」


 走って逃げた男は森の中へと姿を消した。


「おい、お前。その魔石を置いて帰りな。そうすりゃ命は……」

「取るだろ?そんな顔だぜ、アンタらは?」

「ヘッヘッ……話が早いな。なら、死ね!」


 一斉に飛び掛かる盗賊達……だが次の瞬間には見るも無惨な光景が広がった。


 盗賊達は瞬時に細切れにされ絶命した……まるで巨大な見えない獣に喰われたように、身体の至る所がゴッソリ消失し抉られている。


 消滅属性纏装【絶爪】──腕の形に合わせ展開された三本爪型の纏装は消滅属性。それを自在に操作し対象を削り取る神格魔法纏装。


 盗賊達はまるで食い散らかされた様にバラバラと崩れ落ちた。



「意思確認する間も無かったけど……自業自得だな」


 そう呟いたライには後悔や苦悩の色はない。


 何の警戒も無く館の中を進むライは、突然襲い来る者全てを薙ぎ払い肉塊に変えて行く。館は《千里眼》で全て把握済み……既に全員を捉えている状態だ。


 そのまま館内を探索しつつ殲滅を続けることしばし……こんな真似をする姿は皆に見せられないと思いつつも、確実に抹殺を繰り返して行く。


 やがて大きな広間に出たところで二人の大男が待ち構えていた。


「こんなガキに襲われて壊滅寸前?マジかよ……」

「まあ、使えない奴は死ぬだけだ。俺達『四頭』が残れば良い」


 その言葉に僅かに目を細めたライはそれでも意思の確認を続ける。


「……。アンタら、自首して罪を償う気はあるか?」

「何言ってんだ、コイツ?とっとと死ね!」

「じゃあ………邪魔だ」


 瞬殺……。これで館内は既に六名程しか存在しない。


 更に進むと今度は裸の女が三人駆け出して来た。


「た、助けて!」

「お願いよ!助けて!」

「死にたくない!」


 女達を無防備で受け止めたその時、女の一人が自らの手に込めた纏装でライの心臓目掛けてを突きを放つ。

 だが、当然ながら攻撃は通らない。慌てた女は何度も突きを繰り返す内に自らの腕を挫く結果となる。


「ぎゃっ!な、何なのアンタは!?」

「化け物……とは最近言われなくなったな。きっと幸せなことなんだけど」

「何を言って……」

「サヨウナラ」


 《吸収魔法》による精気の吸収で瞬時に干からびた女は断末魔もなく塵となり跡形もなく消えた。

 残り二人の女の為に床に手を着いて《物質変換》……羽織る布を用意する。布で身を包みながらも未だ怯える女達に、館の外で待つ様に告げ更に奥へと進んで行く。


 無表情のまま往くその姿はまさに魔王の風格……。監視していた盗賊は恐怖に囚われていた。


(こんな化け物相手出来るかよ!俺は逃……)


 動いた矢先……遠距離からの火炎圧縮魔法 《穿光弾》で頭を吹き飛ばされた盗賊は、ドシャリと音を立てて崩れ落ちた。




 遂に最奥の間に辿り着いたそこには、女を人質にした『ジレッド』の姿があった。


「全く……悪い夢だな。犯罪組織『四頭蛇』が俺だけになるとは……」


 女の喉元に刃を当てたジレッドは既に勝ち誇った顔をしている。


「この女の命が惜しければ今すぐ自害しろ」

「……お前がジレッドだな?」

「話を聞け、愚図が……良いか?次に話を無視したら……」

「……どうなるの?」


 ジレッドの耳元から聞こえる声。慌てて振り返るがそこにライの姿は無い。


 だが……。


「え?あれ?お……俺の腕が……」


 人質にした女ごとジレッドの右腕は消滅している。痛覚すらないという余りの異常事態にジレッドは混乱した。


 ライは部屋の入り口から動いていない。だが、その背後には人質だった女がしっかりと立っていた。


「悪いけど、途中で二人分の服を探して屋敷の外に行ってくれる?」

「で、でも、他の奴らが……」

「大丈夫だよ。もう誰も生きてないから」


 救出されたにも拘わらずそれまでより恐ろしい感覚に襲われた女は、動くに動けない。

 そんな女に顔を向けたライは、必死に泣くのを我慢していた。


「……怖がらせてゴメンね。でも、大丈夫だから……此処に居るともっと嫌なものを見せることになる。お願いだから……」

「は、はい」


 その頼りない印象で落ち着いたのか、女は階下へと走って行った。


「な、なあ、アンタ?俺と組まないか?アンタが居りゃあもっとデカイ組織が……いや、国だって手に入る」

「……リーブラ王・バルゼラは自らの贅に興味はなく、ただ民の為に尽くした善王だった。それでも娘と息子には苦労をさせじと、自らの手で魔導具を作製し輸出するような良き親でもあったんだ。収穫祭のあの日……娘の為に密かに用意したドレスを渡すことも出来ず討たれた」

