第七部 第五章 第三十六話 空震剣、貫く
怒涛の勢いで迫る短剣の渦をその剣さばきで堪えるプレヴァイン。しかし、弾き後方に逸れた短剣は歪んた空間に取り込まれ再び正面からの一刃となる。
まさに怪物の胃袋……流石のプレヴァインも限界かに思われた。
だが……エイルは失念していた。
プレヴァインは初めから剣を主体に戦っている。どんな状況であってもその剣と存在特性で切り抜ける男……勝手にそう思ってしまったのだ。
戦士はどんなものも利用し勝利を掴み取る。敗北は死に繋がる故に勝利──即ち生き残ることに特化した存在。それはプレヴァインも認めていた。
『よくぞここまでの力を見せた。だが……惜しかったな』
刃が見えぬ程の速度で剣を振るい続けた戦士はそう呟くと……自らの手を止め刃の嵐の中に姿を消した。
「!?」
突然のことにエイルは慌て波動魔法を解除しながらも警戒体制へと移行する。
プレヴァインの身体はヒイロの身体……救いに来た相手を死なせる訳にはいかない。
同時に、プレヴァインが自死を選ぶ訳が無いとも理解していた。何より、あの状況でもまだ余裕があったようにさえ感じたのだ。
しかし、万が一ということもある。どのみちエイルは波動魔法を解かねばならなかった。
そして全てを解除した空間には……何も存在していなかった。
鎧や剣の破片も、生物の痕跡も、魔力の残滓さえ残されていない。たとえエイルの波動魔法が強力でも《永劫螺旋雨刃》は消滅属性ではない。必ず何かしら残る筈。
そう……回避する手段が無ければ……。
「……コウ」
『……。ボクにも気配は感じないよ。でも、相手は神衣だからね』
「ってことは生きてるんだな?なら、プレヴァインは……」
エイルが何となく周囲を見回したその刹那、膨大な圧力を感じた。気付いた時には直ぐ背後にプレヴァインの姿があった。
既に剣を振り上げていたプレヴァイン。エイルは転移か防御かをほんの一瞬迷ってしまった。が、この隙こそが致命的……剣は容赦無く振り下ろされる。
その一撃はこれまでのものの中で最大とも言える強撃。受けていればラール神鋼の鎧は無事でもエイル自身の被害は免れない。それ程に得体の知れない圧の込められた斬撃だった。
だが……剣は空を切る。エイルは突如としてその姿を消したのだ。
『ふっ……魔導師め。己の役割は確実に熟すか』
剣を振るった余韻の中プレヴァインが向けた視線の先に、飛翔する魔法龍に乗ったベルフラガ……そしてエイルの姿があった。
「……。危なかったですね、エイル」
「……。ベルフラガ……助かったぜ」
波動魔法で生み出した魔法龍の効果による空間転移……二人の乗る魔法龍は青に変化している。ベルフラガはその存在特性にて性質を変化させたらしい。
「油断……ではありませんね。ただ先入観はあったのでしょう。貴女が波動魔法を使えばプレヴァインは逃げられないだろう、と」
「ああ。確かにアタシは『アイツは波動魔法を使えない』って勝手に思っちまった。甘かったよ……」
「仕方ありませんね。私も途中まではそう思っていましたので……彼は自分の手の内を明かしているかのように誘導してもいた」
エイルの展開した波動魔法・《永劫螺旋雨刃》は空間型。円筒状の螺旋の流れを生む隧道で構築された空間内は一種の結界の様なもの。これを破るには同様の波動魔法か神衣の効果しかない。
しかし、プレヴァインはエイルの存在特性で【吸収】を封じられていた。だから逃げられまいと意識してしまったのだ。
プレヴァインが行ったのは波動魔法による《転移》……それならば確かにエイルの魔法からも回避し得る。
プレヴァインは波動魔法──つまり天威自在法も修得していたのだ。
「私が可能性を考えたのは貴女が放った最初の波動魔法からです。あの時、プレヴァインは《転移》で回避した。つまり魔法が使えない訳では無い。そしてプレヴァインとの会話……彼は『一万年以上の時を神の眷族として過ごした』と。我々とて辿り着いていたのです。永き刻を存在している彼が波動魔法を使えぬ道理はありませんからね」
『ふむ……貴様は確かに魔導師だな。その推測が無ければエイル・バニンズは先程の一撃で戦闘不能だ』
いつの間にか近付いていたプレヴァインは感心した様に頷いている。奥の手を見せた以上、最早能力を隠す必要が無い……といった様子だ。
「……。本当に恐ろしいですね、貴方は……。波動魔法の転移を初めから使わなかったのは私達で遊んでいたのですか?」
『確かに始めは戯れ……だが、まさかここまでの力を示すとは思わなかったぞ。誇れ。途中からは全力で相手をしている』
「……それで……貴方はこれからどうするつもりですか?」
『無論、続きだ。そうだろう、エイル・バニンズよ?』
エイルの目には諦めの色はない。
「ああ。まだヒイロを返して貰ってないからな」
『ならば、譲れぬものの為に戦え』
