第四部 第二章 第七話 ホオズキ


 宿場町にて一時の休息を満喫したライ達は、再び歩みを始めた。目標はいよいよ嘉神領中央都市【紅辻】──。



 しかし、修業を続けながらの移動は思ったより時間を割かれてしまった。今の移動速度では【紅辻】まであと二日は掛かるだろう……それは明らかな遅れを意味している。

 加えてリンドウ・シギの修業成果ももう少し安定が欲しいところだった……。


 結局ライは、何一つ予定通りでないことに軽いショックを受けている最中である。



(……どうするかな)



 実のところ二つの不安材料が気になっているライ。それらは特に時間を掛けるべきでは無いと考えていた。



 不安材料の一つはコテツの子供達。潜入した際の牢獄は地下、しかも石造り。食事も質素なものだった。そんな牢獄生活が長引けばそれだけ体力を消耗する。早く救うべき事案である。


 加えてもう一つは記憶の改竄──。テンゼンに時間を与え過ぎれば、嘉神の重臣達全てを……いや、『紅辻の街』すらも敵方に回してしまう可能性があるのだ。


 事を起こしている以上既に準備を行っている可能性もあるが、時間を空けるほどテンゼンは身辺の守りを固めてしまうのは確かだろう。


 その結果、テンゼンに辿り着くまでの疲弊は多くなってしまうのだ。ライとしては、リンドウやシギへの負担は増やしたくないのである……。



 だが、その事実を告げ単身テンゼン討伐に向かうのでは本末転倒……。なればこそ、ライは迷っていた。



「シギ。武器を用意しておいた。試してみてくれ」

「助かる……でも、何時そんな暇があったんだ?」

「昨日別れた後に用意したんだよ。少し工夫してあるから問題があれば言ってくれ」


 シギの武器……鎖の神具の先には、分銅代りにクナイの様な刃が付いている。最大で刀の約十倍の間合いを誇る長さ。手元は腕輪型になっていて、腕輪には純魔石が二つ付けられている。


「鍛冶屋に頼んでその形にして貰ったんだ」

「成る程、使い易いよ。これで修業も捗る……どうしたんだ、ライ?」

「ん?いや……別に?」

「何かあるならハッキリと言ってくれ。でないと俺達も集中出来ない」

「……流石は密偵だな。シギには隠せなかったか」



 現在の状態の問題点を提示し、今後の行動を改めて確認することにした一同。問題点の殆どは時間……。こればかりは如何ともし難いことである。


「修業は上手くいってんだろ?でも、予定が狂ったのか?」


 やや不満気なリンドウ。しかし、問題点を真に理解していない。


「いや……そもそもの始まりは、ライが俺達に修業を始めたことだろう。本当はどうするつもりだったんだ、ライ?」

「まず単身乗り込んでテンゼンを速攻でボコボコに……。その間にシギにはハルキヨとコテツさんの子供達を救出して貰おうかと……」

「じ、じゃあ俺らの修業のせいかよ。………悪かったな、チクショウ」

「いや……最初に言ったように、それだと問題だと考え直したから二人を鍛えたんだよ。それは間違いなく俺の判断だ」


 本音では、救出したハルキヨに全て丸投げするつもりだった。国の内政まで責任は取れないのである。


 修業が無ければ僅か一日で終わっただろう嘉神の内乱。今更言っても詮無きことだが、事実はリンドウの言う通りなのだ。


 しかし……リンドウ達が責任を感じるのは可哀想な気がする、とライは考えていた。未来の領主・リンドウの成長は、今後の久遠国には不可欠。シギの成長と併せれば修業は決して無駄な訳ではない。