「ア、アンタ、何言ってんだ?」

「リーブラ王の妻、リベラはそんな夫を支える者だった。収穫祭のあの日……子供達を逃がしたことで安堵したリベラは凌辱されることを良しとせず自ら命を絶った」


 ゆっくりと……本当にゆっくりと歩を進めつつジレッドに近付く。そしてライは抑揚なく語り続ける。

 全てはチャクラの《残留思念解読》で体験した事実──。


「………アンタ、リーブラの関係者なのか?あ、ありゃあ、依頼で仕方無かったんだ!」

「妖精王・イスラーは娘が世界に興味を持ったことに喜び、無事の帰還を信じて送り出す寛容な王だった。あの日……お前に騙されて胸に剣を突き立てられながらも、妖精族を逃がす為に力を振り絞り『彷徨う森』を人から遠ざけた」

「よ、妖精族を仕留めなきゃ仕事にならねぇんだから仕方無ぇじゃねぇか!」

「あの日千人以上の民が故郷を、家族を、幸せを失った」

「し、知るかよ!こっちだって……」


 言葉を遮る様にジレッドの身体に衝撃が伝わる。腹部には何処から現れたのか剣が深々と刺さっていた。


「グフッ!こ、これは……俺の……?」


 妖精王の命を奪ったジレッドの剣は《物質変換》でライの刀の鞘を覆っていたのだ。それを今、元に戻し投げ付けたのである。


「確かに世界は優しくは無いだろうさ……でも、お前……貴様らは生きていると悲劇しか生まない。下手な魔王よりも遥かに質が悪く、その上狡猾だ」

「は……ガハッ!そうなる様……生まれちまった……んだ!仕方無ぇだろうが!」

「だから?そう生まれた?そんな理由で通るのか?ならば、俺のこの怒りも俺の理由で晴らして良い様に生まれた……それでお前は納得するのか?」

「くっ……お前……は、一……体 ……何だ?」

「さぁ?何だろうな……今はもう……俺にも分からない」


 勇者の行為からは程遠い感情任せの行動……今の自分はおかしいと気付きながらも自制が利かない。しかし、頭は至って冷静……ここまでのことは初めてだった。


「お前は罰を受けなくちゃならない。少なくともそうでなければ俺は納得出来ない……だから償え」


 ライの姿は半精霊体に変化……だが、僅かな変化が起こっていた。

 【チャクラ】は通常、青の瞳をしている。しかし、その時は血の様な赤だったのだ。


 次の瞬間、ジレッドを黒い球体が包む。


「な……こ、これ……は?」

「貴様が罪を自覚するまで永遠に続く牢獄だ」


 【無限回牢】


 それは《回復魔法》の繭と《迷宮回廊》、そしてチャクラの力 《催眠》を組み合わせた断罪魔法。


 《迷宮回廊》の思考の中で受けた傷は《催眠》により肉体へと逆流。肉体が破損する度に《回復》し元に戻すという苦痛の円環を繰り返す魔法は、罪の後悔という鍵以外では抜け出せない。


