第五部 第二章 第五話 強きを望む者達


 雁尾領・純辺沼原の地下集落。長であるゲンマの住まいでは、久遠国一行とサイゾウが集い話し合いが始まっていた。


 壮絶な泥試合……それにより、ゲンマだけではなく純辺沼原の住人達にも受け入れられたのは思わぬ収穫だった。

 今は住人達が持ち寄った料理を馳走になりつつ、クロウマルが神羅国来訪の目的を語り終えたところだ。



「首賭けを潰す、か。クロウマル……お前達の事情は分かった。だが、先ずこの国を見て回るのは久遠国と違って大変だぞ?」

「どういうことだ?」

「神羅国は領主の権限がかなり強い。恐らくお前の持つ情報よりもな?良き領主であれば問題無いが、悪しき領主の場合は重税、人買い、弾圧がある。中には犯罪者と結託する領主も……故に保身に走りやたらと見張りが多い。密告に報奨まで懸けている程だからな」


 領地の腐敗はやがて国の腐敗に繋がる。ならばとライは疑問を投げ掛けた。


「……神羅王は何も言わないんですか?」

「治安が悪化したのはここ一年……それは王位継承者の技量を計る期間でな。現在、神羅国は王の嫡男達が各領地の管理を担っている。今は実質二人……第二王女のカリン様、そして……」

「第一王子、カゲノリですか……。純辺沼原が襲われたのは、もしかしてカゲノリの管理区画だから?」

「いや……それはまた別件だ。この辺りはカリン様が管理をしている地域。が、雁尾領主はカゲノリと繋がっているのは間違いないだろう。治安が悪いのはカリン様の評判を落とすことが半分、略奪をカゲノリに許可されたことが半分と言ったところか……。カリン様も奮闘して居られるが、如何せん味方が少なくてな」


 カゲノリは既に領主の多くを取り込んでいるのだろう。カリンは信用出来る領主を探すだけでもかなりの苦労をしている様だ。


「第二王子はやはり病に?」

「キリノスケ様は昔から病弱だった。そして倒れたのは二年前……だが実は、カゲノリに毒を盛られたという噂もある。それを恐れた第一王女は領主と婚姻し継承を破棄したとも言われているな」

「身内同士でそこまで……」

「それが今の神羅国だ。領民は不満があっても領主の権限が強いので反乱も難しい。しかも領主はほぼ全員が魔人だ」

「………そんなものは国では無い!」


 神羅国の歪みにクロウマルの憤りが高まる。情報自体はある程度把握していた筈だが、純辺沼原を目の当たりにしたことで異常さを実感したのだろう

 久遠国の良き領主達を知る立場ならば、他国のこととはいえやりきれない怒りは当然だろう。


「何とかする方法は無いんですか?」

「一つある。だがな……それは実質、不可能に近い」

「聞かせて下さい」


 ゲンマは頭の布を取りボリボリと掻き乱すと盛大な溜め息を漏らした。

 代わりに説明を始めたのはサイゾウである。


「領主との決闘ですよ」

「……それって首賭けみたいな話ですか?」

「そう……不満のある者と領主との一騎討ち。他者は手出ししてはならない決闘です。しかし、実際は領主の城で行われる一対多数の虐殺……目撃者が居ないのを良いことに一騎討ちは行われない」


