第二部 第一章 第十話 罪と罰


 洞穴の外から戻ったパーシンは異様な光景を目の当たりにしても動じなかった。地中に埋まる大勢のトシューラ兵……だから何だと肩を竦め、ヤレヤレと首を振る。


(うん……まぁ想像の範囲内だな)


 ライと付き合いが長い者は時間が経つ程その奇行に慣れてゆく。実に悲しい話である……。


(しかし、アイツに関わると奇怪なものばかり目にするな。【トラブル大魔王】とは良く言ったものだ)


 パーシンはフリオのセンスに改めて感心した。きっとフリオはまた盛大な『くしゃみ』をしているだろう。



 パーシンが洞穴の外にいた理由……それはライが注意を引いている間に別働隊として行動していたことを意味する。

 外の兵の拿捕と船の確保、それから転移魔法に適した場所の確認……少数精鋭で行動を起こすには隠密行動の得意なパーシンの存在は欠かせない。また、魔法担当としてフローラ達レフ族も同行していた。


 そして無事、数名の兵をお縄にし洞穴内に戻った矢先のこの状況。パーシンはともかく他の別働隊員が固まっていても無理からぬことだった……。


「お?戻ったなパーシン。無事か?」

「ああ……ってか、これどんな状況?」

「ん?見たいの?じゃあ……」


 パーシン達の連行してきたトシューラ兵に近付いたライは、肩にソッと手を触れると一気に地中に押し込んだ。


「うおぉ!どうなってんだソレ!」

「ハッハッハ。面白いだろ?この採掘場に来て編み出した必殺技だ。そうらっ!そらっ!アハハ!楽すぃぃなぁ~!」


 新たに連れてこられた兵士達を次々に地中に埋めるライ。まさに異様……と、そこに黒い稲妻のごとき攻撃が炸裂する。


「止めんか、気色悪い!!」

「ギピャッ!」


 必殺・ネコキック。メトラペトラ容赦なし。


「全く……。アホウな事ばかりしおって……才能の無駄遣いじゃ!」

「スミマセン……つい」


 メトラペトラの言葉に我に返る痴れ者。調子に乗りすぎた己の過ちを素直に謝れる、実に器の大きな男である。


「そこまで緻密な操作が出来とるのに、何故全力だと【覇王纏衣】が不安定になるんじゃ……?これは後で訓練じゃな」

「押忍!メトラ師匠!」

「……で、結局どうなってんの、ソレ?」


 メトラペトラの説明では、極薄の【覇王纏衣】で相手を拘束、兼保護し、かつ【覇王纏衣】に横の流動回転を加えているのだとか。ドリルの要領で地を粉砕して押し込んでいるらしい。


「……確かに才能の無駄遣いだな」

「いや、でも便利なんだぜ?相手を殺さず無力化出来るんだし……」

「う~ん……というか、この光景は普通に恐いわ」


 視線の先では地中に埋まり首だけのトシューラ兵を労働者達が念入りに確認している。確認が終わると他の兵の前に移動し確認。これが千人規模で行なわれているのだ。確かにその光景は異様だった……。


「パーシンも確認してこいよ。誰かいるかも知れないから」

「王族と関わりある奴がこんな場所に来るとは思えないが……そうだな。一応は見てくるか。てか、お前は良いのか?」

「全員埋める時に確認したよ。誰も知らない顔だったけど」


 知り合いがいない事はライとしては安心したと同時に当然としか思っていない。救出に来るのはフリオくらいなものだが、仮にも領主の後継者。流石に分別はあると考えるべきだろう。


 そうしてパーシンが兵士の確認を行っている間、メトラペトラはライの頭上に戻って来た。どうやらそこを定位置と定めている様だ。


「のう……助ける輩を選別するのは分かるんじゃが、残りはどうするんじゃ?」

「え?……そりゃあ労働者達の判断次第ですね」

「つまり殺されろ、と?」


 少し意地の悪い問いをするメトラペトラ。しかし、ライは当然の様に答える。


「ですから労働者達の判断ですって。彼らはトシューラ国に人生の一部を奪われた。復讐の権利はあるでしょう?」

「しかしそれはトシューラ国の罪であって兵の責任では無かろう?」

「確かにそうですが、国の命令を完璧に守るなんてのはアホウのやることですよ。そんな気持ち悪い思想、邪教と変わらないじゃないですか……たとえ国に仕えようと、己の矜持ってものがあると思うんですが」