「……理解しろ。でないと、永遠に続くぞ?じゃあな、勇者の名を汚した者・ジレッド」


 罪を理解した時点で《無限回牢》は解除される。そうすれば腹部の傷が開き、死を以て地獄から解放されるだろう。

 自らの罪の後悔が自らを救う、まさに断罪───。




 ジレッドを残したまま館の入り口に戻ると、服を着た女達が待っていた。


「これで君達は自由だよ。でも、辛い記憶だろ?全部消すことも出来るけど、どうする?」


 顔を見合わせた三人はライの申し出を受けた。


「この後は無事に帰れる様に手配するから安心して良いよ」

「……ありがとう……ございます」

「……俺は別に……もっと……早く救えなくてゴメン」


 記憶を消された女達は意識を失い倒れ込む。ライは更に回復魔法 《無限華》であらゆる傷を癒した。次に彼女達が目覚めた時には、すっかり悪い夢から覚めている筈だ。


 だが──起こった事実は変えられない。これは自己満足……ライは自らにそう呟いた。


 森から様子を窺っていた門番の男は、辺りを警戒しつつライの元へと近付いて来る。


「……お、お前さんは一体……」

「約束通り仕事を頼むよ。彼女達を無事に安全な場所まで届けてくれ。ここに馬車はある?」

「ああ……裏の厩舎に……」

「じゃあ、後は任せたよ。これが報酬だ。あと、これも見付けて置いたから渡しとく」


 手渡したのは最初に作製した純魔石……そして館の中で見付けた金銭と魔導具、武器防具の類いだ。


「念の為に旅路の装備を用意した。出来ればこのまま山越えした方が良いと思う。期間限定だけど武器・防具には守りの魔法も施したから安全な筈だ」

「……お前さんの名前、聞いて良いか?」

「今は知らなくて良いよ……。……。なぁ、アンタ?ちゃんとやり直しなよ?アイツらみたいになっちゃ駄目だぜ?」

「……わかった。ありがとうな、兄ちゃん」


 立ち去る馬車を見送りライは飛翔を始める。そして、スランディ島へと向かい飛び去った。



 そんなライの様子を一部始終窺っていた存在が一つ──まだ森の影に潜んでいた。


 それは人ほどもある巨大な鳥。黄色から橙色、そして赤へと変わるグラデーションの羽根を持ち、その羽根一つ一つに紋様が入っている。

 長い尾羽と頭の飾り羽根……ロウド世界には二羽と存在しないであろう美しい外見……誰もその姿を見たことがない、不思議で種類すらわからない鳥。


 しかも鳥は、ライが飛び去ったことを確認すると会話を始めた。念話による会話はまるで独り言のようにも見える。


(本当にアレで良かったの?)

「ああ。アレで良い……いや、アレでこそだ」

(僕には凄く精神不安定な人物に見えたんだけど……)

「精神不安定、か……。仕方無い。アイツの中には別人格が存在する。救うという心と敵を倒すという心が“ ない交ぜ ”なのは、そのひしめき合いの結果だ。そこに【拡大意識】の影響──アイツは普段意識を閉じている様でも無意識に少しだけ拡げている。多くの心を見てしまうからな」

(ふぅん……でも大丈夫なの、それ?)

「さてな……だが、これが一番可能性が高いって言ったのはお前だろ?」

(まぁね……)

「なら、この先も見守って行くしかないだろう」


 【バベル】と呼ばれた鳥は一鳴きすると、空へと大きく羽ばたいてゆく。ライの様な飛翔ではなく上昇……只ひたすらに空へと向かって翔んだ。


 やがて羽ばたきを止めた鳥……バベルは、その眼前に広がる光景を見つめている。


 青く美しいロウド世界。魔力溢れる不思議な惑星は、それと分からない程ゆっくりと回っている───。



「ロウド世界の子孫達……大したことはしてやれないが、強くなれよ?」


 そして『バベル』は光の粒子となりその姿を消した。







「………遅かったのぅ?」


 部屋に戻ったライを迎えたのはベッドで丸まっていたメトラペトラだ。


「起きてたんですか?」

「何か胸騒ぎがしてのぅ……杞憂じゃった様じゃが」

「そうですか……」


 ベッドに倒れ込む様に飛び込んだライは、枕に顔を埋めている。


「………バカじゃな、お主は。また人の為かぇ?」

「……いえ。きっと自己満足なんですよ。でも……生殺与奪なんて人がやって良いことじゃない」

「じゃが、誰かがやらねば世界に悲劇が満ちる。だからと言って、それを“ 救いたがる ”お主がやる必要は無いんじゃよ……」


 しかし、心を理解してしまうライはどうしても止まれなかった。チャクラはライにとって良き結果ばかりを与えてはくれないらしい。


「……自分が怖いのなんて初めてです。このままアムドやルーダみたいになっちゃうのは嫌だな……」


 僅かに震えているライを見たメトラペトラは、溜め息を一つ吐いた。


「痴れ者のお主が奴らと同じになる訳なかろうが。ま、もしもの時はワシが止めてやるわぇ。……一緒に居てやる。じゃから安心せい」

「……師匠」


 結局眠ることが出来なかったライは、メトラペトラと今後の話をすることにした。


「この後はまず不知火に行って、それから飯綱……あ、御神楽にも顔を出さないと……」

「フフン……今のワシなら簡単に行けるから楽じゃぞよ?」

「負担は大丈夫なんですか?」

「然程ではないのぅ。寧ろ転移より楽じゃ。疲労は魔法より分身の維持の方が大きかったわ」


 メトラペトラが受け持った分身は一体……それでもかなりの負担だったという。


「お主、あれはあまり長時間使うでないぞよ?あれを続けると意識が世界に溶けて廃人になる恐れがあるからのぅ。少なくとも、今のお主には限界があるのじゃ。定期的に解除する癖を付けよ」