 身内を助けたい心も、感心こそすれ批難するべきではないのだ。


「で、どうするんだ?」

「う~ん……やっぱりテンゼンと会って来るわ。話し合いが通じるかはわからないけど、隙見てハルキヨ、トウテツ、カエデを救えればと」

「話し合いなんか通じるかよ!そんな相手が叔父御を殺す訳が……」


 興奮するリンドウ。ライの全力を見てから少し冷静さを持つようになったが、まだまだ血の気が多い……。


「落ち着け、リンドウ……。ライ。俺達はどうするのが良い?」

「そのまま修業しながら『紅辻の街』まで行けば良いよ。分身体も置いていくから回復も状況把握も出来る。心配は要らない」

「わかった。ライはすぐに行くのか?」

「明日の朝一で向かうよ。今日は色々試すことがあるんだ」

「じゃあ、俺達は修業を続ける。何かあれば言ってくれ」


 シギはライを信用に足る人物と判断している。それは恐らく、リンドウがライに寄せる信頼よりも高い。

 その理由の主たるところ……それは記憶を読まれたことだろう。



 シギは密偵。持ち得る記憶には嘉神を左右する様なもの、そして汚れ仕事さえも含まれるのだ。暗殺や謀略は数知れず、ただ嘉神領の為だけに己を……そして他人を殺してきた。記憶を覗いたライであればそれを知らぬ訳がない。ならばこそ侮蔑されることを覚悟していた。


 だがライは、何も口に出さず至って普通に接している。それどころか、シギの想い人のツグミを安全な場所に避難させたのだ。加えて修業を続け、威圧を掛けたことを謝罪し神具まで手渡したのである。


 他人……しかも他国の者に対しての態度にしては過剰に感じるほどに、ライは対等……いや、誠意の姿勢を貫いているのだ。



 そして最大の理由は『目』──。


 密偵であるシギは、人の心を見抜く為の洞察力を持っていた。大概の人間は視線に本当の意図を顕していて、態度との差でその意図を予想することが出来るのである。

 だが、ライにはその差異が見当たらない。悲しんでいる時、怒りを表した時、全てそのままの目をしていた。良く言えば裏表無く、悪く言えば単純。勿論、稀に感情を隠すこともあるがその目に悪意が無いのである。シギにとってそんな相手を見るのは初めてのことだった。


 ライが異国人である故に完全に心を許せないのは密偵の性。それでも、無駄に疑念を向けない程度にはシギはライを信用しているのである。


(まだ何か隠してる様だが……どのみち信じるしかないな)




