勇者の帰還 編

過日回視の章

第六部 第一章 第一話 魔獣の猛威


 ライ達がシーン・ハンシーと出会った日から巻き戻ること四ヶ月──ペトランズ大陸は魔獣の脅威に晒されていた。



 幸か不幸か【第二回ペトランズ会議】が開かれていた中での魔獣出現報告は、臨時越境権限の一時的承認に至る。これにより各大国は、大陸全土を挙げての魔獣退治に乗り出すこととなった。


「あの……マリアンヌ様?」

「はい。何でしょうか、クリスティーナ様?」


 シウトとトシューラに挟まれた小国『ラヴェリント』の上空──飛翔するマリアンヌとクリスティーナは魔獣の位置を確認していた。


 マリアンヌはいつものメイド姿……ではなく、メイド服をモチーフにした戦闘服に身を包んでいる。胸当てや籠手、ブーツ型の具足など、ラジックの発明品を惜しげもなく装備している。

 その手に握られているのは、やはりラジック謹製の大剣『蒼天』……。


 クリスティーナは【御魂宿し】の能力解放状態。

 白を基調に金と青の刺繍が施された衣装と、両手首にある腕輪。やはりどちらもラジック謹製の防御用魔導具だ。

 そして、クリスティーナがその手に携える弓もまた魔導具。『鳥の翼』をイメージさせる形状の弓は、魔力放出型の魔導具である。


「あ、あの……ほ、本当に私が一人で戦うのでしょうか?」

「はい。これは試練……クリスティーナ様は既に十分な力をお持ちです。後は経験を積むことこそが成長に繋がるかと」

「で、でも……」


 不安げなクリスティーナの肩に優しく触れたマリアンヌは、真剣な面持ちだ。


「貴女が望まないのであれば止めに致しましょう。しかし、クリスティーナ様……貴女の願いは何でしたか?」

「………。わ、私は……」


 魔王に故郷を滅ぼされたクリスティーナ。もしあの時、戦う力があれば民を……両親や兄達を救えたかもしれない。

 だからこそクリスティーナは、マリアンヌに師事を仰ぎ『力』の使い方を覚えたのだ。


「……私は守りたいのです。もう何もできずに悲劇を見ているだけは嫌」


 その目に涙を浮かべたクリスティーナ……。だが、そこに先程までの不安の色は無い。

 それを確認したマリアンヌは満足気に頷いた。


「貴女が戦いを望まないお優しい方であることは存じております。しかし、貴女が戦うことでより多くの者が救われるのも確かなのです。クリスティーナ様にはその力がある」

「力ある者の義務……ですね?以前ルーヴェスト様が仰っていました……」


 今や頼れる友人となったルーヴェストは、時折マリアンヌと手合わせを行っていた。その際、クリスティーナも心構えを幾つか伝えられている。


「あの……確認なのですが、私は本当にそれ程の力があるのですか?」

「はい。恐らく貴女は、上位の魔王を倒せるだけの力を内包しています。ただ、その扱いが不慣れで周囲への被害が懸念される。それは貴女も理解しているからこそ、戦いを躊躇しているのでしょう」


