第六部 第三章 第六話 勇者の休息④


 ライの部屋を訪れたシルヴィーネルは何やら真剣な面持ちだった。


 立ち話も何なので、取り敢えずライはシルヴィーネルを自らの部屋の中へと招き入れることにした。


  

「シルヴィ、何か飲むか?」


 ソファーへ座るよう促したライは部屋に備え付けられた保冷庫魔導具の中を覗き込む。

 ライは一応、城の主……接客も多い可能性も含め、アムルテリアは保冷庫を誂えてくれていた。


「いえ……良いわ」

「そう……。……。それで話ってなんだ、シルヴィ?」


 覚悟を決めたらしいシルヴィーネルは、背後に持っていたメイルを二人を隔てるテーブルの上に乗せる。そして、突然頭を下げた。


「先ずはお礼を言わないといけないわね……。ライ。あなたのお陰でアタシは役割を果たせた……本当にありがとう」

「何だよ、改まって……」

「アタシはあなたと出会ったから一人で苦しまなくて済んだわ。皆と出会えて覇竜王も無事に育てて……それに念願だった人の中での暮らしまで……」

「そっか……。良かったじゃん」

「うん。だから……ありがとう」


 ライはその出逢いに自分の存在特性【幸運】が絡んでいる可能性を口にしない。それはシルヴィーネル自身のものなのだから。


「あなたが居なくなったって聞いた時は驚いたわ。でも、アタシは契約印があったからライが生きてるのは分かってた」

「そういやシルヴィの契約印、いつの間にか消えたんだけど……」

「それは約束を果たしたからよ……ライゼルトは無事巣立ったわ」

「ライゼルト?」


 そこでシルヴィーネルは顔を真っ赤にして弁明を始める。


「あ、あのね?実はライと別れた後、アリシアが現れて手伝ってくれることになったの……それで、生まれた覇竜王に名前を付けることになってライの名を貰ったのよ」

「ゼルトは先代の覇竜王だっけか……それでライゼルトね」

「勝手に貰って悪かった?」

「いや、良いよ。寧ろ覇竜王の名に使われるなんて光栄だ」

「良かった……そう言ってくれればアタシも気が楽だわ」


 そこでシルヴィーネルは、今度は申し訳無さそうに頭を下げた。それこそが今回ライの部屋に赴いた本来の目的……。


「そ、それでね、ライ?預かっていた『魔導装甲』なんだけど……」

「ん?……あ!そういやそうだった。旅の間すっかり軽装だったからなぁ」

「うん。それでね……返そうと思ったんだけど……」

「思ったんだけど……何?」

「コレ……」


 ツイっと前に押し出したのはシルヴィーネルが装備していたピンク色のメイル。女性に合わせた胸の部分が膨らんだ鎧だ。


「コレが何……?」

「だからコレなのよ」

「はい?だからコレが何だって……」

「コ、コレがライから借りた『竜鱗魔導装甲』なの!」


 シルヴィーネルの言葉を聞いたライはマジマジと鎧を確認した。

 確かに魔石が付いている位置はライが貸し出した鎧と同じ……しかし、それ以外は全くの別物。形状も色も大きくかけ離れている。


「………。ハッハッハ。シルヴィさん、ご冗談を」

「う、嘘でも冗談でもないわよ……コレはあなたから借りた鎧で間違いないわ」

「………マジで?」

「……ええ」


 ガビ~ン!と衝撃を受けたライは改めて鎧を手に取った。確かに竜鱗なので見た目より非常に軽い……。


「な、何でこんなことに……」

「分からない。だから、ラジックに聞いてみたんだけど……」


 ラジックの推測では、装着した【竜の氣】を受け鱗の性質が変化したのだろうという。形状の変化は、単に鎧の装着者に合わせているだけだろうとのことだ。

 赤い鎧が白く輝く覇竜王の氣を帯び薄い朱色に……そしてシルヴィーネルの青の氣を帯び薄紫掛かったピンクになったのだろう、と。


 確かにシルヴィーネルの記憶でもライゼルトが巣立つ頃に薄い朱色に変化し、その後持ち運ぶのが面倒で自らが着用している際いつの間にかピンクになっていた。


「それにしたって……ピンクのオッパイアーマーって……」

