第六章 第五話 エノフラハ、炎上


 フラハ卿の屋敷地下から階段を駆け上り、子供達の救出を果たしたオーウェル。



 地下からの扉を開けた際、突入時にライが幻覚魔法で眠らせていた警備の兵と鉢合せすることになった。

 だが、相手は地下の【フォニック傭兵団】と違いシウト国内で雇われた私兵。当然ながら仲間を呼ばれる前に素早く気絶させ、オーウェルは子供達を率い出口を目指す。


 壁を崩すことも可能だったが、疲労状態である為に体力を温存しながらの移動を選択。


 オーウェルの後を追走する子供達は皆獣化していた。しかし、オーウェルと違い子供達は手足や耳など部分獣化……未熟な為か年齢のせいかは分からないが、完全な獣化は出来ない様だ。


「もう少しだ!皆、足を止めるな!?」


 子供達とは逆に既に獣化を解いているオーウェルは、いつもの無表情ではなく一目で苦渋と判る表情を浮かべている。


 家族を救う為に行動したオーウェルを責める者はいないだろう。しかし……焦るが故に敵戦力への警戒を怠り、協力してくれたライを危険な場所に置き去りにした。オーウェルにはそんな自分自身が許せなかった……。


 その後屋敷では警備兵と対峙することはなかったが、それが逆に皆の警戒感を強めることになる。

 それでもようやく屋敷の窓を破り外に出たオーウェル達は……街の光景に絶句した。


 エノフラハの街は……炎上していたのだ……。


 まだ暗闇に包まれている筈の時刻。しかし、街の各所で上がる火の手がうっすらと街の姿を浮かび上がらせている。同様に、本来眠っていただろう人々の『叫び』に似た声が街中にこだましていた。


「なん……だ……これは?」


 予想もしていなかった事態……オーウェルは街の様子に目をこらす。

 幸いレダの店の方角には火の手は見えない。子供達を避難させることは可能な様だ。


 その時、妹であるモノの声が響き渡る。


「お兄ちゃん!」


 振り返り妹を確認したオーウェル。モノは暗闇の中を指差し震えている。その指し示す先には人影……いや、【異様な影】があった。


 それは人に見えるが人ではない。夜目の利く獣人族のオーウェルにはそれが直ぐに分かった。仄かな灯りでもその姿を捉えることが出来たのだ。


 異様としか言い表せないその姿。獣人族の様に人と獣の特長を併せ持っているのだが、獣は獣でも【魔獣】と言って良い異常な形状なのである。しかも全体的に歪でおぞましく、その目には生気を宿してすらいない。


 人の顔の半分に魔物の頭が貼り付き身体の到るところから鋭い突起が突き出ている。その突起の中には魔獣の手足も混じっていた。衣服などは纏っておらず、まさに魔物そのものと言って良い姿である。


「モノ!一番小さい子供を背負って走れるか?」

「うん!大丈夫だよ!」

「他の子も準備はしておくんだ!俺がコイツを排除する。合図したら逃げるぞ!」


 獣化し一気に攻撃を仕掛けるオーウェル。だが、魔物たる存在は機敏なオーウェルの攻撃を的確に防ぐ。


(速い!)


 獣化した攻撃を捌く魔物に対しオーウェルは気を引き締め直した。


 その時……。


「……ころ……し…て……くれ………」


 その口から漏れ出た言葉にオーウェルは衝撃を受ける。


「なっ!!」


 驚き躊躇うオーウェル。異形の魔物はその間も身体の至るところから伸びる棘や手足で攻撃を繰り出してくる。それを寸手で躱し距離を置くと、オーウェルは質問を投げ掛けた。


「おい!!答えろ!どういうことなんだ!」

「…かえら……な…いと……娘……がまって…むす、め?……食う?むす……めくう……」

「くっ!……そういうことか……!」


 先程から感じる違和感。目の前の魔物からは複数の存在の匂いがする。そしてオーウェルはようやく理解した。

 言葉と匂いから元は人間なのだろう。つまりこれは、人と魔物の『混合体』……。


(これが……こんな残酷なことが出来るのか!人に……!ニビラル……悪魔め……!?)


 怒りと共に焦りが湧き上がる。そんな者達の中にライを置いてきたことはオーウェルにとって血の気が引く思いだった……。


 加えて、炎上していることを考えると魔物は街の各所に放たれている可能性が高い。ニビラルの屋敷周辺に待機していた筈の発掘屋組合……その姿が見当たらないのは、恐らく対処に向かったのだろう。


 選択肢は更に狭まったが、どのみち一度レダの店に向かうしかない。子供達の安全とライ救出の人員確保……治療に必要かもしれない物資の補充も必要だ。

 しかし、その為にはまず目の前の相手を葬らなければならない。


「時間がないんだ……済まない!」


 混合体は強かった。オーウェルの攻撃を幾度も防ぎ反撃を放つ。稀に炎や毒を纏った攻撃も織り混ぜたそれは、オーウェルの全快していない状態と焦る心を除いても厄介な相手であることは確かだった。


(仕方ない……出し惜しみは無しだ!)


