第五部 第四章 第九話 ゲンマの役目



 雁尾より各地に散った者達は、それぞれの役目に向け動き始めた。



 そんな中、目的を告げず行動を始めた者が約二名───。



 一人は御神楽の剣士スイレン。


 ディルナーチでは貴重な飛翔魔法の使い手であるスイレンは、神具ではなく自らの魔法で空を移動している。


 そして、もう一人……。


 神具による飛翔を行っているのは、純辺沼原の長ゲンマだ。


「なぁ、スイレン殿。俺は本当にあっちを手伝わなくて良いのか?」

「ゲンマ殿は神羅の国政に関われる人脈をお持ちですか?」

「いや……無いな」

「では、何か有効な協力を行える策をお持ちですか?」

「いや、それも無い」

「では、付いて行ってもただ見ているだけになる可能性があります。それよりも今、ゲンマ殿の力が必要な場所に向かっていますので付いて来て下さい」

「……おっしゃる通りです、はい」



 考えてみれば只の片田舎の長……雁尾の領主と縁が出来ただけでも大きな出来事なのだ。


 改めてそう理解したゲンマは、大人しくスイレンに従うことにした。



 雁尾で皆と別れた後……一度純辺沼原に戻ったゲンマは、サイゾウに現状を説明。里の守りを任せ自らも行動する旨を告げた。

 その際何故か同行したスイレンは、ゲンマを伴い何処いずこへと移動を開始した。


「今から向かうのは美景みかげ領の城下街です。実はラカン様の《未来視》で、そこに魔人の盗賊集団が現れると出ました」

「……スイレン殿。雁尾では『未来予知はもう無い』と言ってなかったか?」

「実はこの未来だけは見えたそうですよ。でも、美景領に人員を割く余裕はない。美景領は元々カリン派だそうですし」

「交渉や駆け引きの必要は無いけど、領地の守護くらいは出来るだろってことか?」

「理解が早くて助かります。ですが、手が余ったから……という訳ではありません。これはゲンマ殿だからこその役割……そうご理解下さい」


 雁尾に集った中で、ライを除けば一番強いのはサブロウである。しかしサブロウは、元隠密頭の地位に加えその伝説的存在故に多くの役割があるのだ。


 そこで二番手に強いゲンマに美景防衛の役目が回ってきた、とスイレンは説明した。


「成る程……わかった。俺もその方が分かり易くて助かる」

「勿論、一人では人手が足りないので私が同行します。それに……」

「ん?他にも何かあるのか?」

「いえ……そちらは不確定なので知らない方が良いでしょう」

「……何だか良く分からんが、まあ良い。で、盗賊ってのは何時現れるんだ?」

「三日後の夜、美景領城の街・深鳴ふかなりが襲われるそうです。ラカン様はその前に阻止しろと……」

「分かった。じゃあ急ぐか」


 飛翔を加速した二人は間も無く美景領の城下街・深鳴に到着した……。



 美景領は石材の産出が有名な領地である。家の土台や塀など多彩な用途に用いられる採石場が領内に点在し、各領地への搬出を行っている。

 加えて、宝石や魔除けの紫穏石などで安定した財を生む領地だ。


 それ故か石工達は互いに腕を高め合い、有名な石像の作製者を育てる地としても有名だった。



「深鳴の街に来たのは初めてだが、石蔵が多いんだな……」

「私も直接来たのは初めてです。こうして見ると不思議な街ですね」


 基本的には木造建築……しかし至る所に石蔵が点在している街、深鳴。水路や橋なども石を利用している為、妙に整理された印象を受ける。


「……で、これからどうするんだ?」

「取り敢えず宿を取りましょう。盗賊がこの街を襲うのは三日後……ですが、明後日に盗賊が集結する場所は判明しています。そこに踏み込めば……」

「深鳴の街は被害を受けずに済む……か。凄いな、《未来視》ってのは」

「万能では無いそうですけどね」


 近い未来程に確かな未来が見えるというラカンの未来視。盗賊が深鳴の街襲撃を企んでいるのはほぼ確実とのこと。

 盗賊は散り散りで行動している為、首魁を確実に捕まえるには集った場所を抑える必要があるのだ。