 前時代的な制度すら守られていない現状、領主の交代は王に直訴するしかない。

 だが、領主が関所を張っている限りそれも叶わない。飛翔魔法など領民に使える訳も無く、検問で捕まり牢獄に入れられるのが関の山だという。


「………良し!領主を倒しましょう!それで万事解決!」

「お前……話を聞いていたか?」

「要は領主と一対一になれるなら良いんでしょ?で、雁尾の領主って強いんですか?」

「魔人だからそれなりにはな……だが、一対一なら何とか……」

「ならやりましょうよ、明日」

「は?馬鹿かお前は?大体纏装も使えない奴が……」

「試してみます?」


 親指で櫓の外を指すライ。外は聖獣の放つ輝きで昼中と変わらない。


「……良し。見せてみろ」

「じゃあ、昼間の場所に行きましょう」


 移動した訓練場……其処には、まだ呑んだくれ共プラス酒ニャンがたむろしていたが敢えて無視。手合わせのルールを決める。


「今回は全能力使用有りということで。そうしないとゲンマさん、認めないでしょう?」

「良いのか?全力の俺は強いぞ?」

「大丈夫ですよ。時間は……夜ですから、長くて半刻。ん~……特別ルールとして、ゲンマさんは俺に攻撃が触れたら勝ちで良いですよ?」

「お……お前、ナメてるな?」

「その代わり、俺はゲンマさんの膝から下の毛を毟り終えたら勝ちということで……」

「………どうやら少し仕置きが必要な様だな」


 すっかり頭に血が上ったゲンマを余所に、ライはサイゾウに開始の合図を促した。


「ほ、本当に大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だ。まあ、怪我もしないだろう」

「し、知りませんよ?」


 サイゾウはライの力の一部しか見ていない。しかし、クロウマル達の悟りきった顔に促され覚悟を決めた様だ。


「で、では……手合わせ、始め!」


 開始と同時に一気に踏み出したゲンマ。だが、その拳は届かない。互いの間合い半ば程の位置に達すると、急激に減速しやがて押し戻され始めたのだ。


「うおぉぉぉぉっ!何じゃ、こりゃあぁぁっ!?」

「あ~……煩いから声も防がないとな」


 ゲンマを押し戻した瞬間に波動を解除したライは、半球型の黒い幕を展開する。

 以前、久遠国の飯綱領・久那岐で使用した吸収魔法の繭。今回は音……振動を吸収する様に設定し、見学者全員を被うように構築した。


「これで良し。さあ、行きますよ?」


 一同は高速移動したライを捉えられない。ライを甘く見ていたゲンマは事態が飲み込めずに混乱している。


「……一体何処に……うっ!痛てっ!」


 ゲンマは足にはしる痛みに気付き視線を向けると、屈み込んで脛毛をブチブチと毟るライと目が合った。


「……………」

「……………」

「………えいっ!えいっ!」

「痛っ!痛て!痛ってぇっ!」


 手早く、かつ一本づつ脛毛を毟り取るライ。ゲンマは痛さのせいで飛び跳ねた。


「くっ……こ、このっ!」


 慌てて振り払うゲンマの裏拳。これが見事に命中……と思いきや手応えが無い。それは脱け殻……そう、久々の【纏装脱皮】である。


「うぉっ!何だこれはっ!気持ち悪……いってぇ!痛てててっ!」

「フハハハハ!毟るぜぇ?超毟るぜぇ?」

「くっそ!このっ!白髪めっ!」


 気付いた時には接近し脛毛を毟る毟る。慌てて繰り出されるゲンマの攻撃はヒラリと躱され掠りもしない。

 ゲンマは堪らず距離を取ることにした。しかし……。


「何だ?幻覚か?」


 ゲンマが目撃したのは幾人ものライの姿。お馴染みの分身だが、初見の者には幻術の類いにしか見えないだろう。


「行きますよ!」

「幻術など無視すれば良ぺっ!」


 分身に殴られたゲンマは綺麗な横スピンをかまし地を跳ね転げる。だが次の瞬間、怪我一つ無いことに気が付いた。

 回復魔法纏装【痛いけど痛くなかった】の効果はゲンマを更なる混乱へと導いた。


 一方……次々に起こる驚愕を目撃したサイゾウは、口を開けたまま固まっている。


「クソッ!何故幻覚が触れられる?魔法か?いや……」


 ゲンマは事態を把握する為に視覚纏装【流捉】を発動。だが、視界には大量の分身体が映るばかりである。


「全部本物だと?バカな痛いっ!」