 要は外道に身を落とすのは実のところ自己責任であると言いたいらしい。それが国の命令であっても自らの尊厳を棄てるのはそこに打算や屈折があるのだと。


「だから今、そのギリギリを見て貰ってるんです。人として踏み止まれたか否かを」

「つまり外道は死んで良いと?命には違いあるまい?」

「命は等価値じゃあ無いんですよ、師匠。自分の命や親しい人の命は、見ず知らずの人間よりも遥かに重い。それが個人ごとに違うから争いが起こるんです。……この採掘場に来る前、俺は二十人以上殺しました。その時初めて人の命を奪いましたけど、ハッキリ言って選択肢が無かった。自分の命、友の命、幼い幾人もの命、逃げられない状況。だけどそんなものは俺の都合でしかない。どんな理由だろうと死にたくはないでしょ?たとえそれが悪党でも」


 メトラペトラは黙って聞いている。頭に布を被ったままのライ。その表情を窺うことは出来ない。


「でも後悔はしていません。俺は俺の理屈で、俺の手の届くものを、俺の力で守った。それだけの話です。だから殺された側の縁者が恨んで俺に殺意を向けても、それを責めるつもりはない。勿論、無抵抗で殺される気も無いですけど」

「覚悟があるから構わん、という訳か……じゃが、他の労働者がその覚悟を持っているのかは別の話じゃろうに」

「だから選ばせるんですよ。どうだろうと後悔する人は後悔しますから。手に掛けて後悔するのも、手を出さず後悔するのも当人が決めること。それ位の権利はある筈です」


 メトラペトラは答えない。正直なところ人の価値観などに興味はない。ただライの考えを聞いてみたかっただけなのだ。


「フェルミナの前じゃこんなこと絶対言いませんけどね……命を司る優しい大聖霊には酷な話ですから」

「……お主自身は本当は…」


 メトラペトラが口を開き掛けた時、パーシンが兵士の確認から戻ってきた。既に労働者全員が確認を終えた様だ。


「メトラ師匠。この話はまたの機会に」

「……そうじゃの」

「ん?何の話してたんだ?」


 パーシンの空気を読めない質問。しかし、ライは容易く話題を逸らす。


「そりゃ師弟の愛の混じった深~い話だぜ?人前じゃ恥ずかしくて……それより、どうなった?」

「まあ、取り敢えず向こうに行こうぜ」


 労働者達は様々な表情を浮かべていた。兵士達を間近に見て改めて感情が揺さぶられたのだろう。

 それを確認したライは改めての質問を投げ掛ける。


「兵士達の中に知人がいた人、または解放すべき人がいるなら集まって欲しい」


 ライの予想通り数人の労働者が家族がいると申し出た。そして、兵士の中でも労働者に危害をくわえなかった者も合わせると八人程の解放候補者が挙がる。


「この人達の解放に反対の人は?」


 反対者はいない。念入りの確認だったが問題は無い様だ。ライにより地中から引き抜かれた兵士達は、武装を解除。家族との再会を喜ぶ者、丁寧に接した兵への賞賛などの光景がそこにあった。


 その中の一人……レイスはパーシンの側に近寄ると突然かしずく。既に王族ではないパーシンとしては非常に気不味い状況……慌てて肩を掴み立ち上がらせたのだが、余計に注目されてしまった様だ。


 パーシンが王族なのは周知の事実なので今更な話ではあるのだが……。


「知り合いか、パーシン?」

「あ~……うん。昔、護衛をしてくれてた奴なんだが……どうも俺が出奔した後、兄貴達に直訴したらしくてな」

「それでこんな場所に左遷か……随分と忠臣だな」

「う~ん……ちょっと真面目過ぎるんだよ」


 ライがレイスと面と向かうと、今度は突然頭を下げ礼を述べ始めた。確かに真面目すぎる様である……。


「魔人殿。パーシン王子を助けて頂きありがとうございました。私はレイス・オールドと申します」


 魔人……未だに布を被っていた事に気付き急いで外そうとするライだが、紐が固くて外れない。諦めて“むぅん!!”と力の限り引き裂いた一瞬、レイスはビクッと反応する。


「ウム……じゃなくて、申し訳ないけど俺は魔人じゃないですよ。それと助けたってのも違う。パーシンは相棒ってヤツです。ところで……レイスさんはトシューラ国に未練は?」

