第五部 第四章 第八話 隠密頭の誇り

 神羅国・隠密の隠れ里『根の里』──。


 隠密達に取り囲まれたトビとサブロウだったが、神羅隠密頭シレンが手で合図を出した途端取り囲んでいた気配が散り散りになった。


 シレンが本気で警戒を解いたことにトビは驚いていたが、顔に出すことはない。


「済まないな。これも抜けぬ習慣の様なものだ……さ、こっちだ。付いてこい」


 そうして案内された隠密頭の屋敷。里で最も大きい屋敷ではあるが、内装は質素そのものだった。


 そして茶すらも隠密頭自らが出す始末……とても豊かな里には見えない。


「さて……では、話を聞かせて貰おう」

「ふん。白々しいな、シレン?私達の話……盗み聞きをしておっただろう?」

「当然だ。隠れもしない異国の来訪者を放置する程、隠密は甘くない」


 今度は驚きを隠せなかったトビ……。隠密に会話を聞かれていたならば気配を感じない訳が無い。


 そんな疑問に答えたのはシレン本人だった。


「いつ聞かれていたか……が、気になるか?気付く訳もない。それは【存在特性】だからな」

「!……どうりで……」

「悪いとは言わぬぞ?」

「いや……当然の行動だろう。その点は良い……それより、話を聞いていたならば問いたい。カリン殿に加勢をする気は無いか?」

「……さて……どうしたものか……」


 茶を啜り間をおいたシレン……そんなシレンの額にサブロウはデコピンをかます。


「痛!師匠、何故!」

「師匠?」


 再び驚くトビ……。改めて考えればサブロウは先の隠密頭なのだ。師弟関係でもおかしくはない。


「馬鹿げた駆け引きをするつもりはないぞ、シレン。勿体付けるな」

「くっ……駆け引きもクソもあるか!久遠国の隠密を里まで案内しおって!」

「なぁに……話に乗らぬなら里など壊滅させるだけのことだ。どうせ見過ごす気は無いのだろう?」


 サブロウが解放した殺気でトビに悪寒が走る。それはシレンも同様で、その顔には嫌な汗が流れていた。

 いや……サブロウの隠密時代を知るシレンだからこその恐怖。伝説とまで謂わしめた隠密の威光は未だ健在ということらしい。


 更に、屋敷内に潜んでいた隠密達が殺気に堪えられず意識を失う様子を感じ取ったトビ。

 サブロウは明らかな別格……改めてそれを理解させられた。


「くっ……わかったから殺気を納めんか。これだから師匠は……」

「分かった、分かった。で、どうする?」


 シレンは汗を拭い溜め息を吐くと、トビに視線を向ける。


「神羅王は隠密の取り込みまで想定してはいた。そしてそうなった際、好きにしろと言われている」

「では……」

「断る───と本来なら言いたいところだがな。先刻脳裏を走った幻影……あれが真実ということも把握している。だからカゲノリ様には付くことは出来ない。これは隠密の総意」

「勿体付けるなと言った筈だぞ、シレン?」


 サブロウの言葉で再び溜め息を吐いたシレン。改めてトビに問う。


「久遠と神羅の隠密同盟……本当に可能と思うか?」

「……互いの恨みはあるだろう。何せ長い諍いだからな……だが、キリノスケ殿の気持ちを知るカリン殿と我が主クロウマル様ならば、必ずや和睦を成し遂げられると信じている。それは我ら隠密の未来にも繋がる筈──その為にはのだ」

「隠密が未来を語るか……。だが……」


 シレンはニヤリと笑った。


「お前達が話していた『時代の風』が今ならば、逃す手はあるまい」

「そ、そうか!感謝する!」

「本当に感謝するのはこちらの方かも知れんがな。が、その前に一つ条件がある」

「条件?」

「俺と戦え、トビ殿。神羅と久遠の隠密頭が全力でぶつからぬ限り、配下の者達を納得させられまい」

「………わかった。それで信頼を得られるならば」


 早速三人は屋敷の外に移動した。そこには既に里の者全てが集っている。


「……始めからそのつもりだったか、シレン?」

「……フッ。俺とて願いくらいはあるのだよ、サブロウ師匠」

「わかった。ならば、私が立ち会い人になろう」


 サブロウは集った隠密達に高らかに告げる。


「これより神羅・久遠の両隠密頭による手合わせを行う。どちらが勝つにせよ頭の決定は覆らぬ。これは両国の隠密が抱える遺恨を頭同士が代表して晴らす戦い……手出しするものがあらば、このコウガ・サブロウが許さぬと心得よ」


 トビとシレンに視線を送り意思を確認したサブロウ。隠密の戦いは何でもありが通常だが、二人は全ての武器・防具を外し上半身裸になった。


「それでは尋常に……始め!」


 合図と同時に飛び出したトビとシレン。纏装を込めた拳で互いの顔を殴る。吹き飛ばされつつも体勢を立て直したトビとシレンは、再び接近して殴り合いを始めた。


 隠密だけあり互いの体術は多様だった……。拳、掌打、膝、肘、頭……身体の各所を使った打撃に加え、投げ、関節技、そして纏装と、己の持つ技を余すところ無く使用し戦っている。