 ワラワラと取り囲むライの分身達は、わぁ~っ!と一斉に脛毛を毟りに掛かる。ゲンマは分身をタコ殴りにしているが如何せん数が多く、瞬く間に脛はツルツルにされた。

 だが、良く見ればわざとらしく一本だけ脛毛が残されていた……。


 その段階で全ての分身を解除。ライは明らかに余裕綽々の表情だ。


「悪い夢でも見てる様だぜ……お前、魔術師か?」

「あれ?言ってませんでしたか?俺は勇者ですよ。因みに今見せたのは、ほぼ全て纏装です」

「何だと……?嘘を付くな!」

「嘘じゃないですよ。まあ、俺以外に分身を使えた奴見たこと無いですけど」


 分身に関しては未だ謎多き部分もある。しかし、出来るものは仕方無いとしか言えない。


「さて……ゲンマさん。あなたはどこまで纏装を使えます?」

「くっ……ナメるなよ?後悔させてやる」


 目を閉じて集中を始めるゲンマ。だが……ライはその隙を見逃さず最後の脛毛を毟り取る……。


「フハハハ!隙ありぃ!」

「痛てぇ……!」

「………………」

「………………」

「あ、お気になさらず続けて下さい?」

「……く、クソッ!」


 既に決着は付いた。だが、ゲンマが納得しないのでは意味が無いのだ。


 再び集中を始めたゲンマは、やがて金色の光を放ち始めた。


「覇王纏衣が使えても驚きませんよ?」

「まだだ!」


 更なる集中により金色の光はやや黒みを帯び始める。


「ど、どうだ!」

「おぉ……三つまでは重ねられる訳ですね?でも時間が掛かり過ぎるから研鑽が必要かな……」


 ライは一瞬で【黒身套】を発動して見せた。しかも極薄の状態。ゲンマは、ここでようやく己の認識の誤りに気付いた様だ……。


「……まさか……ここまで実力差があったとは。お前はそれ程の力をどうやって……?」

「師に恵まれたんですよ。それに研鑽の仕方が根本から違います。俺はいつも力を高めないとならない環境にいた……それこそ寝る間を惜しむ、ではなく“ 寝る間すら利用して ”研鑽を続けた」

「…………」

「それでも救えないものがあった。だから今の俺は、更なるの力を研鑽しているんですよ」


 ライという人物の在り方をゲンマはようやく理解した……。


 しかし、そうなるとその力の程が知りたくなるのが人の性。特にゲンマの様な者は目指すべき高みを知りたがる。


「……お前の本気はどれ程なんだ?」

「う~ん……しばらく全力出してないからなぁ」


 ザワリと髪が逆立ち肌が褐色に変化。各紋章がぼんやり光りつつ浮かび上がり、背中には光輪、そして炎と氷の翼が出現した。

 額のチャクラも見開かれた完全戦闘態勢。とはいえ、実際の戦闘ではないので実に穏やかな力の流れになっている。


「折角ですから、このまま怪我人の治療をしちゃいましょう。……サイゾウさん、この地下空間内に全ての怪我人が居るんですよね?」

「……………」


 サイゾウは完全な放心状態だ……。


「サ、サイゾウさん?」

「……え?あ、ええ。ですが、今は各自の家に散ってますが……」

「了解です。……ゲンマさん。あなたは多分、【黒身套】まで辿り着くと思います。纏装自体の限界はそこまでですが、更なる使い方はある」

「使い方……?」

「まぁ、参考程度にして下さい」


 吸収魔法の繭を解除したライは、黒身套の上に回復属性纏装を重ね圧縮。掌に集めた魔力に高速言語による魔法式を加え魔法を発動。



 回復魔法 《無限華・大輪》



 地下空間を埋める程の光る大輪の華は、ゆっくりと回転しながら輝きを増して行く。しばし回転を続けた後、回復魔法の華は光の粒子となり空間を満たした。

 光は空間内をしばらく彷徨い、やがて役割を終え徐々に薄れ行く。


「……今のは?」

「回復魔法です。残念ながらディルナーチ大陸は魔法が主流じゃないので、先刻さっきみたいな真似は出来ないでしょう。でも、技術は使える」

「纏装の……圧縮か……」

「流石は理解が早い。使い熟せれば一枚の纏装でも高い威力になりますから」

「……フッ。俺もまだまだ修行が足りんか」

「先にも言いましたが、俺は力を求める環境に居た。だから使えるものを掻き集め、至らないものを得る為に足掻き、工夫と研鑽を重ねた上に幸運が重なった。こればかりは真似のしようがないでしょうね」