 クリスティーナの内包する力は尋常なものではない。魔力の量や性質だけで言えば、マリアンヌ、シンやルーヴェストを大きく上回っているのだ。

 それは、使い熟せさえすればあの『魔王アムド』すら倒せる力。しかし……それ故に不安定で、聖獣メルレインが宿ることで力の制御が行われている。


「貴女は私との訓練で大きく成長を果たしました。幸いなことに……というと不謹慎ですが、あの昆虫型魔獣は然程強くはありません。貴女が実力を試すに程良い相手です」

「マリアンヌ様はこんな事態でも利用なさるのですね……」

「私も本来は望むことではありません。しかし、ここでクリスティーナ様が戦えることを確認出来ればやれることが増えます。それは世界の為にもなりますので……」


 この時、クリスティーナは己の失言に気付いた……。


 付き合いが長くなるにつれマリアンヌの性格を知ったクリスティーナ。マリアンヌは顔にこそ出さないが、戦いを好む者ではないのだ。


 時折見せる憂いある顔、花を愛でる優しさ、皆がマリアンヌの料理を誉める際に見せる穏やかな笑み……マリアンヌがそんな乙女であることはクリスティーナにも分かっている。

 しかし万事を完璧に熟し強い信念の元揺るがない姿を見ると、ついそんなことを忘れてしまうのだ。


「……マリアンヌ様が戦いをお好きでないことは理解しております。失言でした」

「いいえ……気になさらないで下さい。それより今は……どうなさいますか?」



 実地訓練と言っても実際に被害が出ているのである。あまり悠長にしている場合ではない。


「……やります」

「わかりました。……あの魔獣は大地以外何でも食し魔力に還元している様です。そのお陰で侵攻は遅いですが、ある程度魔力を蓄えると卵を産み瞬く間に孵ります」

「そんな……それではキリがないのでは……?」

「はい。しかも再生力も高いのです。並の兵力では手数で倒すのでは難しいですね」

「ではどうやって……」

「魔獣にはそれぞれ核があります。それを破壊すれば再生や増殖は止まります。他にあまり現実的な手段ではありませんが、魔力を奪うことでも止められるかと……」


 強さが低いといっても魔獣は魔獣……。下位魔王程の力は持ち合わせているのだ。卵を合わせばそれが世界全土に何体いるのか分からないのが現状……実は世界はかなりの危機と言えた。


「私は支援や指示に徹しますので魔獣を倒して頂きます。それを何度か繰り返して戦いのコツを掴んで下さい。その後は私ではなくドロレス様と組んで行動して頂きます。あの方ならば騎士として戦いの経験もお有りですから」

「わかりました」

「では、参りましょう。目標はラヴェリント国内の魔獣殲滅……安全が確保されれば神聖機構の天使達が結界をご用意してくれる手筈ですから」

「はい!宜しくお願い致します!」



 そうして始まった魔獣退治……。


 クリスティーナはマリアンヌとの訓練により力の使い方を学習、大きく実力を伸ばしている。

 瞬時に展開したのは未完成ながら【黒身套】……聖獣メルレインの協力を得てのものではあるが、ロウド世界の実力者と言える存在にまで成長していた。


 後は経験……クリスティーナの戦いを見守るマリアンヌは後衛として背後に付く。


 魔獣の形状は甲殻虫の外観に複数の足。頭部には鋭い一角の角と複眼

。蟷螂のような鎌、そして尾から伸びる蠍の様な尾……。

 通常の昆虫の様に腹部が軟らかい訳ではなく、全面が硬い甲殻に覆われていた。


 魔獣は小さな集落の間近に迫っていた為、クリスティーナは魔獣の前に立ちはだかり注意を引き付けた。


「クリスティーナ様。『核』の位置は【流捉】で確認出来ます。今回は魔獣の能力については再生と増殖以外お教えしません。自らの判断で『核』を破壊して下さい」

「わ、わかりました……メルレイン、お願いね?」

(ええ。あなたの力……マリアンヌに見せてあげましょう)


 カッ!と光を放ち四枚の羽を広げたクリスティーナ。魔獣の動きを止める為、素早く弓を構え魔獣の足を狙う。


 魔導具の弓から放たれたのは圧縮魔力。それは、マリアンヌがライに託された戦闘記憶から習得した技術を魔導具にしたもの。

 ラジックの魔導具『収斂しゅうれん光矢弓こうしきゅう』は、魔力を圧縮し矢として撃ち出すことが可能。どんな属性の魔力も圧縮し矢に変える為、様々な戦略に使用出来る。


 しかもクリスティーナは、メルレインと合わせればほぼ全属性の魔法が使えることが判明している。これは大きな武器と言って良いだろう。



 そんなクリスティーナが放ったのは火炎圧縮型『赫矢かくし』。素早く数回弓を引いたクリスティーナは、見事魔獣の複数の足を破壊し動きを止めることに成功した。


「このまま核を……」


 今度は籠める魔力を増やし、再び『赫矢』を魔獣の核目掛けて撃ち放つ。

 見事魔獣を射抜いた……かに見えたが、『赫矢』は核まで届かずに霧散した。


(思ったより魔力耐性が高いわね)

