第七部 第五章 第三十七話 ヒイロの道程
アービンの見えぬ剣で貫かれたプレヴァイン≠ヒイロの身体……。プレヴァインは自らの置かれた状況を即座に理解した。
『貴様は……』
「アービン・ベルザー……私も勇者だ」
『勇者……。そうか』
「済まぬとは思っている。名乗りも上げす背後からの一撃は本来なら恥ずべきものだ。だが、私は騎士ではない。恥よりも優先すべきものがある」
『……。いや……それで良い。貴様らの目的はヒイロの解放だったのだ。そもそも、私に対し正々堂々を宣えるのは対等の力を持つ者のみ……。貴様らと私では差があり過ぎる』
「…………」
それは負け惜しみや傲慢から発した言葉ではないことはアービンにも理解できた。
『だが、私は貴様の存在も油断なく確認していた。現に今も外に気配がある。それは何故だ?それに、どうやって結界内に現れた?』
「……。せめて説明すべきだろうな……」
アービンは空震剣を引き抜くとプレヴァイン≠ヒイロを抱えつつゆっくり下降。
それを見ていたエイルは結界と全ての戦闘状態を解除した。崩れる様に上空から落下を始めるも、こちらは飛翔したフェルミナが支える。
やがて地に横たわったプレヴァイン≠ヒイロの周囲にベルフラガも加わる。
「……。波動は身体から異なる存在を強制分離すると聞いていたのですが……」
『ああ。確かにもう維持ができぬな』
ヒイロの身体が光を放ち装備していた鎧や剣が消え去ると同時、ヒイロの中から半透明の男の影が浮かび上がる。長い髪を後ろに一纏めにした精悍な顔付きをした齢三十程の男は、何処か満足げな様子だった。
「デカっ!?それがお前の本当の姿かよ、プレヴァイン?」
エイルが驚くのも無理はない。小柄なヒイロとは対照的にプレヴァインの姿は大男という言葉が相応しい。ロウド世界でも稀なる巨体である。
『私の元の世界ではこれでも平均的な身体だ。寧ろロウド世界の民は小柄とさえ思っていた』
「ふ〜ん……。それで……魂は身体に戻らなくても大丈夫なのか?」
『本来なら直ぐ様本体に戻されるのだろうが、ここは異空間……あちらへの道が開くまでの猶予がある様だな』
閉鎖された空間故にプレヴァインの魂も引き戻されずに留まって居られるらしい。と言っても、長くこの状態であることは本来避けるべきだとプレヴァインは語る。
『改めて言おう。この戦いは貴様らの勝利だ。しかし、幾つか聞きたいことがある。最後の一撃……あれは何が起こった?』
「それは私が説明しましょう」
ベルフラガはやや疲れた様子で傍にあった岩に腰を下ろした。エイルやフェルミナ、アービンもそれに倣って異空間の大地に身体を預ける様に座る。
身体の無いプレヴァインもゆっくりと腰を屈める。立っていては皆が視線の維持で疲弊すると判断した為だ。
「……プレヴァイン。貴方はエイルの張った結界の術式をどんなものだと思いましたか?」
『内と外を隔絶する転移防止結界ではないのか?』
「そうです。が……貴方がそれを見抜いた直後に私が情報を書き換えました」
『成る程……存在特性か』
ベルフラガはプレヴァインが結界の効果を理解した後、自らの存在特性にて魔法式の書き換えを行った。通常、波動魔法は存在特性を弾いてしまう。これは事前にエイルとの申し合わせがあった為に成り立った特例である。
そして書き換え内容は『内部から外部への転移妨害』に『外部からの侵入は可能』と付け加えたものだった。
続けてベルフラガはエイルの展開した【吸収】の円刃も魔法式を書き換える。転移効果と精神感応はベルフラガとエイルの合せ技だった。
『存在特性は相性……フム。相克ならぬ相生に使用したか。と言っても、これも本来は無理な筈……同じ血族だからこそ成し得た稀有な例かもしれぬな』
「そうですね。といっても、一応エイルを私の傍に転移させた際に少し試しましたけどね」
『あの僅かな間にか……抜け目の無い奴よ』
「切り抜ける為に出来ることを増やそうとした結果です。お陰で最後の賭けに出られた訳ですがね」