 纏装を展開し一気に仕掛けるオーウェル。遠距離からの纏装……飛翔する斬撃を放つと、高速移動で死角に回り込み技を繰り出す。


 《闘気法・嵐爪刃》


 瞬く間に『融合体』へと詰め寄ったオーウェルの爪が嵐の様に襲い掛かる。突起を全て切り落とされた混合体は、突進したオーウェルの爪に心臓を貫かれ崩れ落ちた……。


 警戒の為、オーウェルは素早く距離を取り倒れた敵を見下ろす。混合体はそんなオーウェルに虚ろな視線を向け口を開く。


「あ……りが……と……う」


 その言葉を最期に混合体は動かなくなった。オーウェルは纏装と獣化を解除し、両手の拳を交差し胸に当てた獣人族特有の祈りで弔いを行う。


「命は大地に還り再びこの地に戻る。願わくば、心は家族の元に帰れることを祈る」


 オーウェルは踵を返しモノの側に駆け寄ると、子供達を引き連れ再びレダの店に向かい移動を始めた。


 魔物との戦いを極力避けながらの移動。途中で見かけた発掘屋組合の者を助けながら移動した為にどうしても時間を浪費してしまう。歯痒い気持ちでレダの店に着いた時にはかなりの時間が経過してしまっていた……。


「オーウェル!よく無事で……子供達を助けられたんだね!良かった……」

「ああ……ライの……お陰だ」

「そのライがいないみたいだけど……?」

「……ライはまだフラハ卿の屋敷だ。俺達を逃がす為に残った。直ぐに助けに行きたい!」


 必死のオーウェル。しかし……レダは首を振った。


「良いかい?アンタが強くてもその状態じゃ無理だ。まず回復してからだよ」

「しかし……相手は危険な奴だ!一刻を争う!」

「今、街中に得体の知れない化物がウロウロしている。その対応で発掘屋組合は動けない。街の外の騎士達に協力を依頼したから終息するまで休むんだよ」

「だが!!」

「自分の状態も分からないのかい!少し落ち着きな!!」


 レダの叫びが響く店内。しばしの沈黙が降りる。張りつめた空気に獣人の子供達は泣きそうだ。

 オーウェルは歯軋りするしかなかった。レダの言い分は正しい……それを理解しているから……。


 と、そこに来訪者が現れる。レダの店に入り二人に近付く者……メイド服に仮面を着けたダークグレーの髪の人物。来訪者たるメイドは深々と頭を下げ挨拶を始めた。


「初めまして。私はマリアンヌと申します。失礼ですが、ライという方をご存知ありませんか?」


 いきなり場違いな人物が現れ呆けているレダ。しかし……オーウェルは違う。目の前の存在の強さを直感で理解したのだ。


「アンタは……?」

「失礼しました。王都のティムという方からご連絡を頂きましてライ様を手助けに来ました」

「……はい?アンタが?手助けに?どんな冗談を……」


 そこまで口を開いたレダを制止しオーウェルは説明を始める。


「今、ライは敵地の直中にいる。街は異様な魔物に襲われて救出に人員が避けない状態だ。助けてくれ……頼む」


 オーウェルが頭を下げたことにレダは驚いている。それも当然だ。マリアンヌはどうみても『仮面を着けた変なメイド』にしか見えない。今のマリアンヌは肌の色も人と同じに変化しているので、さぞや『か弱い女性』に見えたことだろう。


 一方のマリアンヌ。しばし沈黙していたのだが、その口から出た答えにオーウェルは絶句する。


「わかりました。しかし、その前に街の脅威を排除します」

「!……何故だ?それじゃ間に合わないかも知れないんだ!相手は得体が知れない魔術師なんだぞ!」

「ライ様なら自分の救出より街の安全確保を優先する、そう判断したからです」


 マリアンヌの言葉はある意味間違えてはいないだろう。例えこの場にライが居たならば、やはり街の混乱の鎮静化を望んだに違いない。但しその場合、助けて欲しい心の中では間違いなく血の涙をダクダクと流していただろうこと請合いだが……。


「……アンタ……マリアンヌ、さんは本当にそれで良いのか?」

「……大丈夫です。柔な鍛え方はしていません。あの方はどんな状況でも必ず生き残る……それに約束もありますから」

「約束……?」


 それでもマリアンヌは少し震えている様だ。


「ともかく、時間が惜しまれます。何か武器を貸して頂けますか?そうですね……あれをお借りしても大丈夫ですか?」

「ああ。ライの置いていったものだけど、知り合いなら問題ないだろうからね。でも使えるのかい?」


 部屋の隅に置いてあったのは、ライが父から譲り受けたロングソード。レダの心配を余所にそれなりに重いそれを軽々と試し振りすると、マリアンヌは納得する様に頷いた。


「ありがとうございます。では私は敵の排除に向かいます。大丈夫……時間は然程掛かりませんから。それと貴方は回復の優先を。私が戻り次第、ライ様の元に案内願います。決して一人で向かわぬ様」

「……わかった。頼む」

「では、失礼致します」


 エノフラハの街に消えてゆく『最強メイド・マリアンヌ』。この時、彼女の存在が無ければエノフラハは崩壊していたと理解する者はオーウェルだけだった……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る