第二部 第一章 第十一話 自由への船出


 下層から戻ったライを待っていたパーシンとレイス、そして三兄弟。ライは努めて明るく対応した。


「さあ……ようやく脱出だ。パーシンとレイスさんはシウト国で仕事を頼んだけど、三兄弟はどうすんの?」

「俺たちは!!!……どうしよう?」

「うむ!!考えてなかった!!」

「親方と共に行くつもりだったからな!ハハハハハ」


 本職は『害虫駆除』『雑草処理』『祭りの屋台』である三兄弟。しかし、あの戦闘力を手放すのはかなり惜しい……。


「シウト国の兵になってくれれば有り難いけど、強要はしないよ。兵の悲惨さはここで知ったろうし、帰る国もあるでしょ?」


 命懸けの仕事である兵士。真っ当に働く三兄弟にその苦労を負わせるのは幾分気が引ける。しかし、三兄弟は互いを見やると豪快に笑い出した。


「うむ!ならばシウト国の兵になろう!俺達の命は既に親方に預けた!」

「いや、そういうんじゃなく自分の意志で……」

「それが俺達の意志だ!!親方!!」

「そうっすよ!!!」


 思わぬ戦力確保。これでまたシウト国は強くなる筈。


「ありがとう。優遇して貰える様にしとくからさ?それと非道な命令は無視していいからね?それが俺の意志だよ」

「流石は親方だ!ハッハッハ!」

「じゃあ転移魔法の準備を手伝ってくれ。メトラ師匠……」

「うむ……任せい。行くぞよ、三兄弟」


 洞穴の外は岩場だらけの足場。これを魔法で広く平らに整地するには三兄弟は打ってつけである。


「さて……パーシンとレイスさんは兵舎まで案内してくれる?手紙を準備をしたい」

「わかった」

「待てや、コラ!この野郎!先刻さっきから俺を無視すんなテメェら!」


 突然響き渡る男の声。そう……それはすっかり忘れられていた『フォニック傭兵団』団長ことオルスト様である。

 採掘場の兵ではないので解放や復讐の対象にならなかった男は、判断保留のまま埋まっていた。


「……パーシン。兵舎に案内してくれ」

「わかった」

「おぉい!まだ無視か?まだ無視しやがるのか?殺すぞコラァ!!」


 無視された怒りでわめき散らすオルスト。ライはスキップしながら爽やかな笑顔で近寄りその頭を鷲掴みにした。いつの間にか非常に威圧的な表情に変わっている。


「あぁん?誰を殺すんだと、ゴラァ!!脳天まで埋めっぞ、ボケがぁ!!」


 見下すように……いや、実際見下しながら強烈な威嚇をかける。その顔はまるで連続強盗殺人犯の様な迫力だ。


「えぇ~っ……そっ、その……スミマセン。調子に乗りました……助けて下さい」


 しつこくガンを飛ばし続けるライから視線を逸らしたオルストは、パーシンに助けを求めた。


「お、王子!助けて下さいよ!」

「俺はもう王子じゃない」

「じ、じゃあパーシンさん!満更知らない仲でもないでしょう?お願いします!」


 パーシンは目を閉じ何度か首肯く。そして目を開くと親指を立ててオルストに向けた。

 助かった……そう思った矢先、パーシンの親指は喉元を横に滑りそのまま下に向けられる。地獄に堕ちろ!のジェスチャーだ!


「お前と親しくも無いだろうが。大体お前、何でこんな所にいるんだよ……」

「そ、それはここの採掘権の一部が報酬として貰える約束だったんで見に来たんだよ」

「報酬?」

「新団長になった報酬だ。前団長のルフィアン、もう一人の副団長・アウルウォットの二人が死んで、繰り上げで団長になったからな」

「は?お前より格上の二人がどうして死んだんだ?」


 容赦ないパーシンの指摘に不快感を示すオルスト。しかし……頭部を鷲掴みにしている手がミシミシと圧を掛けてくる。


「グッ……に、二年位前にトシューラ国で騒ぎが起きてな。今じゃ『超越者の傷痕』なんて言われてるが、とんでもない被害が出たのさ」

「二年前じゃ俺はもうここにいたから初耳だ……。何なんだそれは?」

「……勇者と魔王の激突だ。実際とんでもない戦いでトシューラも相当な被害を受けたのさ。その戦いに巻き込まれて『フォニック傭兵団』のトップ二人は戦死した。ま、俺は逃げたがな?」

「勇者と魔王……それは、トシューラ国に魔王が現れて勇者が退治しに行ったのか?」


 ライはフローラから『魔王たる存在』の経緯を聞いている。現在の魔王は不明な為、トシューラ国を攻めた理由が分からない。フローラは現在の魔王はレフ族ではないと断言している以上、復讐とは別件なのだろう。


「いや……それが女勇者が突然トシューラ国に喧嘩を吹っ掛けて来やがったのさ。『お兄ちゃんを返せ!』とか何とか……」


(ん?…アレアレ?女勇者?お兄ちゃん?まさかまさか?)


