第五部 第四章 第十話 ゲンマとアサガオ

 スイレンと分かれ宿を出たゲンマは、街より程良く離れた森を見付ける。


 そして早速始めたのは神具の試用──。具足はともかく籠手の【属性変化】には様々な可能性がある。加えて【分身纏装】も使い熟せれば、更なる高みに至れるだろう。


「幾らライが強いったって、全部おんぶに抱っこなんてのは間違ってるからな……何より俺の意地が許さん。取り敢えずの目標は龍と渡り合えるまでだな」


 最終的には神具に頼らずサブロウを越えること。それが達成出来れば、いつか神具ありでもライに一撃入れることが目標だ。


「さて……先ずは分身の研鑽を……」


 出せる分身は三体……だが、思うより負担が激しい分身。原因は理解している。


「こりゃあ纏装が安定しないからだな?覇王纏衣の分身なら負担は軽いが強度が下がる。やっぱり黒身套ってのを極めなきゃ話にならんか……いや……待てよ?」


 纏装を分離しそれぞれ維持するから負担が大きいと気付いたゲンマ。分身は魔力と意識を特に使用する。つまり精神負担が大きいのだ。


「視界が四人分になるから情報が余計に入る……なら、分身しなくても良いんじゃねぇか?」


 ゲンマが考えたのは部分的な分身。自らの身体を主体とし、手や足などの部分増加を意図したものだ。


 しばし試行錯誤の末、ゲンマの思惑は成功した。


 それは最もバランスの取れた六腕形状……足を増やすと動きが鈍り、手を増やし過ぎても互いが邪魔になる。結果、洗練されたのが分身の腕四つを足した六腕だった。


 ただ、通常の感覚に無いそれを補助するにはやはり意識拡大が必要となる。その為の二つの目が額にも発生していた。


「……傍目から見りゃ化けモンだな、こりゃ。ま、ライもあの姿を気にしてる様子は無かったからな。戦いの場限定なら問題ないだろう。さて、次は……」


 六腕四眼の状態を維持したままもう一つの神具機能【属性変化】を試す。六腕状態に慣れ、かつ属性変化の多様性を追究する為の研鑽。ゲンマは内心楽しくて仕方が無い。


「腕全部を違う属性に出来ることは理解した。………。確か属性は重ねられるとか言ってたな」


 ゲンマは試しに左右の腕を組み合せ、炎と風を混ぜてみた。黒身套を扱うだけあり、纏装の融合は見事に成功……渦巻く炎を腕に纏うことが出来た。


「こりゃあ良い。ちょっとばかり難しいが、慣れりゃあ良い技が出来そうだ」


 続けて渦巻く炎を圧縮。やはりまだ完全な圧縮には至らないものの、腕の魔力程度なら圧縮可能……つまり腕のみの分身には操作もそれ程苦労なく展開できる。

 その意味でも今回の研鑽は上手く噛み合ったと言える。


「あとは色々と組み合わせがありそうだな。ライの話じゃ反属性を合わせると神格属性になるんだったな……どれ……」


 火炎と氷結、光と闇、回復と呪殺。創造系は飛翔と大地なので、飛翔属性が使えた場合に先送りになった。


 だが、神格属性は尽く失敗。ゲンマは肩を落として溜め息を吐く。

 しかし、ゲンマは研鑽を生き甲斐とする男……気を取り直し根本の原因を把握し始める。


「要は慣れと研鑽不足ってヤツだな。先ずはライが一番簡単だと言っていた飛翔を身に付けないと話にならんか。改めて思うが、神具ってのはかなり楽させて貰ってんだな……」


 ちょっとした意識で飛翔出来る具足。魔力も蓄積されている為負担もほぼ無いに等しい。

 それらを全て自分で熟しているライに僅かに嫉妬したゲンマ。だが、自分の思い違いには気付いている。


「アイツは荒野の中を歩いている様なモンだ……羨むのは筋が違うな」


 出会って縁が出来た相手全ての幸福を純粋に願うなど、ゲンマには到底無理な話だ。その為に割く労力だけでもゲンマの修行数年分に至る。

 それが広がり続ける男の真似など出来る訳もない。


「ま、アイツの足手纏いにらならない程度には強くなってやるさ……。さて次は回復魔……」


 と……研鑽を続けていたゲンマの耳は微かに何かを捉えた。


「ん?何か聴こえたが……気のせいか?」


 そう思ったのも束の間……再びその耳は何かの音を捉える。今度は先程より近い。


「だ、誰か~!助けて~!」


 それは女の声……やがて声は地鳴りと共に近付いてくることに気付く。


「助けて~!」


 良く聞けばそれは子供の声……馬が地を駆ける音から、何者かに追われている様だ。


 そう理解したゲンマは素早く声の主を目指す。仮にも長の地位に居るゲンマが、困った者を見捨てることは無い。特に子供ならば尚更だ。



 そうして見付けたのは、盗賊らしき男達から馬で逃げる女の子。パッと見て着ている服からかなり裕福な身分と判るが、馬にしがみついているのは一人だけ……供の姿は無い。


「お前ら逃がすな!大事な金蔓だ!」

「わかってぶばべっ!?」


 追っていた盗賊の一人を蹴り飛ばしたゲンマは、そのまま飛翔。逃げる馬から女の子を抱えて森の中へと姿を消した。


(思わず助けちまったが、アイツらが例の盗賊だよな……こりゃあ、警戒されちまうか?)