「?……い、いえ、元々兵になったのも生活の為でしたから。その後パーシン様に仕えることになり幸運だったのですが、パーシン様がいないトシューラ国は最悪でしたよ。故に未練はありません」

「じゃあ、頼みがあります。パーシンと一緒にシウト国に行ってくれますか?」

「おい!俺はもう王族じゃ……」


 断ろうとしたパーシンを遮りレイスは快諾した。


「是非ともお願いします。といっても護衛としても未熟かも知れませんが」

「……良いのか、レイス?トシューラ国……生まれ故郷を裏切る事になるんだぞ?」

「構いませんよ、パーシン様。私はやはり貴方にお仕えしたいのです。民の側に寄り添おうとした貴方だからこそなのですよ。そこに国は関係ありません」


 王族ではなくとも仕えたいと言ったレイス。パーシンはこれに応えなければ男ではない。


「わかった。但し、しばらくは苦労するぞ?一から始めるんだから」

「ここに比べれば天国ですよ」

「ハハ……違いないな」


 これでパーシンの出世意欲は増すだろう。ライとしてはパーシンが早く偉くなってシウト国の面倒事を減らすことを期待している。


「さて……じゃあ改めて本番だ。この中で死に値すると思う人間を挙げてくれ」


 あっさりと死の宣告を提言するライ。それをきっかけに労働者の怒りが再燃を始める。そして挙げられた十五名の兵士。ライは思ったより少ないと感じたが、パーシンの印象は逆だった様だ。


「十五名……そんなにか……」

「パーシン。人の恨みってのは深いんだよ。俺達の知らない悲劇や怨恨は山ほどあるだろうさ。この場所が出来てからの呪いみたいなものだ」

「………そう、かもな」


 この小さな孤島が発見され採掘場となってから百年以上とパーシンからは聞いている。こんな無法の地。今に至るまでの無念の数は計り知れまい。


「ここで一つ。自分が命を賭けてでも恨みを晴らしたい人以外は外に出てくれないか?」

「旦那……一発殴らないと納得しない相手はいますが、それじゃ駄目なんですか?」

「労働させられていた千人近くの全員に一発づつ殴られたら結局死んじゃうよ?その程度の恨みなら他の方法で償わせる。恨みはすれど死に値しないと判断したんだろ?問題は十五名の方だ」


 今回は納得出来ない者も幾分存在したが、次の言葉で諦めざるを得なくなる。


「もし度を越えた虐待がしたいなら止めないよ。でも、家族や友人にそのことを誇れるか?その姿をこの場にいる子供達に見せる自信あるのか?奴らと違うと胸を張れるか?」


 無言の労働者一同……。


「わかったろ?覚悟が無いなら止めておいた方が良い。その方が幸せでいられる。わかったら外に……光の世界に帰るんだ」


 諦めて首肯く労働者達。洞穴の出口にゆっくりと歩いて行く。ライは三兄弟・ウジンにその付き添いを頼んだ。

 そして残った労働者は三十名ほど。外に出た労働者達と違い、暗い雰囲気を纏っていた。


「さて……じゃあ次はそこそこ恨まれたキミらだな。ジョイスさん。縄で括って船に載せといてくれる?」

「うむ!了解した、親方!」


 ライが次々引き抜く『処分保留』兵士をジョイスは片っ端から縄で縛る。武装は全て外しパンツ一丁……そのまま船に連行されて行った。


 そして最後に残った兵士十五名。彼らは死に値すると判断された者達……既に絶望の色を浮かべている。


「残った兵士を連れて採掘場の下層に。ここじゃ外に聞こえるから」


 先程同様引き抜く端から縄で縛り下層へ移動する。約一名地中に埋まったままだが、パーシンとレイス、三兄弟・アスホックに見張りを頼んで残って貰った。



 向かった採石場下層。兵士十五名、労働者三十一名、そしてライとメトラペトラがいた……。


「メトラ師匠。上で待ってて下さい。見ていてもあまり気持ちの良いもんじゃないですよ?」

「お主の決断を見守るのも師の役目じゃろ?」


 メトラペトラの言葉に少し困った顔で自嘲するライ。これから始まるのは復讐を理由にした処刑なのだ。

 そしてライは一人目の兵士の肩を掴む。


「この兵士に対する恨みある者は前へ」


 労働者が四人、前に出た。その手には回収した兵の武器を持っている。

 ライが落ちた崖を背に兵士の拘束を解放すると四人の労働者が取り囲んだ。


「恨みは自らの手で晴らせ!命を奪う罪の重さを覚悟しろ!それが出来ないなら今すぐ去るべきだ!」


 労働者達に立ち去る素振りはない。そして武器を持たぬ兵士と四人の労働者の戦いが始まる。技量では訓練を受けた兵が上。しかし、素手のハンデに加え四人相手では分が悪すぎる。恨まれた兵が致命傷を負うまでに然程の時間は掛からなかった……。


