第五部 第四章 第二十話 ディルナーチの魔術師
虎渓領・沢城の街、南……領主の居城『虎渓城』──。
身内だけあって会談の要請はすんなり通り、領主アキフサとの対話が始まる。
謁見の間に居るのは領主アキフサとその妻フタバ……フタバはイオリの姉でもある。
「先ずは会談の承諾をして頂き誠にありがとう御座います、アキフサ様」
深々と平伏するイオリ。今の身分は平民である為当然の作法だ。
だが……同行者のミツナガは領主という対等の立場故に、公的な場で頭を下げる訳には行かない。
他領主に平伏することは、自分の領地が下だと認めることになる。だから領主同士は決して平伏することはない。
ミツナガとアキフサは、領主同士の例に漏れず首肯く程度の挨拶となった。
「頭を上げてくれ、イオリ殿。ここは貴殿の故郷でもある。堅苦しいのはやめよう」
アキフサは彫りの深い顔をした大柄の男……常に微笑んでいる印象がある。
「はい。お久しぶりです、義兄上、姉上」
「無事だったのだな……安堵したぞ?」
「連絡もせず心配をお掛けしたこと、謝罪致します」
「何……実はな、ミツナガ殿から事情は聞いていたのだ。貴殿の苦しみを知るが故に、私は敢えて領主の地位に付いた。貴殿が戻るまで虎渓は守るとフタバに誓ったのだよ」
「義兄上……」
アキフサは気持ちの真っ直ぐな男……イオリの姉フタバはそこに惚れて他領地に嫁いだ。
そして同時に、イオリにとっても良き義兄でもあった。
「義兄上の御気持ちは大変有り難く思います。しかし……私は領主にはなれません。領主となるよりやるべきことを見付けたのです。それに……義兄上はもう領主として民に慕われている。それを変えれば民が混乱します」
「しかしな……正統なのは貴殿の方だ……」
「此処に来る前に父に許可は貰っています。それに私は、義兄上が治める虎渓領の未来を見てみたいとも考えている。だから、どうか領主を続けては頂けませんか?」
「………」
イオリの真剣な懇願……アキフサは根負けした。
「分かった……。領主の件はこのまま引き受けるとしよう」
「ありがとうございます!そこで実は、私がこうして会いに来たのはもう一つ理由が……いや、そちらこそが本来の用向きなのです」
「……聞こう」
イオリはカリンに加勢する切っ掛け……雁尾領からの経緯を全て話した。アキフサとフタバは驚きの色を隠せない。
「そんなことが……。成る程、それであの白昼夢に繋がるのか……」
「虎渓領は中立と窺っていましたが……」
「うむ。カリン様は女性の身……正直なところカゲノリ様の狡猾さに対応出来るとは思わなかった。しかし、それだけ人材が揃ったならば大丈夫だろう。……カリン様には人徳がお有りのようだ。それも王に必要な資質」
「はい。それで……虎渓領にもカリン様擁立をお願いしたいのです。ご一考願えますか?」
「心配することはない。私は貴殿を信じている……カリン様を支持しよう」
「ありがとうございます!」
これでイオリの役割としての交渉は全て果たされた。後はカリンに合流し報告するのみである。
「イオリ。先程の話ですが、ケガはありませんか?」
ようやく口を開いた姉フタバ。公的な会談が終わるまで律儀に待っていたらしい。
姉・フタバは、ソガ・ヒョウゴとの戦いでのケガをずっと心配していた様だ。
「大丈夫です。縁の出来た者に力を与えられていますから……」
「そう……良かった」
「姉上……お変わりありませんか?」
「ええ、大丈夫よ」
フタバもイオリ同様母親に似ている。だがその性格は、かなりおっとりとしていた。
「そう言えば、ヨツバはどうしました?かなり大きくなったでしょう?」
アキフサとフタバの娘……つまり虎渓領の姫となるヨツバ。今はもう年頃の娘の筈。
アキフサがこの場に呼ばないのであれば、何らかの用件で出掛けていることになる。
「あの子は今、
「龍洞領……寿慶山のある場所ですね」
「ええ……何でも優れた医師がいるとかで修行に行くと」
イオリがアキフサの顔を見れば、何やら苦笑いをしているのが分かる。
「あの子は言い出したら聞かなくてな。少し我が儘に育て過ぎたと反省している」
「……それは多分、血ですよ。恐らく父に……ヨツバにとっての祖父に似たのでしょう」
「あの子はお爺ちゃん子でもあったからな……。医師を目指すのは悪いことではないので止めなかったが……」
「大丈夫ですよ。ヨツバは父の孫であると同時に、義兄上と姉上の子でもあるのです。きっと立派にやっている筈……会えなかったのは残念ですが……」
イオリが虎渓領を出る時にはまだ生まれたての赤子……その成長を見たかったのも確かだが仕方がない。
「ともかく、虎渓領はカリン様に協力する。安心して欲しい」
「それなのですが、表面上は中立のままで居て下さいますか?」
イオリの提案に首を傾げるアキフサ。
「何故だ?表明した方がカリン様にとって都合が良かろう?」
「いえ……今、各地ではカゲノリ様優勢の情勢が変わりつつあります。あの白昼夢……ホタル殿の記憶に加え、各領地の切り崩しが進行していますから」
