第六部 第一章 第五話 侵入の好機


 シウト国トラクエル領──国境の街にして領主の拠点都市『ダルグ』。


 トシューラとの公益が途絶えた今、その交易路はトシューラに対する防衛拠点都市となった。



 先代トラクエル卿はトシューラの内通者として処罰され、現在はシウト国内の監獄に収監されている。

 元トラクエル卿・ラダックの家族は取り調べの末関与無しとなったが、爵位を取り上げられた為に野に下った。それでも、処刑されなかったことはかなりの恩赦であったと言えるだろう。


 トラクエル領主の後任に就いたのは、ノルグー卿レオンの子息フリオ。

 ラダック拿捕の際、トラクエル領を混乱させず拿捕した功績、そしてそれ以前で果たしたノルグーでの魔獣召喚阻止といった実績、更にディコンズでのドラゴンとの約定等、多くの功績を鑑みての領主襲名という結果である。


 当人は少しばかり不満気ではあったものの、父レオンの『社会経験』という言葉とシウト国の人材不足という現状にフリオ自身思うところがあったのも就任の理由ではある。



 そうしてトラクエル領主となったフリオ……商人ティムを頼りつつ、その情報網を利用し独自に行動を開始していた。




 そんなダルグの街、領主居城──。


 武骨な外見の城は優美さよりも機能を優先した造りだ。

 その城の一室……接客の間に案内されたヴォルヴィルスは、フリオに勧められ風呂に入り身綺麗になっていた。当然ながら服も新調された物を誂えられている。


「どうだ?サッパリしたか?」

「ああ……お陰さまで。助かった」


 接客の間上座にはフリオが座している。その隣には仮面の男が姿勢正しく立ち控えており、更にその脇には門で最初に対応したキリカが並んでいた。


「難民達はどうなった?」


 ヴォルヴィルスが真っ先に彼等を心配したことに、フリオは穏やかな笑顔で答える。


「心配はいらんよ。皆、小綺麗になって休んでいる」

「そうか……」


 安堵の色を見せたヴォルヴィルスに、副官たる仮面の男が近付いた。


「ヴォルヴィルス殿。申し訳ありませんでした」

「?……何故アンタが謝るんだ?」

「私はトラクエル領副官、ファーロイト・ティアジストと申します。実はあの時、関所からは離れたのには事情がありまして……現場をキリカに任せたのは失敗でした」


 融通が利かないキリカに任せたことにより混乱が起こる結果となった……そう改めて謝罪するファーロイト。

 その言葉にキリカは不満を述べる。


「悪いのはトシューラでしょう?民すら入国をさせるのも躊躇わせる謀略ばかり……私は今でも反対です」

「キリカ!止さないか!」

「しかし……!」


 その様子に理由を察したヴォルヴィルス。


「トシューラのスパイを疑った訳か……。だから入国させられなかったと」

「お恥ずかしながら……」

「………。なぁ?トシューラとの同盟が破棄されたのは何故だ?」


 フリオは溜め息を吐いた後、席を立ち接客用のソファーへと移動。ヴォルヴィルスと向かい合う様に座る。


「それなんだが、その前にヴォルヴィルス……アンタの素性が知りたい。難民達の話じゃアンタはトシューラの民じゃ無いんだろ?」

「………ああ。俺の故郷はトシューラに滅ぼされた。俺はトシューラに逆らう逃亡者なのさ」

「良ければ話してくれないか?力を貸せるかもしれん。代わりという訳ではないが、こちらの事情も話す」

「……わかった」



 ヴォルヴィルスはそれまでの自らの行動を語り始める。

 それはペトランズ大陸南東にある小国、リーヴラの悲劇の話だった──。



「………。そうか。アンタはリーブラの騎士だったか……」

「主君すら守れなかった役立たずだがな……。リーブラ王は死ぬ間際、俺に一つの命を下した。この先囚われるであろう皆を救い出してくれ、と。だから俺はトシューラに戻って故郷の仲間を捜さねばならない。一人でも生きている可能性があるなら、俺は行動しなければならないんだ」


