第七部 第九章 第十六話 繋がり始めた縁


 マグナから受け取った【慈母竜の鱗】を空間収納したルーヴェストはロクスに視線を向けつつ腰を下ろす。


「んで……? 地脈異常の方は何か分かったのか?」

「ああ。やはりあの魔獣……アバドンの影響らしい」

「ちっ。ま〜たアバドンかよ……。アレの分体と戦ったが、ある程度数減らすとすぐに地中に逃げる。そんなのをどうにか出来んのか?」


 ルーヴェストの問いに答えたのはマグナだった。


「エクレトルから通達が来ている。アバドンが再度動き始めた為、本格的な討伐計画を発動しているらしい」

「つったってなぁ……出現地点の特定ってのは難しくねぇか?」

「どうやら勇者の一人が神聖国と連携し各地にて対策をしているそうだ。決戦は神聖国内に本体を誘導して行われる。事実、トォン国の地盤にも既に対策は施されているのだろう?」

「ああ。だが、それは『赤のベルザー』の手際だって聞いたが……成る程、そういうことか」


 一人納得がいった様子のルーヴェストにロクスとカラナータは互いの顔を確認し首を傾げた。


「スマンが説明してくれ。情勢に疎いワシにはサッパリでな……」

「ん? ああ、ワリぃ。『赤のベルザー』は流石に知ってるよな?」

「それこそワシより知名度が高かろうよ。伝説の大魔導師ベルザー……しかし、三百年近く前の存在だ。それが生きているとは驚きではあるが」

「俺からすりゃあアンタも似たようなモンだと思うがな……。ともかく、詳しいことは知らんがベルザーは協力者になったんだろうよ」

「ほぅ……それは興味深いな」


 カラナータは伝説の魔導師が健在であることに楽しげな表情を浮かべる。ルーヴェストと同類の思考である為に手合わせのことを考えているのだろう。


 一方、ロクスは話の続きが気になった。


「それで……お前は何に納得したんだ?」

「今まで存在の片鱗さえ無かった『赤のベルザー』がいきなり現れんのは変だろ? 加えて、アバドン対策に【勇者】が絡んでんのにトォン国への来訪が無ぇ。ってことは、ベルザーは勇者の協力者として来訪ってことになる。つまり、仲間に引き込んだんだろ」

「成る程……道理だな」

「ったく……。これは十中八九ライの仕業だろうな。まぁその辺りの事情はこの後蜜精の森で聞きゃあ良いが」

「それなんだが……蜜精の森には勇者ライは居なかった」

「アイツのこった……それこそ方方を駆け回ってんだろうさ。今のシウト国は内紛でキナ臭ぇことにもなってる様だし、アイツ自身も『世界の敵』なんて言われちまったから蜜精の森への帰還は控えてると見た。表立ってはエクレトルに捕まってることになってるしな。チッ……。イルーガとか言ったか、あの野郎……。この忙しい時につまんねぇ真似をしやがって」


 勇者会議を提案したのはルーヴェストである。それが世界の安寧に向うどころかライの立場を悪くしたことが内心腹立たしくて仕方が無かった。


 だが、シウト国の内紛は他国の政治事情……ルーヴェストが絡むことではない。どのみちライの立場を改善させるにはシウト国の内紛を集結させるのが最優先なのである。


(アイツは釣りが来る程結果出してんだ。シウト国の王家もここでライの居場所を失えば損失がデカイことに気付いてんだろ)


 シウト女王クローディアはまだ若い。しかし、政治も国内情勢もそんなことはお構いなしに進む。状況を打破することができなければ国の弱体化は免れないだろう。


 トォン国が揺るがぬのはマニシドの手腕──ルーヴェストはその偉大さを改めて理解した。


「ともかく、俺らは俺らのできることをやりゃあ良い。本当に助けが必要ならライの方から言ってくる筈だ。ってな訳で、取り敢えず蜜精の森に向かいてぇんだが……譲ちゃん達はどうするよ?」