「ええ。でも、魔法とかは使って来ないみたい」

(もしかすると……物理攻撃の方が通るかも)

「しかし、あの甲殻ですよ?」

(だから【纏装】を使うのよ。魔力弓じゃなく纏装を展開した実装の矢なら撃ち抜けるんじゃない?)

「そうね……じゃあ試してみましょう」


 腰に下げた矢筒から一本の矢を取り出し、自らの【黒身套】で包むクリスティーナ。今度はしっかりと狙いを付け『核』を狙う。

 更に、放たれた矢は追加で放った魔力弓に矢筈やはずを押し出され釘を打つように深々と食い込んだ。


 これによりクリスティーナは、見事魔獣の核を撃ち抜いた。


 キシャーッ!と断末魔を上げた魔獣は、みるみる色褪せやがて動かなくなった……。


「やった……やったわ!」


 クリスティーナが初めて敵を打ち倒したことに喜んだ瞬間、魔獣の体を食い破り大量の小型魔獣が溢れ出す……。


「どうやら体内に卵を宿していた様ですね……」


 それはマリアンヌにとっても予想外だったが、小型であるならば耐久性も低い。今の内なら倒しやすい筈だ。

 ただ、数だけは脅威なので早めの殲滅は必要だろう。


「クリスティーナ様。このままでは集落に被害が出……」


 マリアンヌがクリスティーナに視線を向ければ、既に姿がない。周囲を見回せば遥か上空にその姿を捉えた。


「…………」


 何事かとクリスティーナに近付いたマリアンヌ。だが、クリスティーナは絶叫しながら飛び回っている。


「クリスティーナ様?」

「マ、マリアンヌ様!ムリです!気持ち悪くて無理ですぅ~!」


 クリスティーナは虫が苦手な訳ではない。小さい頃は故郷の自然を駆け回る程のお転婆で、当然昆虫にも触れている。

 だが、先程の光景は流石に刺激が強過ぎた様だ。


「……。このままでは集落に暮らす人々が犠牲になります」

「で、でも……」

「貴女は虫が気持ち悪いという理由で犠牲を見過ごせるのですか?今は私が居ますから良いですが、貴女しか居ない場合はどうするのですか?」

「そ、それは……」

「貴女は途中で投げ出す方ではない……私はそう信じています」

「──!」


 オブラートに包んだ言い回しをしてはいるが、要約するならば……。



『気持ち悪い?生温いこと言ってないで早く殺れ。でないと皆、死んじゃうよ?』




 無論、マリアンヌに悪意は無い。これはクリスティーナを鍛える為の愛の鞭なのである。


 そして、追い詰められたクリスティーナは──少し壊れた……。



「わかりました。ええ……わかりましたとも……。このクリスティーナ、虫如きに遅れをとってなるものですか!」

「その意気です、クリスティーナ様!」

「アハハハハ!え~い!死んじゃえ~!」


 涙を浮かべつつ可愛い声で笑うクリスティーナ。先ず始めたのは『収斂光矢弓』による絨毯爆撃……。魔獣の内から現れた小型魔獣を次々に殲滅して行く。

 その様子にマリアンヌは満足げだった……。


「この分ならきっと直ぐに私の指導など不要になり、単独で魔獣と対峙出来ますね」


 クリスティーナの楽しげな笑い声が響く小国ラヴェリントの空……。


 しかし、クリスティーナの試煉は更に過酷さを増して行く。

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