第六部 第一章 第二話 害虫駆除天使


 小国ラヴェリントにて活躍中のクリスティーナ。


 虫型魔獣のおぞましさに若干壊れながらも、一応は集落への被害を出さぬよう配慮して戦っている。その心境はさぞ複雑だろう……。


 やがて動くものが見えなくなり攻撃を止めたクリスティーナは……今度は泣いていた。


「ううっ……うっ……」

「お見事でした、クリスティーナ様」

「うぅ……マ、マリアンヌ様……。戦いとは……斯くも厳しく辛いものなのですね……」

「はい……。でも、クリスティーナ様が苦しみながらも戦い抜いたからこそあの集落は守られたのです。それは間違いなく貴女の戦果……胸を張って下さい」

「私が……守った……?」


 マリアンヌの言葉に自分の手を見るクリスティーナ。僅かに震えるその手は、以前の様な美しいものではなくマメだらけで硬くなっている。

 そして集落に目を移せば、救われた民達が感謝の言葉を叫び手を振っている姿が見えた。


 クリスティーナのその努力は多くの命を救った。誇れこそすれ、恥ずべきものは何もない。


「私……守れたんですね?」

「はい。これで貴女の行動には意味があったことが証明されました。今後、更に多くの方々を救える筈です」

「はい……はい!私、頑張ります」

「では、次に参りましょう」

「へ……?」

「魔獣はまだまだ存在します。この国……ラヴェリントを解放するまでが今回の使命であり、試練です」

「そ……そうでしたね……。私、すっかり忘れていました……」

「今後は長時間の戦闘も踏まえ力の無駄遣いを抑えることを考慮しつつ、接近戦も混えましょう」

「接近戦……。ハハ……アハハ……」


 クリスティーナは白眼で笑っている。


 これもまた愛の鞭……段階分けで無く一気に克服させる算段のマリアンヌ。クリスティーナが単独戦闘を熟せれば、マリアンヌも行動の幅を広げることも出来る。


「では参りましょう、クリスティーナ様」

「アハハ……よぉし!やるぜぇ?皆殺しだぁ~!」

「…………」


 やはり可愛らしい声で物騒な発言を放つクリスティーナ……どうやらルーヴェストの口の悪さが影響しているらしい……。


 この日から二日を掛け、休み無くラヴェリント国中の魔獣を退治して回ったマリアンヌとクリスティーナ。

 皮肉にも、ラヴェリンでは『空飛ぶ害虫駆除天使』という不本意な異名が拡がることを彼女は知らない。


 また、後にクリスティーナを知る者は『ワイルドになった……』と口にするのは余談である。



 そんなラヴェリント国の魔獣討伐もいよいよ終盤。一番守りの固いラヴェリント王都が今回の派遣最後の戦場となる。


「私は再度各地を巡り魔獣残っていないかを確認して参ります。クリスティーナ様はラヴェリント王都の防衛を兼ねた討伐に挑戦して頂きます」

「マ、マリアンヌ様抜きでですか?」

「はい。自力で解決してこそ真の実力者──。検討を祈ります」


 そう述べたマリアンヌは飛び去ってしまった……。


 困ったのはクリスティーナさん。城には近付かず上空より魔獣の索敵に専念している。


「どうしましょう、メル……」

(まぁ、良いんじゃないのかな?このまま索敵、発見、即殲滅で……)

「そうね……」


 二日間僅かな仮眠のみという状況で、クリスティーナは疲労も蓄積している。少しばかりメルレインに意識を預け眠りに就くことにした。



 そんなクリスティーナはふと夢を見る。


 そこは一面の花畑……。その美しい光景に息を飲んだクリスティーナは、しばし景色を楽しんだ。


「あら?どうしたの?」


 声を掛けられ振り替えれば、そこにはいつの間にか丸いテーブルが置かれ女性が座っている。


(ああ……これは夢なのですね……)