それが無かった場合、プレヴァインの勝ちだっただろうとベルフラガは疲れた顔で微笑んている。
『そこまでは理解した。が……決め手となった勇者の存在は何だ?何故、私はアービン・ベルザーの気配を読み違えた?』
プレヴァイン敗北の最大の原因……それはアービンの気配を読み違えたこと。最後の攻撃を受けたあの時点でさえアービンの気配は別の場所に存在したのだ。
「それは波動吼の力……らしいですね、アービン?」
「ええ。波動は自らの放つ波を物質に籠められる。だから私はガデルの
波動吼・【凪】にて周囲に存在が伝わるのを防いだアービンは、ベルフラガの魔法龍にてプレヴァインの背後へと転移を果たす。その時点で波動は剣にのみ集められアービンは完全に無防備……文字通り命懸けである。
そして空震剣がヒイロ≠プレヴァインを貫いたのが戦いの決着の形──。
『フフフ……ハーッハッハ!うむ……それぞれの力を生かした見事な戦いよ。久々に楽しめたわ』
「やれやれ……こちらは死物狂いだったのですがね。でも、得たものは大きかった」
『そうか……』
プレヴァインは何故か満足そうだった。その表情にエイルは小さく首を振り肩を竦める。
「あ……そうだ。こっちにも聞きたいことがあるぜ、プレヴァイン?」
『……何だ、エイル・バニンズ?』
「結局、お前は何がしたかったんだ?」
『………。私は敗者だ。教えても構わんが、その前にヒイロの話ではないのか?』
「………。確かにそうだな」
納得しかけたエイルだが、アービンは別の疑問を呈した。
「いや……その前にライの方は放置していて良いのだろうか?加勢に向かうべきでは……」
『必要はあるまい。奴はあそこに居る』
プレヴァインが視線を向けた先にある樹々の隙間からライが姿を現した。
「ライ!魔獣の浄化は終わったのか?」
「ああ。何とかね……それよりエイル、凄かったじゃないか」
「見てたのか?」
「終わりの方ギリギリでね。間に合わなくてゴメンな」
エイルとフェルミナの頭を撫でながら二人の間に座ったライは、ヒイロの姿を見る。どうやら無事……ライは安堵の表情だ。
「それで……魔獣はどうなったんだよ?」
「ん?ああ……出てきてくれ、『ヨウエイ』」
呼び掛けに反応しライの影から抜け出したのは翼ある白い大きな鹿。ヘラジカの角だった部分は普通の小さな角に変化していた。
『初めまして。私は
「へぇ〜。じゃあ、ライと契約したのか?」
『いいえ。ですが、住まう場所を提供すると言われましたので同行することに』
浄化され『魔獣・影鹿鳥』から『聖獣・光陰鹿鳥』へと属性転化したヨウエイは、ライに蜜精の森で暮らさないかと誘われた。現代は聖地が少ないと理解しているヨウエイは、厚意に甘えることにしたようだ。
「さて……それで、今の姿のアンタがプレヴァインで良いんだよな?」
『そうだ』
「どうだった、俺の仲間達は?」
『フッ……貴様は正しかった、とだけ言っておこう』
プレヴァインに不満な様子は見当たらない。それは生死による決着ではないが故……ともなれば、勝敗自体プレヴァインにはどうでも良かったらしい。
『答えてやろう。貴様らが知りたいことは何だ?』
この言葉にライ達は互いの顔を見合わせる。結果として知識と弁の立つベルフラガが質問を任されることとなった。
「そうですね……。では、先ずヒイロとどうやって出逢ったのかを聞かせて下さい」
『その辺りは貴様達も想像が付いているのだろう?ヒイロは幼い時分に我が城に迷い込んだ』
カジーム国瓦解の原因となったヒイロは自らの罪を赦せず両親の元から姿を消した。純粋過ぎるが故に誰に相談することもできず、優し過ぎるが故に自分を騙した商人に恨みを向けることさえ出来なかった。
ヒイロはまだ未熟な為に一人で生きてゆくことさえ困難だった。しかし、両親の元に帰ることはできない。だからヒイロは分断された側のレフ族の里を目指そうとした。
その途中……岩山の中に城を見付けたヒイロは導かれる様に足を運んだ。