 互いの拳の重さを感じながら一歩も退かない戦い。勝ち負けは関係無い……とはいうものの、二人は互いの誇りの為に地に足を着けることは出来なかった……。


 そうして一刻……一切加減無しで戦い続けた二人は、既に満身創痍……所謂『泥試合』である。


 流石は主君に忠実な漢、トビ……。こんなところまで見事な再現度だ。



「……さ、さすがは……神羅のお、隠密……頭よ……」

「そ、そちらこそな……トビ……」


 見るに堪えない力無い殴り合い……しかし、神羅の隠密達はただ黙って見守っている。

 そこには積年の憎しみを全て背負い浄化しようとしている男達がいるのだ。見守る以外に出来ることはない……そう感じた者は多い筈だ。


 やがて二人は力尽き膝を付く。それでも腕を振り回し戦う姿はその場の者達の心に深く刻まれたことだろう。


 そして決着の時……先に力尽きたのはシレンだったが、地に伏す前にトビがそれを支えた。


「な……なぜ……」

「これは……勝ち負けは関係……ない……。必要……無い……のだ」

「………そうか……」


 サブロウは両者引き分けを宣言。こうして両国の隠密頭の戦いは幕を引いたのである──。



 神具による回復の後、再び頭の屋敷に場を移したトビ、サブロウ、シレン。今後どうすべきかの話し合いが始まった。


「今までの関係を急に変えるのは恐らく無理だろう。だから、最初は敵対だけを止めることにすべきと俺は思う」

「ふむ……トビ殿の言う通り、先程の戦いを見ていない者や個人の恨みある者もいるだろうからな。時間は掛かるが少しづつ変えることは賛成だ」


 トビ、そしてサブロウの意見にはシレンも同意を示す。急激な変化は歪みを生む……先ずは敵対を止めることが優先なのだ。


「互いの国の情報を明かす必要は無い。これまで通り互いを監視した状態で構わないが、共有すべき情報は必要だと思う。魔獣や自然災害、それに外敵などは互いに協力せねばならぬと思う。特に魔王……今はディルナーチに存在せずとも、ペトランズでは魔王が跋扈しているそうだからな」

「魔王か……確かに」


 再びトビの言葉に同意し首肯くシレン。そこで、ふと気付いた『神羅国には無い情報』を確かめることにした。


「……時に、何故スランディ島が突然変わったか知っているか?」

「あの国はペトランズの大国・トシューラの乗っ取りを受けていたのだ。その後、浄化され新しい国となった……今はアプティオと言うらしい。外交の再開は間も無く始まるだろう」

「そんなことが……我々は『源内屋』が廃業したからだと思っていた」

「国外情勢は久遠国の方が明るいだろう。何せスランディ島を解放したのはライだからな……」


 サブロウは片眉を上げニヤリと笑う。ライならばそのくらいのことはやるだろうという確信はある。


「異国の勇者は速すぎて我々では追えない。その者は敵ではないのか?」

「敵にはなり得ない存在だ。人道を踏み外せば別だが、それもないな……そもそも我々が久遠国から来たのは、奴が両国の諍いを止めるのに同行させて貰ったのが始まりだ。だから敵ではない……それだけは断言する」

「そうか……」

「それを踏まえた上でシレン殿……いや、神羅国隠密に聞いて貰いたいことがある」


 視線をサブロウに移したトビ。サブロウは頷いている。


「ライがやろうとしているのは表向きは『首賭け』の廃止。だがそれは、奴の本当の狙いではない」

「どういうことだ?」

「ライは既に首賭けは止まらぬと言っていた。だから首賭けを利用して両国を纏めるのだと……」

「何……?一体どうやって……」


 その問いに答えたのはサブロウだ。


「ライ殿は超常たる力を持っている。その力は最上位魔王と評しても良い程の、な。ライ殿は……その力を示し『首賭け』に介入するつもりなのだ」

「馬鹿な……それは魔王としてということか?」

「そうだ。両国の王を殺害した大魔王として力を見せ付け、神羅と久遠共通の『敵』を与える。そうして協力体勢を結ばせるつもりらしい」

「そんなことをすればディルナーチは……」

「実際には王は殺さないだろう。寧ろその命を救う筈……だが、魔王としての存在は必要。王達は死んだことにしなければならない。恐らく『御神楽』に送るつもりなのだろうな」


 地上より隔離した地、御神楽……。王は首賭け後、その地で暮らすことになる。


「そして偽りの魔王とあれど、混乱の責任を取りディルナーチからは姿を消さねばならない」

「……そんな真似をして一体何の得があるのだ……」


 その問いにはトビが少し寂しげに微笑み答える。


「性分だそうだ。知り合った縁が広がってその全ての幸せを願う……全く、損な性分だな」

「だが、ライ殿らしい」

「……そうだな」


 そんなトビとサブロウを見たシレンは申し出を受け入れた。


 それは勘という部類のもの……頭たるシレンがそれに頼るのは本来無責任甚だしい。しかし、トビとサブロウの顔を見たその時は確信に近い予感があった。


「わかった……これより神羅隠密は久遠隠密と不戦約定を結ぶ。勇者ライの企てにも協力しよう」

「感謝する、シレン殿」

「いや、感謝は早いぞトビ殿。隠密は必ずしも一枚岩ではない。カゲノリ様は隠密を独自に従えているだろう。その隠密達とは戦いは避けられまい」

「……それは厄介だな」

「だが、其奴らは俺達神羅隠密が何とかしよう。二人にも協力願いたい」


 トビは久遠隠密……本来、そこまで踏み込んで良い立場に無い。


 だが……。


「良いのか……?」

「構わん。是非に頼む」

「分かった。期待に応えよう」


 神羅隠密を取り込んだカリンの勢力は一気にカゲノリを追い詰める。それに気付いたカゲノリは、隠していた本性を晒すこととなるだろう。



 神羅各領地では、隠密同士の争いが始まろうとしていた……。



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