 その後、分身体を残しライは姿を消した──。


 戻って来たのは日の暮れた時刻。今までにないグッタリとした姿で夜営地に帰還した。


「ど……どうした!何をやってたんだ、ライ?」

「俺も俺なりに修業してたんだ……流石に疲れた……」

「おいおい……テメェが修業とか必要あんのかよ?どんな冗談だ」

「人間は生涯修業、ってのはウチの兄貴の言葉でね。別に戦いに限らず修業は出来るんだってさ。リンドウ……お前は領主になるんだから、その意味を理解しないとな」

「何だ急に……わかってるよ、言われなくてもな」

「そうか……なら良い」


 リンドウは既にライを認めている。ただ強情な為に態度に顕せないだけなのだ。


「ともかく、今日は疲れたからもう寝る」


 食事も摂らずゴロリと寝転がり寝息を立て始めたライ。その姿を珍しげに見つめるリンドウとシギは、食事をしながら小声で話を始めた。


「アイツがあんなに疲れるってどんな修業だ?」

「さぁな。わかっていることは『とんでもないお人好し』ってことと、俺達が大きな借りを作ったことだな」

「借り……か。にしたって面倒見良すぎだぜ?散々ケンカ売った俺に対して『修業』に『神具』ってのはな」

「それを言うなら俺もだろう。操られていようが曲者には違いない。だが、命どころか大事な者まで救われた」


 再び視線をライに移すと全く同じ姿で横たわっている。見た目は自分達と変わらない年頃の赤髪の男。今は超常のカケラも見当たらない。


「恐らく明日には殆どが片付くだろう。そうしたらライとはお別れだ」

「………………」

「もしかすると二度と会えないかも知れないな」

「……何が言いてぇんだ、シギ?」

「……ライを引き止められないか?そうすれば、この久遠国にとって大きな価値が……」

「それは無理じゃな」


 二人の会話に割って入ったのはメトラペトラである。どうやら樹上で酒を飲んでいたらしく、ゆっくりと降りてきたその姿からは仄かな酒の匂いが漂っていた。


「ヤツにはヤツの帰る場所がある。ここに立ち寄ったのはたまさかのことよ。見捨てはせぬが根付くことは無いと心得ることじゃな」

「……………」

「まあ、この国が開国すればまた事情は変わるやも知れぬがのぉ。行き来が自由ならば久遠国は『親しい国』になり得る。じゃが、今は異物としての存在……後の争いの種になりかねないならば居続けるとは思えぬよ」

「開国か……」


 久遠国には開国派も存在する。それが必要なことなのか……リンドウとシギは正直、理解出来ない。


「だからライはお主らを鍛えておるのやも知れぬな。この国への置き土産と考えて、のぅ」

「……俺達にそんな価値があるのだろうか?」

「そこまでは知らぬ。が、お主らの急成長はライの手に因るもの。気付かんかったじゃろう?」

「それはどういう……」

「普通、一日そこらで成果など出んわ。肉体成長も纏装操作も、陰でライが手を加えた結果じゃ」


 メトラペトラの話は二人に衝撃を与えた。


 リンドウとシギが眠りに就いた後、ライは二人を一晩中【覇王纏衣】で包んでいたのだという……。

 肉体の成長は命纏装、魔力上昇は魔纏装。両方の特性を持つ覇王纏衣を一晩中最大出力で纏わせたのが一日目。それが急成長の正体だったのだ。


「その後の修業はそれを維持する為のもの。故に命纏装と魔纏装の重ね展開じゃ。……本来ならば今の状態は並の才能で三年以上掛かるぞよ?」

「……マジかよ」

「………………」

「じゃからお主らは幸運じゃと言ったのじゃよ。そんな途方もない労力を浪す真似は魔人しか出来ぬ。まずライしかやらんと断言出来るわ」


 三度ライに視線を移せば何故か二人に殖えていた……。


「…………」

「…………」

「……と、ともかくじゃ!お主らはそれに応えねばならぬぞよ?ライはお主らに何かを期待したから手心を加えたのじゃからな?」


 メトラペトラは再び上昇して闇の中に消えていった……。


「……責任重大だな、おい」

「ということは、ライは始めからテンゼンと戦わせる気がなかったのだろうか?」

「いや、それは無ぇな。多分だが『紅辻』まで三日で到着してりゃ戦わせたんじゃねぇか?勿論、俺らが死なねぇ様に小細工を使ってな?」

「……かもしれないな」


 爆ぜる焚き木を見つめながら食事を口に運ぶリンドウ。ずっと考えていながら口に出すことを躊躇っていた事実がある。意を決したリンドウはそれをシギに確認した。


「叔父御は……開国派だったのか?」

「………………」

「まあ答えたくなきゃ構わねぇ。これからは俺の独り言だ」


 リンドウが語り出したのは叔父コテツの話だった。



 嘉神領に婿入りして領主になったコテツは、実に活動的な人間だったという。

 嘉神領は海が無い内陸領地。コテツは少しでも嘉神領を豊かにする為に、不知火領の港に嘉神の商人を配置し交易に努めたのだ。


 リンドウがライドウに連れられ嘉神領に遊びに行った際、スランディ島国の商人と話す叔父コテツの姿を見ていた。そしてその会話も……。


「今のままでは久遠国も神羅国も行き詰まるだろう。スランディから齎される品には我々の及ばない技術が幾つもあるのだ。これ程差があっては、やがてディルナーチ大陸は危機に陥る」

「確かにそうかも知れません。ペトランズ大陸には『魔導科学』なる技術が拡がりつつあると聞きます。かの技術では夜も昼の如き灯りを、水を容易く湯に変える技術を、そして魔物をより安全に狩る武器を生み出しているそうですからな」