 ライの頬を伝う一筋の汗。現在、女勇者は一名のみなので間違いようが無い。思わず手に力が入る。


「痛い痛い!頼むから待ってくれって!」

「あ……悪い。続き詳しく」


 やり過ぎを素直に謝る『万力勇者』さん。実に男らしい。


「と、とにかく女勇者……マーナがトシューラ国に来て宣言したんだ。『お兄ちゃんを返さないならトシューラ国を魔王の手先と認定して壊滅させる』ってな?」


 想像通りすぎて思わず自らの額をピシャリと叩く我らが勇者。はい。原因はコイツです。


「マーナと言えばシウト国出身の伝説の再来。ライ……同郷だろ?お前何か知っ……」

「イエ……ナニモ ワカリマセン」

「……。おい、勇者様?ちょっとこっち見ようか?」

「ハハハ、ゴジョウダンヲ」


 素早く顔を逸らしパーシンと意地でも視線を合わせない。その緊張感で再びミシミシと軋むオルストの頭。

 しかし、オルストは絶叫しながらもパーシンの言葉を聞き逃さなかった。


「ギィ!ラ、ライ……だと?テメェがライ・フェンリーヴか!テメェのせいで『フォニック傭兵団』が壊滅しかけ……ぎゃあぁぁぁ!スミマセン、ごめんなさいぃ!痛い痛い!」

「失礼な!実際トシューラ国に誘拐されてるんだぞ?」

「ごもっとも!ごもっともぉ~っ!!」

「……ライ。本当に死んじゃうぞ、ソレ?」

「あ……ごめんね?」


 パーシンの冷めた目に気付き力を抜いた万力勇者は、再び素直に謝った。二度も謝るその寛大さはもはや伝説級である。


 ともかく、そうなるとマーナがどうなったか気になるので続きを促した。


「ハァ…ハァ……。えぇと……何だっけ?そ、そうだ。それからマーナは……」


 ミシリ……。


「ぐあっ!……マ、マーナ、さん?は本気だった。まず王都の防衛結界を破壊した。次に近衛兵の精鋭五百人を全員魔法で感電させ、王命で現れたフォニック傭兵団長を激突させて城門を破壊した。更に殲滅魔法を詠唱し始めた時……唐突にそれが現れた」

「それが魔王か……どんな奴だったんだ?」

「魔王は……二人居た。十二、三歳程に見える少年と少女。共に虫羽根の様な翼が生えていた。両方魔王なのか、片方は幹部なのかまではわからないが、物凄い魔力だったぜ……」


 ベリドは現行魔王ではなかった……ライの予想は外れた様である。しかし、それは寧ろ脅威の数が増えたことに他ならない。


「結局、五日間戦い通しで被害を撒き散らし甚大な被害になった。トシューラ国としては不満だろうが、あの時勇者マーナがいなければ国は壊滅していただろうな」

「で……マーナはどうなった?無事か?」

「無事だぜ?結局、魔王も倒せなかったがな。しかし、マーナは仲間がやられていた筈だ。そこで魔王が撤退したんでマーナも国に戻った」


 信じていたがやはり心配だったライ。マーナの無事を知りようやく胸を撫で下ろす。


 それにしても二体とは言えマーナと互角以上とは、やはり魔王なのだろう。

 エルドナ社装備を備えていただろうマーナの仲間も相当な戦力だった筈だ。それが欠けたマーナの心が心配であるが、既に二年が経過している為歯痒さがだけが残る。


「それからトシューラ国は立て直しに労力を費やしている。兵の損失がデカかったからな。新兵の報酬は魔石を貿易に使い利益を充てる算段だったのさ。当然、儲けが出る筈が……」