「……そうだろう。お前の力からは何か矛盾を感じる。救おうとする足掻きと救えなかった後悔。悪しき欲で求めた感じがしない」

「そんなことまで分かるんですか?」

「言ったろ?男は手合わせすれば分かる、と。もっとも、今回は一方的にやられた訳だが……」


 しかし、ゲンマは晴々とした顔だった。目指す高みを知り尚挑もうとする男の顔に、クロウマルは何やら触発された様である。


「……ライ殿」

「はい?クロウマルさん……呼び捨てで良いですってば」

「では、ライ……私に修行を付けてくれないか?」

「………。神具では足りないですか?」

「いや……神具は十分過ぎる程だよ。だが、ゲンマの言う通り時には拳を交えなくては伝わらないこともある。それは私に必要な気がするのだ」

「…………」


 父ドウゲンとはまた違う王の形……手探りながらもその在り方を探すクロウマル。ならば応えぬ訳には行かない。

 取り敢えず力の解放を止め元の姿に戻ったライは、クロウマルに再度の意思確認を行った。


「実質は神具の方が強力ですし、それで事足りるでしょう。それに訓練は辛いですよ?時間も限られますが……それでもやりますか?」

「是非に」

「………わかりました。となると、当然トビさんも……」

「やるに決まっているだろう?」

「で、ですよねぇ~……」


 クロウマルは王としての在り方を探す為、トビは主を支える為に強くあろうとしている。


 そしてもう一人……。


「無論、俺もやるぞ?」


 参加意思を示したのはゲンマだ。サイゾウはこの申し出に慌てた……。


「お前……自分が長だと忘れたのか?」

「忘れた。お前が長をやれよ」

「おい!この地の守護はどうするんだよ!」

「明日領主を潰せば良い……とライが言ってただろ?俺はそれに乗ることにした」

「……くっ!アホゲンマ

め!」


 困り顔のサイゾウ。ライとしてはどちらでも構わないのだが、一つ気になっていたことがある。


「そう言えば、街は何故焼かれたのか聞いてませんでしたが……」

「そうだったな……聖獣を守るのが役目なのは知っての通り。襲撃を受けたのは聖獣……というより、その副産物が原因だ」

「副産物……?」

「そうだ。ハクテンコウが入っているあの球体はどうやら神具らしいのだ。効果は良く分からん。しかし、時折ある変化を起こす」


 ゲンマは自らの懐を探り掌大の黄色い石を取り出した。クロウマルはそれを確認し驚きの声を上げる。


「これは、まさか……魔石か?」

「そうだ。時折あの球体の表面に雫のように発生して落ちてくる。年間でこの大きさが凡そ百程」

「まさか、ディルナーチ産の魔石があるとは……」

「正確にはディルナーチ産と呼べるか微妙だろう。大地からではなく神具から出てくる訳だからな」

「それでも驚くべきことだ……成る程な。魔石が採れるのであれば狙われても不思議ではない。しかし……情報は隠していたのだろう?」


 魔石が採れるのは聖獣の籠る神具。魔石の存在が知られることは聖獣を危機に晒すのと同義だ。箝口令を敷いていると考えるのが妥当だろう。


「たまたま立ち寄った行商人が倉から魔石を見付け盗んだ。それを売り飛ばそうとした店が盗賊のアジトだった様で、この街に奪いに来た」

「それはまた、傍迷惑な……」

「純辺沼原は常に見張りがいる。盗賊が来る前に殆どの住人を避難させて交戦した。しかし、隙を突かれ建物に火を掛けられてな……その時に全員避難した」

「それで街が焼かれたのか……盗賊達は?」

「街を探って何もなかったのが余程腹立たしかったんだろう。奴らが倉を壊して中の物を奪おうとしたところで、外出から戻った俺が全員ぶちのめした。聖獣の地で殺しをする訳にもいかないからな」