「そう……。そんな技術でディルナーチ大陸が攻められれば瞬く間に蹂躙されてしまうだろう。例え我らに異能があろうともな……だから」


 開国を、と何度も口にしていたのを覚えていたのである。


 リンドウが更に記憶を辿れば、コテツはライドウとの話し合いの為に何度も不知火を訪れていた。コテツの息子、トウテツはそんな父の姿を誇らしげに語っていた。


「父上はこの国を強くしようとしている。国王が認めて下されば、やがて久遠国は世界に歩みを始めるだろう。そうすれば、神羅国も狭い大陸での争いを止めて仲良くなれる筈だ」


 リンドウにはその考えが正しいのかは未だに分からない。だが、神羅国との争いが無くなるなら悪くないとは思っていた。

 遠い昔に別れた同族。今や行き来すら無くなった遠くて近い兄弟国は、今どんな国になっているのだろうか?


「俺は正直、わからねぇんだ……。開国も鎖国も立場毎にそうしたい理由があるだろうからな?だけどよ……」


 そのまま寝転がり満点の空を見上げるリンドウは、核心を語る。


「だからって叔父御が殺されなくちゃならねぇ謂れは無ぇんじゃねぇか?」

「………リンドウは、コテツ様が開国論者だから殺されたと考えているのか?」

「そうだからじゃなくて、心当たりがそれしか無ぇってだけだ。少なくとも……恨み買う人じゃなかった筈だぜ?」

「……………」


 シギも正直なところ分からない。シギの主は、正確にはコテツではなくハルキヨなのだ。ハルキヨはそういった話をシギにしたことはなく、またシギも興味を持つことなどなかった。


 ただ主命に従う、それが隠密という存在──。



「俺は……ライが俺達を嘉神に向かわせることに意味がある気がする。考えすぎかも知れないが……」

「どうだかな……。だけどよ?引き返させないことには感謝するぜ。以前ならテンゼンをぶっ殺して終わりと考えてたが、今なら理由を聞くべきとも考えられる」

「ともかく明日……ライ次第だ。情報が入るか、テンゼンとだけ戦うか、嘉神領相手の戦になるか……。明日、決まる」

「へっ……その方が俺にゃ楽だな。グダクダ考えるのは性に合わねぇ。俺達も寝ようぜ……早く強くならねぇとな?」

「そう……だな」


 修業は続けるようにライにも言われている。そして今、出来ることは修業だけなのだ。ならば休息も仕事。


 割り切った二人が眠りに落ちるのは早かった……。


 修業の疲労は直ぐに蓄積する。ライが回復魔法をかけ誤魔化しているが、精神までは休まらない。よって休眠は不可欠……リンドウ・シギともに身体がすっかり対応し、直ぐに眠れるようになっていた。