 プリエールとエマルシアが里を案内されていることは想像してはいた。それを遮って蜜精の森に共に向うか、それとも後から迎えに来るかの判断をルーヴェストはカラナータに確認する。


「フム……折角楽しんでいるのに邪魔をするのは無粋か……。しかし、声掛けもせずに置いて行くのはプリエールに何か言われそうだ。ロクス……済まぬが確認してきて貰えんか?」

「それは構いませんが……カラナータ殿が行ったほうが良い気がしますが」

「そうなのか……?」

「ええ。二人共あなたを信用しているのです。その方が安心するかと」

「……分かった。済まんがしばし待っていてくれ」


 そう言い残したカラナータは少し照れくさそうにマグナの住まいから出ていった。


「……。ああして見ると“頼りねぇ若い親父”って感じだな」

「コラ。カラナータ殿に失礼だぞ」

「ま、嫁さえ居ねぇ俺達には子を持つ気苦労も分からんか」


 興味なさげにアクビをするルーヴェストにロクスは少し小言を言いたくなった。


「俺はともかくお前は子供持った方が良いと思うぞ?」

「……何でだよ?」

「その方がお前も国や世界に執着が出るからだ。今のお前はわんぱく坊主と変わらないしな。それにな……お前程の男の子孫なら後々世界の救いになるんじゃないか?」

「そんな先のことまで知らんよ。俺は俺の人生で手一杯だぜ」

「……。カペラのことも放っておくのか?」


 ここでルーヴェストはガクッと体勢を崩し片眉を上げた。


「はぁ? 何でカペラが出てくんだ?」

「……。いや、忘れてくれ。俺も朴念仁のクチだったよ」

「……。何なんだ、ったく」


 頭をボリボリと掻いたルーヴェストは本当に理解していない様子だった。



 ルーヴェストとロクス、そしてトォン国シシレックで酒場を営む『カペラ・エルベ』は幼馴染みである。三人は幼い頃、時折シシレックの街で良く遊んだ仲だ。

 大抵はルーヴェストの破天荒さに二人が巻き込まれる形だったが……カペラは小さい体ながらに懸命に二人に付いて回っていた。


 だからロクスは知っていた。カペラがルーヴェストに想いを寄せていることを。


 先程のやりとりはルーヴェストがあまりに他人事のように語るので思わずカペラの想いを教えてやろうと思ったのである。だが、考えてみればロクスが勝手に他人の気持ちを伝えるのは筋が違うと気付き踏み止まったのだ。

 二人は今でも良く会っているとルーヴェストは口にしている。ならば時間がいずれ良い方向へと導く筈だとロクスは思った。


 と……そんな会話を聞いていたマグナから提案があった。


「フム……。ならば我が里からお主らの伴侶となれそうな者を選ぶか?」

「いや……遠慮するわ」

「光栄ではありますが私も遠慮します」

「そうか……」


 マグナが少し残念そうだったのでロクスは慌てて取り繕った。


「あ……いや、竜がダメとかではないのです。私はまだ修行中の身ですし、ルーヴェストは子を作る自覚も無いようなので」


 するとマグナは申し訳なさそうに笑った。


「ハッハッハ、冗談だ。竜は己の意志で伴侶を選ぶ。長とはいえワシがどうこうできるものではない」

「そ、そうですか……」


 そこでルーヴェストはについてふと思い出した。


「そういや『シルヴィーネル』ってのはここ出身の氷竜だろ?」

「シルヴィーネルを知っておるのか?」

「ああ。考えてみりゃあ魔王討伐作戦の時からの知り合いってことになるか……。手合わせもしたが中々強かったぜ」

「そうか……。アレは昔から人の文化に憧れていてな。覇竜王の卵を慈母竜から託された後、役割を終えたから好きにしたいと申し出があった。許可を出してから戻らんが……どうやら望んだ暮らしをしておる様だな」