 それまでは間があるので、深鳴の街に二泊し明後日に備えるべきだ──とスイレンは提案した。



「明後日の昼までは時間があります。私は一度御神楽に戻りますので、当日の朝に宿で落ち合いましょう」

「……は?じゃあ、俺一人でこの街に待機か?」

「そうです。そうそう……宿代は御用意致しました。今回の盗賊退治は御神楽からの仕事依頼と思って下さい」


 呆然とするゲンマ。神羅国の為に行動する意思で深鳴の街に来たが、何やら怪しい雲行きに……。


「ちょっ……ちょっと待て、スイレン殿?俺は役に立つ為に……」

「間違いなくあなたの行動は神羅国の為になる。それどころか、あなたの行動こそが決め手になる……かもしれません」

「……ほ、本当か?信じるぞ?」


 真剣な眼差しをスイレンに向けたゲンマ。対して全く表情を変えず見つめ返しているスイレン。


「本当です……ラカン様の言葉通りなら、ですが」

「……仕方無いな。御神楽を信じよう。で、待機している間は何をしても良いのか?」

「あまり目立たなければ御随意に……ただ、明後日は少々厳しい戦いになると思います。修行などは疲労の残らない範囲で行って下さい」


 スイレンは信頼出来る宿までゲンマを案内し、宿泊代・滞在費用として手持ちの神羅通貨を手渡した。


「おい……これ、多過ぎないか?」

「仕事の報酬とでもお考え下さい。余った場合は純辺沼原の復興に回して頂ければ……」

「………。何か隠してないか、スイレン殿?」

「いえ……何故ですか?」


 クールビューティーなスイレンさん。明るい母スミレと違い表情が殆ど変わらない為、心の内を探るのが難しい……。


 ゲンマは手合わせした相手を理解することは出来る。が、今いきなり手合わせと言っても相手にされないだろう。


 結局、追及を諦めたゲンマは頭を掻きながら溜め息を吐く。ライがスイレンを信用していた以上、何か企みがあっても悪い様にはならない筈だ。


「まぁ良いか……じゃあ、お言葉に甘えて明後日までは好きにさせて貰う」

「それでは私はこれで……」


 そう言って立ち去ろうとしたスイレンだが、歩みを止めゲンマに向き直った。


「ん?何か言い忘れたのか?」

「いえ……これは個人的にお聞きしたいことなのですが……」

「何だ?」

「神羅国の皆さんは随分とライ殿を信頼していますね?会ってほんの僅かだというのに……何故かを知りたくて……」


 ここに来て本当の表情を見せたスイレン。ゲンマはその様子を見て少しだけ安堵した。


「スイレン殿はライの知り合いだろ?言わなくても分かるんじゃないか?」

「私は初めから信頼した訳ではありません。役目として、ラカン様の命として従っただけです。その後、ライ殿の様子を監視していたから理解したに過ぎません。ですが……」

「何故、俺達はあっさりと信頼した……か。まあ俺に関しちゃ簡単だがな」


 手合わせで相手を理解するゲンマは、ハッキリと言えば圧倒されたのだ。そしてその意思の純粋さに惚れ込んだ……。

 その上、純辺沼原の守りや神具の提供。信頼を決定付けたのは聖獣ハクテンコウである。


「ハクテンコウは敏感でな?アイツが警戒どころか友愛を示したからな。それが一番の理由だ」

「……では、他の方は?」

「さて……当人じゃないから断言は出来んが、想像なら付くぞ?」

「……お聞かせ下さい」


 雁尾領主オキサトとドウエツは、魔刀騒ぎを解決して貰った多大な恩がある。加えてオキサトを友として扱い心を解放した……これはスイレンにも理解出来る。


 カズマサは、生まれ故郷を救われ領民に味方したことが大きい。これも理解は出来る。


 イオリは長年の絶望をラカンの書状のお陰で脱け出した。それが本来、ライが調べるべき事実だったというなら、それも信用に至るだろう。



 だが……サブロウに関しては少しばかり都合が良すぎる気がする。



「サブロウ殿か……。元隠密頭の見抜く目……ありゃあ長年培われたモンだからなぁ……」

「それは分かりますが……」

「いや、分かってないな。隠密が判断を誤れば即、死に繋がるんだぞ?自分だけでなく仲間までな?特に相手の強さを見抜くのは洗練されてる筈だ」