『……。ヒイロが我が城の中に足を踏み入れた際、既に肉体も精神も限界だった。そうと判る程に窶れ衰弱していた』
「……貴方はヒイロを救う為に契約を持ち掛けたのですね?」
『子供を見捨てるのは忍びなかったまでのことだ。私と契約を交わせばその身に力を与えられる。それに、私にも目的があった。その為に都合が良かったのだ』
「それが貴方がヒイロの身体に拘った理由ですか……。お聞きしても?」
『それは後回しにするのではなかったか?』
「そう……ですね。先ずはヒイロのことを」
ベルフラガに促されたプレヴァインはゆっくりと話を続ける。
『私は私の目的の為に、ヒイロは復讐の為に契約を果たした。しかし、性根というものはそう変わるものではないらしい。ヒイロは憎しみというより悲しみや罪悪が強過ぎた』
復讐の為にと契約を交わすものの、どうしても他者を恨みきれなかったのはレフ族の血筋故か……。ヒイロは身内が殺された訳では無い。そのことも相俟ってその手を血で染めることに躊躇いがあった。
剣技や魔法、存在特性を伝授されても戦う者の心構えがどうにも足りない。
プレヴァインは戦士である。戦い方や心構えは教えることができても覚悟ばかりは当人の領域……だから手本を見せた。
「貴方はヒイロの身体で復讐を代行した……違いますか?」
『うむ。しかし、これは過ちだったのだろう。ヒイロはそれさえも自分のせいだと思うようになった』
三百年前の魔王エイルの時代に魔物が増えたのはプレヴァインの所業……ヒイロの存在特性【魔物創生】を使用し魔王の台頭に加担したのは、それ自体トシューラ・アステ両国への復讐も兼ねている。
しかし……そこからヒイロは動けなくなった。自らの意思では無くとも、自らの身体と力が多くの魔物を生み出し命を奪ったのである。その事実が心の負荷となり堪えられなくなった。
『私は戦うこと以外教えてやれぬ。他の優しき者であればヒイロにも別の道があったのだろうがな。時は巻き戻らぬ』
「いや……アンタは充分優しいよ、プレヴァイン」
真剣な眼差しでそう述べたのはライだった。
「アンタはヒイロを救おうとした。やり方はともかく、ヒイロを見捨てられなかった……違うか?」
『………』
「アンタとヒイロの契約はアンタが上位……普通なら復讐が果たされない時点で見限って契約を解くか身体を奪えた。でも、アンタは三百年ずっとヒイロに寄り添った」
プレヴァインの目的が何かはまだ判らない。しかし、その為に身体が必要ならばヒイロでなくとも良いのだ。ヒイロの【魔物創生】を使用し人型の魔物……この異空間を創造した猟師貝……ナーシフのような存在を生み出し憑依することも、他の人間の身体を奪い取ることも可能だった筈だ。
しかし、プレヴァインはそれを行わなかった。そこには確かに慈悲の心があるとライは感じたのだ。
「アンタは優しい。でも、同時に不器用だったんだな……」
『……買い被りだな』
「ま……それならそういうことで良いさ。……。これは俺の推測だけど、数年前に起こったアステ城塞都市の崩壊はヒイロの力の暴走か?」
『……貴様は過去でも見たのか?』
「いや……まぁ見えないことはないけどね。推測だって言ったろ?」
『……。そうだ。あれはヒイロの力の……いや、感情の暴発と言って良いだろう』
アステ国最西の街にしてカジーム国のある『死の大地』と隣接していた城塞都市フロット。魔物により滅ぼされた都市は後にライの妹マーナにより解放された。
その街を襲った魔物は現行魔王の手によるものとされていた。しかし、現代に於いて魔王として活動していた者は数える程度……大量の魔物襲来という原因を考えれば、やはりヒイロの力が理由となる。
しかし、ヒイロは魔物さえも慈しんだ。殺される可能性がある魔物を放つとはライには思えなかった。
ならば暴走が理由……その推測が正しかったことはプレヴァインの反応から伺い知ることができた。
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