「そ、その……ラジックの話ではライが着用すれば元に戻るんじゃないかって……アリシアにも確認したわ」

「そうなのか?そんじゃ、一回着てみるか……」


 そうして鎧を着用し出現したのは……とんだ変質者だった……。


 体格の良いライの胸元には鎧が乳の形に膨らんでいる。しかも、可愛らしいピンク──残念……そう、残念という表現が相応しかろう。


「コ、コイツは……」

「え、ええ……。思ったより酷いわね、見た目が」

「くっ……何てこった!」


 ライの運命を大きく決定付けた伝説級の鎧『魔導式赤竜鱗装甲纏鎧』は残念な装備になってしまった……。


「………しかも、変化しねぇし」

「な、何かゴメンね、ライ」

「………」

「ライ……?」


 ライは無言で鎧を触っている。特に胸の辺りを、厭らしい手つきで……。


「ふむふむ。成る程……これがシルヴィちゃんのオッパイの形か……手の平サイズだけど形が素晴らしい!」

「ち、ちょっとぉ!」

「フハハハハ!これはこれで良しとするか!毎日堪能してやるわ!」

「イヤァ~!やめてぇ~!」


 世界が世界ならセクハラでお縄だろう漢、ライ……。流石は転んでも只では起きない漢である。


「アハハハハ……冗談だよ、冗~談。しっかし、コレはどうすっかな……流石に恥ずかしくて使えないし……シルヴィにや」

「ダメよ!アタシに譲渡とか言っちゃ……アリシアの話では、鎧には意思があるから持ち主が強く望めば形状や色は変えられるかもしれないって。試してみて」

「そう?じゃあ……久しぶり、鎧さん。頼むから俺に合わせた形になってくれないかな?」


 ライがそう発言した途端、鎧の魔石が輝き変化を……いや、進化を始めた。


 魔力経路が血管の様に浮かび上がりドクン、ドクンと脈打つ。少しづつ以前の形状に変化したかと思えば、更なる段階へ……。


 やがて鎧は上腕部や大腿部の辺りまで広がり以前は無かった部分まで装甲で覆い始めた。

 肩当て部に至っては丸みのあった形状からかなり厳つく変化しマントまで付属している。


「お、おお!凄いぞ、鎧さん!」


 竜をイメージさせる形状はまるで最終決戦に挑む勇者の様な荘厳な装備だ。


「こうなると後は色か……良し!じゃあ、黒で」


 言葉に呼応し黒く染まる鎧。螺鈿の様な光沢を含んだ黒の鎧……先程とは真逆に魔王の装備たる印象を受ける。


「ライ……何で黒なの?」

「ん?あ、いや……今の俺って髪が白いからさ?真っ白って俺の印象に合わないし、今は目立つのも嫌だから白や赤も避けた」

「じゃあ、青でも緑でも良いんじゃない?よりによって何で黒なの?」


 黒い鎧はシルヴィーネルの印象では悪役に見えるそうだ。しかし、ライは自慢気に笑う。


「フィアーの兄貴とお揃いだから」

「そう言えばフィアアンフと契約してるんだったわね」

「それに、普段黒い方が大人って感じしない?」

「大人は鎧のオッパイ部分をまさぐらないと思うわよ……ま、まぁ、とにかく元に戻って良かったわ。私も一安心」

「シルヴィちゃん、忘れてない?俺はシルヴィちゃんに大きな貸しがあるんだよ?」


 厭らしい顔でニマニマ笑うライ。シルヴィーネルは言葉に詰まる。


「た、確かに大きな借りがあるわね。だから私の鱗を提供して装備を……」

「いや、俺、竜鱗持ってるし。しかも竜の中で最硬の地竜の鱗……」

「うっ……わ、分かったわよ。どうすれば良いの?」


 困り顔のシルヴィーネル。そこでライはプッと吹き出し声を上げて笑った。シルヴィは自分がからかわれたことに気付き少し脹れっ面になる。


「ハハハ……悪い悪い。シルヴィは今は大事な家族だろ?そんな相手からは見返りなんて貰えないよ」

「家族……アタシが?」

「そう。フェルミナやマーナ逹の友逹で、この城で一緒に暮らす家族。大体、こんな美少女に見返り求めたらバチが当たるよ」


 シルヴィーネルはその言葉で改めて赤面した。自分が美少女と言われても竜としての暮らしの長さから自覚が無いのだ。