 クリスティーナがそう理解した時、女性は紅茶を勧めてきた。


「御一緒にいかが、クリスティーナ?」

「えっ?わ、私のことを御存知なのですか?」

「ええ……。私は貴女を良く知っています。貴女が思うよりもずっと……ね?」


 金の髪に白いドレス姿の女性は、クリスティーナが息を飲む程に美しい。

 いや……外見は確かに美しいかもしれないが、心惹かれるのは纏う雰囲気であることに気付くクリスティーナ。


「あの……貴女は?」

「私はアローラよ。少しお話ししましょうか」


 アローラの誘いを受け椅子に腰を下ろしたクリスティーナは、それだけで疲れが癒えた気がした。


「予定より早く貴女が来てしまった訳だけど、どうせだから少し伝えておくわね?」

「……?え?一体何を………」

「その前に……貴女は好いた男性は居ないのかしら、クリスティーナ?」

「えぇっ!?き、きき、急に何の話ですか……?」

「あのね……貴女に言い寄る男性はいた筈よね?でも、貴女はそれらを断っている。何故かと思って……」


 クリスティーナからすれば色恋の余裕は無かったと言いたいところだが、改めて言われると何故だろうと感じている。

 エルフトの街で訓練する騎士や貴族からは確かに言い寄られていたのだ。だがクリスティーナは、どれ程良い条件でも全て断っていたのである。


「何故……と言われましても……」

「わからない?」

「はい……。私は先ず強くなるのが先かと思ったのです」

「………。では質問を変えるわね?貴女の御姉様とシン殿の様子を見てどう思った?」

「……羨ましいとは思いました。あれ程に求め合う愛というのは」

「もし貴女にもそんな相手が居たら逢いたいかしら?」

「………逢いたくないと言ったら嘘になります。でも……」


 言い淀むクリスティーナ。その顔はとても不安気な様子。


「でも……何かしら?」

「その……」

「……?」

「わ、私は怖いのです。シン様にお逢いしてから姉は変わりました。何というか……」

「優先順位が変わった?」

「そうです!何でも出来て全てを平等に見ていた姉様が、その全てをシン様に向けている……。私さえシン様よりも下にされたような……」


 アローラは笑顔で首を振っている。


「それは少し違うわね。貴女の御姉様は優先順位が変わったのではないのです。失っていた半身を見付けたの」

「失っていた……半身?」

「ええ。『魂の伴侶』と言ってね……その二人が出会えば完全な一つの愛になる。だから、優先順位ではなく自分の魂を大事にしているだけのことになるわね。魂は深く満たされ愛にも満たされる」

「………。そんな存在が私にも居るのですか?」

「ええ……。殆んどの場合、同じ時代・同じ世界には生まれないのだけど、貴女の御姉様のように巡り会うことも出来る。そして貴女にも……」


 それでも……クリスティーナはやはり怖かった。


 そんな様子に困った表情を浮かべるアローラ。紅茶をテーブルに置きクリスティーナの頭を撫でる。



「やっぱり少し早かったわね……。でも、いつか貴女も出逢うことになると思う。その時はきっと分かると思うわ」

「…………」

「さぁ。貴女のお友達が呼んでるわ。もうお行きなさい」


 そこでハッ!と意識を取り戻したクリスティーナは、未だラヴェリント王都上空待機中だ。


(大丈夫?何度呼んでも反応が無かったけど……何かあった?)

「いえ……。そ、そう言えば何か夢を見ていた様な……」

(御免ね、起こしてしまって……でも、あれを見て)


 メルレインの指した方角に視線を向ければ、魔獣の群れが押し寄せてくるのが見えた。


「あ……あんなに……。どうしよう、メル」

(大丈夫だよ、クリスティ。貴女の力ならあの程度は倒せるわ)

「で、でも……」

(貴女はもっと自信を持つべきよ。これを乗り越えてマリアンヌに認めさせましょう)

「……そうね。より多くを救う為に」


 丁度そこに、エクレトルから派遣された天使が現れた。


「そのお姿……貴女は『ロウドの盾』のクリスティーナ殿ですね?」

「はい。貴女はエクレトルの方ですか?」

「神聖機構防衛騎士隊所属、ルルナルル・ルクス と申します。結界を任されたのですが……魔獣がまだあれ程居るなんて……」

「………。今から殲滅します。ルルナルル様は王都の防衛をお願い出来ますか?」

「お、お一人で戦うのですか?」

「いいえ。二人です……ね、メルレイン?」

(うん。その意気よ、クリスティーナ!)


 大きく羽根を広げ弓を構えたクリスティーナは、最大出力で魔力弓を放った。


 被害を考えず全力で放てば、クリスティーナの魔力弓ならば充分に消し飛ばせることは二日の内に学んだこと。

 位置的には都合が良いこの期に大半の殲滅を狙ったクリスティーナ。その目論見は成功した様だ。 


「す、凄い……」


 残るは魔獣少数と小型魔獣数百……ルルナルルが驚きを隠せない中、クリスティーナは再び少し壊れつつ突入を掛ける。


「それではルルナルル様。城の守りの方、よしなに……。行っくぞぉ?み~んな、ぶっ殺してやるぜ~?アッハハハ!アッハハ~!」


 そして始まる絨毯爆撃……。


 更に暴走気味のクリスティーナは接近戦までキッチリ敢行しつつ魔獣を完全に駆逐した……。



 マリアンヌが戻った際クリスティーナは空で踞り泣いていたが、その戦果が実に素晴らしいものだったことは言うまでもない。


「クリスティーナ様は既に単独戦力でも充分にお強い。そして予定通り、今後はドロレス様と組んで頂くつもりです」

「それじゃ……私は……」

「はい。訓練は終了となります。といっても……更なる実力向上や装備に関しては連携が必要ですので、今までと同じお付き合いになりますが……」

「はい!ありがとうございます!」

「それと……エクレトルとシウト、加えてラヴェリントからも報酬が出ております。好きな場所で暮らすことも出来ますよ?」

「……しばらくは不安なのでエルフトで暮らしたいと思います。まだ学びたいこともあるので」


 マリアンヌは満足気に頷いた。


「今後は同格の立場ですのでマリアンヌと御呼び下さい」

「では、マリアンヌ様もクリスティーナと」

「はい。ではクリスティーナ。今後とも宜しくお願い致します」

「こちらこそ宜しくお願い致します、マリアンヌ」


 こうして新たな実力者・クリスティーナが誕生した……。


(それにしても……物凄い量の魔力ですね。しかも質が高い。やはりこの方は……)


 別格──マリアンヌはそう思わずにはいられなかった……。


 何せラヴェリント国の魔獣はほぼ全てクリスティーナが殲滅したと言って良いのだ。最早疑いようがない超越存在である。



 『害虫駆除天使クリスティーナ』ならぬ、『四光翼のクリスティーナ』の名はやがてペトランズ全土に轟くことになる……。


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