「そうさせて貰うぜ……。やれ、ベルフラガ!」
エイルが魔法龍の背から飛び出すと同時に、ベルフラガは魔法龍の効果を発動。エイルとプレヴァインの剣が交差した瞬間を狙い二人を遠方へと転移させる。
「……。今の私では接近戦は足手まといですね」
異空間に来る前のライとの戦いは存在の疲弊に繋がっている。ライ程ではないもののベルフラガも実のところ無理はできない。
エイルもそれを何となく察知した故の指示……だが、こうなると状況は益々不利である。
ベルフラガは時間稼ぎとしてプレヴァインの相手をしていたが、当然相手の消耗も狙っていた。しかし、気付かなかったとはいえ【吸収】という存在特性は消耗させるには最も相性が悪い相手。恐らくベルフラガとの戦いの疲弊は無いに等しいと見て間違いない。
今、エイルと戦っている疲弊もまた同様。直接吸収出来ずとも回復に使用できる魔力や物質は異空間内に溢れている。
これまでの流れからプレヴァインがそれを行わないとは思えない。たとえエイルが天才でも不慣れな神衣展開による負担が限界に達する方が当然早い。
(エイルが吸収属性の波動魔法を使用すればプレヴァインはこれを存在特性で打ち消すでしょう。……。これはもう……)
詰んでいる……一瞬そう考えたベルフラガだったが、頭を軽く振るいその考えを消し去った。
「この窮地を覆すことが魔導師たる私の役目……と、ライなら言いますか。全く……貴方は何を手間取っているのやら」
そもそもライが来るまでの時間稼ぎの戦いだった筈だが、未だ魔獣と交戦している気配を感じる。ベルフラガはその理由を自分と同様の疲弊だと推測していた。
(……私との戦いでかなり無理をさせてしまいましたからね。なのに、この異空間でも率先していた。顔には出していませんが、やはり神衣には研鑽が必要の様ですね)
ベルフラガはライの本当の状態までは知らない。それでも、この場はやはり負担を抑えてやりたいと考えた。
と、その時……ベルフラガに念話で呼び掛ける者が……。
『ベルフラガ殿。お待たせ致しました』
「アービン?ということは、ガデルの回復は……」
『はい。完全ではありませんが、一太刀振るうに十分なだけは』
「そうですか……」
乗っ取られた意識は波動吼にて分離できる……ライは、そう述べていた。アービンは形は違えど同様のことができるらしい。
そのアービンの一撃こそが決め手になる。しかし、今のエイルとプレヴァインの間に介入するにはアービンは実力不足。
ならばと、ベルフラガはこの状況を打ち破る為の策を即座に組み立てる。
「波動気吼と言いましたか……あれも使えそうですか?」
『恐らく……そちらも一度使えるかどうか……』
「……。アービン。現状、ライはまだ魔獣と交戦中です。しかし、このままではエイルの力が保たない可能性が高い。そこで貴方に問います……この戦いを終わらせる為に命を賭ける覚悟はありますか?」
異空間での戦いは想像よりも大きな戦いとなった。遠い血族であるヒイロを救う為に尽力するつもりではあったが、アービンに命を賭ける覚悟があったかと言えば即答はできない。
だが、アービンは既に一度命を賭している。知恵ある魔物達を捕らえ封印したこともまた容易いことではなかったのだ。
そして結果として竜鱗装甲ガデルの覚醒はアービンを更なる高みへと導いている。共に戦うに値する相棒と、賭ける価値のある結果……アービンは異空間内でそれを体験した。
その異空間での最後の役割……同族を救う為に尽くせぬ力などあるものかとアービンは心の中で自答する。
『未熟な私でも果たせることがあるならばやりましょう』
「……。アービン……今から提案することが可能であれば、この戦いを終わらせるのは貴方です。どうせならレフ族の仲間を救うのは我々レフ族の血を継ぐ者で……そう思いませんか?」
『確かに……』
「では、貴方の役割は───」
ベルフラガはアービンとの念話を続ける。エイルの限界は近い筈……だからこそ確実に終わらせる為の策を練った。
そして準備が整ったベルフラガはプレヴァインと交戦中のエイルにも作戦を伝えた。
『……という作戦になりました』
(そっか……まぁ、しゃーないよな。多分もうアタシじゃプレヴァインを抑えきれない。本当にバケモンだぜ、アイツは)
『神の眷族というのは殆ど神と同義なのでしょう。しかも一万年以上存在する者ともなれば研鑽が加わり本来は手さえ届かない』
(神衣……か。アタシが使える様になっても勝てなかった。強さってのは奥が深いな)
『足りない力はこれから増やせば良いのです。しかし、今の最優先はヒイロ……一騎打ちとはいきませんが良いですね、エイル?』
(大丈夫だ。最初にプレヴァインにも言ってあるからな……卑怯ってことにはならないだろ。それに、レフ族の血筋でレフ族の家族を取り戻す……その考えは悪くないぜ?)
