第五部 第一章 第五話 波動の力
試練の地にての修行が始まり早二日──。トキサダの指導の元、ライは練習着に身を包み新しい技【波動吼】の訓練を続けている。
基本的には【天網斬り】と同様の“ 存在特性の感覚を掴む修行 ”の為、ライは以前の様に座禅を組み木刀を振るっていた。
『万物両断の特性と別種の存在特性【波動】……その力は多彩。【波動吼】は剣技として構築したものだが、波動そのものは様々な応用が可能だ』
試練の間、鬼神像前───ライを見守るトキサダは、技の概要を説いている。
「……そもそも【波動】というのは何なんですか?魔法には『生命波動陣』というのがありますけど……」
『その魔法概念を知らぬ故に何とも言えんが、生命……いや、この世の全ての存在が放つ波とでも言うべきものだ。存在することで常に発せられる【波動】は、周囲の精神に僅かな影響を与えている』
植物や岩、人工物の波動は微弱過ぎる故に与える影響は無いに等しく、僅かに安らぎや不安など漠然としたものを与えることがある程度。
だが、生物の波動はその行動が波動の質となり恐怖や愛情までに影響を与える。精神の複雑な人間ともなれば、感情が波動に乗り善きにせよ悪しにせよ多くの存在に影響を与えているのだとトキサダは続けた。
「それは……そんなに強い力なんですか?」
『本来は気付きもしない微弱なものだ。しかし、大きな力を内在する者であれば比例して波動も強くなる。それを掌握し力に変えると……』
片手を伸ばし掌を壁に向けたトキサダは、気合いの声を発した。と同時に試練の間に空を伝わる振動が発生する。
「……!」
振動が収まりトキサダが手を向けていた壁を見ると……そこにあった一面の蝋燭は綺麗な円形状に灯りが消え、残された炎がそれを浮かび上がらせていた……。
「魔力や気の気配を感じなかったのに……これが波動……」
『空を伝わる振動は感じただろう?』
「はい……でも、音の振動に近い感じでしたけど……」
『似て非なる……だな。波動は自らの存在が常に発している波。物理法則とも少し違う力だ』
それを実際の力として行使出来る様に調整するのが【波動吼】──。
『先にも言ったが波動というのは汎用が利く……その波を巧く扱えば攻撃以外の力にも変えられる』
波動をより強く放てば、あらゆる攻撃を逸らす・威力を下げることが可能なのだという。
『身体能力……身体の各箇所に波動を展開して行動すれば、その効果を上げることが出来る』
「………まるで纏装みたいですね」
『確かに似てはいるな。波動の力は纏装同様『誰もが持ち得ている力』……しかし波動は『通常、操作出来ない力』でもある。波動を確実に操作出来るのは存在特性のみ……それを技法として確立したのが【波動吼】なのだ。もし今後、貴公が波動を使う者と対峙することがあるとすれば存在特性を使う相手か神格に近い上位存在……そう心得よ』
波動そのものは感じられても、力として行使出来る者は限定されるらしい。それは逆に言えば、魔力、生命力の【纏装】に加え【波動力】とでもいうべき力を使い熟すことが非常に大きな力となるということ意味している。
『先ずは波動の感覚を掴め。波動を把握することが出来ねば【波動吼】は使えぬ』
「そうは言っても流石に難しいですよ……良くトキサダさんは修得出来ましたね。あ……もしかして波動は、トキサダさんの存在特性ですか?」
『惜しいな……我の存在特性は【存在特性】だ。波動も使用できる』
「…………はい?」
『ハッハッハ。済まん、言葉が足りなかったな。我の力は、【存在特性を把握する存在特性】だ』
トキサダの存在特性は【概念知覚】という特殊なもの──しかし、本来それは存在特性を感じ取るだけの能力である。
だが稀代の天才剣士は、それを己の糧にすることを考えた。知覚出来るなら再現も出来る筈だ、と。トキサダが華月神鳴流を確立した後、その更なる研鑽と併せて生涯を費やしたのが【天網斬り】──それは存在特性の再現という前代未聞の行為でもある。
「………じゃ、じゃあトキサダさんは全ての存在特性を使えるんですか?」
『理論上はそうだが、都合良くは行かぬな。天網斬りは剣の為に【万物両断】に限定して修練を重ねたが、結果は完全な再現は出来なかった。恐らく我が持つ本来の存在特性ではないからだろう』
「でも……天網斬りは完成していますよね?」
トキサダはライの正面に胡座をかき真っ直ぐに見据えている。その表情は鬼面を着けたままなので判らないが、些細な質問にも丁寧に答える態度から師としての風格が窺える。
『不完全とはいえ【万物両断】を再現したのだ。ならば更なる工夫すれば良いだけ……そこで我は、華月神鳴流の刃に【万物両断】を乗せることを研鑽した。結果、本来の【万物両断】へと至ったのだ。だが、これを為すのに四十年……つまり技として確立するのは生半可な時間ではないのだよ』
