第四部 第七章 第六話 亡国の民
スランディ島国からイシェルド国・アクト村に転移したライが、最初に分身を発生させた数は三体──。
一体はアクト村に滞在。これは猫神の巫女に関する行動の際、アクト村警備の役割りを担いリクウと共に行動している。
残りはトシューラ国・ドレンプレル領に向かった二体。
一方は、領主の動向を探る為にドレンプレル領主の都市・ロブレスへ。
そしてもう一方は、領地の北部にある『労働特区リーブラ』へと移動を果たしていた。
労働特区リーブラは、その名の通りリーブラ国土跡を利用した労働地区。特区とは名ばかりの強制労働者収監地域である。
リーブラの名を敢えて残しているのは、リーブラ国民に隷奴に落ちたことを自覚させる為のもの。トシューラ国は通常、侵略した国の名を新たに考えることはない。
そんなリーブラは、かつての王城を中心に街を再利用・増設した収監施設だ。
そこではトシューラ国に反乱の意思の持ぬよう家族を分散させ、安否情報を得られない収監方法を執っていた。
「パッと見は普通の街……っぽいですが、良く見るとあちこちに頑丈な檻やら壁やらが見えますね……」
「うむ……それに魔法による結界も見えるのぅ」
月夜の中、遥か上空から街を見下ろす二つの影──ライとメトラペトラは、『リーブラの民救出』の為に偵察を決め込んでいた。
「それで、どうするんじゃ?」
「う~ん……見たところ腕の立つ使い手は居ないみたいですし、ここからの解放は簡単だと思います。でも……」
「その後が問題……か。そうじゃのう……転移させるにしても結構な数な様じゃからのぅ」
「とにかく、救出が先ですね。マコアの話じゃ、隷奴に落とされた者は劣悪な環境で苦しむ場合が殆どだそうですし」
スランディ島国への移動は改めて考えれば良い。最終的にはメトラペトラに頼んで転移も考えているライは、優先事項として早期救出を選んだ。
「……しかし、お主もつくづく厄介じゃのぅ。以前も言ったが、誰かを頼ることを覚えよ。これは個人がやる仕事ではないぞよ?」
「……まあ、オルネリアさん……リーブラの人達は今、動けませんし」
「……………」
それは建前であることはメトラペトラも理解している。
たとえオルネリア達が自由に動けても、トシューラへ侵入する以上救出の際には多大な犠牲が出るだろう。
いや──ライのことだ。いつもの如く小細工を弄して被害を抑えるやも知れないが、その方が寧ろ労力が増える可能性が高い。
「へへ……っ!それに、俺には最高の師匠がいますからね?」
照れながら鼻を擦るライは、はにかんだ笑顔でメトラペトラにチラチラと視線を送っている。
「ライ……………って、そんな言葉で騙されんわ!たわけめ!」
「グベベバブァァァ!?」
ネコ・マシンガンパンチ炸裂。甘い顔をすると再現なく首を突っ込む可能性がある……これはメトラペトラの愛の鞭、と言う名の意趣返しである。
「フン……この貸しは大きいぞよ?」
「マ、マタタビ酒をご用意致しますので、どうか……」
じゅるりと涎を
「……し、仕方無いのぅ。で、どうしたいのじゃ?」
「取り敢えず中を探ってからですね。少人数なら直ぐに転移で送れますよね?」
「そうじゃな。じゃが、もし多い場合はどうするんじゃ?」
「近場に一時避難させてから改めて考えようかと。予定はアクト村……ですが、他に良い場所があればそっちに。この辺の地理に詳しくないので救出した人から聞いた方が早いかと」
近くに大きな森でもあればそうそう見つかることはない。森を目眩ましに別の場所に逃げることも出来るだろう。
救出する相手は元リーブラの民。地理にも明るい筈だ。
「では、良い隠れ場所がない場合はアクト村じゃな?良かろう」
「それじゃ、少し偵察をしてきますね」
「結界があるぞよ?」
「あんなのザルですよ。特に地中には結界が届いていませんし」
結界の維持には魔石が必須だ。規模が大きな結界となれば必要な魔石の量が増える。更に、長期間使用する結界は管理に魔術師が必須となる。
しかし……強度を上げる為に配置する魔石の数を増やせばどうしても管理する労力が増えるので、数を減らしているのが一般的なのだ。
加えて魔術師は希少人材……こと結界の管理は資格が必要な要職。しかし、奴隷の管理程度にそれを多人数投入することはない。
「こうやって見ると結界術は久遠国の方が優秀ですね。術式が見事なだけじゃなく、魔石も要らないし……」