 不完全ながら【黒身套】を使用出来るゲンマ。盗賊如きが相手になる訳もなく、全員重傷の状態で近場の兵舎に放り込んで来たという。

 その際、事情を書いた匿名の書状を共に置いてきたそうだ。


「相手は盗賊だ……行商人は恐らく死んでいるだろうな。証拠が無いからそれ以外の罪で裁かれることになるだろうが……」

「この街の魔石、吹聴したりしませんかね?」

「それは大丈夫だろう。結局盗賊が目にしたのは商人が盗んだ一つだけ。加えて盗賊行為を自ら明かせば尚罪が重くなる。それに、キッチリ口止めしておいた」


 拳を目の前で握るゲンマ。どうやら徹底して盗賊達の心を折った様である。


 盗賊達が行商人を殺しているのならば、普段からの犠牲は更に多いと考えるべきだろう。ならば、返り討ちにされたのは自業自得とも言って良い。

 その点に関しては、寧ろライとしても同意出来る行動と考えていた。


「一応見張りは付けている。妙な動きを行った場合は直ぐに連絡が来るだろう」

「この街の魔石は保存しているだけですか?」

「妙な騒ぎになると困るから商いには使わない。だが、生活には役立っている。この空間では下手に火を使えないからな……」

「そっか……確かに屋内の灯りも魔石でしたね。魔法式は一応あるんですね?」

「正確には方術式だな。見てみるか?」


 ゲンマは懐から一枚の紙を取り出した。方術式が書かれた紙には火を意味する文字が記されている。

 その紙の中央に魔石を乗せたゲンマ。やがて魔石は光を増しながら熱を発し始めた。


「……こんな使い方もあるんですね」

「これなら一つの魔石を方術式次第で様々に使い分けられるだろ?先祖からの知恵ってやつだ」

「で、止めるときは?」

「まあ、魔石を避ければ済む。それ以外はこうだな」


 三度懐を探ったゲンマは、取り出した墨で方術式の一部を塗り潰す。同時に魔石は輝きを弱め発熱が止まった。


「う~ん……その辺、何か改良の余地がありそうですね。ラジックさんが喜びそうだ」

「ラジック?」

「その道の研究家です。とても変態さんですけど、天才さんでもありますよ」


 今度の土産は方術にしよう……などと考えているライは、何だかんだとラジックを嫌いではない。


「魔石、見せて貰って良いですか?」

「なら、これをやる。好きに使え」


 受け取った魔石は純魔石とまではいかないが、かなりの魔力を内包している様だ。


「純魔石じゃない……となると、『精霊結晶』とかいう奴かな?聞いてみるか……お~い、酒ニャン!ちょっと良いですか?」


 ライの呼び掛けに気付いたメトラペトラはフラフラと漂いながら近付いてきた。


「ウィッ……ク。何じゃ、バカニャロ~……」

「はいはい。あ~んして?あ~ん」

「あ~ん?」


 言われるがままにメトラペトラが口を開けたその瞬間、ライは指で丸薬を弾き飲み込ませることに成功。ゴクリと飲み込んだメトラペトラは酔いのせいか気付いていない。

 だが、次の瞬間……全身の毛を逆立て爆走を始める。ニャアァァァァォゥ!という悲鳴にも似た鳴き声が地下空間内を移動しながら響き渡り、飛んだ跳ねたの姿が時折森の上空に見えた……。


 しばし後、フラフラと戻ってきたメトラペトラは陶器のように硬直して横に倒れる。


「お……お主………ま、また……あの酔い醒ましを……」

「ジゲンさんに貰った丸薬タイプです。効きが少し弱いと聞いてたけど、十分みたいですね」

「うぅ……おのれ……」

「ところで師匠。この魔石わかりますか?色が少し違うみたいなんですが……」

「……くっ!容赦ないのぅ、お主も」


 横たわる眼前に置かれた魔石をじっと見つめるメトラペトラ。口にしたのは、ライの予測通りの言葉だった。


「精霊結晶じゃな……どこでこんなものを……」

「アレです、アレ」

「ん~?アレ?」


 ライが聖獣の籠る神具に視線を向けると、メトラペトラはのそりと立ち上がりライの頭上に移動。そのまま上を見るライのに着地する。


「モグガグガガブバ……」

「成る程のぅ……じゃが、神具から魔石が生まれておる訳では無いようじゃな」

「ベバボボババ?」

「恐らくじゃが自我すら無い最低位精霊の類いが聖獣ハクテンコウに引き寄せられたのじゃろう。それが複数体集まった後、魔石化した……といったところかの」

「バブボボ……」


 顔に猫を乗せたライは何事もない様に会話を続けている。


「スゲェ……会話が通じてるぞ?」

「信頼の為せる意思疎通だな」


 妙に感心しているゲンマとクロウマル。対してトビとサイゾウは呆れていた。


「……何故降ろさないのでしょうか?」

「サイゾウ殿。ライに一々突っ込みを入れたら負けだ」

「……そ、そうなんですか?」

「付き合いが長いと分かる……」


 顔に猫を乗せた漢を残念そうに眺めるトビ。ライは苦しくなり始めたのか、宙を掻き踠いている。


 その時……一同は更に驚くべき事態に遭遇する……。

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