「……………」

「スイレン殿……サブロウ殿の強さ、見抜けたか?」


 スイレンにもそれなりに心得はある。だが、御神楽でのライを見謝った例もあるのであまり自信はない。


「ゲンマ殿が言った様に、雁尾の者達全員よりも上なのは分かります」

「う~ん……俺の見立てでは実際はその三倍強い筈だ」

「なっ!……そ、そこまで……」

「あれは一種の魔王だよ、スイレン殿。常に死地に身を置き、生き残る為の研鑽を長年続けた結果だ。実戦経験は誰より多い……」

「な、ならば尚更……」


 ライを信用はしないのではないか?そんな疑問がスイレンの脳裏を過る。


「そこが人の面白さって奴だ。長年その手を血で染めた隠密が引退したのは年齢のせいじゃないだろう。ありゃあ魔人……あの姿は恐らく本当のものじゃないしな?」

「そ……そんな……」

「ま、色々あったんだろうよ。そしてカリン様に家族として迎え入れられた。だからサブロウ殿の主点はカリン様……その幸せの為なら何でもやる」

「……それがライ殿を信用することに繋がるのですか?」

「ああ……何せライは、サブロウ殿が百人居ても相手にならない存在だからな」


 ハッキリ言えば、ディルナーチ大陸を跡形なく消し去る力を有している……ゲンマにもその程度は理解出来ると述べた。


 絶句するスイレン。自分の読みの甘さを突き付けられたのだろう。


 ラカンは敢えて口にしなかった……それはスイレン達にライに対する恐れを抱かせぬ為であることを、今更ながら気付いた様だ。


「流石に驚いたようだな……だが、現実だぞ?サブロウ殿は相手の強さと心を見抜く。そんなサブロウ殿が膨大な力を持ちながら邪心の無いライと対峙したら、ある種の悟りに至るだろ?」


 敵であるならば逆らい難い嵐……だが、味方であるならば様々な恩恵を齎す恵み。しかもそれは、害意なく人に溶け込んでいる。


 ラカンが望んでいた人と魔人の関係……その体現とも言えるのだ。


「しかも、ライ本人は普段あの通りだからな。否が応にも人を惹き付ける。だからサブロウ殿も純粋に惹かれた。そんなライがカリン様の為に協力するなら、最早疑わないだろう」

「……………」

「ま、普通なら確かに不思議に感じるだろうな。もしかすると、神羅の民は欲していた存在に頼ろうとしているだけなのかもしれないが……」


 雁尾の“ 龍神の化身 ”が正にその例と言えるのかもしれない。理不尽の中、民に味方する超常……神羅国はそれ程に疲弊しているのだ。


「神羅国の治安が悪化したのはここ数年だが、政治の腐敗はもう長い間のことだ。御神楽なら聞いてるんじゃないか?」

「……はい。ラカン様も危惧はなされてました」

「俺はこの国が好きだが、同時に嫌いな部分も多い。だから今は好機なんだよ……。俺は出来ることをやる。結果、知り合ったライが直ぐに気に入った。それで良いだろ?」

「………そうですね」


 如何な超常存在でも、スイレンが見てきたライはお人好しなのだ。

 友であるトウカが絶大な信頼を置き、久遠王ドウゲンや父リクウが認めた存在。スイレンにとっても友人と言える程度には親しくなった。


 無茶苦茶なのは今に始まった訳ではない。ならば、何も変える必要は無い。


「ありがとうございました……少しスッキリしました」

「そりゃあ良かった。じゃあスイレン殿、俺と手合わせし……」

「それでは失礼します」


 ゲンマの話を遮ったスイレンはそそくさと去っていった……。


「……成る程、つれないな」


 頭をボリボリと掻いたゲンマ。受け取った金を必要なだけ抜き取り残りを宿に預けると、そのまま街の外へと移動する。


 観光より修行……ゲンマはそういう男である。



 ゲンマが美景領に来たことは、後のディルナーチにとって大きな意味を生む。

 それは、ライが一度ディルナーチを去った後の未来の話──当然ゲンマは知る由も無い……。

 

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