「元は異世界の術じゃからな。魔石の殆ど存在しない世界らしいから、自然魔力を直接結界の源にしておるしのぅ……」
「強度はペトランズの魔術結界の数倍……しかも呪符も使えば汎用性も上がる。出来ればあれも学んでおきたいんですよねぇ……」
「……ならば早う戻って修行じゃな。お主は余計な事に気を回し過ぎじゃ。リルやホオズキと別れたのは集中する為じゃった筈じゃぞ?」
「うう……耳が痛いッス……」
決意を持って力を求めたのは守れる力を増やす為……しかし、救う為に時間を削ることは止められない。
矛盾に気付いていながらも見捨てられない……。それこそがライと言えなくもないのだが……メトラペトラはいつもの如く呆れている。
(一人で動けば背中を預けられる仲間は増えんのじゃぞ?本当の危機の際、それが響かなければ良いがの……)
ともかく、労働特区リーブラの結界は魔石の節約で貧相と言える。それでも通常ならば、隠密裏の侵入は不可能だ。
だが、此処にいるのはライの分身体。本体は大きく形を変えることは出来ないが、分身体は自在に姿を変えられるのだ。侵入など造作もないことである。
「地中から侵入しますので、メトラ師匠はあの辺の林で待ってて下さい。地中に道を作れればそのまま脱出させようかと思います」
「わかった。好きにせい」
「終わるまで呑んじゃダメですよ?」
「…………へックション!……。へ?何じゃ?」
「くっ………ま、まぁ良いですよ」
メトラペトラから許可を貰ったライは、上空から地中に向かい一気に飛び込んだ。激突……かと思いきや、分身は属性を《物質吸収》へと変化させ水に飛び込むが如く姿を消した。
地中に沈んだライは、そのまま大地魔法を発動し地中に通路を作りつつ進む。時折土を《吸収》し魔力に変えながら分身体の維持を続けた。
地中の暗闇は、感知纏装があるので問題無く進んで行く。
やや下り坂になるよう通路を確保しながら到達した場所は、捕虜達の居住区画の真下。そこは、視覚纏装【流捉】で最初に確認した結界の綻び……地下から入る分には魔術師に気付かれることは無いと目星を付けていた場所である。
「よし。浮上!」
土を削りつつ浮上した先は建物の床下。ライは吸収纏装を使い、床から頭を突き出した。
建物の中はペトランズで良く見かける木造と石壁を組み合わせた家だった。トシューラ軍が接収したのか、家具や飾りなどは無い。
そんな質素な建物を観察していると、ふと視線が──。
そこには石を並べて遊ぶ子供の姿があった……。
年の頃は五、六歳程。髪がボサボサで長く、薄汚れているので性別も分からない。
「…………」
「…………」
子供の目は確かにライを捉えている。但し、ライは首だけを床下から出しているのだ。当然、子供はその異常には気付いているだろう。
見つめ合ったままの長い沈黙……。子供は恐怖のあまり声も出せず、動くに動けないことが窺い知れる。
ライは少し気不味くなり、思わずニタリと笑い床下へと頭を沈めた……。
「うわぁん!お父さ~ん!オバケが~!?」
当然の反応……きっとこの子は、夜一人でトイレに行けなくなるであろうトラウマを与えられたに違いない。
「おばけ?落ち着け、ルチル……そんなものがこんな場所に出るわけ無いだろ?」
「だって!床から顔が出てきたんだよ?」
「どれ。何処だ?父さんがやっつけてやるから」
「ヤダ!怖いからヤダ!」
「仕方無いな……男の子だろ?」
「ヤダ!」
そんな少年ルチルは更なる恐怖を味わうことになる。
何と、父の背後の床下からスゥ~ッと浮かび上がる影が……。
「ひっ!」
「ど、どうした、ルチル?」
「お父さん!うしろ!」
「うしろ?誰もいな……」
振り返った父親が見たのは、自分そっくりの顔をした……いや、自分そのものと言える姿。互いに凝視し合い、再び長い沈黙……。
もう一人の自分に会った……ロウド世界でも割と有名な都市伝説。父親は明らかに狼狽している。
だが、父親は『もう一人の自分』が放った言葉に更なる混乱を受けることになる。
「ども~?助けに来ました、勇者で~す。あなたの姿借りちゃいましたが、気にしないで下さいね?」
「…………お」
「お?何です?」
「この、おばけめ!」
「ぐへぇっ!」
鳩尾にめり込む父親の拳……肉体労働者だけあり素手でも威力充分だ。
ライは“ ドチャリ! ”と嫌な音を立て、顔面から床に崩れ落ちた……。
「息子に手出しなどさせ……は?助けに来た?」