「四十年………」
それは天才たるトキサダが【概念知覚】を用いてようやくの時間。並の人間ではどう足掻いても届くものではない。
存在特性の使用は自らの特性以外、原則不可能。それを捩じ曲げ後世でも使える技として確立したトキサダは、ある意味奇跡の存在と言えた。
『波動は万物が持つもの……故に掌握は容易だったが、研鑽にはやはり十数年を要した。それすらも、死後この姿になったからこそ為し得たのだ。神殺しの太刀……【神薙ぎ】の完成に必要だった為だが、ハッキリと言えば偶然の産物だ』
上位存在である程、その強き波動は無意識下で力となっている。【神薙ぎ】が未だ完成に至らぬのは、上位存在の波動が妨げになるからと判断したトキサダ。波動を波動で打ち消す技法を天網斬りに乗せる試みを続けているという。
「存在特性に存在特性を重ねる……そんなことが……」
『それは貴公が手合わせで見せただろう?』
「え……?」
『何だ……気付いていなかったのか。貴公は我との試練の最後……奥義の打ち合いで【天網斬り】に【天網斬り】を重ねたのだぞ?』
「………全然覚えてません」
『無意識下の所業か……だが、あれがなければ刀だけでなく貴公まで刃は届いていた筈だ』
トキサダとライの天網斬り同士が衝突する瞬間、もう一つの天網斬りが重なったという。霊格が上のライに届く筈だった【未完成・神薙】は、天網斬りを相殺しライの刀を断ったところで効果が切れたのだ。
『同一特性を重ねるだけでは効果の上昇は微妙……だが、それも死中に見出だした技に違いはない』
「……ハ、アハハハ……」
本当に巧く存在特性を組み合わせられれば、別の存在特性になる……トキサダはそう考えているという。
『【神薙ぎ】も理論としては似たようなもの……新たに【神殺し】という存在特性を生み出そうとしていると考えれば早いな。だが、我は剣士……そこに至るにはどうしても刀を使う技になるだろう』
「………トキサダさん。もし俺が居なくなると研鑽が出来なくなりますよね……?」
ライは今後のことをふと考えた……。
久遠国から去った後、トキサダは研鑽が難しくならないだろうか?霊格が上の相手が居なければ試すことが出来なくなるのでは、と。それは【神薙ぎ】の完成が遅れることを意味している。
だが……トキサダはライの肩を力強く叩いた。
『気にするな。しばし相手をして貰えばそれだけでかなり
「………トキサダさん」
しかし……ライは恩義を受けた以上返さねばならぬと考えていた。
「…………。そういえば、試練の間はトキサダさんの意思で管理してるんですよね?」
『そうだ。その様に依頼したからな……そうでなければ試練者に合わせた配慮が出来ん』
「力を封じないことも出来るんですよね?」
『今も制限は解いている状態だ。破壊の修復は掛けてあるが……』
「じゃあもし、魔力を元にする存在……例えば精霊も此処に存在出来ますか?」
『無論、可能だが……何の話をしている?』
「トキサダさんの修行の相手の話です。聞いてましたよね、カブト先輩?」
ライの呼び掛けと同時に右腕の契約紋章が輝く。光が薄れるとライの右腕には黄金のカブト虫が張り付いていた。
「カブト先輩。実はお願いが……」
(話は聞いていた。皆まで言う必要は無い)
「宜しくお願いします」
出現したのは数日前にライと契約した精霊、
『カブト虫が最上位精霊とはな……』
「カブト先輩なら俺より霊格は上ですし、かなり力もあるから【神薙ぎ】の研鑽に相応しいでしょう?時折呼び出す可能性はありますけど、それ以外はトキサダさんへの協力をして貰います」
『成る程……では今後お頼み申せるだろうか、蟲皇殿』
(良かろう。ライとの使役契約に従い助力する)
これでライが去った後もトキサダは更なる研鑽が叶うだろう。
『ライよ……貴公は不思議な縁を運ぶ者だな。我との縁など通常は紡がれることは無い。気紛れで話し掛けた我に【神薙ぎ】への道を広げたことは偶然ではあるまいよ』
「これでも一応、幸運な男らしいですからね!…………魔王級の相手に遭遇しまくったり、死にかけて白髪だったりしてますけどね!」
『そ、そうか………』
それは本当に幸運か……既にライの運の良さはかなり怪しい話になっている。
しかし……その疑問に遂に答えが出ることになろうとは、この時点では気付かない。
「あ、そうだ。トキサダさんは存在特性を知覚出来るんですよね?それなら、俺の存在特性を調べることも可能ですか?」
『可能だが……調べてみるか……?』
「お願いします」
マジマジとライを観察するトキサダ。だが、やがてその首を傾げ唸り始めた。
「……あ、あの~……何か問題が?」
『………これは……こんなことが有り得るのか?』
「も、もしかして、俺に存在特性が無いとか?」