「シルヴィ。借りや負い目があるとかは忘れて良い。言いたいことがあれば遠慮しないで言い合える方が俺は嬉しい」

「本当に……それで良いの?」

「勿論だ。それに、今の俺はソコソコ頼りになるだろ?」

「フフッ……あなたは本当に変わらないわね、ライ」

「まぁね!」


 二人は声を上げて笑う。


 シルヴィの胸は少し熱くなった……。


 フェンリーヴ家の暮らしではロイ、ローナとも親身になってくれたが、どうしても客人という印象が抜けなかったのだ。それに比べれば、居城は本当の居場所……初めての家族である。


「……ありがとう、ライ」

「おう、気にすんな」

「おやすみなさい」

「おやすみ、シルヴィ」


 改めて就寝の挨拶を告げたシルヴィーネル。嬉しそうに鼻歌混じりで部屋を後にした……。


「ハハハ。嬉しそうだったな、シルヴィ……さて、鎧も戻ったことだし少し試運転を……」


 ライは修行よりも進化した竜鱗装甲の性能を試したくなった。その前に寝巻きを着替えようとしたが鎧が変化していて脱ぐことが出来ない。留め具などが消えているのである。


「あ、あれ?どうすりゃ良いんだ?よ、鎧さ~ん?脱ぎたい時はどうするの?」

『念じてください。それで解除されます』

「し、喋った!え?今の鎧さん?」

『はい』


 正確には脳内に響く念話……しかし、ハッキリと言葉を発していた。


『驚くことはありません。私は貴方の力を一部頂き進化したのです。普段は最低限の言葉のみですが、必要とあれば何なりと』

「進化したのは分かったけど、まさか自我まで?」

『はい。お陰で貴方のサポートを行えます』

「…………」


 果たしてこれはエクレトル──エルドナの想定の範囲内なのか……明日改めてアリシアにでも聞いてみようとライは考える。


『………どうしました?』

「いや……うん。問題なし。となると、どうするかな……」

『何がでしょう?』

「いや、意思が通じるなら名前を付けた方が良いだろ?」

『名前を……付けて下さるのですか?』

「うん。何が良いかなぁ……そうだ!どうせなら、やっぱり覇竜王の名前から貰おうぜ。確かメトラ師匠から聞いた初代覇竜王の名前はアトレーグだったな……少し捩って【アトラ】ってのはどう?」

『おぉ……有り難き幸せ』

「良し!今日からお前は『竜鱗装甲アトラ』だ……今後とも宜しくな」


 黒の竜鱗装甲アトラ──異常進化した鎧は今後、ライの大きな力となるだろう。


「となると普段は脱いでおきたいんだけど、どうしたら良いかね……」

『お任せを、我が主……』


 ライの身体から外れた竜鱗装甲は小さなペンダントへと変化した。


「おお……。………。質量、おかしくね?」

『竜の機能の一部を利用しています』

「……?どゆこと?」

『竜はドラゴン体以外に人型の肉体を持っています。ですがこれは、一つの肉体が変化しているのではなく体内に格納したものと入れ換えるのです』

「それって神格魔法の【空間格納】みたいなヤツ?」

『流石は主、話が早い。竜は格納してある肉体同士を一つの魂が管理しています。竜と人型、どちらもリンクしていますので、負傷等の身体状態も……これは余談ですね』

「つまり竜が人型になるのと同じ要領で、鎧がペンダントになっている訳か……改めて凄いな」

『これも主の力あればこそ……。今後は肌身離れずお守りします』

「頼りにしてるぜ、相棒!」

『相棒……身に余る光栄!』


 これで戦闘以外で嵩張ることもない。しかも瞬時に装着できる……改めて竜鱗装甲の素晴らしさに満足するライであった。


 結局その日は【アトラ】の試用を取り止め、ライは自室で休むことにしたのだが……再度ライの部屋の扉が叩かれる。



 来訪者はマリアンヌだった……。



 ライが約束していた『願い事』を伝えに訪れたマリアンヌ。二人の語らいが月夜の元で始まる──。



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