「うぅ……気付くの……遅ぇ……」
「お、おい!だ、大丈夫か?ちっ……思わず本気でやっちまったからな」
「大丈夫デス!」
「うぉっ!マジか!」
スクッと立ち上がったライに父親は驚きの視線を向けている。
ライは改めて姿を元に戻し自己紹介を始めた。
「ちょいと縁があって『リーブラ国』の人達を救いに来ました。プラっと勇者です」
「……勇者だと?本当か?」
「本当ですよ。それでなんですが……」
「待て。お前が勇者だとしても信用出来ん。いや、勇者だからこそ信用出来ん」
「………オルネリアさんもやたら勇者を憎んでましたが、何か理由があるんですか?」
そこで父親は、突然ライの胸ぐらに掴みかかる。その必死な形相に息子ルチルは怯えていた。
「オ、オルネリア様だと?おい!オルネリア様は無事なのか?」
「……ともかく話をしましょうか。俺の名はライ・フェンリーヴと言います。シウト国の勇者……なんですが、まあ
ライは不快な様子を見せず小さく両手を上げ“ 争う意思無し ”と見せている。ライのその反応に、父親は少し冷静になった様だ。
「………俺はアスレフ。元リーブラ国騎士団の副団長だ」
ライの胸ぐらから手を離したアスレフは、息子の表情に気付き、申し訳なさそうにその頭を撫でた。ルチルはそれで安心したらしく、アスレフの服を掴んでライの視界から急いで隠れる。
「悪いが信用出来ん。もしかすると労働者の口減らしかも知れんからな。裏切りに誘導して俺達を殺す算段も有り得る」
「う~ん……困ったな。信用に足る証拠が出せないんですよねぇ。プラトラムさんを連れてくるべきだったかな……」
「プ……プラトラムだと!団長も生きているのか?」
「プラトラムさんて騎士団長だったんですか?どうりで皆を統率してた訳だ」
「……とにかく話だけは聞こう。座って……貰う椅子もないが」
建物内は殺風景そのもの。有るものと言えば床に敷いてある薄布と木をくり貫いた食器のみ。家具を置けば物を隠しやすくなる……どうやら反乱の防止策らしい。
机や椅子は隷属させられている自覚を植え付ける為に排除されている様だ。
「ん~……じゃあ、少し待って下さい」
ライは床に手を着いて覚えたての《物質変換》を発動。床板はあっという間に武骨ながら頑丈そうな椅子へと変化した。更に床下の土を利用し床板を元に戻すことで穴を埋める。
これにはアスレフとルチルも目を丸くしていた。
「お、お前は何なんだ?今のは失われた『神格魔法』じゃないのか?」
「言ったでしょ、勇者だって。ちょっと事情があって神格魔法も少しだけ使えます」
「……そんな勇者が何でリーブラの民を助ける?お前に何の利もないだろう?」
「性分……としか言えませんね。縁が出来た相手を救うのに理由が必要なんですか?」
「…………」
神格魔法の使い手……ある意味、尚更得体の知れない存在に感じる。
ともかく作製した椅子に座るよう促し、ライはオルネリア達との出会いを大まかに説明した。
「そんなことが……まさか子大陸にいるとは……」
信用しないと言ってはいるが、話の流れに辻褄は合う。トシューラの人体実験……オルネリアやプラトラムがその被験者に選ばれたことはアスレフも知っていた。
「因みにリーブラの騎士の方々は、俺が知る限りは全員無事です。で……この後なんですが、アスレフさんが俺を信用しない場合この収容所を破壊してリーブラの民を逃がします。そしたら隣国にでも逃げて下さい」
「………それは出来ない相談だな」
「何故ですか?逃げるのは容易でしょ?敵兵は俺が引き受けますけど……」
「そうじゃない……人質が居るんだ」
「人質……?奥さんですか?」
「……それもある。が……」
アスレフは未だライを信用するか判断を迷っている様子。だが、ルチルはライを恐れながらもこの好期に縋り付く。
「王子様はここに捕まってるんだ。お母さんは他のところに捕まってるって……お願い、助けて!」
「ルチル!余計な事を…」
「でも……」
「良いから大人しくしていろ」
再び涙目のルチル。ライはルチルの頭を優しく撫でた。
「……アスレフさん。どのみち……このまま此処で暮らし続けても先は無いですよ?いつかは疲弊して倒れることになる。俺はそういう場所に居ましたから良くわかる」
「………神格魔法を使えるお前がトシューラに捕まっていたのか?」
「神格魔法が使える様になる前の話ですよ。俺は一年半、魔石鉱山に囚われていました。そこで必死に強くなったんです」