 そんなヴォルヴィルスの決意を確認したフリオ。視線をファーロイトに移し頷いた。


「……ヴォルヴィルス殿。信じて頂けるかは分かりませんが、リーブラの民は無事ですよ」

「なっ!そ、それは本当か!?」

「はい。実は四ヶ月程前……ある国が商人組合を通して我が国との協定申し出をしてきたのです。その国の名はアプティオ……唱鯨海に浮かぶ島国」


 ファーロイトは、アプティオ国から伝えられた全ての経緯をヴォルヴィルスに伝えた。


 当然ながら話の端々に信じられない様な『怪しい勇者』が現れる為、ヴォルヴィルスは今一つ納得出来ていない。


 だが………。


「……。もしそれが本当なら、殆どの民がアプティオに居る訳か……」

「信じられないか?」

「ああ。流石にな……」

「実は、その勇者ってのは俺達の知人なんだ。しばらく会わない内に随分ブッ飛んだ存在になっちまったみたいだがな……」

「……。アンタ達はその話を信じたのか?」

「ああ。それ以前にもあちこちの話にチョイチョイ出てくるんだよ。しかも段々強くなってな……」

「…………」


 そこでファーロイトは改めて断言する。


「リーブラの民を救ったのはアイツで間違いないですよ」

「……そう言える根拠は?」

「行動がまさにそれですからね。アイツは他者を見捨てておけない」

「………。もしそれが本当なら、嬉しいが……だが……」

「ならアプティオに向かって確認して来たらどうだ、ヴォル?道中の手配もしてやれるが……」


 この申し出に一瞬躊躇ったヴォルヴィルス。だが、何か思い残すことがあるらしい。


「………。いや。それでもトシューラに戻る。今の話が本当でも、残された者も居るだろう?特に女子供は早く救わねばならん」

「……やれやれ、わかったよ。じゃあ、こっちの話を聞いて貰ったら好きにしろ。おい、パーシン」


 ファーロイトを『パーシン』と呼んだことに首を傾げるヴォルヴィルス。そんなファーロイトは、自らの仮面を外し改めて名乗りを上げる。


「私の……本当の名はパーシン・ドリス・トシューラと言います」

「……!トシューラ……だと?」

「はい。私は現トシューラ国の王位継承者の一人……者です」


 パーシンは自らの素性を明かし、現状に至るまでの全てを伝えた。


「………成る程。だから『勇者』の話が……」

「はい。アイツに救われて、こうして名を変え生きています」

「……。事情は理解した。仮面をしていたのは、難民達に素性が割れないようにする為か?」

「はい。私は今やシウト国の人間です。王子としての私を頼り騒ぎになるのを避けました」

「………。それだけじゃない様だが……」


 ヴォルヴィルスが視線を移した相手……キリカは、厳しい目でパーシンを見つめている。


「彼女は私付きの護衛ではなく、私の監視者です」

「成る程……どおりで……」

「関所での難民受け入れの際、私の申し出は彼女に拒否されたのですよ。だからフリオ様を呼びに向かった。私はまだ信用されていないんです」


 トシューラの民──しかも王族。そんなパーシンの素性を知る者は一握り。

 その中でもパーシンの目付けに就いたキリカは、常に厳しい監視の目で当たっていた。


「彼女は、私が裏切りの様子を見せたらこの身を斬る権利を有しています。ですから、私が独断で受け入れを決定できずフリオ様を呼びに……それで国境での騒動になりました。それにキリカは、トシューラへの嫌悪が強いのであの様なことに………」

「……。アンタも苦労しているな。まぁ、事情は分かったよ」


 トシューラ王族とはいえヴォルヴィルスはパーシンに共感する部分もある。追われて逃げる、生き延びる為に足掻く、そして目的の為に行動する……その辺りは同類なのだ。



「さて……じゃあ本題だ。これは、アンタがアプティオに行くなら持ち出さなかった話だ。だが、トシューラに戻るなら取引に応じて欲しい」

「取り引き……?」

「ああ。トシューラには悪いが、魔獣で混乱している今なら好機……俺はパーシンをトシューラに送る」


 この言葉に慌てたのはキリカだった……。


「なっ!フリオ様、何を!」

「パーシンの目的は妹達の奪還。混乱の最中である今ならばトシューラでの行動が起こし易い。勿論、何人か付けるがな?」

「し、しかし、それは……」

「言っとくがキリカ?キエロフ様からは許可貰ってるぜ?」

「いつの間に……」

「という訳でヴォル……パーシンの護衛を頼みたい。勿論、リーブラの民の捜索も好きにして良い。どうだ?」


 ヴォルヴィルスとしては捜索に専念出来ない欠点はあれど、トシューラを良く知る者が居るのは大きい。

 更に旅支度や馬などがあればかなり助かる。只でさえ魔獣の居る中に向かうのだ……戦力が増えるのもありがたい。


「パーシン……と言ったか?お前、戦えるか?」

「まぁ少しばかりは鍛えさせられました。足手まといにはならないと思います」

「わかった。取り引きを受ける。ただ、人数は少なめの方が良いな……」


 フリオはニヤリと笑い手を差し伸べる。ヴォルヴィルスは立ち上りこれに応えた。


「よし、取り引き成立だ。関所に馬と食料、あと役に立つかは分からんがトシューラの貨幣を準備しておく。パーシン。ヴォルの鎧を用意してやってくれ」

「わかりました……ありがとうございます、フリオさん」

「飽くまで送り出すだけだ。良いか?必ず戻れよ?」

「はい!」


 パーシンは仮面を付け再びファーロイトに戻った。が、そこで予想外の声が上がる。


「私も行きます。私はパーシン殿の監視役なので」

「キリカ……お前の嫌いなトシューラに行くんだぞ?」

「私は今の役目を果たすだけ。宜しいですね、フリオ様?」


 肩を竦めたフリオは、やれやれと首を振っている。


「好きにしろ。どのみちお前は俺の部下じゃない。止めることは出来んさ」

「という訳で支度をして参ります。では……」


 そう述べると、キリカはキビキビと出ていった。そんな様子をパーシンとヴォルヴィルスは唖然として見送った……。



 更に護衛を二人加え五名となったトシューラ侵入部隊は、馬を駆け颯爽と関所を後にする。



 パーシンにはこの先で幾つもの再開が待っているだろう。それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない……。



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