 明後日に拿捕する予定の盗賊。ゲンマの行動は確かに計画を狂わせるかもしれない。

 だが、計画の為に人を見捨てられる程冷血漢ではないのがゲンマという男だ。


「大丈夫か、お嬢さん?」


 ゲンマの問いに少女は呆けている。


 改めて見れば、少女はかなりの身分らしい着飾りよう……歳の頃は十二、三といったところだろう。


「何があったんだ……?」

「…………」


 少女はゲンマをじっと見つめている。


 飛翔して助けた為に混乱しているのかと考えたゲンマは、少女の頬をペシペシと叩いた。


「お、おい!しっかりしろ!」

「はっ!わ、私は……」

「盗賊に追われてたんだろ?偶然近くに居たから助けたんだが……」


 その言葉で我に返った少女は、佇まいを直し深々と頭を下げる。


「あ、危ないところを助けて頂いてありがとうございました……。私はアサガオと申します。美景領主イワシゲの娘に御座います」

「んなっ!」


 まさかの姫様……ゲンマは流石に混乱した。


「な、何で姫様が盗賊に……大体、御付きはどうしたんだ?」

「そ、そうでした!」


 アサガオの話では、隣の領地へ輿入れの話が上がった為に見合いに向かったのだという。

 その帰り道、突如盗賊に襲われたらしい。


「臣下の一人が私を馬に……それからはただ馬に身を任せ逃げていました……」

「そりゃあ、運が悪かったな……。だが、助けられて良かった」

「み、皆は……見掛けませんでしたか?」

「生憎姫様しかいない……。どれ……俺が見付けて来てやるから、姫様はここで隠れてな」

「嫌っ!一人に……一人にしないで……」


 今し方の恐怖は根強い様で、アサガオはゲンマの服を握り締め震えている。


「……仕方無ぇか。分かったよ……姫様も連れて行く。家臣達はどっちだ?」

「私が……ご案内致します!」


 気丈な態度を見せたアサガオに感心したゲンマは、思わずその頭を撫でた。


「ちっとばかり驚かせるが、警戒はしないでくれよ?」

「えっ?」


 アサガオを抱え森の中から空へ……そのまま飛翔し見下ろすゲンマは、アサガオの指示を仰ぐ。


「どっちか分かるか?」

「…………」

「姫様!」

「え!あ……き、北……あちらです!」

「了解だ」


 飛翔するゲンマに未だ驚きを隠せないアサガオ。突然の出来事なのでゲンマは力を隠す余裕はない。


「居た……まだ何とか無事の様だな」

「お、お願いです!皆を助けては下さいませんか?御礼は存分に致しますので……」

「助ける。が、礼なんて要らんぞ?姫様にゃ家臣が大事なんだろ?」

「はい……私の家族同然ですから」

「分かった。任せろ」


 そうして分身一体を発生させたゲンマは、姫を預け自ら地上に降り立った。


 驚いたのは家臣達と盗賊の両方。敵とも味方とも判らぬ輩の出現……当然、双方から警戒される。


 だが、ゲンマの言葉で一気に流れが傾いた。


「姫様は無事だぜ?今から加勢する……つうか、盗賊は全員ブッ飛ばす。ちょっと待ってろ」


 家臣達がその言葉に答える前に、ゲンマは素早く攻撃開始。実に数秒で十人程の盗賊が気を失った。


「き、貴公……何をした……?」

「ん?全員の顎を殴っただけだ。頭が揺れりゃ気絶するからな」

「……………」


 実際のところ家臣達には何も見えなかった。ただ黒い影が素早く横切っただけに見えたのだ。


「そ、そうだ!ひ、姫は!」

「ん~……」


 ゲンマの指差した空に視線を向けると、そこには姫ともう一人のゲンマが……。