「三日目位から軽い頭痛がしてました……以後、気を付けます」

「ならば最低限として分身使用は二日までじゃな。それと、お主は随分と力が高まったからのう……そろそろ消費を抑える為の封印が必要かの?」

「ふ、封印?マ、マジですか!?」


 爛々と目を輝かせたライは何処か嬉しそうだ。


「……な、何で喜んでおるんじゃ?」

「だって、封印でしょ?遂に俺も『くっ……この右腕の封印が疼く!』って出来るんでしょ?」

「……何故に腕なんじゃ?それに力の抑制の封」

「くっ!この腕の封印が!くぅ~!ヤベェ、ワクワクして来た!?」

「………。ん?お主、左腕を見せてみよ」

「はい?左腕には封印なんて掛かってませんよ?」

「良いから見せい!」

「……へい」


 渋々見せた左腕には見たことの無い紋章が浮かんでいた……。


「……………」

「……………」

「え?な、何これ?超怖いんですけど?」

「これは……従属印じゃな。この魔力は……聖獣かぇ?」

「え?もしかして、エクナールの?」


 エクナール国の湖に住まう『魔獣から転化』させた聖獣……しかし、ライは契約した覚えがない。


「従属は一方的に結べるんじゃよ。自らの全てを投げ出す場合のみじゃが」

「……でも、何で」

「感謝の意やもしれんの。まあ、貰っておいても損はあるまい。あちら側もお主がその気なら魔力供給がある訳じゃし、互いに損はない筈じゃ」

「………ま、いっか。具体的にはどう使えば……」

「大聖霊紋章と基本は同じじゃな。ただ、お主の場合は聖獣を肉体には宿せまい。主に力の一部を借りるか、召喚するかじゃな」

「………くっ!左腕の紋章が疼くっ!」

「はいはい……」


 使い道があるかは別として、新たな力が加わったことは幸いである。




 スランディ島は新たな国アプティオに生まれ変わった。今後、商人組合とも関係が出来ればアプティオ国は比較的ライの身近な国となる筈だ。


 何より、多くの縁ある者の国であることには違いないのである。要請されれば出来る限りの助力を惜しまない、ライはそう決めている。



 そして翌日──。


 アプティオ国の行政役所内の庭には、ライと縁のある一同が揃っていた。


「もう少しゆっくりして行けば良いのに……」


 ライの懐に潜り込んだウィンディは残念そうな顔でライを見上げている。


「一応修行中だからね……この国はもう大丈夫だろ?」

「そりゃそうだけど……」

「修行が終わったらシウト国に帰る。その時にまた寄らせて貰うからさ?」

「約束よ?嘘ついたら呪うわよ~?」

「うわ~……よ、妖精に呪われたくはないな~……」


 見兼ねた元マコアこと『アウラ』がウィンディを宥める。すっかり仲良しの様だ。


「ライちゃんは私にとっては神様みたいなものよ。感謝してもし足りないわ」

「俺からすれば変わった友人の一人だよ、アウラ。神様なんて大したもんじゃない……それより、レフティスを頼んだ」

「ええ。言われなくても私達の王様なんだから当然よ?……トウカちゃん、しっかりね?」

「はい。ありがとうございます、アウラ様」


 最後に握手を求めたレフティスは、急いで誂えた王の衣装を身に付けている。


「アスレフさんは……いないんだな」

「皆の住まいを造る手伝いに行ってる。ライなら許してくれるだろうって」

「ハハハ。許すも何もそっちのが大事なのは当然だよ」

「………また来てくれるかい?」

「ああ……約束するよ。レフティス、無理せず皆を頼れ。王は一人じゃなく皆の柱だ。だけど柱は一本では限界に耐えられず歪むだろ?だから皆に支えて貰って歪まないようにして貰うんだ」

「……うん……わかった」

「オルネリアさん達は必ず無事に送り帰すから待っててくれ」

「……ありがとう、ライ」


 固い握手を交わしたライは、いつもの気取らない笑い顔を浮かべている。  


「はい!じゃあ堅苦しいのは苦手だからこれで終わり!またね~!」


 ライは、メトラペトラが展開した《心移鏡》の中に飛び込み姿を消した。リクウはその後を追い、トウカは会釈をしてから鏡の中へと入っていった。


「……ウィンディ。そしてレフティスよ。お主らの家族の仇はライが討ち果たしたぞよ?」

「え……?」

「では、さらばじゃ」


 鏡に飛び込んだメトラペトラ。同時に《心移鏡》は消滅し、何の飾り気も無い殺風景な庭が残された。


「今のは……」

「あなた達は健やかに前を向いて生きろ、ということよ。……多分ね」

「アウラさん……」

「さあ、今日も忙しいわよ?早くこの国を安定させてライちゃんをビックリさせないとね?」

「……はい!」


(どうしたって損な役回りを選ぶのね、ライちゃんは……。トウカちゃん、ニャンちゃん──目を離したら駄目よ?)


 アウラは僅かな不安を感じたが、それをライが知ることはなかった。



 勇者ライ・フェンリーヴ───ようやくディルナーチ・久遠国への帰還である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る