『では、早速やりましょうか。合図は貴女に任せます』
(任された!)
プレヴァインとの攻防を続けていたエイルは再び短剣創造を行った。
『……同じ手は通じんぞ?』
「まぁそう言うなって。……なぁ、プレヴァイン?聞きたいんだけどよ?」
『何だ?』
「ヒイロから追い出せたらお前はどうなるんだ?」
『……。どうなることもない。私本来の身体に戻るだけのことだ』
「死んだり消えたりするワケじゃねぇんだよな?」
『無論だ。だが……』
ここでプレヴァインは言い淀む。何か不都合があるのは明らか……それを察したエイルは改めて提案する。
「ま、良いや。困ってんなら改めて手助けしてやる」
『フン……私を追い出せたら考えてやろう』
「やれるさ。プレヴァイン……これからアタシは全部出し切る。アンタの【吸収】とこれ以上やってもアタシが先にへバるだろうし」
『正しい判断だ』
「その代わり全力だぜ?」
『面白い……来い!』
エイルは大量の燐天鉱製の短剣に先程同様に神衣を纏わせる。そして一斉に射出……同時に波動魔法を展開した。
展開したのは結界魔法。球状の青い結界はエイルとプレヴァイン、そして大量の短剣を包み込む。
『消滅属性の結界……あの魔導師は魔力切れか』
「さてね。ともかく、これでお前は転移じゃ逃げられないだろ?」
『それは貴様も逃げ道がないと理解しているか?』
「わかってるさ」
エイルの存在特性を纏った大量の短剣は結界のギリギリ内側を回遊している。これにより結界を【吸収】で破壊されることはない。
だが、それはエイルも閉じ込められたことになる。つまりそれは、土壇場の覚悟……。
そしてエイルは更なる波動魔法を展開……これにはプレヴァインも目を見張った。
『続け様に二発の天威自在だと……?』
展開したのは吸収属性の波動魔法化……拳大の紫がかった円刃がやはり大量に空間に散らばって行く。
「行くぜ、プレヴァイン!」
神衣を全開にしたエイルは切っ先をプレヴァインへと向け突進。自らの前方に円錐状の神衣を展開……プレヴァインが見たそれはまるで神衣で構築された光の矢の様だった。
『一点集中か。だが、結界内ならば転移で躱せる』
無詠唱の波動魔法にて転移を試みるプレヴァインだが、その思考に反応した紫の円刃が先に転移しプレヴァインの術式に接触。魔法を吸収し無効化した。
まるでお株を奪うような【吸収】……これによりプレヴァインはエイルの刺突に集中せざるを得なくなった。
『転移、吸収、精神感応の複数の効果を組み込んだ天威自在……!貴様……まさか、ここまでの成長を!?』
「言ったろ?全部出し切るってな?」
『生意気なぁぁぁぁ!』
ぶつかり合う神衣と神衣……が、ここで大きな差が出る。エイルは神衣の効果を使えるがプレヴァインは効果を抑えざるを得なかったのだ。
それでも神衣自体はプレヴァインが上……しかし、エイルの狙いは確かにそこにあった。
神衣が拮抗する中……プレヴァインの背後から大量の円刃が襲いかかったのだ。
『ぐううっ!』
プレヴァインの神衣を吸収で削る円刃。みるみる力を削られ始めたプレヴァインは堪らず全力の剣技でエイルを弾き飛ばした。
「うわぁぁぁっ!」
それでも吸収は止まらない。プレヴァインは即座に存在特性の効果を発動し波動魔法の吸収と拮抗……吸収は互いに削り奪い合い消滅した。
『ハァ……ハァ……。くっ……小賢しい……』
続けて襲い続ける円刃は吸収することができずにプレヴァインは回復に力を回せない。そこで剣を振るい円陣を破壊しながら吸収を続けた。
が……次にプレヴァインを襲ったのは痺れ。エイルは円刃の波動魔法の中に毒の効果を混ぜていたのだ。
『ナメるなぁぁぁぁ━━━━っ!』
やがてプレヴァインは吸収の神衣を拡大。麻痺を無視して全ての円刃を一気に打ち消した。
この膨大な力の放出が生んだのは一瞬の神衣の消失……エイルはその瞬間を見逃さない。
「ベルフラガ!」
エイルの叫びとほぼ同時……プレヴァインの背後に人影が現れる。それは竜鱗装甲アトラを纏ったアービン……その手の明星剣は見えぬ刃『空震剣』を展開している。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
アービンの見えぬ刃は遂にプレヴァイン……いや、ヒイロの身体を貫く。それは激戦の終わりを告げる一撃だった……。
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