 驚き続きの家臣達……だが、姫の無事は皆の安堵を誘う。


「姫……!御無事で何より!」

「危ないところをこの方に助けて頂きました」

「おお……!な、何と御礼を言えば良いのか……」


 分身を解除したゲンマは頭を掻きながら照れている。


「そんなことより、ここから離れた方が良いぜ?他にも盗賊が居るかもしれん」

「ご、ごもっとも!皆、急いで移動するぞ!」

「その前に怪我人はこっちに……」


 ゲンマは回復魔法 《癒しの羽衣》を目一杯広げ、怪我人達の即事治療を施す。幸い深傷の者はなく瞬く間に治療を終えた。


「………し、失礼ですが、あなたの名は?」

「ゲンマだ。まあ、通りすがりの武闘家だ……城までは護衛してやるよ」

「かたじけない、ゲンマ殿!」


(あ~あ……やっちまったかな?ま、どうせ俺は見捨てられなかっただろうからな……盗賊が警戒したら勘弁だぜ、スイレン殿?)


 美景領の盗賊退治は、アサガオ姫を救ったことにより幾分予定が変わってしまうだろう。


 だが、この出会いこそラカンが仕組んだものであることをゲンマはまだ知らない……。



 美景領の姫アサガオと家臣達を成り行きで救ったゲンマ。その流れで、護衛をしながら深鳴の街を目指すこととなった……。


「本当に助かり申した、ゲンマ殿。私は美景領家臣、シゲモリ・ハルアキラ」

「スミベ・ゲンマだ。雁尾領の片田舎で長をやっている。美景領に来たのは……まぁ偶然だな」

「しかし、我々はその偶然に救われた。本当に感謝する」

「参ったな……俺は堅苦しいのは苦手なんだよ。大体アンタ達の方が身分は高いんだ。畏まった喋り方は勘弁してくれ」

「しかし、恩は恩。礼儀は弁えねばならぬ」


 中々に強情なハルアキラにゲンマは苦笑いするしかない。



 一行は拿捕した盗賊を馬車に乗せている。アサガオは別の馬に乗せ、残りの馬には荷物。その為家臣や従者は徒歩になり、どうしても緩やかな移動となってしまう。


「しかし……あの盗賊共は姫様を狙ったのか?それとも、美景はただ治安が悪いのか?」

「いや……美景領は比較的治安が良いと自負していたのだ。だからこそ他領地までの道程の護衛も少なかった。完全に我々の油断だ」

「ってことは、あの盗賊共は領地外から来た可能性がある訳だな……ただ金持ちを狙っただけかもしれんから益々目的が分からんな」


 実のところ目的などどうでも良いゲンマ。予定通りの場合は明後日に盗賊達を倒せば済む。もし予定が狂っていた場合は、スイレンにでも聞けば良いだろう。


 だが、ハルアキラからの申し出が予定そのものを方向付けることになる。


「無礼を承知でお頼み申す!どうか盗賊を排除するまでご協力願えないだろうか?」

「は……?」

「お恥ずかしい話だが、我々の力では姫を守れなかった。奴等は一人一人がかなりの手練……奴らの目的が分からぬ以上、頼れる味方が少しでも欲しいのだ」

「むぅ……」


 まさか『実は盗賊退治の為に滞在予定です』とは言えないゲンマは返事に困る。


 そして……そんなゲンマを見つめ続ける熱い視線──。


「姫様……俺の顔に何か付いてるか?」

「えっ?い、いいえ!」

「そうか……なら良いんだが……」


 アサガオはその後も熱い視線を送っている。家臣達は気付いていない様だが、ゲンマは気になって仕方が無い……。

 敵の急襲を防ぐ為に感知纏装を張っているので余計に知覚出来てしまうのだ。


(……な、何だ?やっぱり何か付いているのか?)