「カゲノリ様がどう動くか分からん、と?」
「はい……あの方は時折暴挙に出る。ですが、私はそこに疑問がある」
以前から切れ者と知られるカゲノリは、そこまでの暴挙を行う男ではなかった。
カゲノリが変わった原因……それが一連の王位争いに関係しているとイオリは推測している。
「側近に一人、素性の分からぬ輩が居るとの情報があります。もしその輩が神羅国に何らかの関与を企んでいるならば、カリン様に傾いた現状は都合が悪い。恐らく各領地に何かを仕掛けてくる可能性がある」
「だから中立を維持し難を避ける、か……」
「はい。恐らく混乱させる程度ではあるでしょうが、それでも不利益を被ることは極力避けるべきです。これはミツナガも心得てくれ」
「わかっている」
「優先して狙われるのはカリン様支持派の領地……どこが狙われるかは分かりませんが、支持表明が少ない程的を絞りやすい」
「………わかった。中立を維持したままでおく。だが、虎渓は貴殿の意思に従う故、安心してくれ」
「義兄上……ありがとうございます」
イオリはそう説明したが、実のところ不安もある。本当に得体の知れない輩ならば、何をどの領地に仕掛けてくるかなど判らないのだ。
王位争いではなく神羅国の混乱そのものが狙いの場合には、対応が間に合わない可能性が高い。
だが、そこは頼りになる仲間達が居る。不思議と安心している自分にイオリ自身驚いていた。
(これもライ君の影響かな?私が他者をこれ程信用するなんてね……)
雁尾に集った者達を不思議と信頼出来たのは、その殆どが誰かの為になろうとしていたからだろう。
そしてその中心に居たのは異国の勇者ライ……イオリが再び歩き出す切っ掛けをくれた男。
その不思議な男こそ、神羅国を上手く導いてくれるという妙な予感があった。
これに応えるには、自分の力を引き上げ出来るだけ神羅国民の力で解決すること……それも理解している。
そこでイオリは、自らの行動を改めて決めた。
「義兄上……私は数日程西寺塔領に滞在します」
「虎渓領ではなくてか……?」
「はい。西寺塔領は内部に不穏分子がいました。あれがカゲノリ様の手の者ならば狙われる可能性はあります。だから少し自衛を授けて来ます」
「……今度は突然居なくならないでくれよ?」
「勿論です。全て終わったら酒でも飲みましょう、義兄上」
「ハッハッハ。明るくなったな、イオリ殿。その時はミツナガ殿も一緒にな?」
「承知しました。ならばいっそ、祭りでも行いましょう。虎渓と西寺塔の友好を祝った祭り……というのはどうですか?」
「それは良い。ソウウン殿も喜ぶだろう」
それからイオリは、別れを惜しみつつ虎渓領から西寺塔へ。その帰り道……ミツナガはイオリに問い掛けた。
「本当は何をするつもりだ?」
西寺塔の自衛力を上げる……その言葉に嘘はないだろう。しかし、イオリの考えがそれだけでもないことを友であるミツナガは薄々感じていた。
「流石は私の友だね……」
「無二の友、だからな。それで、何をするんだ?」
「実はソガ・ヒョウゴとの戦いで自分の不甲斐なさを思い知らされた。だから修行をしようかと思ってね?」
魔人であるイオリが人間であるヒョウゴに圧倒されたのだ。しかも方術師としての策も全て潰された。
それに憤りがある訳ではない……。だがこの先、もっと強くならねば脅威には立ち向かえない。
それは神羅国の為……イオリにも愛国心はある。その為のお膳立てをライがしてくれたのだ。
「しかし、今更修行というのはな……王位が決まる『首賭け前夜』まで時間も限られるだろう?」
「大丈夫さ。修行と言っても私には情報の整理と確認、後は試すだけだから」
「……?」
「それに併せて西寺塔の自衛力も引き上げるつもりだ」
「ならば私も協力しよう」
「それは助かるけど、ミツナガは嫁を貰うのが先じゃないのかい?お前、私に遠慮して婚姻しなかっただろ?」
「何……相手が居なかっただけだ。見合いは何度かしてみたが、中々上手くは行かないな。それに私も歳だしな」
「何を言ってるんだ……?まだまだ若いよ、お前は」
困った様に笑うミツナガ。イオリは更にからかうように続けた。
「もしお相手がいないなら私が見付けてやる。今なら多少顔が利くからね……」
「い、良いから帰るぞ。その話は全てが終わってからだ」
「確かに……恐らく首賭けの後一年は喪に服さなければならないからね。時間はタップリある訳だ」
「いい加減にしろ!」
「ハハハハハ……」
一見して親子ほど歳が離れて見えるイオリとミツナガ。実は同い歳で固い友情に結ばれているなどと、一体誰が気付くだろうか?
こうして虎渓領を離れ西寺塔領に滞在することになったイオリ。西寺塔到着後、早速修行を開始した。
ライから託された宝玉に宿る魔法の智識……それを用い魔法の仕組みを次々に理解。それらを短時間で使い熟し始める。
それは、神羅国にとって初めての魔術師……そしてディルナーチ随一の魔術師が生まれた瞬間でもある。
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