 そして、リンドウとシギが眠った半刻後。夜営地の上空にはライとメトラペトラが浮かんでいた。


「もう良いのか?」

「ええ……十分に休めましたよ。それに、あんまり待たせちゃマズイでしょ?」

「良いのかぇ、本当に……」

「まあ、取り敢えずですから。師匠はここで……」

「お主も学ばんのぉ……アヤツらはワシの弟子ではない。野性動物に喰われようが魔物に喰われようが知ったことではないわ」

「……ま、まあ、分身体も居るし大丈夫でしょう。じゃ、行きますか?」

「そうじゃな」


 二体の人外が向かったのは夜営地からかなり離れた小高い丘。そこには人影が一つ……月を仰いで立っている。

 ライ達はその側に飛翔し着地。人影の主は感嘆の視線を向けていた。


「飛翔魔法ですか。素晴らしいです」

「そりゃどうも。で……わざわざ魔力で挑発をしたのは、そんなお世辞を言う為かい?」

「いえいえ。私ごときの魔力に反応して貰える自信がなかっただけですよ。だから振り絞ってみただけで挑発ではありません。貴方に比べれば微々たる力ですから」

「ふぅん……で、アンタは一体どちら様?」


 人影が姿勢を質すと、月を覆い隠していた雲が晴れその姿を照らす。成人にしては小柄にして細身、線の細い容姿はどう見ても嘉神の重臣ではない。


「失礼しました。私の名は『ホオズキ』と申します。以後お見知り置きを」

「これはご丁寧にどうも。俺の名前は……」

「ライ様……そして大聖霊メトラペトラ様ですね?存じ上げております」

「成る程ね……ずっと“見ていた”のはアンタだったか……。アンタ、魔人だよな?」

「やはりお気付きでしたか……ウフフフ」


 ホオズキと名乗ったのは黒髪を右肩でおさげにした少女の容姿。目鼻立ちは整っているが、その目には妖しげな光を帯びていた。


「フン……気持ち悪いものを張り付けおってからに。不愉快な小娘めが」

「申し訳ありませんでした。貴殿方はこの国には異物なのです。見張らない訳にはいかぬ苦心、ご理解下さいまし」

「まあ、それは良いよ。異物ってのは本当のことだし。で、もう一度聞く。アンタは何処の誰で、何の用?」


 口調は穏やかなライだが、その身から出るのは尋常ならざる殺気。ホオズキは一瞬息を飲んだが、努めて冷静に答えた。


「……私はディルナーチ大陸の裁定者【御神楽】に所属する者、ホオズキ。貴殿方にお願いが有って参りました」

「お願い?一体何の……」

「貴殿方にはディルナーチ大陸のあらゆる物事に関わらないで頂きたいのです」

「はい?どういう意味?」

「言葉通りにお受け取り下さい。この大陸は貴殿方の介入を望みません。滞在も物見遊山も構いませんが、政治に関わること一切ご遠慮願います」


 笑顔のままだが冷たさを込めた言葉。ライ達の力を知りながらも態度を軟化させない……そんなホオズキ自身の覚悟が伝わる言葉だった。

 だが、それはあっさり打ち崩される。


「お断り致します」

「………」

「まず理由を聞かなきゃ納得出来ないね。それにホオズキさん、だっけ?アンタ俺より弱いと理解しておきながら単身で来ただろ?アンタの意思か?」

「いいえ。ですが使命ですので……」

「はい、アウト~!アンタがアンタの意思で来たなら話だけは聞くさ。でもね?殺されるかも知れない相手に配下を送る様な組織には従えない」


 ホオズキは無言のままライを睨んでいる。しかし意に介さないライは構わず続けた。 


「最低限の礼儀の話だよ。俺は久遠国領主の友人として招かれた。だから友人として力を貸す。それだけのことだ。で、アンタらは俺の何?友人を助けるのを邪魔するほど偉いの?」

「それは……しかし……」

「どうやら伝わってないのかな?じゃあ仕方無い。戦争する?」

「!そ、そんなつもりは……」


 ホオズキは慌てた。脅しとタカを括るにはライの目はあまりに本気なのである。【敵対だけは避けよ】──そう厳命を受けている以上、対応を誤る訳にはいかない。


「ど、どうか話を……」

「だ~か~ら~!話を聞かないなんて始めから言ってないよね?一方的に要求して来たのはソッチでしょうが。それとも拒否してもチョッカイ出して来ないの?じゃあ、わざわざ呼び出さなくても良くね?」