「だから最近ここの労働者が増えてたのか……それはそうとオルストとか言ったっけ?魔石は諦めた方が良い」

「な、何でだ…?」

「こんな場所がある以上見過ごせないからだよ。この採掘場は破壊して埋める」

「……クソッ!……ツイてねぇぜ、全く!」


 苦々しく愚痴るオルストを地中から引き抜く。そしてライは、その額に狙いを定めた……。


「ちょっ……な、何を……」

「うん。アンタは他の兵と違って纏装使えるよな?当然縄で縛っても逃げるだろ?だから少し眠って貰う」

「ま、まて!逃げないから!止め……ゴアァ!」


 オルストに強烈なデコピンが炸裂!指に覇王纏衣を集中し放ったそれはオルストが反射的に使った纏装を打ち破り、後方回転させつつ壁にぶち当てる。


「ゴヘェッ!」

「あ……やり過ぎた。スマン」


 奇妙な声を上げ既に気絶しているオルスト。思ったより威力があったことに驚いたライは、三度の謝罪を述べた。まるで仏の様な潔さだ。


「……デタラメ大魔王め…」

「……魔人ではなく魔王でしたか」


 無茶苦茶な出来事続きでとうとう遠い眼差しを始めたパーシンとレイス。パーシンは『な?俺、アイツの相棒やってたんだぜ?苦労の程がわかるだろ?』みたいな顔をしている。


 そんなことなど露知らず、気絶したオルストを肩に担ぎライが戻ってきた時……二人とも余所余所しさで溢れていた。


「それじゃ改めて兵舎に案内頼むぜ、パーシン」

「御意!」

「御意!」

「ち、ちょっと待った。御意ってなんぞ?」


 パーシン、レイスの両名は、ライの質問全て御意で答えながら外へと向うのであった……。




 少々時間が取られつつも兵舎へと向かう三人と荷物。案内された兵舎は島の岩場を削り木材でドアや窓を取り付けた中々に立派なものだ。その入り口にオルストを放置し三人は内部へと足を踏み込む。


 兵舎内部には兵士の私物や武器、軍用の貴重品が備えられていた。通信用魔導具もあり試しに使用して見たのだが、どうやら妨害されている様で使用不能だった。


「恐らく騒ぎが起きた時点で連絡が行ってる筈だ。魔導具が使えないのはそのせいだろ。明日には軍艦が島を取り囲むだろうな」

「残念……。じゃあ仕方ない。予定通り書状を書くからちょっと待っててくれ。あ、パーシンはその間にここの色々使えそうなもの漁ってくれるか?但し兵の私物は盗るなよ?レイスさんは外のオルストとここにある武器の一部を運搬船に。残りの武器は労働者の皆の所に運んで欲しいんですが……」

「わかりました」


 メトラペトラの転移先はエルフトの街北にある鉱山らしい。大して離れてはいないが魔物の危険性が無いとは言えないので、念の為に装備にして貰うつもりだ。

 それに武器を売れば身の振り方が決まるまでの資金にもなる。シウト国の軍備も増え一石二鳥だろう。


「パーシン。金目の物は勿論、軍事秘密も探してくれ」

「そりゃ無理だな。こんな僻地にそんなもの置いとく訳がない。まあ、俺がそこそこ情報持ってるから欲張る必要は無いぜ?」

「いや……二年分の元は取っちゃるぜ?まずその魔導通信具も頂く。で、採掘した魔石もタンマリと貰うとして……ああ、そこの壁の国旗ひっぺがしてみ?隠し金庫がある筈だ。あと床にも倉庫が…」