 不安になったゲンマは、街に着いたら宿で風呂に入ろう等と見当違いのことを考えていた……。



 熱い視線の理由は単純明快……アサガオの一目惚れである。


 アサガオの窮地を颯爽と救ったゲンマは、更に大事な家臣達までもを救ったのだ。さぞ運命を感じたことだろう。

 更にアサガオの好みにガッチリと嵌まった、男らしさ溢れる外見……当然、アサガオ本人も無意識の内に視線を送っているのである。



 そんなアサガオの気持ちに気付く訳もないゲンマさん。そもそも修行好きのがさつな男は、今まで色恋沙汰とは無縁の状態だった。


 更に魔人化が子孫を残すことを無頓着にさせた為、尚更鈍感になってしまったのである。


 ある意味ライより残念な漢と言えるかもしれない……。


「と、取り敢えず街に急ぐか……。俺は明後日まで街に滞在を予定している。それまでは街の守りには協力するから、その先は改めて考えて返事したい。それで良いか?」

「かたじけない。先ずはそれだけでも心強い……」


 宿泊予定の宿をハルアキラに伝えたゲンマ。その後は警戒を維持しつつハルアキラと世間話を交わし、美景領の現状を把握。

 その間もアサガオから熱い視線は注がれ続け、ようやく深鳴の街へと到着した。


 拿捕した盗賊が居るので念の為城の前まで送り届けたゲンマは、ハルアキラの歓待を断り立ち去ろうとした。

 その時、アサガオが慌てて馬から下りゲンマの服を掴んだ。


「あ……あの……!」

「ん?何だ、姫様?」

「あ、アサガオとお呼び下さい、ゲンマ様」

「アサガオ様……これで良いか?」

「いいえ……アサガオ、と」

「………」


 視線を送ったゲンマに対し、ハルアキラ以下家臣一同は耳を塞いだ。

 家臣としての精一杯の配慮……良き家臣達であることはゲンマにも理解出来る程である。


「ア、アサガオ……」

「はい!ゲンマ様!」


 パッと明るい表情になったアサガオ。鈍いゲンマは軽く混乱していたが、目の前の少女の笑顔を守れたことは不思議と誇らしかった。


「家臣達も何とか無事で良かったな」

「はい。全てゲンマ様のお陰です」

「ア、アサガオも怪我はないんだな?」

「はい。お陰様で掠り傷一つありません」

「そうか……」


 そこで少しモジモジしていたアサガオは思い切って言葉を発した。


「あ、あの!お、お願いがあるのですが……」

「ん?俺に出来ることか?」

「は、はい。出来れば……その……頭を……」

「頭……?」

「私の頭を撫でて頂きたいのです」

「なんだ……そんなことか……」


 快諾したゲンマはアサガオの頭を撫でる。がさつなゲンマと言えど極力優しく撫でたのは、女性に対する配慮を若干でも持ち合わせていたからだろう。


「怖かっただろうがもう大丈夫だ。御領主には問題が解決するまで極力外出を控えた方が良いと伝えてくれ」

「はい……」

「……大丈夫か?顔が赤い様だが……」

「はい……」


 再び注がれる熱い視線。ゲンマは再び混乱した。


(やはり顔に何か付いてるのか……)


 やはり鈍感。アサガオはそんなゲンマの手を握りかんざしを手渡す。


「ゲンマ様はお礼を拒みますが、せめてこれをお持ちください」

「……良いのか?こんな高そうな物……」

「ゲンマ様が持っていて下されば私も守られている気がしますから……」

「わかった。大事にする……それじゃな」

「はい………」


 寂しそうなアサガオの顔が少し気にはなったが、ゲンマは宿に戻り一刻も早く顔を洗う為に立ち去った。


「……行きましょう、姫」

「はい……」


 この日の盗賊の話は領主に伝わり、街の警戒に併せ盗賊退治の準備が進められることとなった……。



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