「今は蜜精の森で楽しそうにしてるのを見たから安心して良いだろうさ。先刻さっきアンタが話してた『神聖国と協力している勇者』と暮らしてるぜ。どうせこの後向かうんだ……何かあんなら伝言してやるが?」

「ならば“たまには顔を見せろ”と伝えてくれ。アレは強さはあるが竜としてはまだ若い。ワシとしては心配な部分もある」

「あいよ」


 そこで丁度カラナータがプリエールとエマルシアを連れて戻ってきた。背後には二人を案内していたスティーリアも同行している。


「どうした、スティーリアよ?」

「申し訳ありません、長。勇者ルーヴェストが居ると聞いたので少し挨拶をと思いまして」

「ん……? 俺にか?」


 スティーリアの顔をしばらく確認していたルーヴェストはポンと手の平に拳を乗せた。


「思い出した。お前、武闘会の時の女剣士か……」

「覚えていてくれたか」

「ああ。アレだけ強い奴には中々会えんから覚えてるぜ。成る程、竜だったか……そんなら強ぇわな」

「フフフ。あの歳で私に勝っていながら良く言う」

「ま、俺は別格ってヤツよ。で……お前もあの後かなり鍛えたみてぇだな。覇気で分かるぜ? もしかして再戦希望か?」

「そうしたいところだが……お前達はもう帰るのだろう?」

「手合わせの時間くらいはある……よな?」


 視線を向けられたロクスはヤレヤレと溜息を吐きマグナへ問い掛ける。


「長……この地に派手に暴れられる場所はありますか? ルーヴェストは並の力ではないのでかなり頑強でなければ被害が出ます」

「いや……。造れんこともないが時間が掛かるだろう」

「ですよね……。どのみち我々にはまだ諸用もありますので、そのついでとして提案があります」

「何だ……?」


 今度はロクスがルーヴェストに視線を向けた。


「蜜精の森にはそういった訓練ができる場所がある……違うか?」

「ああ。俺が全力でやってもそうそう壊れん訓練所があるぜ」

「と、いうことで長……今後、氷竜達にも闘神との戦いには備えて貰わねばなりませんし、強者が集うという【蜜精の森】と交流を持つことも悪くないと思います。そこでスティーリアを交流の代表として向かわせるのはどうですか?」


 ロクスの提案にマグナは考える素振りを見せた。そして小さく頷いた後ニタリと笑う。


「良かろう。勇者ルーヴェストよ……先程の伝言はスティーリアに託すこととしよう」

「ハッ、随分理解があるな。だが、里の大事な戦力が減らんか?」

「ワシが居る以上、里はそうそうやられんさ。スティーリアよ……シウト国蜜精の森にはシルヴィーネルが居るそうだ。お前はアレと仲が良かっただろう。話をしてくるが良い」

「分かりました。ありがとうございます、長」


 ロクスは最後にマグナと固い握手を交わす。氷竜との関係が良好であることがトォン国の安寧に繋がる。それを改めて確認する為だ。


「では、長……。また来ます」

「うむ、いつでも来い。マニシド王にも宜しく伝えてくれ」



 氷竜の里には強力な結界があり転移が阻害される。そこで一度里の外へと出た一行。里の外は未だ吹雪いている。


「そういえば、新しい結界は転移の阻害にならんのか?」


 カラナータの素朴な疑問にはルーヴェストが答える。


「先に転移神具を渡して阻害対象から外してあるっつってたから問題無ぇよ。情報は同盟国とも共有してるからシウト側も阻害されねえのは、ロクスとプリエールが証明しただろ?」

「ふむ……成る程な」

「さぁて……んじゃ、そろそろ行きますかね。良いよな、ロクス?」

「ああ。頼む」

「念願の手合わせだ。この先ちっとばかし忙しくなるが、取り敢えず楽しませて貰うぜ」


 そして一行はシウト国・蜜精の森へ──。ウォント大山脈に微かに残された転移の光は瞬く間に吹雪に飲まれ掻き消された。

 

 




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