第六部 第七章 第十一話 祝福の塔 


 異空間から出られない……その事実はライにとって予想外のことだった。



 既にトゥルクへの査察当日──このままでは間に合わない。


 そこでふと、ある疑問が浮かぶ。



「ねぇ、クラリス。この空間と外……時間の流れって違う?」

「ん?ん~……多分違うかな?前は同じだったんだけど、最後に物資調達から戻った人達が昼夜が逆転してるって言ってたんだ。そこで外に出て確認しようとしたら……」

「出られなかった、か……。むむむむ!どの位ズレがあるのか判らないのは地味にキツいぞ………」


 ライは真夜中近くにシウト国の居城を出た。トシューラ国内にあるデルセット跡地に着いたのは、大体現地の日没から一刻程後の頃。

 時差と経過時間を考えればエクレトルは間もなく朝になる……それでも転移で飛べば間に合うだろうとタカを括っていた。


 しかし……時間の流れがズレているとなると事態は深刻になる。特に問題は流れる早さが大きく違う場合。

 戻った時には既に数日が過ぎているとなったら目も当てられない。ライは益々焦燥感が増した。


「そう言えばライは急いでるんだっけ……。何で?」

「実は………」


 ライは邪教に関するこれまでの出来事をクラリスに説明した。その内容はスフィルカも知らなかったらしく少し険しい表情を浮かべていた。


「邪教ね……そりゃ大変だ。でも、魔獣まで邪教のせいって本当なのかい?」

「エクレトルの調査では本当らしいよ。それに、最初俺が出会でくわしたプリティス教も魔獣召喚しようとしていたし、各地の邪教徒の行動も《千里眼》で確認した」

「それで査察に向かう筈だったと……う~ん。確かにそりゃ困ったねぇ」


 しばらく考えたクラリスは、他の精霊人達に何かを伝え確認を取っている。やがて許可を貰ったらしくライ達の元に戻ってきた。


「本当はおさから確認を取らないといけないんだけどさ……?」

「長……?」

「この空間の長だよ。聖獣でね?精霊人の中にその聖獣の子もいるんだ。とにかく、急ぎだから特例として今からこの空間を生み出した神獣様に会いに行くよ?」

「神獣………」


 ロウド世界の神獣とは最上位の聖獣を指す。正確には『最上位の聖獣の中でも奇跡に近い力を行使する存在』──。


 翼神蛇アグナはそのまま神の分け身。疑似太陽まで生み出し大地や自然を操る。


 聖鋼獣コウは存在が既にラール神鋼である。無から物質を生み出し、天界を形作る稀少材質・天燐鉱までも容易く創造する。



 それに並び立つ存在……確かに大聖霊との繋がりを一時的とはいえ遮断するならば、可能性としては神獣扱いになることは不思議ではない。


「まだ聞いてなかったけど、その神獣はいつから存在してるの?」

「さぁ……ただ、ワタシ達が此処に入ったのは百年くらい前かな。神獣様は世界を巡りつつ安全な住み処を用意してくれるって言ってね。初めは長と精霊人しか居なかったんだけど、その内に人も加わったんだ」


 各地で聖獣・霊獣にも声を掛けたらしいが殆どは断ったそうだ。聖獣・霊獣には役割があるのだと。


「役割……?フェルミナは知ってる?」

「はい。ロウド世界の存在は何かしらの役割があるんです。大聖霊は世界法則の管理。ドラゴン種は大地の魔力調整、と言ったように神様が存在を生み出した時に役割を与えています。無意識で熟している種も居ますが……」


 天使は神の座に在る者の補佐、人は輪廻の際に魔力を星に還す役割を担う。精霊は自然の力そのものでロウド世界の異常を伝えるという。

 そして聖獣・霊獣は、精霊と対話を行ない自然の異常を調整するのが役割なのだとフェルミナは語った。


「聖獣・霊獣が減ると自然災害が増えるんです。魔獣はそれそのものが自然災害の様な存在ですので……」

「成る程。皆支え合ってるって訳だね」

「この地は確かに安全ではありますが、飽くまで住まいとしての役割でしょう。月光郷の様な聖地があれば移り住む必要もありませんし、ここからではロウド世界の精霊の声も聞こえない。恐らくですが、だからこそ一体のみがこの場所を管理する契約をしたのかと思います」


 異空間には確かに人も自然も存在している。一応ながら精霊も存在しているらしいので、誰か管理者が必要だったのだろう。

 異空間を生み出した聖獣は力に偏りがある、若しくは力を異空間の管理に向けているので役割分担をしたかったのかもしれない。


 フェルミナの予想では、空間内をより豊かな自然にして仲間を増やしたかったのではないかということだ。


「ま、そんな訳でこの空間の聖獣は神獣様と長だけなんだ。ともかく、今から神獣様に会いに行くよ?この塔の一番上に居るから」

「分かった。行こう」


 そうは言っても、魔力が使えず飛翔出来ない異空間内。地道に歩いて上るしかない。

 階段は塔の内側を大きく螺旋しているので距離も長い。これもまた予定外だ。


「ねぇ、クラリス?」

「何だい?」

「クラリスは浮いてるんだから飛翔出来ないの?」

「この空間内じゃ無理だね。人と同じ程度の移動しか出来ないよ。この身体なら走る分には疲れないけどね?走ろっか?」

「ふむ……どうするかな。ムクジュはクラリスと同じで疲れない?」

『はい。基本的には』

「人が乗っても大丈夫?」

『問題無いですよ?本来は身体を大きくすれば全員乗せられるのですが、階段が思ったより狭いので一人なら……』

「良し……じゃあ、頼むよ。スフィルカさん、ムクジュに乗って下さい」

「えっ?」


 困惑しているスフィルカを余所に、ライはフェルミナに背を向けた。

 フェルミナは嬉しそうにライの背に飛び乗る。


「フェルミナを背負うのも久し振りだなぁ」

「はい……最初に旅して以来ですね。あの時よりライさんの背中が大きいです」

「うん。フェルミナも……」

「私も……?」

「いや、何でもない」


 フェルミナはライが行方知れずになる前よりも若干大人になっている。封印されていた疲弊が癒され、かつ自らに掛かっている封印が幾つか解けた為なのだろう。といっても、一つ二つ年齢を重ねたといった具合だ。