 捲し立てるライ。ホオズキは矢継ぎ早の質問に答えられず混乱している。


「大体【御神楽】だか何だか知らないが、『この大陸は望んでない』とか何様なの?王様なの?なら大陸統一したら?」

「うぅ……」

「まず責任者が来るのが筋でしょ?あ~……何か不愉快になっちゃったなぁ~……帰りますか、師匠?」

「そうじゃな。まさに無駄足……不愉快極まるわ」

「ま……待って!」

「何で?これ以上何の意味があるの?」

「うぅっ……うっ……」


 とりつく島も無いライ達の態度に、ホオズキの感情は遂に限界に達した。


「うわぁぁぁん!そんなに冷たくしなくても良いじゃないですかぁ!」

「うぉっ!此奴、急に泣きおったわ!」

「あ~あ……師匠泣かしちゃった~!可哀想に……」

「いや!どう見てもお主が泣かし」

「びえぇぇ~っ!話ぐらい聞いてくれても良いじゃないですかぁ~!私だって好き好んでこんなことやってる訳じゃないんですよ?なのに!なのにぃ!」


 完全に素になり泣き喚くホオズキ……。余程鬱憤が溜まっていたのか次々に愚痴を溢す。


「大体、私はイヤだって言ったんですよ!なのに皆で押し付けて誰も代わってくれないし……親方のハゲ野郎も話を聞いてくれないし!もぅ!みんな嫌いだぁ!うわぁぁぁん」

「…………。た……大変だったねぇ。あ、飴食べるかい?」

「ひっく……頂きます……」


 おやつ用として昨日買っておいた飴を差し出すと、ホオズキは泣き止みつつ飴を頬張った。


「え、え~っと、ホオズ……『ホオズキちゃん』て呼んで良い?」

「特別に許してあげます」

「あ、ありがとう。で、ホオズキちゃんはどうしたら納得して帰るの?」

「あなた方がディルナーチ大陸の事情に関わらないと約束して頂ければ、怒られません」

「お、怒られないんだ……でもね?俺は友人達を放っとけないんだよ。それは分かるだろ?」


 ホオズキはツーンと横を向いた。まるでお子ちゃま。登場時の妖しげな気配は微塵も見当たらない……。


「くっ……。じ、じゃあホオズキちゃんに伝言を頼みたいんだけど……偉い人に」

「良いですよ。何て伝えますか?」

「そうだな……『文句あんならテメェで来やがれや、あぁ?』って」

「却下です!それじゃホオズキが怒られちゃいますよ!全く、これだから強い人は……」

「えぇ~……な、何かすみませ~ん……」


 ブツブツと文句を言っているホオズキに強気になれない辺りがライらしいのだが、メトラペトラはライほど優しくない。


「おい、小娘……。馴染んでいる様じゃが、立場を理解しとるかぇ?」

「た、立場ですか?」

「そうじゃ。首魁が来ないのであれば話は終わりじゃろうが。帰って呼んでくるか諦めるか……好きな方を選べ」

「か、帰ると言っても……」

「そもそも、ホオズキちゃんはどこから来たの?」

「ええっと、ここから南東に行った鎖霧山脈から……」

「山か……何日掛かった?」

「えぇと……五日ほど徒歩で」


 魔人なのに徒歩……。これにはメトラペトラも同情の色を隠せない。


「五日……風呂や飯はどうしたんじゃ?」

「お風呂は川で水浴びですよ?食事は獲物を見付けて狩りを……」

「お金は持ってないの?」

「私達は極力人に関わってはいけない決まりなんです。だから今回、お金は全く持ち合わせていません」

「ふ、服は?服はどうしてるの?」

「自分で作りました。変ですか?」


 寧ろ上等な品に見える服を纏うホオズキ。作りや技術は人の街を覗いて真似たらしい。


「……師匠。どうやら可哀想な子のようです」


 ブワッと涙を流し口を押さえているライ。メトラペトラは納得して頷いている。


「失礼です!ホオズキは可哀想じゃありませんよ!」

「良いから良いから。じゃあ、ホオズキちゃんは俺を監視してね?それなら五日も掛けて徒歩で帰ら……なく……て……うぅ…不憫すぎる……」

「や、止めてぇ!ホオズキを憐れまないで下さいぃ!」

「はい、飴あげる」

「頂きます」


 不憫すぎるホオズキ……。五日も掛かる距離をやって来て手ぶらで帰すのでは、あまりに不憫……。


「帰り……送るからね?監視……監視して、ね?それなら大丈夫でしょ?」

「し、仕方無いですね。そこまで言うなら……」



 こうして【御神楽】なる怪しげな組織から来た不憫な少女は、監視という方便でライ達に『保護』されることとなった……。



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