「何でそんなことわか……うわっ!マジであるし。お前怖いよ!」

「フ……俺の目は誤魔化せんのだよ、パーシン君」

「身体は大人、頭脳は子供の癖にな?」

「よぉし!パーシン二等兵。歯を食いしばれ!」


 ライは纏装で建物を包み、隠してある物資全てを暴き出した。脱出する労働者への助けになる様にと考えてのことだが、半分はトシューラ国への恨みが原因である。


 その間雑談しながらもしっかりと手紙をしたためたライは、丁寧に折り畳みパーシンに託す。その数五通。


「こんなにかよ……」

「仕方ないだろ……二年半の音信不通だぞ?俺にも連絡したい人はいるんだよ」

「悪い悪い。で、どうすんのコレ?」


 一応宛名はあるがパーシンには面識が無い。


「この四つ折りの物をエルフトにいる『マリアンヌ』って人に見せて全ての手紙を渡してくれ。それで大丈夫だ」

「いや……まず、その人が分からんのだが?」

「……大丈夫。多分、今頃はエルフトの街で知らない人いないから一発で逢えるよ」


 名前から察するに女性だろう。『街で知らぬ者無し』という部分とライの達観した顔が気になるパーシンだが、取り敢えず手紙を受け取った。

 軍用の革製鞄と荷物袋を幾つか拝借し、手紙、魔石、魔導具などを含む金目のものを出来る限り収納する。


 レイスが戻りメトラペトラ達の元に向かうと既に準備は終わっていた。魔法円の中には労働者たちが待機している。


「遅いぞ、馬鹿者」

「スミマセン。労働者だった人の今後を相談してたので……」

「まあ良いわ。それより、ホレ」


 ライの姿を確認した労働者達は一斉に頭を下げた。何事かと驚いているライ……自分が労働者解放の立役者だとすっかり忘れている。


「貴方のお陰で自由になれる。本当にありがとうございました」

「いや……多分、俺がいなくてもいずれは別の誰かが動いたよ。三兄弟とかね?」

「でも我々を救ったのは間違いなく貴方だ。ご恩は一生忘れません」

「ありがとう!」

「ありがとうございました!」

「ありがとう、お兄ちゃん!」


 紡がれる千程もの感謝の言葉。これ程の人に面と向かい感謝されるのは初めてのことだった。


(間違いじゃなかったな……)


 改めて実感する自らの行動の結果。目の前の光景は今回の行動が罪であっても構わないとすら思えた……。


「泣くなよ、勇者様?」

「泣いてねぇよ!!」


 パーシンとのやり取りを皆が笑う。しばらくこのやり取りもお預けになる。


「皆はシウト国に送るけど、帰る国・行きたい国には行けるよう依頼してあるから安心して良い。少し時間が掛かるかも知れないけどね」

「わかりました。勇者様のご無事を我ら一同、お祈りしています」

「ありがとう。みんな元気で。それとフローラ、ベリーズ、ナッツ」


 呼ばれたレフ族はライの前に歩み出る。目線を合わせる為に屈んだライに三人は抱き付いた。


「ありがとうございました、ライさん」

「うん。カジーム国に送れなくて申し訳ないけど、代わりに当てがあるんだ。ディコンズという街の近くに竜がいる。まだそこに居れば頼めば帰れる筈だよ」

「ありがとうございます……どうかご無事で」

「フローラはここで俺を見てただろ?大丈夫だよ。さぁ……早く皆を自由にしてあげよう」

「はい……。大聖霊様、お願い致します」

「わかった。では皆の者、円の中に入るのじゃ!」


 広大な魔法陣が青い輝きを放つ。陣の中からパーシンが腕を前に出した。


「早く来いよ?じゃねぇと有ること無いこと言い触らすぜ?」

「わかってるよ……。……。じゃあな、パーシン!期待してるぜ!」


 拳を合わせ腕を引いた瞬間、一際眩い光が放たれた。それが徐々に収まると既に人々の姿は無い。


「うむ、成功じゃ。ワシは疲れた。少し寝るぞよ」

「お疲れ様でした、メトラ師匠……ありがとう」


 ライの胸に飛込み眠り始めたメトラペトラ。封印の衰弱は軽微という話だが、やはり封印で弱体化した身体では転移魔法は負担が大きいのだろう。そのまま兵舎に戻りベッドに寝かせる。


 ライにはまだ最後の仕上げが残っている……。


(先ずはコイツからだな……)


 転移魔法陣の痕跡を纏装による蹴りで消し飛ばす。何度か繰り返したことにより魔法陣は瓦礫と化し判別は出来ない筈だ。


 次に向かったのは採掘場の入り口。覇王纏衣を発動し最大出力を備える。相変わらずの不安定……しかしライは構わず力を集中させ続けた。

 洞穴内では崩落の可能性があったが、今は最早遠慮の必要は無い。


 この場所に来て以来、本気で出し惜しみ無しの力を使うのは初めてのことだった。


 覇王纏衣を纏った状態を両腕に集中し拳に圧縮。更に高速回転を加え力の限り大地に叩きつける。人生で初めて編み出した技にして現時点最大とも言えるその技……。


 《魔王旋吼破》


 敢えて『魔王』と付けたのは破壊特化の技であることと、魔王の仕業と思わせたいという願望からのもの。

 しかし……『魔王』の名はライにとっては『トラブル』が付くのが標準だった。


 結果───。



「ヤバイ!やり過ぎた!」


 洞穴の崩落の筈が、それなりの広さがある島の半分が一瞬で粉砕され海に沈んだ。更に勢いは止まらず、メトラペトラの眠る兵舎まで亀裂が走っている。

 慌てたライは兵舎に戻りメトラペトラを回収すると、勢いそのままに運搬船に乗り込み船出へと舵を切った。



 こうしてトシューラ国の秘密採掘場は島ごと崩壊し、文字通り海の底に消え去ったのである……。


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