 だが……その胸は確実に成長していたことを『勇者ムッツ~リ』はその背に感じていた。その証拠に若干腰が引けている。



 一方、スフィルカはおずおずとムクジュの背に腰を下ろす。


「し、失礼します」

『大丈夫です。遠慮はしないで』

「はい。ありがとうございます」


 スフィルカの衣装では走るのに向かないという判断だったのだが、実はあまり関係無かったことをライは気付いていない。

 エクレトルの技術で作製された服がそんな低機能の訳が無いのである。


 もっとも、スフィルカが走ればその豊満な胸が激しく揺れることになる。それはライを更に前屈みにして移動速度が落ちる結果を推測すれば、この選択はあながち誤りではない。


「準備できたよ、クラリス」

「じゃあ、走るから付いてきてね?」

「了解。ムクジュ、スフィルカさんを頼んだよ」

『はい』


 クラリスはまるで滑るように移動を始めた。足が浮いているので地に着いた際の衝撃はない。それは飛翔と実質変わらないのだが、高さが無いのでやはり滑るという表現が正しいだろう。


 移動を始めた石造りの塔内……螺旋階段沿いに幾つもの扉か流れて行く。塔は古びた造りで所々に魔石が優しい光を灯していた。


「凄いね、ライは……全然疲れないの?」

「俺は魔人から半精霊、それから精霊体になったからね……鍛えていたこともあって体力には自信があるんだよ」


 軽快に走りながらも息切れせず会話が可能なライに、クラリスは感心頻りだ。


「ところでクラリス……この塔も例の神獣が?」

「いや……この塔は砂漠に埋もれていた古代の遺跡なんだって聞いたよ?何でも九千年前位のものだって……」

「なっ……!き、九千年も!」


 ライは流石にそこまでの古さを感じてはいなかった。精々数百年のものだろうと思っていたのだ……。


「……。もしかして、『祝福の塔』ですか?」

「流石は大聖霊様。御慧眼」

「祝福の塔……何ソレ?」

「私も詳しくは知りませんが、創世神ラールがロウド世界を去った後に次代の神・大地神アルタスが創った塔と聞いています」

「へ、へぇ~……」


 只の塔が途方もない歴史の話に変わった為ライは付いて行けない……。


「でも、何でそんなものが此処に?」

「砂漠に埋もれているだけじゃ勿体無いだろうって神獣様が拝借したみたい。土地と建物には魔術的な繋がりが無かったから問題なく移せたって……」

「…………」

「塔自体にも大きな力があるから、この空間の要にしているみたいだよ?」

「それだけ古いものなら何か貴重なものとか眠ってるんじゃないか?」

「さぁ……神獣様なら何か知ってるかもね?」


 もっと加速することも可能だったライではあるが、あまり爆走すると階段が壊れる可能性もある。

 現時点で纏装は使えない為、波動吼を利用しているライにとっては良い修行でもあるのだが……。


 そうして四半刻程駆け回り、遂に最上階である屋上に出た一行。そこは一面の花が敷き詰められた花園だった……。


「石造りの塔から一気にメルヘンに……ここに神獣さんが居るの?」

「そだよ?でも神獣様は気まぐれだから、すぐに出てくるかは分からないかな?」

「………」


 ライは神獣と言われている聖獣の姿を千里眼で確認している。その姿は二体のウサギ……しかも、少々変わっているのだ。

 とはいえ、この花園の中で感知纏装も使えないとなると確かに厄介かも知れない。


 しかし、悪巫山戯をするつもりなら付き合うつもりはない。フェルミナを背から下ろしたライは波動の出力を解放。

 波動ならば、その範囲にある存在を感じとることが出来る。たとえ隠れていても反応がある筈だ。


「!……キミは面白い力を使うね」

「クラリスには判るの?」

「わかるよ。波型の力……こんなに強いのは初めてだけど」

「フェルミナは?」

「少しだけ感じます」

「スフィルカさんやムクジュは?」

「私には良く分かりませんが、空気が変わった気がします」

『これは存在由来の力ですね?かなり珍しい力です』


 聖獣であるムクジュが最もハッキリと波動を感じている様だ。


「波動っていうんだけど何か知らないか、ムクジュ?」

『スミマセン。私にはそこまで詳しくは……ただ此処の主は興味を持ったみたいですよ?』

「主……?」

『確かに興味深いのである!』


 高らかな声の後、ボフン!と煙を上げ現れたのは黒いウサギ。真っ黒な体毛に白いタキシード、同様に白の小さなシルクハットを被っている。

 ウサギは首元に付いている赤の蝶ネクタイを気にしつつ宙に浮いていた。


 遂に異空間の主である神獣との邂逅──果たしてライは無事脱出できるのだろうか?

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