「た、助けてくれぇ!」


 命乞いするトシューラ兵。しかし……。


「お前はそう言った俺の兄貴を刺し殺したじゃないか!」

「俺は弟だった!作業に疲れてぶつかっただけなのに……!」

「見ろ、この目を!この手を!俺はお前のせいで一生この苦痛を背負って生きなきゃなんねぇ」

「あの子はまだ十歳になったばかりだった。それを貴様が……!」


 誰一人躊躇などしていない。積年の恨み。それが今、業火となり兵士に還っているのだ。そして全員に串刺しにされた兵は、崖の闇に力無く飲み込まれて行った……。


 一人、また一人と兵は復讐の刃に掛かる。理由は様々。殺害や凌辱、肉体損傷、集団暴行……聞くに耐えない非道の数々だ。中には正気を失い自ら崖を飛び降りる兵もいた。


 そして兵が最後の一人になった時、復讐に踏み出したのは一人の女性だった。


「私の夫……そしてお腹の子を殺した恨み。忘れていないわよね?」


 流石に女性一人は危険と労働者達がライに詰め寄る。しかし、ライは首を振った。


「それじゃ駄目なんだ。彼女が復讐から解放されない。黙って見届けるんだ……」


 戦闘の素人の女性と兵士では明らかな差がある。ライはこれを埋めるために兵の手足に枷を付けた。更に女性には密かに身体強化魔法を使用している。それでも駄目ならば幻覚魔法を兵にかけて崖から落とすつもりだった。

 しかし……女性は苦戦の末、見事兵に致命傷を与えたのである。


「このっ!このぉ!夫を……子供を返せ!かえせぇ━━━━━っ!!」


 既に息絶えた兵士を何度も刺す女性。その顔には止めど無い涙が溢れていた。ライはその腕を掴み優しく抱き寄せる。女性は長い間泣き崩れた……。


 落ち着いた女性と労働者達を洞穴の外に出るよう促し後始末に残ると告げたライ……。崖に落ちなかった兵の遺体を火炎魔法で骨まで灰にし崖から撒いている。


「……何も労働者達の罪まで一緒に背負う必要は無かろうよ。馬鹿者めが」


 メトラペトラはライの頭から降りて崖を覗き込んだ。無言の後始末……兵達の弔いを行ったライは泣きそうな顔だった。


「偉そうな事言っておきながら駄目ですね、俺は……。もし兵士達がトシューラ国に生まれなければ……兵士達の家族が今も帰りを待ってるんじゃないか……そんなことばかり頭に浮かぶんですよ。でも、俺には労働者達の方が俺の手に近かった。だから……恨みを晴らさせてやりたかったんです」

「だからといって敵の死まで悼む必要は無いんじゃ。それはもう地獄じゃぞ?」


 メトラペトラが見ていたライは、異常なまでに仲間を気に掛けていた。その範疇は千人の労働者達全てに及んでいる。そして敵であるトシューラ兵の死さえも悼んでいるのだ。故の処刑選抜……それは犠牲者を減らす為の口実に過ぎなかった。


 メトラペトラはそんなライの行動を『割り切っている』とは見ていない。まるで関わった者全てを導こうとするかの様に罪まで背負おうとしている……そう感じた。


 それは『魂の救済』とも言える行為だった……。


「のう、ライよ?全ては救えんのじゃ……それは神ですら果たせなかったことじゃ。少しは妥協を学ばねばな」

「わかっちゃいるんですけどね……中々難しいですね」

「フン……馬鹿者め」


 ライは兵士の遺灰を何度も手で拾い集め、崖から祈りを込めてそっと撒き続ける。


 せめて魂は最下層のあの美しい景色で慰められるようにと望みながら……。



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