「……………」
「俺を信用しなくても良い。一度帰ってプラトラムさんを連れて来れば良い訳ですし。ただ、確認させて下さい。大至急、助けが必要な人は居ませんね?」
元々、人命優先で行動を始めたのだ。命が保証されているのならば無理を押し通して救出を行う意味もない。
だが……次のアスレフの言葉でライは明確な不快の感情を見せる。
「………こんな場所だ。その質問は意味がないだろう」
「………何?今アンタ何つった?」
「こんな場所だ。常に食うや食わずに苛まれている……衛生面でも問題があるのは分かるだろう。そんな俺達に『大至急助けが必要か?』なんて当然の質問に意味があるのか?」
「………そんな切羽詰まってるなら何で迷う?矛盾してるよ、アンタ?」
ライの中をチリチリと焼けるような感情が燻る。やはり苛立っている……そう思いながらも珍しく感情の抑えが利かない自分に、また苛立つのだ。
「……お前はリーブラ国の悲劇を知らないのだろう。だから信用を甘く見ている」
「知らないね。もういいや……俺は勝手にやらせて貰」
「リーブラは勇者を名乗る者が原因で滅ぼされた……と言っても理解出来ないか?」
「!」
「だから、尚更信用出来ないのだ……悪いな」
勇者が原因……その言葉にライは反論が出来ない。
オルネリア達の時は、ただ勇者が嫌いなだけだと思っていた。だから『勇者を一時的に辞める』などと説き結果を示すことで信用を得られた。それも実のところ、プラトラムが自らの犠牲を覚悟し行動で示したことが大きかった。
だが、今回はそうは行かない。勇者をホイホイ辞めるなどと言えば益々信頼されることはなくなるだろう。
「………わかりました。では、オルネリアさんを連れて来ます。王女様の言葉なら信頼出来ますよね?……予定は大きく遅れてしまいますが」
すっかり意気消沈したライは、最後にもう一度だけ確認した。
「……今日明日と知れない命という方は居ないんですか?わかる範囲で良いんで……」
「……お前は何故そんなに必死なんだ?他国の……それも大した関わりも無く、助けを拒絶するような相手を……。何故そんなにまでして救おうとする?」
「……俺にも……良く分からないんですよ」
先程までと違い頼りなげな苦笑いを浮かべるライに、ルチルは駆け寄りしがみつく。
「お父さん!きっとこの人は大丈夫だよ!この人は……
「ルチル……」
「お願い、お父さん……ボク、お母さんに会いたいよ。会い。…たいよぉ……うぅっ……」
ライにしがみついたまま泣き始めたルチル。まだ幼いルチルには母と離れる事がどれ程の悲しみか……。
ライはそのままゆっくり屈むと、ルチルを優しく抱き締めた。
「お母さんに……会わせて……」
「……わかった。約束だ」
「ありがとう……お兄ちゃん」
ライはアスレフに視線を向けると、ルチルを抱え上げる。
「……勇者だから信用出来ないのなら仕方ありません。でも……俺はどうしたって勇者なんです……。生き方は変えられない」
「……………」
「とにかく、オルネリアさんを連れて来ます……。俺にはそれしか信用を得る方法が無い」
「……それでは時間が掛かるのだろう?」
「ええ……」
「……ライ、と言ったか?俺はやはりお前を信用することは出来ない。しかし、ルチルは息子だ。俺はルチルの勘を信じることにした」
それは実質、ライを信じると宣言したに等しい。この言葉にライはパッと明るい表情を見せた。
「……ともかく、話を聞かせて貰えますか?」
「わかった。何から話すべきか……ルチル。長い話になるからお前は休め」
「うん、わかった」
ルチルは薄布を敷いただけの床に踞る様に横たわる。見兼ねたライは先程作製した椅子を《物質変換》で厚手の毛布に変えルチルを包む。余程気持ち良かったのか、ルチルは瞬く間に寝息を立て始めた。
「……この子が生まれたばかりの頃にリーブラは侵略された。始めは妻が育てていたんだが、一年前に引き離されて俺のところに」
「……それは辛いですね」
「まあ……それでも元気な子に育ってくれている。中には幼い内に死んだ子もいるからな」
アスレフは目を閉じ、記憶を遡り始める。
それはリーブラ国の歴史、そして侵略されるまでの出来事……アスレフはポツリポツリと絞り出すように語り始めた。
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