『寧ろ逆……いや?むむむ………』
トキサダからすれば実に数百年ぶりの混乱……知り合って驚愕しない相手が珍しいと言える程に、何処かしらおかしい漢・ライ。やはり今回も常識からズレている様だ。
「……け、結局、どういうことなんでしょうか?」
『………。貴公の存在特性は“ 三つ ”存在している』
「へ?み、三つも?」
『存在特性は通常、一人一つしか持ち得ない。それは個の存在の本質を顕すものだからだ。故に我もこんな例は見たことも聞いたこともない。有り得ない話としか言えん。しかも……』
「ま、まだあるんですか?」
『三つの存在特性のうち二つは良く解らないものだ……そこにあるのは確かながら確定していない様な、そんな朧気なもの。読み取れんなど初めてのことだ……』
そこには当然【チャクラ】は含んでいない、とトキサダは付け加えた。
『チャクラは神の遺した存在特性……その特性は【力の蓄積継承】だ。チャクラは過去に宿った者達の存在特性を取り込み蓄積して行く。それは【チャクラ】という一つの概念力として存在しているのだ。我が研鑽する【神殺し】は、正にそうして生み出そうとしている』
「……………」
『それにしても……貴公がチャクラを持っていたことにも驚かされたが、まさか存在特性が三つとは……メトラペトラ殿の言葉の意味がようやく理解出来た』
「……メトラ師匠、何か言ってたんですか?」
『………。【何かあっても深く考えるで無いぞよ?アヤツは根本的におかしいからのぅ……特に頭が】と、述べていた』
「……酷ぇ……おのれ、酒ニャンめ」
十万年以上を存在する大聖霊……そんなメトラペトラですら度々驚愕させられる漢・ライ。何がおかしいと聞かれれば『全部?』と答えたい気持ちも解らなくはない。
『ハッハッハ。大聖霊とそれほど親しくなった者も前代未聞だろう。それも貴公の存在特性の賜物か……』
「それって……唯一確かな存在特性のことですか?」
『うむ。確定しているのは貴公の言っていた様に【幸運】の存在特性だ。自分でそれを感じ使用した自覚はあるか?』
「いえ、お恥ずかしい限りですが、全く……」
『まあ、そうだろうな。【幸運】はまた特殊な存在特性。使い処で発動するのではなく、全体的な流れを良い方向に乗せる力……自らに幸運を傾けるより、他者を幸運に導くことがその本質』
結果論で言えば、ライと関わりの出来た者達は確かに良き運命を辿っていると言える。出逢うことで起こる幸運は、廻り廻ってライの糧になることが多いのだ。
そこにはフェルミナ、メトラペトラ、クローダーの大聖霊達さえも含まれているのだが、今のライには自覚すらない。
『【幸運】……というより因果型の存在特性全般は無意識に発動している場合が多い。感覚を掴みたければ、誰かと縁が出来た際に己を俯瞰して見ることだ』
「じゃあ、能力として使える訳では無いんですね?」
『出来ぬことは無いが使い処が難しい。【幸運】は良き流れに乗せる力……裏を返せば敵対者に【不幸】を齎し兼ねん。もっとも、貴公の場合は持ち得る力で直接守った方が早いだろうが……』
そこでトキサダはふと思い至る。
『………貴公は【神衣】を目指しているのか?』
「メトラ師匠には無理だと言われましたけどね……大聖霊クローダーを救う為に必要かも知れないので……」
『……そうか』
ドレンプレルでの魔王ルーダとの戦いの最中、メトラペトラはライの中に【神衣】の片鱗を見た。しかし、そのことをライ自身全く覚えていない。
それを伝えることはライを浮き足立たせる恐れがある……そう判断したメトラペトラ。剣の修行の妨げにならぬようにとその事実を伝えてはいなかった。
『ならばやはり感覚を掴むことは必要だろう。だが、そこに到った人間はディルナーチには存在しない』
「……ペトランズでも自力で到達したのは二人とメトラ師匠に聞いています。しかも、二人ともかなり特殊な存在らしいですし」
一人はライの先祖、覇王竜と人の間に生まれた竜人バベル。一人は神聖国家エクレトルの現最高指導者にして神の代行者、大天使ティアモント。
代々の神に連なる者は神直々による伝授なので数に含まない。
『………異例中の異例、か。だが……その意味では負けていまい?【根本的におかしい勇者】よ?』
「くっ!……ト、トキサダさんでもそんな冗談を言うんですね……」
『ハッハッハ。つい、な。だが、期待はしているぞ?貴公が他者を幸運に導く過程で必要ならば、辿り着く運命もあるだろう。しかしその前に【波動吼】だ。【天網斬り】と合わせれば二つの存在特性の疑似体験。いずれ【幸運】を把握するのに役立つ筈だ』
「……はい!」
新たな力、『波動吼』──その修得への修行は続く……。
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